月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第8話 すれ違い

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 今日も四卿会議が開かれている。四卿とエルヴィン王子が参加する会議だ。ただ今日は議題がある。これまでも議題がまったくなかったわけではなかったが、今日中に決めなければならない重要でかつ緊急な検討事項があって、会議が開かれているのだ。
 話し合う内容は、王都に向かっていたユーリウス王子が、ツェンタルヒルシュ公国で足止めされて動けないでいるというもの。これに対して、王国としてどう対応するか。これを決定しなければならない。

「ラングハイム家に敵意はない。これは間違いないのだな?」

 ルーカス内務卿が、この情報をもたらしたリベルト外務卿に問いを向けた。緊急招集とあって、まだ詳細を把握出来ていないのだ。

「監禁拘束されているわけではなく、毎日のように宴が開かれ、もてなされているとのことです。敵意はないと言えるでしょう。だからといって悪意があることは否定できませんが」

 ユーリウス王子は一日でも早く王都に辿り着き、国王就任を果たさなければならない。それを邪魔するのは悪意があってのことだ。

「ツェンタルヒルシュ公の目的は何だ?」

「今、分かっておりますのは、ご令嬢を王妃にすること。ユーリウス王子と自分の娘を結婚させることです」

 現地の詳しい情報は入手出来ている。ツェンタルヒルシュ公の許しを得て送られてきたユーリウス王子からの使者が、情報を伝えてきたのだ。

「……要求を受け入れるというのも一つの選択肢だ」

 ラングハイム家との結婚は悪いことではない。両家の結びつきを強め、同盟関係を構築出来れば、王国中央の北から南がひとつになって他家に対抗出来るようになる。

「ご令嬢との結婚の次は、王国での地位を要求されるかもしれません。それも受け入れてかまわないとなるのであれば、それも有りかと私も思います」

「要求するとすれば、どのような地位だと思っている?」

 これについては問いを口にしたルーカス内務卿も答えを予想出来ている。自分の考えが間違いないことを確認しようとしているだけだ。

「内務卿か外務卿。もしくはその上の王国宰相でしょうか?」

 内政のトップか軍事のトップ、さらに国政全体への権限を持つ宰相。予想されるのはこういう地位だ。宰相はもちろん、内務卿や外務卿でも王国内での影響力は大きい。まだ若いとされる年齢で王になるユーリウスを差し置いて、王国の実権を握ることが出来る地位だ。

「王国宰相は渡せない」

「ご自身の地位であれば譲れると? お分かりだと思いますが念のためにご説明しますと、ルーカス卿とリーンバルト卿のどちらかが引けば、四卿会議におけるシュバイツァー家の影響力は半減します」

 リベルト卿はシュバイツァーの分家。ルーカス卿のライサネン家はシュバイツァー家に古くから仕えていて、婚姻で親戚関係にもある。この二人がシュバイツァー家の不利益になるような政策に賛成することはない。
 決裁権限は国王にあるとしても、四卿における多数側を否定する決断をするのは躊躇われる。臣下の意見に耳を貸さない独裁者などという評判は立てられたくないのだ。

「……分かっている。あくまでも選択肢のひとつとしては考えられると言っているだけだ」

 分かっていなかった。ルーカス内務卿はその能力よりも王妃の父という信頼感から内務卿に抜擢された人。古くからの従属家という点もベルムント王が信用を置いた理由だ。能力のほうはベルムント王の考えを忠実に内政に反映していればそれで問題はなかった。実務を行うのもルーカス内務卿ではなく、その部下たちなのだ。

「色々と考えられますが、結局はユーリウス殿下がお決めになること。足止めが続いているということは、殿下は受け入れることに躊躇いを覚えているということです。ラングハイム家との婚姻は今のところ、選ばれる可能性の低い選択肢のようです」

「リベルト卿、そしてブルーノ卿がシュバイツァー家に絶対の忠誠を向けているのであれば、我ら二人のうち一人が引いても問題にはならない」

 リーバルト軍務卿が、彼が勝手にそう思っているだけだが、リベルト外務卿の説明に隠されている問題を指摘してきた。リベルト外務卿の言い方だと彼自身とブルーノ財務卿の二人はシュバイツァー家の側に立っていない。シュバイツァー家に不利益となることにも賛成する可能性があることを前提としている。

「私、そしてブルーノ卿が次期政権においても変わらず今の地位にあるのであれば、そうでしょう」

「……なるほど。その可能性は考えていなかった」

 上手く誤魔化された気がしているが、二人が罷免される可能性はリーバルト軍務卿も認めるところだ。彼自身もそうだ。ユーリウス王子はまだ誰の地位も保証していないのだ。

「現時点での殿下の意思は、せいぜい保留。ツェンタルヒルシュ公の要求は受け入れない、です。このご意思を尊重した上で、いかにして王都に来ていただくか」

「……迎えに行く、だろうな」

 ただ迎えに行くのではなく、軍勢を率いて迎えに行くだ。ユーリウス王子を解放しなければ戦いも辞さずという姿勢を見せて、ツェンタルヒルシュ公を脅すということだ。

「どれくらいの迎えを考えておられるのですか?」

 軍を動かすには金がかかる。ブルーノ財務卿がもっとも気になるところだ。

「軍事的にはツェンタルヒルシュ公国と戦えるだけの数」

「軍事は素人ですが、王都が空になりませんか?」

 素人と謙遜しているが、財務卿であるブルーノでも分かる。王都にナーゲリング王国の全軍がいるわけではない。直轄領と諸侯領地の境に多くが、個々の駐留地における数は相手を刺激過ぎない数に抑えられているが、配置されているのだ。

「空にはしない。最低限は残せる」

「実際に戦いになった場合はどうされるおつもりですか?」

「これで戦いになるようであれば、遅かれ早かれ戦争になるということだ。そうであれば、他の公国に動く気配がない今、動くべきだ」

 もともとナーゲリング王国には全公国を相手に戦う力はない。それが出来るほどの軍事力の拡張は財政的にも外交的にも難しかった。急激に軍事力を拡張すれば、公国もそれに合わせて軍備を増強させる。王国が力をつける前に、と考える可能性もある。現体制の維持を重視していたベルムント王はそれを避けたのだ。

「……司令官はエルヴィン王子ということでよろしいですか?」

 軍の出動は採決するまでもなく決定とみて、リベルト外務卿が司令官の人選を提案してきた。軍事的な観点からの提案ではない。それで選ばれると別の人になると考え、越権であると批判されるのを覚悟で口出ししたのだ。

「なんだと?」

 難しい問題が話されている中、ずっと黙って聞いているだけだったエルヴィン王子が声を発した。自分を司令官になどと言われたのだ。黙って聞いているだけでいられるはずがない。

「ユーリウス殿下をお迎えする為だけでなく、入れ替わりに北に向かわれるエルヴィン殿下の護衛でもある。脅しであることが明らかであるとしても、こういった建前は必要と思われます」

 脅しではあるが、それをあからさまにすることは良くない。無事にユーリウス王子を王都に迎えられた後は何事もなかったかのように振舞えるようにしておく必要がある。ナーゲリング王国だけでなくツェンタルヒルシュ公国側も。こうリベルト外務卿は考えている。諸侯との交渉役である彼は、こういう気遣いのような考えが出来るのだ。

「……私はそのまま北の領地に行くのか」

「ユーリウス殿下が王都に到着されれば、すぐに発つ予定でした。それが少しだけ早くなるだけです」

「……分かった」

 ここで抵抗しても王都に残ることは出来ない。残れるとすれば、ユーリウス王子に何かあった時。それを期待しているような行動はエルヴィン王子も問題だと思っている。シュバイツァー家と従う諸侯に、そっぽを向かれるような事態になれば、国王どころかノルデンヴォルフ公にもなれなくなることは分かっているのだ。
 エルヴィン王子と率いる軍は、一週間後、王都を発つことになった。少しづつ事態は動き出している。それぞれがそれぞれの思惑で。

 

 

◆◆◆

 トビアスたち、元クリスティアン王子の従士であった四人は試練の時を迎えている。厳しい訓練で追い込まれているわけではない。身の危険を、先々はあるかもしれないが、感じているわけでもない。それでも、どうすれば切り抜けられるか分からない状況に置かれてしまっているのは間違いない。

「あの……イグナーツと会ったことはあるかと、お聞きしたのですけど?」

 固まってしまっている四人に向かって、もう一度同じ質問を投げかけたのはルシェル王女。彼ら四人はルシェル王女に呼ばれて、この場にいるのだ。

「……し、失礼致しました。殿下との対面に緊張しておりまして」

 なんとか自分たちの反応をごまかす嘘を思いついたのはアルヴィだ。

「緊張なんて……クリスティアン王子にお仕えしていたのですよね?」

 いきなり自分に呼び出されては緊張もすると思いかけたルシェル王女だが、考えてみれば彼らは近衛だったのだ。王家の人間と接することには慣れているはずだと思い直した。

「……はい。ただもう五年も前のことになります。まだ我らも若く、未熟でした」

 一度言葉を発してしまえば緊張も少しは解れ、頭も回るようになる。

「そうですか……それで、イグナーツとは?」

 緊張している理由を追求することに、ルシェル王女の考えでは、意味はない。追及したからといって、彼らも全てを話すわけではない。ルシェル王女の意図を彼らはまだ分かっていないのだ。

「お会いしたことはあります」

 これを誤魔化すことは無意味、どころか間違った選択だ。近衛所属である彼らが城内にいたイグナーツに会ったことがないはずはない。こう思っているからルシェル王女は、こうして彼らに確認しているのだ。

「彼はどのような暮らしをしていたのですか?」

「暮らしですか? それは、どのようなことをお知りになりたいのでしょうか?」

 暮らしの様子を尋ねられても、どう答えれば良いか、彼らには判断がつかない。ルシェル王女は言葉にした通りのことを聞きたいだけなのだが、裏を考えてしまうのだ。

「普通に毎日をどう過ごしていたのかを知りたいだけですけど?」

 城での暮らしの様子を聞いているだけのつもりなのに、答えが返ってこない。ルシェル王女には彼らの反応が不思議だった。

「……鍛錬や勉強をしておられました」

「鍛錬と勉強……楽しそうでしたか?」

「……楽にこなせるようなものではありませんでしたが、毎日続けておられました」

 楽しそう、とは返せなかった。勉強の場には同席していないので詳しい状況は分からないが、鍛錬は辛く厳しい内容てあったことを彼らはよく知っているのだ。

「……ルナ王女とは……その……仲良くしていましたか?」

「それは……普通に?」

「普通……? あっ! もしかして私相手ということで気を使って答えていますか? もし、そうなら無用の気遣いです。私はルナ王女と仲良くしていて欲しいと思っています」

 ようやくルシェル王女は彼らが答えに困っている理由に気が付いた。正しく理解しているとは言い難いが、少なくともナーゲリング王国の王女である自分に、フルモアザ王国の人々について好意的な話はしづらいだろうということは分かった。

「……お二人はとても仲良くされていました」

 ルシェル王女が求める答えをアルヴィは返した。本当のことを答えただけだが。

「本当ですか?」

 あまり人を疑うことをしないルシェル王女であっても、この流れではアルヴィは嘘をついているのではないかと思ってしまう。

「真実です。本当に仲が良く、お似合いの二人でした」

 この返しには、ルシェル王女への気遣いは含まれていない。それどころか、彼女の問いによって当時のことを思い出したアルヴィは、わずかに悪意を込めてこう答えた。その二人の将来を奪ったのはナーゲリング王国。ルシェル王女の父であるベルムントなのだ。

「…………」

 ルシェル王女はアルヴィの思いを正しく読み取った。イグナーツの死を知らされてからずっと罪悪感を覚えているのだ。

「王女殿下はイグナーツ様の何をお知りになりたいのですか?」

 アルヴィはルシェル王女の意図を尋ねた。はっきりと確認しないと、これ以上は話せないと思ったのだ。

「……イグナーツとは短い期間ですけど、いつも一緒にいました。年の近い姉弟として、私と彼も仲が良かったと思っています」

「そうでしたか」

 ルシェル王女がイグナーツについて知りたいのは、彼への好意から。鵜呑みにするつもりはないが、アルヴィはそういうことだと理解した。

「彼は犠牲者です。私は姉として、彼を死なせたナーゲリング王国の一員として、彼の生前を知るべきだと思いました。出来れば、彼の最後も……」

「最後の時は我々も知りません」

「……そうですか」

 竜王弑逆事件の当日、何があったかを彼らは知らない。クリスティアン王子の側にいた彼らは、彼ら自身が経験したこと以外について、後からでも、知る機会はなかったのだ。イグナーツについても、何の情報もない中で、一緒に殺されたのだろうくらいに思っていた。生きているとしても二度と会うことはないと、根拠もなく、思っていたのだ。
 そのイグナーツは生きていた。生きて、自分たちと同じ兵士候補としてここにいる。この事実は、さすがにルシェル王女に話す気にはなれない。そこまで彼らは、ルシェル王女を信頼出来ていない。

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