月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第24話 求めるものは人それぞれ

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 帝国騎士養成学校には身分による差別がない。貴族であろうと平民であろうと門戸は開かれており、入学後も貴族家の人間が特別扱いされることはない。これは創立者であるサウラク二世が決めたことであるので、徹底されている。
 だが、そう定められているからといって、貴族も平民も仲良く一緒にというわけにはいかない。貴族家の騎士候補生の中には平民と平等に扱われることに不満を感じている者もいる。平民の騎士候補生も貴族を相手にすることなど、煩わしさしか感じない。自然と壁が出来てしまうのだ。
 昼休みの食堂の様子は、それをはっきりと示すもの。騎士候補生たちが座っているテーブルは貴族と平民できっちりとエリアが分かれている。護衛役の従士たちが近づけないようにしているのもあるが、わざわざその境界を超えて行こうと思う平民の騎士候補生もいないのだ。
 そんな食堂でローレルは一人で食事をしている。ここ最近は毎日だ。昼休みの時間、リルは厩舎に行っている。戻ってくるのは昼休みが終わる前に食事を終えられる、ぎりぎりの時間なのだ。

「……何だ?」

 そのローレルが一人でいるテーブルに座ろうとしている騎士候補生がいる。トゥインクルだ。

「何だ、じゃないわよ。空いているから座ろうとしているだけじゃない」

「……他にも空いている席はある」

 迷惑に思っていることを、あからさまに顔に出しているローレル。相手が誰であろうと同席は迷惑なのだ。一人でひとつのテーブルを独占しているのも、場合によっては、迷惑であることには気付いていない。

「これは貴方のテーブルじゃないわ」

「……知っている」

 トゥインクルの言葉でローレルは、自分には拒絶する権利がないことに気が付いた。食堂は誰がどこに座ろうと自由でなのだ。同席は拒めないと分かったローレルは、それ以上は何も言わずに食事を続けることにした。

「……何を読んでいるの?」

「見て分からないのか? 本だ」

 同席は受け入れた。だからといって話しかけることまで許したわけではない。そんな思いがローレルにこの答えを口にさせた。

「それくらい分かるわよ。何の本を読んでいるのか聞いているの」

 結果、会話は続くことになる。もっと詳しく答えても同じ結果になっただろうが。話をする必要があるからトゥインクルはローレルがいるテーブルに来たのだ。

「戦術教本基礎」

「……授業の復習? それとも予習かしら?」

「両方」

 同席を嫌がるのは勉強の邪魔をされたくないから、だけではない。この先の展開がローレルには分かっている。それが嫌なのだ。

「驚いたわ。どうしてそんなに真面目になったの?」

 トゥインクルの口から出て来たのは予想通りの言葉だった。

「…………」

「黙っていないで教えなさいよ? 私が聞いているのよ?」

 特にトゥインクルはローレルにとって面倒な相手だ。押しが強い、というか、我儘。何でも自分の想い通りにならないと気が済まない。
 幼い頃はその我儘を可愛く思ったこともあったが、今はそういう感情はない。ローレル自身にも分からないが、綺麗に消え去っていた。トゥインクルはローレルの初恋の相手というリルの考えは正しいが、今も想っているというのは勘違い。恋愛感情が消えていることに気が付いたのは何度か話した結果なので、リルがそう思った時はまったくの勘違いとは言えないが。

「聞・い・て・い・る・の」

「……リルのおかげだ」

 ローレルに恋愛感情があろうとなかろうとトゥインクルのほうは変わらない。その強引さを跳ね返せないローレルも変わっていない。

「あの怪しい従士ね? 彼が何をしたの?」

「僕が変えられなかったことを、わずかな時間で変えてくれた」

 リルが来てからプリムローズの暮らしは大きく変わった。ずっと引きこもりだったプリムローズが、今はリルとローレルがいなくてもノトス騎士団の鍛錬に参加している。これは止めろと言っているのだが、二人の帰りを出迎える為に屋敷の外を出歩くようにもなっている。そして何より、笑顔でいる時間が増えた。ローレルが出来なかったことをリルは実現してくれたのだ。

「その恩を感じて真面目になったってこと?」

「違う」

「じゃあ、何?」

 トゥインクルの顔に怒りの色が浮かんでいる。ローレルの答えは断片的で、詳しい事情が分からない。何度も質問を繰り返さなければならないことに苛立っているのだ。

「……リルは今を変えられることを僕に教えてくれた」

「だから自分も変わりたいと思った?」

「変わりたいとは前から思っていた。ただ、出来なかった」

 今の自分では駄目なことは前から分かっていた。勉強も鍛錬も真面目にやらなければならないことも分かっていた。だが出来なかった。

「でも今は変われると思っている。それを彼が教えてくれたのね?」

「それはある。でも、それだけじゃない」

「じゃあ、さっさとそれも教えてもらえるかしら?」

 トゥインクルの苛立ちが強くなる。彼女はローレルから話を聞き出すのに、これほど苦労したことはない。何もかも聞けたというわけではないが、聞き出せない場合ももっと早く、ローレルのいつもの「教えない」に辿り着けていたのだ。

「……リルは従士として僕に仕える立場になった。でもそれは成り行きだ。無理やりと言っても良い」

「……そうなの?」

「そうだ。ただ僕は……そうであっても僕はリルの主に相応しくありたい。今の僕にはリルに仕えてもらえる価値はない。それは分かっているけど……」

 諦めたくない。ローレルは主従関係に拘っているのではない。ただ側にいることを強制するのではなく、リルの意志で一緒にいて欲しい。こう思っているのだ。

「……そんなに信用して良い相手なの?」

「父上も最初は疑っていたが、今はリルのことを信用している。最初の馬飼としての仕事も、今、僕の従士として養成学校に通っているのもリルの意志じゃない。頼んで働いてもらっている。もし、父上がもう良いと言えば、すぐにもどこかに行ってしまうだろう」

 リルを引き留められる可能性があるとすれば、それはプリムローズだとローレルは勝手に思っているが、その彼女はイザール家を出たがっている。引き留めるどころか、リルと一緒に出ていこうとする可能性のほうが高いのだ。

「イザール家で仕えられることを喜ばないということ? そうだとすれば、彼の望みは何なの?」

 アネモイ四家は帝国最上位の貴族家。仕える先として、これ以上の場所は皇帝家しかない。トゥインクルの考えではそうなのだ。許されれば、すぐに辞めてしまうというリルの事情は想像も出来ない。

「それは僕にも分からない。旅をして、ずっとここで暮らしたいと思える場所を見つけることが目的だと聞いているけど……」

 そんなはずはない。リルには隠していることがある。それは間違いない。その点では、全面的に信用するのは危険かもしれないとローレルも思わなくはない。だが、これまでリルは自分とプリムローズに誠実であり続けている。そうであるのに、自分が彼を疑うのは良くないと考えているのだ。

「そう……結局、良く分からないけど、まあ、頑張って」

 ローレルと話をしてもこれ以上、得られるものはない。そもそもこれ以上、会話を続けられそうもない。トゥインクルは食堂に入ってきたリルに気付いている。
 席を立ってテーブルを離れるトゥインクル。それと入れ替わりにリルが席に座った。

「……何か分かったことはあるかしら?」

 ローレルとリルに聞こえない程度の声量で、トゥインクルは近くのテーブルに座っていた自分の従士に問いかけた。そのまま従士の返事を待つことなく、歩き出すトゥインクル。

「……ローレル殿の妹が誘拐目的で襲われたのは事実のようです。妹以外は全員死亡。その状況で彼が連れて逃げたというところまで。詳細は分かりません。そもそも妹と彼以外に知る者はいないようです」

 少し離れたところで、従士は問いへの答えを返してきた。ローレルとリルにもう声は聞こえないと判断したのだ。

「都合が良すぎるわね?」

「はい。ですが、得た情報はローレル殿の話の通りです。妹を送り届けた彼はすぐに去ろうとしたそうです」

「イザール家が引き留めた理由は?」

 リルが去ろうとしたことが事実だとして、では何故、イザール家は引き留めたのか。それは自分が知りたいことに繋がるではないかとトゥインクルは考えた。

「馬です。とんでもない暴れ馬で、誘拐されそうになった時に殺された馬飼以外は誰も世話が出来なかったそうです。ところが彼はそんな暴れ馬を大人しくさせることが出来た」

「それも都合が良すぎる。その馬は?」

 そんな都合の良い話があるものかとトゥインクルは思う。誰かが、リルが仕込んだことではないかと、イザール候と同じ、疑いを持った。

「皇帝陛下から下賜された馬の子ということです」

「……皇帝家が仕組んだ? そんなはずないわね?」

「送られた馬そのものではありませんから。イザール家で生まれ育った馬です」

 普通に考えれば、あらかじめ手懐けておくことなど出来るはずがない。仮に出来るとすればイザール家の人間、殺された馬飼だが、それも考えにくい。自分が殺される策略に協力するはずがない。口封じの可能性は無ではないが。そもそも策略として手が込み過ぎている。

「それ以外は?」

 本来知りたいことはリルの素性とその能力。イザール家で仕えることになった経緯は、知りたくはあるが本題ではない。

「新しいことは何も」

「そう……直接聞くしかないかしら?」

「トゥインクル様。ここまで彼を危険視する理由はどういうところなのですか?」

 トゥインクルは何故、リルについて詳しく知ろうとするのか。何を警戒しているのか、彼は分からない。少しくらい怪しくても所詮は一従士。ネッカル侯爵家の脅威となる存在ではないはずなのだ。

「危険視? 違うわよ。敵ではなく味方として見ているの」

「味方、ですか?」

「当家の騎士団に加える価値があるかを知りたいの」

 トゥインクルがリルを気にするのは、自家の騎士団に加えたいから。あくまでもリルが優秀であれば、という条件付きだが。

「イザール家の従士を当家の騎士にするのですか?」

 それは許されないこと。他家の、それも同じアネモイ四家の家臣を引き抜いて、相手が黙っているはずがない。たとえそれが従士ではなく馬飼であっても、他の職であっても同じだ。

「話を聞いていなかったの? 彼はいつかはイザール家を離れるのよ? 離れた後の彼がどこに仕えようと文句は言えないわ」

「しかし……」

 イザール家を辞めることはリルの意志であっても、その後にネッカル家に仕えたとなれば、引き抜きを疑われることになる。問題になるのは避けられないと思う。

「グラキエスの好き勝手は許さない。ディルビオだって怪しいものよ。安全なのは、本気で帝国騎士団に進もうとしているローレルくらい。帝国騎士団に進めば従士は必要ないでしょ?」

 トゥインクルが騎士養成学校に入学した目的は、優秀な騎士候補生を自家の騎士団に勧誘する為。グラキエスも、ディルビオも同じだと考えている。
 彼女はネッカル家の跡継ぎにはなれない。そうであればせめて自家の騎士団を率いたい。自分にはそれが出来る力があると考えているのだ。

「そうですが……」

「貴方たちも彼と仲良くなって色々と聞き出しなさい。実力のほうは、そのうち分かるでしょ? なんといってもここは騎士養成学校なのだから」

「……承知しました」

 優秀な騎士候補生の取り合い。これは騎士養成学校側も予想していたこと。それが実際に始まるだけだ。ただ、この時点のトゥインクルは分かっていない。競争相手はアネモイ四家だけではないことを。名もなき騎士候補生の何人かも同じことを考えていることを。

 

 

◆◆◆

 イザール候が難しい顔をしているのは珍しいことではない。領政のことはもちろん、名誉職のようなものとはいえ帝国の上級官僚として色々と考えなければならないこともある。仕事のことを考えて笑顔でいられることは滅多にない。イザール侯爵家と帝国を取り巻く環境は悪化する一方なのだ。
 ただ今、イザール候が難しい顔をしているのは父として。それも侯爵家の当主としてという面もあり、完全な私人としての感情とは言えないが。

「分かったことは以上です」

「……そうか。ご苦労だった」

 調査を終えた家臣に、さらに与える命令は、今のところない。今は考えられなかった。

「恐れながら、解決策はひとつです」

 ただ家臣のほうは「ご苦労だった」の言葉だけでは引き下がれない。問題を解決する方法は分かっている。その実行をイザール候に促さなければならない。

「分かっている。この件がなくても進めなければならないことだ」

「前倒しというわけにはまいりませんか?」

「成人年齢になる前に式を? 私が知る限り、前例がない。前例のないことは行うべきではない」

 儀式の類は決まった通りに行わなければならない。通常と異なることを行って、儀式を意味のないもの、もっと言えば悪い結果をもたらすものにするわけにはいかない。一度しか行えな儀式だ。そうなってから後悔しても、やり直せないのだ。

「では二年後ですか……」

「プリムは帝都の屋敷に移す。絶対に信頼出来る騎士と従士を選び出せるか?」

「近頃はプリムローズ様と騎士団の関係性も良いものに変わってきているようです。ただそれでも、候直々に厳しく命じて頂く必要はあるかと」

 プリムローズと騎士団との関係は、良いと言えるものになってきている。一人で騎士団の鍛錬に参加していることでそれは分かる。だがそれでも絶対に裏切らないかとなると、それは微妙だと、この家臣は思っている。任務として失敗した場合は厳罰となることをイザール候が示す必要がある。

「もちろんだ。人選を頼む」

「すぐに取り掛かります」

 実際にすぐに仕事を始めるつもりで家臣は部屋を出ていく。これまでは大丈夫だった。だが明日も大丈夫とは決して言えない。調査の結果、それが分かったのだ。

「……何を焦ることがあるのか……理解出来ん」

 これは家臣のことではない。今この時もイザール候は報告内容を信じきれない。プリムローズを襲わせる理由が分からない。直接尋ねることも考えた。だが自分が知ってしまったことが分かった時、相手がどう出るかが分からない。もっと大きな問題が引き起こされるかもしれない。イザール候はそれを恐れている。
 解決策は分かっている。問題はそれを実行するまでの時間。事を大きくするよりも、その時間を作ることをイザール候は選んだのだ。

www.tsukinolibraly.com