月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第21話 無自覚な出会い

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 騎士養成学校の毎日は午前中は戦術基礎の講義。午後はひたすら体力作りの授業となっている。元々、素人を一から従士見習いに育て上げる為に考えられた授業内容だ。入学当初は基礎、基礎、基礎。ひたすら基礎を叩き込まれる期間となっている。
 これを物足りなく思う学生もいる。まだ一度も剣を、訓練用の模擬剣さえ握っていないのだ。だが、だからといって余裕で授業をこなしているかとなると、そうではない。入学前にきちんとした鍛錬を行っていない学生だけでなく、割と早い時期から剣を学んでいた貴族家の学生も、戦術の授業はともかく、基礎体力作りには苦労している。貴族が自分の足で走って移動することなど、まずない。主家の子息をひたすら走らせようとする騎士もいない。走るということそのものが不慣れなのだ。

「その点でローレルは助かっているわね?」

「はあ? 僕のどこが助かっている?」

 トゥインクルの問い掛けにローレルは不満そうだ。自分に有利に働いている点など、まったくない。この場にいるアネモイ四家の学生の中で、一番苦労しているつもりだ。

「皆が一から始めるのだから、出遅れないで済んでいる」

「それは……皆じゃない。トゥインクルは足が速いじゃないか」

 走り込みではトゥインクルにまったく歯が立たない。毎回、周回遅れにされる。走り込みだけでなく、他の基礎体力訓練でも似たようなものだ。

「鍛えた結果ではないわ。生まれつき、足が速いみたい」

「体が細いだけだろ?」

「そう思うなら、少しは痩せたら? 入学する前よりは痩せたみたいだけど」

 実際は入学後に痩せたわけではない。リルと鍛錬を行うようになった結果、体が絞れたのだ。ただトゥインクルは、他の二人もだが、ローレルが入学前から自分を鍛えていたなんてことはまったく考えていない。彼らが知るローレルはそういう人間ではないのだ。

「痩せた? そうか、自分では気付かなかった」

「貴方……鏡も見ないの?」

 ローレルの言葉に眉を顰めるトゥインクル。身だしなみを気にすることもしない。その感覚が彼女には理解出来ないのだ。

「見ないな。そもそも部屋に鏡がない」

「そんなはずないでしょ?」

「ない。ああ、そうか。運ぶの忘れていた」

 元はあった。母屋のローレルの部屋には今も鏡が置いてあるはずだ。その鏡をローレルは今、寝泊まりしている部屋に持ってこさせるのを忘れていたのだ。

「運ぶのって? もしかして帝都に屋敷を借りたの?」

 帝都に屋敷を借りることは他の三人も考えている。アネモイ四家の領地は帝都の四方に等間隔で配置されている。皆、三時間くらいの時間をかけて騎士養成学校に通っているのだ。

「いや、違う。屋敷はまだ見つかっていない……そうか。お前たちも探しているのか。これは時間がかかるな」

 同等の屋敷が、この場にいるだけで、四軒必要になる。それでは簡単に見つかるはずがない。見つかっても取り合いになる。

「いっそのこと四人で暮らすかい? それなら一軒あれば良い」

「四人……使用人は四家で分担すれば良いとして、従士はどうする? 従士の部屋も用意出来る大きな屋敷など、そもそもあるのか?」

「……驚いた。考える余地もなく、否定すると思っていたのに」

 同居を言い出したディルビオは、ローレルは拒絶すると思っていた。少しローレルを揶揄うつもりで、同居の話を持ち出したつもりだったのだ。

「それだけではない。従士に個室を用意するつもりか? いつから、使用人に優しくなった?」

 グラキエスはローレルの従士に対する心遣いに驚いている。ローレルの使用人嫌いは良く知っている。嫌いな理由も。

「うるさいな。リルとは今も同じ建物で暮らしている。部屋も一人一部屋だ」

「彼が特別ということか……」

 ローレルに変ったところがあるとすれば、それは従士であるリルの影響。一緒に入学してきた段階で、すでに使用人の中でも特別な存在であると思っていたが、今の話でその考えが正しかったことが証明された。

「素性の知れない怪しい従士ね。でも、まあ、こうしてローレルが私たちと当たり前に食事をしているのも彼の影響なら、悪くはないわね」

 四人が話しているのは食堂だ。四クラス合同授業のあと、なんとなく揃って食堂に来て、そのまま同じテーブルで食事をしているのだ。

「今日はたまたまだ」

「ああ、そうか。彼がいない。一人で食事をするのが嫌だから、私たちと一緒にいるのだね?」

 ディルビオの従士、トゥインクルとグラキエスの従士もすぐ隣のテーブルで食事をしている。同じテーブルではなく、四人が座っているテーブルを囲む位置に分散して。食事中も護衛役としての務めを忘れていないのだ。

「そんな感じだ」

「主を放ったらかしにして、どこに行っているの? 特別扱いもほどほどにしないと駄目じゃない」

 主と使用人の関係性をトゥインクルは大事にしている。特別厳しくするわけではないが、甘やかすことは秩序の乱れに繋がるという考えを持っているのだ。

「馬の世話だ。昨日、預けている馬小屋で少し暴れたみたいで。同じことが起きないように見に行っている」

「どういう馬に乗ってきているのよ? きちんと躾けられた馬に乗りなさい」

「レイヴンはリルでなければ世話が出来ない」

「……良く分からないわ。彼は従士なの? 馬の世話係なの?」

 従士として騎士養成学校の授業を受けていては、馬の世話が出来ない。馬の世話をしていなければならないのであれば、ローレルの性格から難しいことは分かっているが、別の従士を付けるべきだとトゥインクルは思う。

「両方だ」

「両立なんて出来ないでしょ?」

「出来る……ああ、ずっと馬の側にいなければならないわけではない。昨日暴れたのはリルに放ったらかしにされていることに拗ねただけだ。昼に一度、顔を見せて、少し一緒にいてやれば、あとは大人しくしているはずだ」

 ずっと側にいなければならない状況では、さすがに騎士養成学校に入学させようとは思わない。レイヴンが拗ねたのは、領地にいる時よりもリルといる時間が短くなったことに気付いたから。顔を見せる頻度を少し増やしてやれば大人しくしていることを、ローレルも理解している。

「そこまで馬に好かれるなんて、馬飼の才能があるのだね?」

「だが、体力も相当なものだ。馬飼だけで終わらしたくないという気持ちは分からなくはない」

 では馬飼の仕事をさせておけば良い。これを言いそうなトゥインクルより先にグラキエスは従士としての才能も認めるような発言をした。
 実際にそう思っている。ローレルの様子を気にしていれば、自然とリルのことも分かる。まだ授業は基礎体力作りの段階だが、リルは明らかに標準を軽く超えている。ローレルに合わせていることも多いので、実際のところは学年全体でも上位に位置するのではないかとグラキエスは考えているのだ。

「でも怪しくて危険な男よ?」

「そういう男が女性は好きだって聞くけど?」

「知らない。世間でそう言われているのだとしても、私は違う。そもそも好みなんてない。邪魔になるだけでしょ?」

「夢がない……まあ、現実か」

 トゥインクルだけではない。ディルビオも同じだ。好みの女性と結ばれる可能性は低い。ない訳ではないが、本人に選ぶ権利はないのだ。自分の好みなど持たず、期待もせず、決められた相手を好きになる。こう考えていたほうが良いと思っている。

「グラキエスはどこの誰と結婚する予定なの?」

「はあ? そんなことは決まっていない。お前たちだってそうだろ?」

「貴方は後継者だわ。ムフリド家の当主の妻になる女性なのだから相応しい人を選んでいるでしょ?」

 これは少し妬みが入った言葉。トゥインクルが当主になれる可能性は限りなく無に近い。自分の能力に自信を持っている彼女は、それに納得していないのだ。

「そういえば、ローレルの妹は美人なのかな?」

「教えない。それにプリムがお前らの妻になることは絶対にない」

「それは……そういう話をしたいわけじゃなくて」

 プリムローズは妾の子。ムフリド家当主の妻は勿論、次男であるディルビオの正妻にもなれない。それはディルビオも分かっている。結婚の現実を話しても気持ちが暗くなるだけなので、もっと盛り上がる話題に変えようと考えただけだ。

「プリムの母のことを考えているのなら、それは間違いだ。いや、まったく関係なくはないか。とにかく、求められてもプリムを嫁がせることはしない」

「大切にしているのだね?」

「ああ、そうだ。だが僕の感情の問題ではない。イザール家の人間と認められていないプリムが、どうして結婚相手を家の都合で決められなけれならない? そんなことは許されない」

「それは……どうだろう?」

 逆にローレルの考えのほうが許されないはずだ。イザール侯爵家の血を引いている。母親の身分がどうであろうと、それに価値を認める相手はいる。政略結婚の役に立つのだ。

「許されない。僕も同じだ。生まれ落ちた時からイザール家の人間として認められていないのだがら、イザール家の為に自分の人生を使うつもりはない」

「……そこは変らない……いや、以前よりもはっきりと言うようになったね?」

 心の中でそういう思いを抱いていることは知っていた。だが、以前のローレルはその思いを口に出すことはしなかった。ディルビオたちが相手だからではない。それを口にする勇気がなかったのだ。

「可能性だ」

「可能性? 何の可能性のことかな?」

「お前には教えない」

「出た。やっぱり、変らないね?」

 答えに窮するとローレルはこの言葉で誤魔化そうとする。幼い頃からそうだった。見栄を張ったり、知ったかぶりをしたり。その度に三人に詰められ、誤魔化しきれなくなってこれを口にするのだ。
 だが今のこれは少し違う。ローレルは答えを持っている。「自分の可能性を信じるとにした」という答えだ。ただ照れくさくて、いつものように馬鹿にされるのが嫌で口に出来なかったのだ。

 

 

◆◆◆

 リルが向かった騎士養成学校の馬小屋は、ローレルが小屋と言っているだけで、実際はそんな規模ではない。イザール侯爵家の十倍はあろうかという大きな厩舎なのだ。騎士養成学校の授業には当然、馬術もある。訓練用の馬の為の厩舎だ。
 かつては全校生徒の数を超える馬がいたのだが、予算不足で今は百頭ほど。がらがらになった厩舎が、ローレルとリルのように馬で通学してくる学生に解放されるようになったのだ。

「あれ? あの……失礼ですけど?」

 レイヴンとルミナスが繋がれている場所に着いたリル。だが、そこには先客がいた。馬飼とは思えない服を身に着けた男性だ。

「……お主がこの馬の世話を?」

「はい、そうです」

「お主はタリフ殿の息子か? いや、息子にしては若すぎるか」

「えっと……タリフ殿というのは?」

 男性の質問の意味が分からない。タリフという名も、この状況でどうして自分がそのタリフの息子だと思われたのかも。

「この馬の世話をしていた人だ。名を知らないということは息子ではないのだな? それでよくこの馬の世話を出来るものだな?」

 男性はレイヴンがかなり気難しい馬であることを知っている。男性の問いで、リルにはそれが分かった。そうなると更に、男性の素性が分からなくなる。タリフは男性の話からリルの前にレイヴンの世話をしていた殺されてしまった馬飼のこと。そのタリフを知っている男性は、学校関係者ではなく、やはり馬に関わる仕事をしている人なのか。

「何故か気に入られまして……気に入られているとは限りませんか。遊び相手だと思っているのかもしれません」

「それは気に入られているということだ」

 実際にリルが来た途端に、レイヴンは男性への関心を失い、リルばかりを気にしている。早く外に出せと催促しているようにも見える。実際にそうだ。

「そうですか? 揶揄われている時もあるような……」

 そもそもリルがイザール侯爵家で働くことになったのはレイヴンのせいだ。実にタイミング良く、リルにとってはタイミング悪く、暴れ出し、リルが側に行くと大人しくなる。リルの必要性をイザール侯爵家に示したのだ。

「その制服は騎士養成学校のものだな?」

「あっ、はい。ローレル様の従士もしております」

「授業を受けながら、この馬の世話をしているのか?」

「そうです。そのせいで昨日、ちょっと暴れてしまいまして。相手をしてあげる時間が少なかったようです。毎日、養成学校の通学時間は一緒にいるので平気だと思っていたのですけど」

 相手をする時間が少ないとレイヴンが拗ねるのは分かっていた。だが通学で往復六時間、一緒にいるのだ。それはイザール侯爵家の屋敷にいる時よりも長い。大丈夫だとリルは思っていたのだ。

「それでは学ぶことなど出来まい?」

「いえ、少し遊び足りないだけだと思っています。帝都との往復はただ移動しているだけ。それはレイヴンにとって楽しい時間ではなかったようです」

「領地から通っているのか?」

「はい。詳しいことは私には分かりませんが、帝都で借りようにも空きがないそうです。えっ……あっ、えっと……」

 レイヴンがさらに露骨に催促してきた。首を伸ばして、鼻でリルをつついているのだ。男性との会話の邪魔になるくらいに。

「良い。遊んでやれ。休憩時間にも限りがあるのであろう?」

「はい。では、失礼します」

 実際に時間はない。レイヴンだけでなくルミナスの相手も、それも平等に相手をしようと思えば、昼休みではぎりぎりだ。男性の許しを得るとすぐにリルは、二頭を引いて、厩舎の外にある馬場に速足で向かった。
 そのリルの後を男性も、こちらはゆっくりと付いていく。

「……なるほど。確かにあの暴れようはジェットブラックの息子だな。そうなるとあの男……」

 男性が馬場に着いた時には、すでにリルはレイヴンに乗っていた。暴れていると思うほど、荒々しい走りのレイヴンに。その走りを見て、男性は呟いた。男性はレイヴンを知っていたのではない。レイヴンの親馬を知っていたのだ。

「陛下、こちらにいらっしゃいましたか」

 それはそうだ。男性はレイヴンの親馬の元の飼い主であり、その馬をイザール侯爵に下賜した人、アークトゥルス帝国皇帝なのだから。

「……こんなところまで追いかけてきて、何だ?」

「会食の開始時間を過ぎております」

「知っておる」

 自分の今日のスケジュールくらい把握している。気が進まない会食があると分かっているから皇帝は、可愛がっていたジェットブラックの子がいると聞いた厩舎に来ていたのだ。

「……お戻りいただけますか?」

「……仕方がない」

 遅刻はちょっとした抵抗。完全にすっぽかすわけにはいかないことは皇帝も分かっている。迎えに来た臣下の先導で、城に戻ることにした。

「ああ、そうだ。イザール候の子息が帝都で借りる屋敷を探すのに苦労しているようだ。用意してやれ」

「帝都の貴族屋敷に空きはないと聞いております」

「では空けろ」

「……承知しました。すぐに手配いたします」

 いくら皇帝の命とはいえ、こんな簡単に引き受けて良いものではない。屋敷から追い出されることになる貴族家はどうするのか。どう思うのか。帝国に、皇帝に悪感情を抱いて、領地に戻ることになるかもしれない。
 だが、それを皇帝に伝えることをこの臣下は行わない。彼だけではない。他の多くの臣下がそうだ。そういう臣下ばかりを身近に置く皇帝が悪い。その通りなのだが、勇気を持って諫言する臣下がいないのも事実。これが帝国の現状だ。

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