月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第39話 悪いのは人

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 ダークタイガーの特徴は、普通の虎に比べてかなり大きな牙。虎にしては長い体毛は黒一色で縞模様は見えない。模様がないわけではないのだが、黒の微妙な濃淡による縞は、パッと見では判別出来ないのだ。ただそれが魔獣が虎系と分類され、ダークタイガーと名づけられた理由だ。
 襲い掛かってきている魔獣もこの特徴は同じ。だがその体の大きさと赤い瞳の色はダークタイガーとは異なる特徴だ。そして決定的な違いは。

「刃が通らない! こんな化け物、どうすれば倒せる!?」

 剣の刃を跳ね返す固い体毛。ダークタイガーにはこの特徴はない。こんな特徴を持つダークタイガーが四十頭も集まっていれば、討伐に向かった帝国騎士団は大きな被害を出すことになったはずだ。

「まったく効いていないわけではない! とにかく打て! 押し返せ!」

 刃が体を傷つけることは出来なくても、振るわれた剣の勢いは魔獣に痛みを感じさせている。少なくとも何度か魔獣を押し返すことが出来ている。

「これがナイトメアであれば、腹部が弱点です!」

 ナイトメアの弱点をリルは知っている。かつて働いていた騎士団で得た知識だ。固いのは皮膚ではなく体毛。他の部位に比べれば体毛が薄い腹部は、ナイトメアの弱点とされている。

「腹部……どうやって?」

 腹部が弱点だとしても、どうやって魔獣の下に潜り込むのか。簡単に出来ることではない。その前に爪で体を引き裂かれる可能性のほうが高い。
 魔獣を倒せる見込みは、今のところ、まったく立っていない。

「……奥は?」

 従士たちが魔獣をなんとか押さえ込んでいる間に、奥の様子を見に行っていたトゥインクルが戻ってきた。その彼女に結果を尋ねるグラキエス。 

「駄目。行き止まり」

「そうか……」

 結果は最悪。彼らは閉じ込められたことになった。もっとも、最初から覚悟していたはずの結果だ。リルがその可能性を示した上で、彼らはここに逃げ込むと判断したのだ。

「帝国騎士団が来るまで頑張るしかないということね?」

「来るまでか……」

 グラキエスは帝国騎士団の救援を期待していない。期待出来ない理由がある。

「何? 私たちが目的地に到着しなければ、様子を見に来るくらいはするでしょ?」

 トゥインクルはその理由に気付いていない。いつかは帝国騎士団の救援は現れると考えている。間違った考えではない。問題はその「いつか」は「いつ」ということだ。

「……目的地まではおよそ五時間だ」

「それが何?」

「全てを言わせるな」

 帝国騎士団が、彼らが予定時間に目的地に到着しないことを知るのは五時間後。魔獣に遭遇してから経過した時間を考慮しても、四時間半後というところだ。帝国騎士団が異常と判断するのにそれからどれくらいの時間を必要とするか。さらに異常事態が起きたと判断し、ここまで来るのにどれくらいの時間がかかるか。

「……まさか、来ないと思っているの? 私たちに何かあったら大問題になるのよ!?」

「すでに大問題は発生している」

 絶望的な状況であることをグラキエスは言葉にしたくない。戦っている従士たちの士気に関わると思っているのだ。だが、このグラキエスの思いはトゥインクルに通じない。

「そういうことじゃない!」

 トゥインクルは、少なくともグラキエスに比べると、事態を楽観視していた。こんなところで自分が死ぬはずはない、という根拠のない自信を持っているのだ。

「目的地の手前にも人は配置されているのではないかな?」

 ディルビオもグラキエスと同じ考えだ。ただ違うのは帝国騎士団は五時間先に到着する目的地だけにいるわけではないだろうという点。途中にも無事に行軍訓練を続けられているか監視する要員が配置されているはずだと。それが三十分歩いた先である可能性もある。

「ああ、その可能性はある」

 問題はそれが何人か。何十という数ではないはずだ。行軍訓練を行っているのは彼らだけではなく、行軍ルートも複数ある。その全てに要員を配置するとなれば、一か所にいる人数は多いといえる数にはならない。二、三人の帝国騎士がこの場に現れたからといって、魔獣を倒せるとはグラキエスは思えないのだ。

「おい!? リル、大丈夫か!?」

「「何!?」」

 ローレルのリルを心配する声。それに驚いた彼らは戦いの前線に視線を戻した。そこには地面に跪いているリルの姿があった。

「……ち、ちょっと気分が悪くなっただけ。大丈夫です……くそっ、魔獣相手なのに」

 最後の言葉は、他の人にも聞こえているが、独り言のつもりだ。リルはまた立ち上がって、魔獣に向かって剣を振るい始めた。

「……う、うおぉおおおおおっ!!」

「ち、ちょっと!?」「ローレル!?」「正気!?」

 雄たけびをあげながら前に駆け出したローレル。その行動に、残った三人は驚いている。彼らもずっと後ろで守られているつもりはない。だが、ローレルが真っ先に行動を起こしたのは予想外だったのだ。

「ローレル様!?」

「ただ剣を振り続けていれば良いのだろ!? それなら僕が得意とするところだ! 僕に任せて、リルは少し休め!」

「しかし……」

 魔獣は動く。常に正面から襲ってくるわけでもない。ただ素振りしているだけとは、全然違うのだ。ただリルの心配をよそに、ローレルは前線に立ち続けている。何度か魔獣がローレルの前に現れたが、剣を何度も振るい、引き下がらせることも出来た。

「……合図と同時に伏せろ!」

「グラキエス! それだけでは分からない!」

「もう一度、守護神獣で魔獣を押し流す! 倒れた魔獣を討て!」

 グラキエスが考えたのは自らの守護神獣で魔獣を押し流し、地面に転がったところを攻撃するというもの。上手く仰向けに倒れてくれれば、腹部を攻撃するチャンスは得られる。こう考えたのだ。

「……行くぞ!」

 魔獣に向かってまっすぐに伸びる蛇、のように見える水流。それは魔獣を飲み込み、押し流していく。その水流を追うようにして前に飛び出す従士たち。ローレルは、リルが止めている。

「下がって!」

 警告の声はリルのもの。だが前に出たグラキエスの従士は、その声を無視。まんまと仰向けに倒れた魔獣に向かって行く。
 これは仲間を殺された従士の焦り。彼は見えていない。もう一頭が仰向けに倒れた魔獣に向かう自分に、襲いかかろうとしていることを。

「させるか!」

 トゥインクルの従士はそれに気が付いていた。味方を守ろうと魔獣に向かって剣を振るう。倒せなくても良いのだ。味方がもう一頭を討つか、逃げる時間を稼げれば。
 結果それは成功した。もう一頭を討つことは出来なかった。だがグラキエスの従士は自分の危機を察知し、攻撃を諦めて後退。他の従士もそれに続く。

「……分かっていたのか?」

 リルは前に出ることもしなかった。最初からこうなることが分かっていたのかと。グラキエスは考えた。

「いえ。成功する可能性は無ではありません。まだ続けられますか?」

 運良く二頭ともが仰向けに倒れる可能性はないわけではない。リルが前に出なかったのはローレルを止めることを優先した為だ。

「……あと一回、使えるかどうか……使えても威力は分からない」

 守護神獣の力は乱発出来るものではない。ただこれもまだグラキエスが力を使いきれていないからだ。乱発が出来ないことに変わりはないが、たった二回で打ち止めということはない。過去の例では、だが。

「そうですか……休めば少しは?」

「ああ。だが一、二時間で完全に回復するものではない」

「都合良く考えて、一時間後にもう一回ですか……」

 完全回復は無理でも同じ威力で一回は使える。リルはこう考えた。問題はこれからさらに一時間耐えること。出来る出来ないではなく、やるしかないのは分かっているが、失敗すればまた誰かが死ぬことになる。

「……何かを見逃している。それを確かめたいのですが、ここを離れて良いですか?」

「何を言っている?」

 いきなり話が変った。その変化にグラキエスは対応出来なかった。

「そもそも今の状況はおかしい。何故、あの魔獣たちは執拗に俺たちを殺そうとするのでしょうか?」

「それは……そうだが……」

 無闇に人を襲う魔獣ではない。ダークタイガーではなく、その上位種であれば、尚更そうかもしれない。それはグラキエスも疑問に思う。だが現実に魔獣は襲ってきていて、まったく引く気配がない。襲う理由など考えている場合ではないと思っている。

「気になることがあるのであれば調べて来い。ただし……死ぬな」

 ローレルはグラキエスとは違う考えだ。彼はリルを信頼している。リルが何かを思いついたのであれば、それを必ず、今の状況を解決する役に立つ。こう信じている。

「分かりました。三十分ほどで戻ります」

「ああ、ここは任せろ」

 二人の考えが他の人には理解出来ない。そもそもこの場を離れることなど出来るはずがない。仮に出来たとしても、離れた場所で孤立して、生き延びることが出来るとは思えない。生き延びる可能性があるとすれば、魔獣が無視した時だけだ。
 だがリルは、あっさりとこの場を離れた。魔獣の攻撃をかいくぐり、後ろに回ってみせた。

「……ここは少し楽になったな。僕は少し休ませてもらう」

「ローレル……」

 だが魔獣の後ろに回ったというだけ。走り去ろうとしたリルのあとを魔獣の一頭が追って行った。一対一でリルは魔獣と、守るに有利と言えない場所で、戦うことになるのだ。
 その結果は明らか。ローレル以外の全員はこう思っている。

 

 

◆◆◆

 魔獣に追われながらもリルは先に進んでいる。最初に魔獣と遭遇した場所で立ち止まり、周囲の様子を探る。追ってきた魔獣も少し離れた場所にいる。すぐに襲ってこないのはリルにとって幸いだ。
 殺されたグラキエスの従者の死体。魔獣の爪で切り裂かれた傷跡が痛々しい。

(……殺しただけ。魔獣が殺すだけの目的で人を襲う……恨みとか?)

 魔獣が人を襲う目的のひとつには飢えがある。だが死体には食いつかれた跡はない。全員を殺してから食べようと考えている可能性も考えたが、非合理だ。人を襲うほど飢えているのであれば、まずは腹を満たす。

(たんに狂暴なだけ……であれば、とっくに襲ってきているか)

 追ってきた魔獣は距離を取ったままだ。リルの様子を探っているようにも見える。魔獣の表情の変化など分からないので、なんとなくそう感じているだけだ。

(恨み……恨まれる覚えはない。だから襲ってこない……いや、他の人もないな……いや、あるか。魔獣相手に腕を磨いていたと言ったのは、誰だったか……)

 リルも魔獣を討ったことはある。だがそれはダークタイガーでもナイトメアでもない。恨まれる覚えはない。では他の誰かかと考えた時、一人の可能性を思いついた。だがそれが誰だかまでは思い出せない。

(……恨みだと……その人を切り捨てるしかない)

 誰か一人が魔獣に恨まれているのであれば、その人物を差し出せば良い。もちろん、こんなことは誰も認めないだろう。だが、全滅を避けるにはそれが必要だとなれば、リルはそうするつもりだ。
 問題は差し出すべき人物は誰かということ、なのだが。

(……違う……もう少し先か……)

 魔獣の動機が恨みである可能性をリルはすぐに棄てることになった。理由は他にある。それは先の方で感じられる気配が教えてくれる。ゆっくりと、後ろにいる魔獣を警戒しながら歩みを進めるリル。変わらず魔獣は一定間隔を保って付いてくるだけだ。

「誰だ、お前は!?」

「……えっと……どういう状況だ?」

 進んだ先には人がいた。魔獣、にしては小さいと思う生き物の首を掴んで立っていた男だ。

「貴様……殺せ! この男を殺せ! 命令に従わないと子供を殺すぞ!」

「……なるほど。そういう状況……ええ……びっくり……獣に人の言葉が分かるのか?」

 男が捕まえているのは魔獣の子供。魔獣は子供を人質、魔獣質にとられ、殺すと脅されてリルたちを襲ってきた。これは分かった。分かったが、あまりに想定外の状況だった。

「知らないだろうが、魔獣の上位種の多くは人の言葉を理解する」

 一般の人々が思っているよりも遥かに魔獣の知能は高い。人と同等と言っても過言ではないのだ。

「いや、そうじゃない。俺が言っているのはお前」

「俺?」

「子供を人質にして、親を脅して他人を殺させる。そんな真似が出来るのはケダモノだろ? お前、ケダモノのくせに人の言葉が分かるのだな?」

「なんだと!? 貴様っ……あっ……」

 ケダモノを殺すことに躊躇ないなどない。一瞬で間合いを詰めたリルは、男の首を一振りで斬り落とした。ゆっくりと倒れて行く男の体。一緒に地面に落ちて行く魔獣の子供をリルは受け止める。

「……あっ、殺してしまった……って、いうか……うつ……お、おえっ……」

 男のやり様に強い怒りを覚えて、一太刀で殺してしまった。これでは男の動機が分からないまま。命じた人間がいても追及する術がない。
 という反省の途中で、吐き気をもよおすリル。

「ち、ちょっと……待って……うっ、気持ち悪い……で、出来たらお前の親に……説明して……もらえる? 助けてもらったって……うえっ……」

 そんなリルの周りにまとわりついている子魔獣。リルとしては気が気ではない。子を守る為に、今この瞬間にも親魔獣が襲ってくるかもしれない。嘔吐をおさえながら戦える相手とは思えないのだ。

「……くん」

「えっ?」

 子魔獣は尻尾を振りながら親魔獣のほうに駆けて行く。それが良いことなのかはリルには分からない。親魔獣がリルを襲うことを躊躇う理由はなくなったとも言えるのだ。

「ぐぅおぉおおおおおおおっ!!」

 親魔獣の吠え声が響き渡る。

「……ずるいな。そっちはこちらの言葉が分かるのに」

 これからの展開がどうなるのか。選択は正しかったのか、間違ったのか。今のところ、予想がつかない。そんなリルの不安が薄れたのは、子魔獣の行動によって。またリルに子魔獣は駆け寄ってきた。それを親魔獣は止めようとしない。

「えっと……?」

 リルの周りをくるくると回ったかと思えば、足下で鼻を鳴らしている子魔獣。匂いを嗅いでいるのだろうことは分かる。

「えっ? くさい? 俺、くさいのか?」

 こんな反応をしてみせるリルは、かなり心に余裕が生まれているのだ。少なくともこの場で魔獣との戦いが始まることはない。魔獣が襲う理由はなくなったはずだと考えている。

「……ええ……俺、どうすれば良い?」

 匂いを嗅ぎ続けていたと思えば、今度はじっとリルの顔を見上げる子魔獣。これにどう反応して良いのか、リルは分からない。悩みながら、とりあえずしゃがんで、子魔獣との距離を縮めることにした。
 これは、どうやら、正解。子魔獣はリルの膝に飛び乗ると、彼の顔をぺろぺろと舐め始めた。これが味見ではないことくらいは、リルにも分かる。

「……ああ。どうやら間違いではなかったみたいだな」

 いつの間にか親魔獣が二頭になっている。ローレルたちがいる場所に残っていたもう一頭が合流したのだとリルは考えた。ローレルたちの戦いも終わったのだと。

「じゃあな。元気でな。もう二度と捕まるなよ」

「くん!」

 リルの言葉に、おそらくは、応えて、また子魔獣は尻尾を振って親魔獣のところに戻って行く。子魔獣が合流したところで、三頭はゆっくりと歩き出し、すぐに木々の奥に隠れて見えなくなった。

「……あっ、一人殺されているのか……まあ、良いか。悪いのはこいつ、もしくは、こいつに命令した誰かだ」

 もし黒幕がいるのだとすれば、これで事は終わらない。また襲われることになる。その襲われるのはローレルかもしれない。その可能性は否定できない。

「……これは公安部の仕事なのか? そういう仕事だとすると……」

 事件を調査するのは帝国騎士団公安部かもしれない。その可能性は高いとリルは考えた。公安部はどのようにして調べるのか。調べきることは出来るのか。もし出来るのだとすれば、その調査能力がリルは気になる。公安部は普通では入手出来ない情報を得られる。リルにはその普通では入手出来ない情報が必要なのだ。

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