月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第180話 正しくあるということ

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 山中にある古い木こり小屋。もう何年も使われることのなかったその建物に、人の気配がある。黒色兵団の団員たちだ。正規に、中身は偽情報だが、発行された王国の通行証を使って、燐家の関所を抜けた彼らは、そこから街道を逸れ、人が足を踏む入れることのない険しい山の中に突入。それなりに苦労しながら、なんとか領境を超えて、目的地に辿り着いた。サイリ子爵領だ。
 子爵の身分でそこそこの広さの領地を持ち、国境線は狭いとはいえ防衛を任されているのには訳がある。四代前のサイリ家の当主は騎士として隣国との戦争で活躍した。その功績により士爵位を与えられ、さらに子、孫の活躍で男爵、子爵となった。武勇をもって立身出世を果たしたサイリ家。その実績を買われて、国境に領地を持つことになったのだ。

「……これくらいのことは頭に入れておいたらどうだ?」

 サイリ子爵家がどういう家かをオーウェンは他のメンバーに説明した。目的地がサイリ子爵量領だと分かった時点で、王都で調べていたのだ。

「人を殺すのに必要のない知識だ」

 ジュードはそういうことはしていない。サイリ子爵が何者であるかなど戦う上で知る必要がない、というのは今作った言い訳で、調べることなど考えてもいなかったが本当だ。

「必要はある。強敵である可能性が分かるだろ?」

「サイリ子爵が敵かは、まだ決まっていないよ?」

「それは……そうかもしれないが」

 オーウェンのほうが正しいのだが、言い合いではこうして押されてしまう。言葉での戦いは苦手なのだ。

「あっ、アオ」

「えっ?」「早っ」

 レグルスの気配を真っ先に感じ取ったのはココ。まだ建物の外で、足音も聞こえない状態でココはレグルスの気配を感じ取った。どうしてそのようなことが出来るのか、という思いはあるが、いつものことなので驚きは大きくない。

「…………」

 ただ、いつもと違うのはココがレグルスを迎えに駆けて行かないこと。いつもであればレグルスが部屋に入って来たと同時に足に抱きついている。
 その理由はすぐに分かった。建物の中に入ってきたレグルスの雰囲気がそれを教えてくれた。声を掛けるのを躊躇うほど、険しい雰囲気をレグルスは纏っているのだ。
 レグルスも口を開くことなく、そのまま建物の奥に歩いて行く。

「……何かあった?」

 ジュードのこの問いは、レグルスに続いて中に入って来たエモンに向けたものだ。

「保護対象らしき人たちを見つけた」

「それであれ?」

 レグルスとエモンは今回の任務で保護しろと命じれらている対象を探りに行っていた。ジュードたちはこの場所でずっとその調査結果が出るのを待っていたのだ。
 目的を達したのに、レグルスはこれ以上ないほど不機嫌。それがジュードは不思議だった。

「見つけたのは女性たち。建物の中に監禁されていた。ほぼ裸で」

「殺したの?」

 ジュードが殺したかを聞いているのは、その女性たちに乱暴を働いたであろう男たちのこと。そういうことだとエモンの説明を受け取った。

「殺していない。だから気持ちが落ち着ていない」

「どうして殺さなかったの?」

 レグルスがあれだけ怒りを露わにするようなことだ。乱暴した者たちを生かしておくはずがないとジュードは思っている。

「俺が止めた。全ての調査が終わっていない。恐らく監禁されている人たちは他にもいる」

「その根拠は?」

「鎖に繋がれて働かされている人たちがいたのも見た。男女関係なく、奴隷のように扱われている人たちが、ここには大勢いるということだ」

「それは……かなりヤバそうだね?」

 それを知ったレグルスがどう動くか。穏便に済ますとはジュードには思えない。では、まず間違いなく主犯である領主のサイリ子爵を殺すかとなるが、それは容易ではないはずだ。サイリ子爵は、隣国からの侵攻を防ぐ軍事力を持つ領主なのだ。

「その奴隷にされている人たちは何者なのだ?」

 オーウェンは、まずはもっと状況を把握するべきだと考えている。奴隷にされている人々は何者なのか。サイリ子爵は何故、そのようなことを行っているのか。それを理解した上で、今後のことを考えるべきだと。その結果、レグルスが無謀な行動を起こすことへの抑制になればと思っている。

「分からない。存在を気付かれないように、まだ目で見ただけ。詳細を調べるのはこれからだ」

「……ラスタバン王国の民だ」

「えっ?」

 耳に届いた呟きはロイスのもの。いきなり会話に割り込んできたことにも、彼が自分が知らない答えを持っていたことにもエモンは驚いた。

「あっ、いや、恐らくだ。隣国はラスタバン王国だからな」

「一応、俺が調べた限り、ここの国境は軍が通れるような道はなく、戦場になったのは過去一度だけ。それもかなり昔だったはず」

 戦場になったのは元々がラスタバン王国の領地であったこの場所にアルデバラン王国が侵攻した時。サイリ家が貴族に序されるきっかけとなった戦いで、四代前のことだ。
 それ以降、ラスタバン王国との戦いはない。ラスタバン王国がこの地に攻め込むには、ここではなく別の国境を超えなくてはならないはずなのだ。だからこそ、辺境伯家の影響下にないサイリ子爵家の領地になっている。王国は、万が一に備えておく程度の認識なのだ。

「これも想像だが、道はあるのではないか? 大軍は無理でも小部隊が移動できる程度の道は」

「サイリ子爵家軍はその道で隣国に行き、ラスタバン王国の人たちを奴隷にする為に攫ってきたと? それが事実だとすると」

「大問題になるのではないか? わざわざ隣国が攻め込める道を作ったということだからな」

 サイリ子爵家軍が移動できるということは、当たり前だが、ラスタバン王国軍も移動できる。元々はなかった侵攻路をサイリ子爵は作ったことになる。

「しかし、そんな危険な真似をするだろうか?」

 オーウェンはロイスの考えに否定的だ。もしサイリ子爵が王国に無断で、本当にそれを行っていたとすれば、ロイスの言う通り、大問題になる。それはサイリ子爵だって分かっているはずなのだ。

「危険ではない。ラスタバン王国にアルデバラン王国侵攻を決断する勇気などない。アルデバラン王国に侵略の大義名分を与えることになる」

「それは分かる。だが、ラスタバン王国は泣き寝入りするしかないとしても、国内で問題になる。ラスタバン王国とは公式には戦争状態にないはずだ」

 戦争中でもないのに部隊を他国に侵攻させ、その国で暮らしている人たちを攫ってきて奴隷にしている。こんなことが公になれば、アルデバラン王国は非難の的になる。大国とはいえ、他国の非難を完全に無視することなど出来ないのだ。

「その通りだ。だからこの任務は極秘任務となっていて、副団長は口止めの為に自分たちが殺されることを恐れたのではないか?」

「王国はこの事実を隠蔽しようと……当たり前か」

 現地の状況が分かって、この任務の不可解だった点が解けた。ここで起きていることは、絶対に公にしてはいけないのだ。

「……つまり、保護というのは抹殺ってこと?」

 この事実を完全に隠蔽しようと思えば、奴隷とされている人たちの口封じをしなければならない。ジュードはこう考えた。

「我らに任せるに相応しい汚れ仕事だな」

 黒色兵団にこの任務が与えられた理由も分かった。

「……殺すのか? 罪のない人々を」

「あれ? 傭兵とは思えない真面目な考え。でも聞くべき相手が違う。どうするかは、アオが決めることだ」

「そうか……」

 ロイスの視線がレグルスに向く。会話に加わることなく、部屋の隅で座っていたレグルスだが、今は立ち上がって皆に近づいてきている。

「調査を続ける。まずは捕らえられている人たちの居場所を全て洗い出す。あとはサイリ子爵の城、国境の砦の調査も。動くのはそれからだ」

「分かりました。すぐに動きます」

 まずは調査の継続。当然の対応だ。だがその先の行動が当然の対応というものでないのは、これで明らかになった。黒色兵団の人々にとっては、予想出来た対応かもしれないが。

 

 

◆◆◆

 白金騎士団は王都に帰還した。あらかじめスタンプ伯爵と事件を起こした家臣たちを連れていることは、王都に伝えてある。その目的も。
 すぐにスタンプ伯爵が自分の正しさを説明する場が整えられた。国王だけでなく宰相を筆頭に王国の重臣たちが揃う場だ。

「まず私は被害者であることをご認識いただきたいと思います。本来このような場は必要なかったのですが、大罪人どもの讒言で、陛下に誤解を与えるわけにはいかず。王都までやって参りました」

 細かな説明など行うまでもなく、自分は潔白。スタンプ伯爵はこう言いたいのだ。出来れば、これでこの場は終わって欲しいと思っているくらいだ。

「伯の気持ちは理解出来るが、この場はすでに整えられている。思うところを述べてくれ」

 国王は、当たり前だが、それでは終わらせない。終わらせるつもりがあるなら、もっと前に止めさせている。

「……承知しました。私は家臣たちの裏切りに遭い、館の一室に監禁されました。陛下にお詫び申し上げることがあるとすれば、この点です。家臣の裏切りを見抜けなかった自分の愚かさを恥じております」

「うむ。大変だったな。どうしてそのようなことになったのだ?」

「分かりません。厳しさを見せた覚えはございますが、それは領地をより良くする為。家臣たちの誤りを正しただけです。それを恨んでのことだとすれば、ただの逆恨みです」

 家臣に、領民に厳しかったことはスタンプ伯爵も認めた。全てを否定するよりは、ある程度のところは認め、反乱を起こした者たちがそれを誤解、もしくは誇張していることにするつもりだ。

「その厳しさが過ぎたのではないのか? 厳しさが家臣や領民を苦しめる結果にならなかったのか?」

 すでに国王は家臣たちの言い分を、直接ではないが、聞いている。スタンプ伯爵の領政が、かなり酷いものであったことを知っているのだ。

「私は認識しておりませんが、もしそういう事実があったのであれば、自分の未熟さを反省いたします。反省し、今後はより良い施政を行いたいと思います」

「反省し、改まるのであれば良い。だが、伯が本当に間違いを改めると、何をもって信じれば良いのだ?」

「……陛下。恐れながら私は、もしそういう事実があったのであれば、と申し上げました。領民を苦しめていた認識はなく、もしそのようなことが陛下のお耳に入ったのだとすれば、それは私を陥れようとする謀略を疑うべきです」

 スタンプ伯爵は自分の罪を認めるつもりはない。国王の言い様は、やや自分を裏切った家臣たちに寄っているものだと判断して、少し強気に反論することにした。

「謀略か……その可能性は否定出来ないな」

「重臣の方々も考えて頂きたい。私に何の罪があるのでしょうか? 私は自分の領地をより良い領地にする為に行うべきことを行ったまで。それが少し厳しすぎるからといって、罪に問われるものではないはずです」

 自分を罪に落とす決定的な出来事はない。領内で少しくらい問題が起きても、それが国政や軍事に影響を与えるものでなければ王国は、国王も口出ししない。それが貴族の権利というものだとスタンプ伯爵は考えている。

「何の罪か……アリシア・セリシール」

「……えっ? 私? ですか?」

 アリシアもこの場に同席している。現地の様子を知る者として、白金騎士団の団員たちが全員同席することになったのだ。
 だからといって、ここで国王に声をかけられるとはアリシアは思っていなかった。それは同席している全員がそうだ。発言を求められるとしても団長であり、王子であるジークフリート。皆そう考えていたのだ。

「スタンプ伯爵に王都に来て、説明するように伝えたのはお前だと聞いている。何故、それが必要だと思った?」

「……伯爵のやり方が間違っていると考えたからです」

「何が間違っている?」

「人々を苦しめています。伯爵を監禁した人たちが正しいとまでは言いません。ですが伯爵が監禁され、その人たちが領政を行っている間、人々の顔には笑顔がありました」

 領民たちも皆、反乱を起こした家臣たちを支持していた。自分が見た笑顔はそういうことだとアリシアは考えている。

「笑顔……それだけではな」

 領民が笑っていたというだけでは、スタンプ伯爵の罪を問えるはずがない。

「人々から笑顔を奪う政治は罪です。そのような人に、人の上に立つ資格はありません」

「陛下! この者の侮辱は我慢なりません! 政治には素人であるこの娘に何が分かると言うのですか!?」

 ここでスタンプ伯爵が大声を発した。アリシアの話は、それほど脅威ではない。笑顔がどうこうで、罪を問えるはずがない。だが国王がアリシアの言葉に耳を傾けている状況は容認できなかった。

「確かに甘い顔を見せるだけが政治ではない」

 スタンプ伯爵の言い分を国王は受け入れた、ようではあるが、アリシアに発言させる姿勢は変わらない。

「それは分かっているつもりです。ですが、鞭だけも政治ではありません。ずっと人々を苦しめ続けて、何が領地をより良くする為でしょうか? 伯爵は領民の人たちの為ではなく、自分の私欲の為に政治を行っているのではありませんか?」

 アリシアの言葉は確実に厳しいものになっている。スタンプ伯爵に自分の罪を認めるつもりはまったくない。そうであれば追及し続けるしかない。そう考えているのだ。

「私欲だと? それもまた侮辱だ! 良いか、小娘! 自分の領地で何をしようが本来、誰にも咎められるものではない。唯一陛下がその権利を有しておられるが、私は陛下に恥じるような真似はしていないのだ!」

「それは違います!」

「何が違う!? 言ってみろ!」

 領地でも主張したこと。これへの反論をアリシアは持っていない、はずだとスタンプ伯爵は思っていた。

「ええ、言います! 貴方は陛下に恥じるような真似をしていないと言いましたが、それは嘘です! 貴方は陛下の土地を乱し、陛下の民を傷つけた! 重い罪を犯しています!」

 アリシアもこの日まで色々考えてきた。スタンプ伯爵の主張の誤りを考えてきたのだ。

「陛下の土地?」

 アリシアの反論はスタンプ伯爵にとって予想外のもの。反論出来ないと考えていたのだから、どういう内容であっても予想外だろうが、アリシアの言葉の意味が分からなかった。

「貴方の領地は陛下から預けられたもの。領民の人たちは、領民である前に王国の民です。貴方は陛下の民を傷つけ、陛下の土地から得られた利益を自分の物にした。これは罪です!」

「…………」

「罪です!」

 アリシアの主張にスタンプ伯爵は黙ったまま。どう反論すべきか悩んでいる。国王のものではない、とは言えない。傷つけてはおらず、利益を我が物にしていない、という反論しかないのだが、それをすぐに口に出せなかった。

「……私……間違いましたか?」

 スタンプ伯爵だけでなく国王も、他の誰も反応を見せない。自分は間違った発言してしまったとアリシアは考え、それをすぐ隣にいるジークフリート王子に尋ねた。

「……間違ってはいない。いないけど……まあ、それはじっくりと考えてみよう」

 答えを躊躇うジークフリート王子。そしてジークフリート王子以外も答えを出さなかった。この場は一旦、お開き。決められてのはこれだった。