月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第102話 志が高いから正しいなんてことはない

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 クローヴィスの殺害に成功した後、シュバルツたちは国境を越えてシュタインフルス王国に入った。正規のルートではない。かつて任務で潜入した時に使った山中の道なき道を進んで、同じく任務の時に隠れ処として利用していた場所に入ったのだ。そこは今、黒狼団の隠れアジトとされている。アルカナ傭兵団にこの場所は知られているので本当の意味での隠れアジトではない。シュタインフルス王国内の本当のアジトは、また別の場所に用意している。
 一気にそこに向かわずにここに来たのは、ベルントが同行しているからだ。ベルントから話を聞いたシュバルツは、当面の同行は許した。すでにシュタインフルス王国に先行しているセーレンも、父であるテレルの死の様子を直接聞きたいだろうと思ったからだ。だからといって信用しているわけではない。ということで、すでにアルカナ傭兵団には知られている、この場所が連れて行く場所として選ばれたのだ。

「……そうですか。父はそのような最後を」

 ベルントから父のテレルの最後を聞かされたセーレン。生存は諦めていたが、それでもひどく気持ちが沈んでしまう。涙を流さないでいるだけ、耐えているほうだ。

「自分はテレル殿に命を救われたようなものだ。その恩を返したいと思っている」

「生き残ったのはベルント殿ご自身の力です。恩に感じる必要はありません」

 気持ちはありがたいが、受け入れるかとなるとそうではない。ベルントのこの先の人生を、わずかな恩で犠牲にしたくないとセーレンは考えているのだ。

「最後の約束なので」

「それに囚われる必要はありません。ベルント殿はベルント殿の好きなように生きるべきです」

 片腕を失うほどの大怪我を負ったベルント。生き残れたのは奇跡に近い。そうであれば、その助かった命を大切にして欲しいとセーレンは思う。

「……その好きなように生きると、テレル殿との約束は一致している」

 ベルントの視線がシュバルツに向く。ベルントがテレルと約束したのは「シュバルツを支えて欲しい」だ。相手はセーレンではない。

「俺たちはアルカナ傭兵団とは違う」

「分かっております。同じであれば、私が好む生き方とは一致しておりません」

「……どういうことだ?」

 ベレントは、神意のタロッカを引き継いだ自分とディアークを重ねているのだとシュバルツは考えていた。これまでと変わらずアルカナ傭兵団の団員としての生き方を続けようとしているのだと。だがベルントはそうではないと言っている。それがどういうことか、シュバルツには分からない。

「貴方はクローヴィスを殺した。カードに認められていることなど気にすることなく、殺すべき相手を殺した」

「爺の復讐が俺の目的のひとつだから」

「神意のタロッカは貴方の手元にあると聞いております。全てのカードと人を揃えようとは思わないのですか?」

 シュバルツの選択は、ベルントにとって好ましいもの。何故そういう選択が出来たのかをシュバルツから聞きたかった。

「一応、揃える努力はするつもり」

「……それでもクローヴィスを生かそうと思わなかった?」

 シュバルツには神意のタロッカを集めるつもりがある。これはベルントにとって少し予想外。神意のタロッカなど、どうでも良いと考えているのだと思っていたのだ。

「あんな奴、仲間として受け入れられない。爺の復讐相手という理由がなくても無理」

「……まずは仲間として認められること。選定はその次ですか」

「正直、俺はカードに選ばれる奴なんてどんな奴でも良いと思っていた。一緒にいる必要なんてないだろうからな。でも、エマが仲間と思えない人間に助けられるのは嫌だって言うから」

 とにかくカードとカードに選ばれる人を揃えればそれで目的は達せられる。人格などどうでも良いとシュバルツは最初は思っていた。あくまでもエマの目を治してもらうだけ。その時だけ一緒にいれば良いと考えていたからだ。

「エマ殿というのは?」

 ベルントはエマを知らない。ずっと前線であるノイエラグーネ王国にいたので、耳にしている情報が少ないのだ。

「はじめまして。エマといいます」

「貴女が……」

 シュバルツと同じ年ごろの美少女。シュバルツとは、どういう関係性なのか気になるところだ。今聞くことではないと思って、口にはしないが。

「シュッツの説明だけでは分からないと思います。彼はタロッカを私の目を治すことに使うつもりで。でも、私の目を治すことよりも大切な目的が私たちにはあります。仲間が力を合わせないと実現出来ない目的です」

「……その大事な目的を教えてもらえることは出来るのでしょうか?」

「世の中をもう少し生きやすくすることです。でも、ラングトアで暮らしていた時に考えていたのとは違ってきて」

「世の中をもう少し生きやすくですか……」

 最初はそんな望みだった。もう少しだけ、世界は自分に優しくあって欲しい。そう望んでいた。アルカナ傭兵団に加わる前、ずっと前のことだ。

「くだらないなんて思うなよ? お前が思っているよりも、もっと大変なことだからな。貧民街を牛耳るのとは規模が違う」

 ベルントの反応をシュバルツは誤解した。「そんなことの為に神意のタロッカを使うのか」と呆れているのだと受け取った。だが、そうではない。

「くだらないなんて思っておりません。懐かしいと思っているだけです」

「懐かしい?」

「若い頃、同じようなことを考えていました。もう少し世界は自分に優しくしてくれたら良いのに。こんな風に思っていました」

「……そうか」

 誤解であることを知ったシュバルツ。ベルントの言葉は、シュバルツも共感出来るものだ。自分自身はそれほど苦労して生きてきたとは思っていないシュバルツだが、仲間たちの苦しみを和らげたいと思って、今があるのだ。

「多くの団員が似たようなことを思っていました。ですが、いつの間にか傭兵団は我々が思うものとは違ってきた。世界を変える。実際にそれくらいでなければ意味のないことは分かっているのです。ですが、元々我々が求めていたのは、ほんの少しの普通なのです」

 志は高くあるべき。これは間違いではない。だが、成果が見えない時期が長く続けば、人々は努力することに疲れてしまう。その疲れた心を、また目的に向かわせる何かが必要になる。
 アルカナ傭兵団はいつの間にか、その「何か」を、一部の団員に対してだが、与えられなくなっていた。

「……そのほんの少しの普通を手に入れる為に命をかける?」

「答えは分かっているはずです」

 シュバルツたちも命をかけようとしている。すでに何度もそうしてきているはずだとベルントは思った。そうでなければ、大陸最強を謳われるアルカナ傭兵団でも驚かれるような強さを必要とするはずがない。

「……剣を教えられるか?」

「騎士団にいたことがありますので、その教え方で良ければ出来ます」

 ベルントは元騎士、正確には従士だ。従士でありながら驚くべき実力を発揮していた。多くの戦いで活躍し、それでも従士のままだった。

「そうか……じゃあ、まずは敬語を止めろ」

「え?」

「俺たちは騎士団でも傭兵団でもない。ただの悪党の集まりだ。上下関係なんて……エマに誰も逆らえない以外はない」

 黒狼団で一番偉いのはエマ。エマには誰も逆らえない。皆が好意を持っているから、だけでなく怒らせると誰よりも怖いのだ。

「シュッツ。怒るわよ」

「はい、ごめんなさい。冗談です」

 そして誰よりもエマに弱いのはシュバルツだ。

「私たちも敬語を使わないで良いですか?」

「あ、ああ。もちろんだ」

 シュバルツは最初から使っていない。それを気にするベルントではない。ただエマがこう言ってきたことには少し戸惑った。育ちの良いお嬢様に思えてしまうのだ。そんなはずはないのに。

「じゃあ、ベルントさん。黒狼団にようこそ」

「ろくでもない集団だけどな」

「シュッツ! そういうことは言わないの!」

 またベルントの心に懐かしいという思いが湧いてくる。アルカナ傭兵団も最初の頃はこんなだったことを思い出したのだ。人が増え、序列が出来、少しずつ変わってしまったことを。
 彼らには自分たちと同じ間違いを犯して欲しくない。ベルントはこう思った。もしかするとテレルもこんな風に考えて、自分に思いを託したのかもしれないとも思った。

 

 

◆◆◆

 ノートメアシュトラーセ王国におけるクーデターは大陸の人々を驚かせた。だがその話題で盛り上がったのは、それほど長い期間ではない。所詮は小国での出来事、というだけが理由ではない。ノートメアシュトラーセ王国で起きたクーデターよりも、もっと大規模な争乱が大陸西部で巻き起こったからだ。西の覇者、ベルクムント王国の従属国の一つが反旗を翻すという、まさかの事態が起きたのだ。
 そのようなことになった理由はすぐに明らかになった。ベルクムント王国の圧政。ヘルツによって狂わされた国王の暴政は自国内でとどまらず、従属国にまで及んだ。その多くは国王が直接関わったものではない。良識も能力もある良臣たちが除かれた後、その座を得た愚臣たちの仕業だ。ベルクムント王国という大国の威を利用して、彼らは私欲を満たそうとした。そのあまりの酷さに我慢出来なくなった従属国が兵を起こしたのだ。
 それでも国力の差は歴然。従属国が国を挙げて抗ったところで結果は見えている、はずだった。だが、そうならなかった。愚臣たちは従属国の反乱という事態になっても、まったく危機感を覚えることなく、傲慢であり続けた。戦功をあげて莫大な恩賞を得る絶好の機会と考え、我こそは総指揮官と名乗りをあげた。結果、欲にまみれた無能な指揮官が幾人も鎮圧軍に加わることになる。無能な指揮官がバラバラに指揮を採る。それは、まさかの結果を生み出した。ベルクムント王国軍の敗北という結果だ。
 そうなると他国も傍観者ではいない。中央諸国連合との戦いから三連敗。それも圧倒的な戦力差がありながらの三連敗。ベルクムント王国を恐れる従属国などいなくなった。
 次々と独立を求めて立ち上がる従属国。その事態をさらに愚臣たちが悪化させる。自分たちの失敗を隠す為に、事態を正しく王国に報告しなかったのだ。 
 結果、王国は、国王は適切な対処をいつまで経っても行うことが出来なかった。反乱の火はベルクムント王国の支配地域全体に広がっていった。

「ご苦労でした、シャムシ。素晴らしい成果ですね?」

「ヨシュア様にお褒め頂いて恐縮です。ですが、大したことではございません。大軍といっても烏合の衆。あれであればアルカナ傭兵団のほうが遥かに手強かったです」

 ベルクムント王国の混乱にも教会が関わっていた。ベルクムント王国は大陸西部にあるというのに、教会の東方中央教区の関係者が。
 教会の野心は同じ方向を向いているのではない。東西での権力争いがあり、野心の大きさにも違いがあるのだ。

「そうだとしても求める結果を出したのですから、褒められる資格はあります」

「ありがとうございます。ですが、引き上げて来て、よろしかったのですか?」

 彼らは最初に反旗を翻した従属国の味方をしていた。まさかの結果を作り出したのは彼ら、神子騎士団の力もあってのことなのだ。
 だが反乱の火の手はさらに広がり、戦いはこれからが本番。そうであるのに引き上げてきて良いのか、疑問に感じていた。

「過度の支援は良くありません。新たな世界を創り上げようと思えば、まず元あるものを壊さなければなりません。破壊し尽くし、悪いものを浄化してこそ、新たな世界は素晴らしいものになるのです」

「神の代理として、悪を浄化することが我らの使命です」

「ええ、そうです。ですがまだです。貴方たちが活躍するのは今ではありません。人々が戦いに苦しみ、疲れ、自らの行いを悔い、そうなって初めて貴方たちは人々を救うのです。浄化には人の心も含まれているのです」

 大陸西部の混乱は簡単に収まってもらっては困るのだ。小国が乱立し、人々が戦いに疲れ、救いを求める気持ちが地に満ちた時を狙って、教会は動く。救世主として現れ、実際に戦乱から人々を救い、教会の権威をかつてのよう、どころか、遥かに超えるくらいに高める。教会、ではなく、東方中央教区の司教であるヴィルヘルムが大陸の支配者となるのだ。

「申し訳ございません。ヨシュ様のお考えは私ごときには読み測れないようです」

 その野心を実現する為に、神子騎士団は創設された。まだ幼い頃から思想教育を行い、戦闘訓練を施し、最強部隊を作った。本来の目的から外れたそれを、東方中央教区は行ったのだ。自らの欲望の為に。

「……シャムシ。貴方はもう少し広い視野を持ち、思考を柔らかくしなさい。それが出来れば、貴方はもっと素晴らしい戦士になれるはずです」

「……申し訳ございません」

 シャムシは思想教育がもっとも上手くいった例で、教会の正義を微塵も疑うことなく、ヴィルヘルムとヨシュアの言葉を絶対のものと受け取る優等生だ。だが、あまりに思考が凝り固まり過ぎている。ヨシュアはその点を不満に思っている。シャムシたち神子騎士団は、野心を実現する為の道具。妄信的である以外に求めるのは強さだけだ。聖職者としての正義感など、上に立つ者たちにとっては、必要ないのだ。

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