月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第41話 求める形

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 騎士養成学校は一か月の夏季休暇に突入。だからといってローレルの日常はそれほど大きく変わるわけではない。のんびりと休暇を楽しむ、なんてことは許されず、日々、厳しい鍛錬を行っている。ローレル自身がそれを望む望まないは関係ない。プリムローズがそれを求めているのだ。
 ローレルとリルが騎士養成学校に行っている間は、週末だけだった二人と一緒に行う鍛錬。二人がいなくてもハティに相手をしてもらって鍛錬を続けていたプリムローズだが、それには、ハティには申し訳ないと思いながらも、物足りなさを感じていた。鍛錬の中身は関係ない。リルに教えてもらえる時間が少ないことが不満なのだ。
 夏季休暇の一か月は、イザール侯爵領にいた時と同じ時間、三人で一緒にいられる。プリムローズはそれが嬉しいのだ。今日も午前中から馬術の訓練、剣術の稽古を行っている三人、とハティたちだが。

「はい? 今なんと?」

「ムフリド侯爵家のグラキエス様、セギヌス侯爵家のディルビオ様、ネッカル侯爵家のトゥインクル様がいらっしゃいました」

 鍛錬を邪魔する、ローレルにとってはだが、人たちが現れた。

「僕は不在と伝えてください」

 当然、ローレルに会う気はない。居留守を使って、逃げようと考えた。

「申し訳ございません。すでにローレル様がご在宅であることは伝えております」

 だがエセリアル子爵家の人々にローレルの気持ちなど分かるはずはない。すでに在宅であることを伝えている。その上で、エセリアル子爵家の使用人は、こうして三人の来訪をローレルに伝えに来たのだ。

「……僕は居候の身。エセリアル子爵様にご迷惑になりますので、お引き取り下さいと」

 居留守が通用しないと分かったので、今度はエセリアル子爵を利用することにした。ただ利用しようとしているだけではない。実際に迷惑を掛けるのは申し訳ないという思いはある。やってきた全員が侯爵家の人間。子供とはいえ、エセリアル子爵が気を遣う相手のはずなのだ。

「いや、それは……」

 エセリアル子爵家に三人を追い払うような真似が出来るはずがない。ローレルのこの言葉のほうが迷惑だ。

「そもそも他家を訪れるのであれば、事前に伝えてくるのが礼儀。礼儀を失した相手に遠慮はいりません」

 このローレルの言い分は、半分は、正しい。貴族となると気軽に他家を訪問することも出来ない。事前に訪問を伝えるのが礼儀だ。といってもこれは当主などに限ってのこと。ご婦人同士は身軽に行き来している。まして子供は、ローレルたちくらいの年齢になっても、そのような礼儀は無用のものだ。

「事前に伝えれば、お前は本当に留守にしてしまうだろ?」

 事前に伝えなかったのは、わざとだ。それを行えばローレルは、居留守どころか実際にどこかに出かけてしまうだろうことくらい、グラキエスは読める。

「他家の屋敷を勝手に歩き回るとは。礼儀がなっていないな」

「勝手ではない。エセリアル子爵には許しを得ている」

「……何の用だ? 用事があるなら、さっさと言え」

 すでにグラキエス、だけでなくディルビオもトゥインクルもこの場所までやってきてしまった。今から追い返すのは不可能と考え、ローレルは彼らの用件を急いで終わらせることにした。

「きちんと礼を伝えようと思った」

「礼? 御礼を言われる覚えはない」

「お前ではない。お前の従士、リルだ。彼のおかげで我々は助かった。そのことについて、きちんと礼を伝えたい」

 この気持ちは嘘ではない。だが、ここを訪れた理由がこれだけかとなると、それは違う。グラキエスたち三人は、示し合わせてはいないが、もっとローレルとリルのことを知りたいのだ。リルだけでなく、ローレルのことも、かつての彼とは変わった理由などを。

「……リルは今忙しい。それにリルはそういうのは求めない。どちらかというと、嫌がるだろうな」

「鍛錬の最中か……相手をしているのは?」

 リルの姿はすぐ先にある。プリムローズに剣を教えている。ただグラキエスはプリムローズに会ったことがない。どうしてリルが女の子と鍛錬を行っているのか分からなかった。

「……妹だ」

「彼女が……そうであれば尚更、二人を呼んでもらえないか? 挨拶がしたい」

「嫌だ」

「……はっ?」

 ここまで真正面から拒絶されるとはグラキエスは思っていなかった。母親が違うとはいえ、プリムローズはイザール侯の娘だ。挨拶するのが当り前。グラキエスの感覚ではそうなのだ。

「挨拶は無用だ」

「何故だ? お前の妹だろ?」

「どうして僕の妹だと挨拶させなければならない?」

「……トゥインクルには会わせた」

 後ろを振り返り、トゥインクルに視線を向け、反応を確認しながらこれを言うグラキエス。トゥインクルがプリムローズに会ったことは彼女から直接聞いているのだ。

「多分、男を近づけたくないのよ」

 トゥインクルはローレルが挨拶を拒絶する理由を分かっているつもりでいる。自分は許されてグラキエスは駄目。二人の大きな違いは性別。それが理由としか思えない。

「いや、それは……俺はそういうつもりで挨拶を求めているわけではない」

「僕もそういう理由で拒否しているわけではない。鍛錬の邪魔をするなと言っているだけだ」

 グラキエスとプリムローズが挨拶を交わしたからといって、二人の間に何かが起きるわけではない。そんな心配を、ローレルはまったくしていない。リルとの鍛錬を邪魔すればプリムローズは怒る。そしてその怒りは、邪魔をしたグラキエスではなく、自分に向く。ローレルはそれが嫌なのだ。

「……しっかりした鍛錬を行っているのだな?」

 始めたばかりの頃とは違い、今のプリムローズは騎士団の見習い従士が行うのと変わらない鍛錬を行っている。夏季休暇が終われば、騎士養成学校の授業でも行われるような内容だ。

「……目標は遥か先だからな」

 強くなる。この想いは自分よりも強いのだろうとローレルは思っている。強くなりたいと願いながらも、心の奥底には諦めの気持ちがある自分とは違うと。

「彼女も騎士養成学校に進むつもりなのか?」

「いや、それはないだろうな」

 二年遅れで入学することに意味はない。リルが卒業し、イザール侯爵家を去る時には、プリムローズも同行するつもりだ。卒業まで騎士養成学校に通うことは出来ない。

「帝国騎士団を目指すつもりがないのに、あのような鍛錬を続けているのか?」

 グラキエスはプリムローズの想いを知らない。落とし子とはいえ、イザール侯爵家の令嬢が従士身分の男と家を出るなんてことは、想像も出来ない。

「プリムには守る力が必要だ」

 プリムローズ自身の力だけでなく、側にいて守ってくれる力が。これは事実だ。だがローレルがこの答えを選んだのは、彼女の想いをグラキエスに話したくないから。良くも悪くも貴族的な考えを持つグラキエスは、身分違いの二人の想いを否定するに決まっているからだ。

「……ああ、誘拐されそうになったのだったな」

 守る力が必要な理由は、グラキエスも知っている。誘拐事件が鍛錬を始めるきっかけなのだと、納得した。

「そうか……礼がいらない理由がもうひとつあった」

「もうひとつ? 何だ、それは?」

「魔獣に襲われたのは僕のせいかもしれない。だから御礼を言われるどころか、僕が謝罪しなければならないのかもしれない」

 自分のせいである可能性。ローレルは当然、それを考えている。リルは否定してくれた。だが確かな証拠があっての否定ではない。いくらリルの言葉でも無条件に受け入れることは出来なかった。

「……あれだけのことをしてくる相手だと?」

 グラキエス、だけでなく、ムフリド侯爵家としても暗殺未遂については調査、分析が行われた。グラキエスが狙われた可能性も無ではない。そうであれば、必要な対応を行わなければならない。二度と同じ考えを持つような者が現れないようにする対応だ。

「分からない。相手が何者かも分からないのだからな」

 ローレルを危険視しているのは誰なのか。これはローレル本人も分かっていない。彼が分かっているのは、世間で噂されているルイミラは違うということ。ローレルはルイミラを飛び越して、皇帝の決定を覆したのではない。ルイミラが助けてくれたおかげで、望む結果を得られたのだ。

「……警戒が緩くないか?」

 ローレルの周囲にいる護衛はリル、それと今日初めて見る騎士二人と従士らしき者たちが二人。狙われている可能性があるにしては不十分だとグラキエスは考えた。

「そう思うということは上手くやれているということだ」

 グラキエスは護衛の全てが見えていない。屋敷の周囲にいるイアールンヴィズ騎士団の騎士たちは上手く身を潜めているのだと、ローレルは判断した。

「どういう意味だ?」

「全てを説明する義務はない。これは真面目に言っているからな。お前は口が堅くても、お前の周りはどうかは分からない」

「……なるほど。分かった」

 護衛体制は機密情報。誰であろうと部外者に話して良いことではない。これはグラキエスも理解出来る。

「グラキエスとばかり話をしていないで、私もひとつ良いかな?」

 ディルビオが会話に割り込んできた。

「嫌だと言っても話すのだろ?」

「その通り。ローレルたちもあの事件については色々と考えていると思う。アネモイ四家全てを敵と見ている相手である可能性は考えたかな?」

 ローレル一人を狙うには魔獣を使うという方法は適していない。暗殺を命じた相手は第三者が巻き込まれてもかまわないと考えていた可能性はあるが、その第三者がアネモイ四家の人間というのはどうなのかとディルビオ、セギヌス侯爵家は考えた。リルの考えと同じだ。

「……僕ではなくグラキエスをターゲットとしていた可能性は考えた」

 ローレルではなく、リルが。

「俺?」

 これにはグラキエス本人は驚きだ。ムフリド侯爵家は当然この可能性は考え、詳しく情報を分析している。グラキエス本人が気付いていなかっただけだ。

「アネモイ四家を、帝国を敵に回そうという勢力にとって、守護神獣の力を持つグラキエスは邪魔だ。まだその力が弱いうちに殺してしまおうと考えてもおかしくない」

「…………」

 あり得る話だとグラキエスも思った。ただそれを指摘されても、返す言葉が見つからない。

「あの日、リルが話した四十頭もの魔獣の群れが現れたという件。あれも普通ではあり得ないことらしい。帝国に悪意を持つ何者かが魔獣を集めたと考えられる」

「何の為に?」

「分からない。帝都の人たちの不安を煽る為というのがひとつの考えだ。もしくは、もっと大規模な計画を実行する前の練習。僕たちを襲った様な魔獣が何十頭も集まれば、帝国騎士団でも討伐は容易ではないはずだ」

 現実には彼らを襲った魔獣を集めて、従わせることはかなり難しい。あの魔獣は子供を捕らえられ、脅されて従っていたのだ。親魔獣の隙を突いて、子供を捕らえる。それも何頭もの子供を。実行する者たちにも多くの犠牲が出るはずだ。また捕まえても抵抗出来ない、まだ小さな魔獣の子供を数多く見つけることがそもそも困難だ。

「戦いはもう始まっているのだね?」

 いつかは内乱が起きる。予想はしていたが、まだ「いつか」と考えていた。だがその考えは甘かった。内乱の兆しはすでに現れている。それも身近に。これをディルビオは知った。

「以前、リルに言われた。僕が思っているよりも遥かに帝国は揺らいでいると」

「彼は何を知っているのだろう?」

「地方を旅していれば分かると言っていた。きっと僕たちには伝わってこない事実が、いくつもあるのだと思う」

 彼らにはそれを知る権利がない。アネモイ四家の人間とはいえ、まだ皆、成人前。国政どころか領政にも関わる立場にない。一般の帝国臣民同様に、隠されている情報は山ほどあるのだ。

「我らは勝たなければならない。それがアネモイ四家の義務だ」

 だからムフリド侯爵家は自家の騎士団の強化を図ろうとしている。結果、帝国騎士団に悪影響を及ぼすことになったとしても、アネモイ四家のひとつとしての責任を果たす為であれば、躊躇うことはない。

「だから僕たちにもその義務を負えと?」

「当然のことだと思うが?」

「僕はそうは思わない。過去の栄光にすがることに何の意味がある? 過去とは違う。新しい時代は新しい人間によって作られるべきだ」

「ローレル……それはアネモイ四家を否定することになる」

 もっと言えば、帝国を否定することにもなる。新しい時代は、古い体制が崩壊したあとに訪れる。帝国は滅びると言っているようなものだとグラキエスは受け取った。
 ローレルのこのような言い様にはグラキエスも、少しだが、慣れた。激高することはないが、だからといって認めることは出来ない。

「帝国建国に貢献したアネモイ四家が、やがてくる帝国の危機を救えるとは限らない。僕はこう言っているだけだ。力ある存在はアネモイ四家だけにいるわけではない」

「……その力を結集する存在としてアネモイ四家があるとは思わないのか?」

「思わない。それは帝国の役目だ。今の……さすがにこれ以上はやめておく」

 今の帝国にそれが出来るか。力ある人を統べることが、その人たちの忠誠を向けられる存在でいられるか。この疑問は、完全に帝国批判。さすがにローレルも言葉にすることを躊躇った。

「だからこそ、我らがやらねばならんのだ」

 グラキエスもそれは分かっている。帝国では、現皇帝では臣民の力を結集することは出来ない。それでも帝国を守ろうと思えば、誰かが代わりを努めなくてはならない。その代わりは、アネモイ四家以外にはないと考えているのだ。
 だがこの考えはここにいる四人全員が共感出来るものではない。ローレルはもちろん、ディルビオにはディルビオの、トゥインクルにはトゥインクルの思いがある。彼らもまた一つにはなれていないのだ。

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