月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第38話 期末試験

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 帝国騎士養成学校にも試験はある。試験の成績が悪ければ落第、ということにはならない。留年させてまで騎士候補生を育て上げようなんて考えは騎士養成学校にはない。騎士になることを諦めて退学してもらうか、とっとと卒業してもらうかの、いずれかだ。そんな形で卒業しても当然、帝国騎士団への入団は許されない。今は帝国騎士団入団を望む騎士候補生のほうが圧倒的少数だとしても。

「そういえば、望んで帝国騎士団公安部の所属になれるものなのですか?」

 ローレルの志望先は帝国騎士団本体ではなく、公安部。だが、本人の希望がそうだからといって、そこに配属されるものなのか、リルは疑問に思った。

「帝国騎士団への入団が叶えば、大丈夫だ」

「つまり、好きな部署に行けるということですか?」

 ローレルは希望が叶うと思っている。それもかなり確信を持って。そう思える理由もリルには分からない。

「違う。僕が正規軍に選ばれるはずがない。働けるのは公安部くらいだ」

「……それ、公安部の人が聞いたら怒りませんか?」

 公安部は戦場に立つ資格のない騎士候補生が行く場所。そんな風に思われていると知ったら、公安部の人は怒るだろうとリルは思った。

「……僕は公安部行きを心から望んでいるのだから怒られないだろ?」

「そういうものですか……でも、公安部も危険なことは危険ですよね?」

 公安部の仕事は犯罪の取り締まり。全ての犯罪者が大人しく捕まってくれるはずがなく、中には凶悪犯もいる。凶悪犯ばかりと言うほうが正しい。公安部も帝国騎士団の一部。小規模とはいえ帝国騎士団が出動しなければならない事件を担当するのだ。

「それはそうだ。別に僕は危険を避けたいから公安部を志望しているわけじゃない。自分では戦争の役には立たないと思っているだけだ」

 これはローレルの矛盾。強くなりたい、リルと同じ戦場に立てるくらいに強くなりたいという想いを持ちながらも、口では諦めているようなことを言ってしまうのだ。

「……違いが分かりません」

 どちらも命を危険にさらす仕事であることに違いはない。公安部を選ぶ理由にはならないとリルは思った。

「いや、全然違うだろ? 戦場では何百、いや、何千もの敵と戦う。数十人の争いとは規模が違う」

「でも相手にする敵の数はそんなに変わらないのではないですか? 味方も何百、何千といるのですよね?」

 戦場全体には何千という敵がいても、自分が相手にしなければならない相手は限られている。人数だけでは違いにはならないとリルは考えた。

「確かに……い、いや、騙されないぞ」

「騙していませんから。結局、数だけの問題ではなく、全体として味方が勝てる戦いかどうかですよね?」

「リル。それを言ったら身も蓋もないだろ?」

 確実に勝てる戦いのほうが危険が少ない。それはそうだろうとローレルも思う。だが、確実に勝てる戦いなど、そうあるものではないとも思っている。リルの理屈は成立しないと。

「でも事実です」

「そうだとしても……ああ、そうだ。僕が戦場で大きな戦功をあげられると思うか?」

 公安部に進む納得の理由。ローレルは今この場でそれを考えている。それはそうなる。元々の志望動機は「公安部は騎士と従士の制服に大きな違いはないので出世が遅れていても、一目見ただけでは分からない」というまったく他人に認められるようなものではなかったのだ。

「それは頑張り次第です」

「ねえ」

「頑張れば何でも出来るというのは、元々出来る人間の考え方だ」

「ねえ」

「ええ? 俺はそんな風には考えていません」

 努力しなければ出来るようにはならない。リルは自分はこのように考えてきたと思っている。

「考える考えないではなく、自然とそう考えてしまうのだ」

「無視するな! さっきから呼んでいるでしょ!」

 話に割り込むことを許されなかったトゥインクルが怒鳴ってきた。

「……僕はねえさんではない」

「はい?」

「ねえ、ねえ、と呼んでいただろ? 僕の名前は『ねえ』ではない」

「馬鹿じゃない? 『ねえ』が名前ではないことくらい最初から分かっているでしょ? そういう下らないこと言わないで」

 ローレルの言い訳にさらに苛立った様子のトゥインクル。それを見てもローレルは平気な顔だ。最初からこんな言い訳でトゥインクルが納得するとは想っていない。嫌味を返したつもりなので、怒らせて満足なのだ。

「僕たちの会話を邪魔しても話したいことがあるのであれば、どうぞ」

 あるはずがない。ローレルには分かっている。

「下らない会話は止めてと言いたかったのよ」

「それはずいぶんと横暴だ。僕たちが何を話そうと君には関係ない」

「退屈なの。まったく、どうしてこのメンバーなのよ? 試験合宿なのよ? 普通は同じクラスの同級生と一緒、もしくは普段、接する機会のない同期と一緒にするべきでしょ?」

 今、三人、だけでなくグラキエスとディルビオ、そしてそれぞれの従士たちは試験の真っ最中。体力試験としての二泊三日の行軍訓練中なのだ。日が昇る前から夜まで、ずっと重い荷物を背負って歩く行軍訓練。それも整備された道だけでなく、山登りもある。それなりにきつい試験だ。

「それは自業自得というものだ」

「何が自業自得なのよ?」

「騎士養成学校内で堂々と同期の騎士候補生を自家に雇い入れようとしている。そんな人物に、わざわざ勧誘の機会を与えてやるほど、帝国騎士団はお人好しではないはずだ」

 四人が一緒に行動しているのは他の騎士候補生と接触させない為。振り分けられたグループのメンバーは行軍訓練中はずっと一緒。普段よりも親交を深めるには良い機会だ。その機会を帝国騎士団は許さなかったのだとローレルは考えている。

「それは……別に良いじゃない」

「良くはない。少なくとも僕は関係ないのに巻き込まれた。新しい友人を作る機会を奪われ、仕方なくリルとずっと話をしている。それなのに、よくもまあ、君は僕たちの邪魔を出来るな?」

 仕方なくリルと話を続けているのではなく、トゥインクルを初めとした他の人たちと話をしたくないから、会話が途切れないようにしているのだ。これをトゥインクルに直接言わないくらいの冷静さは、ローレルも持っている。

「別に二人だけで話をする必要はないでしょ?」

「ああ、その必要はない。君たちも自由に話せば良い。僕は気にしないから」

「…………」

 自分以外と勝手に話していれば良い。意味は分かっている。頭にもきている。だがトゥインクルは、すぐに反論が思い浮ばなかった。

「へえ。ローレルがトゥインクルを黙らせるところ、始めて見たかも」

「俺もだ」

 これにはディルビオとグラキエスも驚きだ。二人は幼い頃からずっとローレルがトゥインクルに一方的にやり込められるところしか見た記憶がないのだ。

「私は別に……ただ呆れて何も言えなくなっただけだから」

 トゥインクル自身もここまでローレルに反撃を許した記憶がない。弁舌の能力は関係ない。これまでは先にローレルが折れていただけだ。面倒くさいか、トゥインクルに逆らう気になれないかのいずれかの理由で。

「ただ退屈という点に関しては、トゥインクルに同意だ。何か四人共通の話をしようよ」

「……退屈な時間は、おそらく終わりだと思います」

「えっ……?」

 ディルビオの提案を否定したのはリル。従士であるリルが割り込んできたことにディルビオは驚いている。否定するにしても、それは同格であるローレルが行うこと。従士が前に出ることではない。
 このディルビオの考えは正しい。平時であれば。

「ディルビオ様、お下がりください」

 ディルビオの従士も事態に気が付いた。今となってはこの場にいる全員が何が起きたか分かっている。先のほうにいる異形。魔獣が姿を現したのだ。

「……あれは?」

「ダークタイガーだと思われます」

「強いのか?」

 グラキエスはすでに戦う気満々だ。

「グラキエス様のお手を煩わせる必要はございません。我らだけで十分であります」

 従士のほうはグラキエスに戦わせたくはない。戦いに絶対はない。万が一がある。命を落とすまでのことにはならなくても、大怪我を負わせただけで大問題なのだ。

「一頭だけであれば、ですね?」

 リルは別の「万が一」を考えている。

「ダークタイガーは群れなすことはない」

「そうでもないそうです。少し前、帝国騎士団が討伐したダークタイガーは四十頭もの数が集まっていたそうですから」

 もし今この場に四十頭のダークタイガーの群れがいるとすれば、少なくともグラキエスの従士二人だけでなんとか出来るとは思えない。リル自身とディルビオとトゥインクルの従士が加わってどうか。これはリルにも分からない。

「四十頭、だと?」

「そんな数がいるようには今は思えませんが……少なくとも一頭ではない。あれ以上、増えなければ良いのですけど」

 姿を現した魔獣は二頭になった。これ以上増えないことを、今は祈るしかない。魔獣の数についてはリルたちには、どうしようも出来ないことなのだ。

「待った。そもそもあれは襲ってくるのか?」

 ディルビオの従士は魔獣とは戦いにならない可能性を考えている。魔獣はただの獣よりも知性がある。むやみに人を襲うことはないとされている。もちろん、理由があれば別で、たとえば飢えはその理由のひとつだ。

「俺には襲う気満々に見えますけど……?」

 魔獣に知性があることはリルも知っている。だが今はそれに期待出来そうな状況には思えない。

「それに襲われるまで待っているわけにもいかない」

 魔獣の理性に期待するのは楽観的過ぎる。襲われる前提でどうするかを決めなければならない。グラキエスの従士は戦いを選んでいる。二頭であれば、協力すれば倒せる。こう考えてのことだ。

「それもそうか」

 ディルビオの従士も拙速でわざわざ魔獣を怒らせることは避けるべきと考えただけ。戦うと決まれば、それに従う。剣を抜いて、前に出た。

「もう少し様子を見てはどうですか?」

 リルはもう少し待つべきだと考えている。

「今言った通りだ。襲われるのを待つのは無駄だ。後ろに逸らした時は頼む」

 だがグラキエスの従士はその忠告を無視。さらに前に出た。グラキエスの従士のもう一人は残ったまま。前衛と後衛に分かれた。先に前に出たディルビオの従士は前衛。トゥインクルの従士は後ろに残った。リルも後衛だ。
 二頭の魔獣と二人で戦う。それで絶対に勝てると考えているわけではない。守るべき四人を危険に晒さずに戦うにはこれが良いと考えているだけ。最初の二人だけで倒せなければ交替で、もしくはもう一人加わってと臨機応変に対応するつもりなのだ。

「……お二人に質問が」

「何だ?」「もう始まる。聞きたいことがあるなら、さっさと聞け」

「ナイトメアって見たことありますか?」

「「なっ……?」」

 リルが考えていたもうひとつの「万が一」。それは現れた魔獣がダークタイガーではなく、ナイトメアである可能性だ。

「俺もナイトメアの実物は見たことがないので。ただ俺が知る知識だと、あれはダークタイガーではないように思えます」

 リルもナイトメアであるという確信があるわけではない。ただダークタイガーとは違う外見の特徴があるように見えるのだ。あくまでも本で学んだ知識なので、これも自信はないが。

「……コーク! 下がれ!」

 グラキエスの従士がもう一人を呼び戻す。彼もリルと同じ可能性を考えた。少なくともダークタイガーではないと判断したのだ。
 だが、この判断は少し遅かった。

「ぐぁあああああああっ!!」

 こちらから攻めかかるまでもなく魔獣が先に襲ってきた。それも驚くほどの速さで。その速さに対応出来なかったグラキエスの従士。魔獣の爪が彼の体を一撃で切り裂いた。

「剣が!? なんだこの固さは!?」

 ディルビオの従士は魔獣の攻撃を避け、反撃に出たが、その攻撃は魔獣には通用しない。固い体に剣がはじき返された。

「……誰が判断を下すのですか?」

「判断とは何の判断だ?」

「少なくとも一人は助かりません。またこの場で戦い続けることも難しいと思います。俺の提案は一旦後ろに下がり、戦いやすい場所で戦うことです」

 一人、もしくは二人ともを見捨てて後退すること。リルが求める判断はこれだ。

「それは……」

 この判断は従士には出来ない。後ろを振り返り、その権限がある人物に決断を求めたのだが。

「私に決める権利はないわ。グラキエスかディルビオのどちらか、もしくは二人で決めて」

 見捨てようとしている二人はグラキエスとディルビオの従士。トゥインクルには決断する権利はない。ローレルも同じだ。

「グラキエス様……下がるべきです」

 グラキエスに助け舟、になるかは分からないが、を出したのはもう一人の従士。彼にとっての大事は仲間の命ではなく、主であるグラキエスの無事。非情の決断を自ら行い、グラキエスにも求めた。

「分かった。だが……どこまで下がる?」

「それは……」

「全力で走って百を数えるほど。左手に大きな木が二本並んで立っています。その間を抜けると両側が崖のようになっている場所があります。候補のひとつです」

 グラキエスの問いにリルが具体的に答えた。ここに来るまでの周囲の地形を頭に入れてあるのだ。万が一の備え、ではあるが、そんなことをしてみようと思うくらいリルも退屈だったということだ。

「いつの間に……別の候補は?」

「先が行き止まりの可能性もあります。その場合、魔獣を倒す以外に助かる方法はなくなります。異常に気付いた帝国騎士団が助けに来てくれる、はありますけど」

「そうか……」

 別の候補は逃げながら戦うだ。リルがはっきり言わなくてもグラキエスには分かる。だがその選択はない。人と魔獣では脚力が違う。逃げ切れることはない。そうであればこの場で戦うのと同じ。だが木が生い茂る山中は魔獣に有利であろうことは、知識がなくても分かる。
 では後退か、となるが、リルの言う場所に逃げ込んだとして、そこで戦って勝てるのか。この答えもグラキエスにはない。

「考えている時間はないよ。私は彼の言う場所を選ぶ」

 ディルビオが先に決断した。迷っていれば、この場で戦うことになるだけ。勝算はなくても下がるしかないのだ。

「そうだな。そうしよう」

「ちなみに、魔獣を足止めする切り札なんてありますか?」

 だが決断は少し遅かった。前衛のうちの一人はすでに死亡。もう一人、ディルビオの従士は後退しようとしているが、その後を魔獣が追いかけている。すでに追いつかれる寸前だ。

「……分かった」

 切り札はある。それをグラキエスは使うことにした。気持ちを集中させるグラキエス。彼の体からにじみ出るようにして現れたのは蛇のような形をした何か。それは魔獣に向かって伸び、二つの水流となって襲い掛かった。強烈な水の流れに飲み込まれた魔獣。
 「守護神獣」の言葉がディルビオとトゥインクルの口から漏れ出た。

「……いっそのこと遥か遠くまで流して頂けると助かるのですが?」

「悪い。今の俺にはそこまでの力はない」

 成人の儀式を行うことなくグラキエスは守護神獣を使えている。だが、そうであることが理由で、その力は本来のものではないのだ。

「それは失礼しました。時間を無駄にしました。急いで下がりましょう」

www.tsukinolibraly.com