月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第179話 出る杭は

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 偵察により安全を確認したところで、再び庶民を装って白金騎士団は領主であるスタンプ伯爵が捕らわれているだろう領主館のある街に侵入した。難しい問題はなかった。反乱を起こしたであろう者たちが警戒している様子はない。重要拠点でもないその街に入るのに、厳しい検閲が行われることもない。アリシアだけでなく、全員が本当に事件は起きているのかと疑ってしまうくらい変わったところはなかったのだ。
 だが実際に事件は起きていた。王国諜報部がそれを明らかにしてくれた。スタンプ伯爵が当初の想定通り、領主館に監禁されていることを突き止めたのだ。
 そこからの白金騎士団の行動は、これ以上ないほど迅速だった。軍事上の重要拠点ではないこの土地の領主館の守りは、無いに等しい。素の状態だと飛び越えるのは難しい程度の濠に囲まれているくらいで、王都にある辺境伯家の屋敷のほうが比べものにならないくらい堅牢だ。
 領地軍が集まっている様子もないことは、諜報部が確かめている。そうであれば一気に事を進める。ジークフリート王子はそう判断した。
 防御力のない、特選騎士もいない館を攻め落とすことなど白金騎士団にとって簡単なこと。スタンプ伯爵を救出するのに、時間をかけることもなかった。
 あとは事件に関わった者たちを探し、捕らえてスタンプ伯爵に引き渡すか、王都に連行するだけとなった、のだが。

「儂の命令に従え! それが嫌なら死ね!」

 スタンプ伯爵は領地軍を使って、自らそれを行おうとしている。それは別に構わないのだが。

「王国は儂を支持している! 儂に逆らうということは、王国に逆らうことになるのだぞ!?」

 領地軍への指示は、脅しているようにしか聞こえない。そうしなければ領地軍の指揮官が動こうとしないのだ。

「何だ!? 貴様らもこの屑どものように殺されたいのか!?」

 さらにスタンプ伯爵は、救出時に白金騎士団が討ち取った反逆者たちの死体を足で踏みにじることまでした。殺された者たちは犯罪者。それも反乱という重罪を犯した者たちだが、それでもその仕打ちはどうかと見ている者たちは思う。

「だったら殺してやる! 並んで床に跪け! 儂自らの手で殺してやるから感謝しろ!」

「ちょっと待ってください!」

 このような状況でアリシアが黙っていられるはずがない。スタンプ伯爵の行いを止めようと声をあげた。

「……助けてくれたことには感謝している。だが、こいつらは重罪人だ。すでに死罪と決まっている。儂は慈悲の心でその罪を許してやろうと言っているのに、それでも従わないというのであれば、殺されるのは当然ではないかな?」

 さすがに救出作戦に参加したアリシアに対しては、態度を和らげるスタンプ伯爵。だが、その行いを止めるつもりはない。

「そうかもしれませんけど……」

「反乱に加担し、それが失敗してもなお、領主である儂に逆らおうとする。生きる資格のない者共だ」

 スタンプ伯爵の言い分は正しい。今もなお、反抗の意志を持ち続けているとなれば、罪を免除するべきではない。しかるべき罰を、この場合は死罪を、与えるのは間違っていない。

「ならば殺せ! 誰が貴様になど忠誠を誓うか! 領民を苦しめることしか考えない貴様になぞ!」

「えっ……?」

 だからといってスタンプ伯爵のこれまでの行いも正しいとは限らないのだ。

「黙れ! 痴れ者が!」

 声をあげた指揮官に向けて、剣を振るうスタンプ伯爵。脅しではない。剣の刃は指揮官の首筋を切り裂いている。噴き上がる血しぶき。指揮官はゆっくりと仰向けに倒れて行った。

「儂に従いたくないのであれば、勝手にしろ! そういう奴らは全て殺し、忠誠を誓う者を取り立てるだけだ!」

 こう言いながらスタンプ伯爵は剣を振るう手を止めていない。指揮官であった人たちを次々と斬り殺していく。彼にはもう罪を許すつもりはない。生かすのは自分に従順である者だけ。それ以外は全員殺すつもりだ。

「止めて! 止めてください!」

「口出し無用! これは当家の問題! どうするかを決めるのは儂だ!」

「領主であれば何をしても許されるなんて、違うと思います!」

「違わない! 領主にはその権限が与えられている! 家臣を、領民を、生かすも殺すも領主の自由だ!」

「そんな横暴な!」

 スタンプ伯爵の言い分は、アリシアが受け入れられるものではない。そこで暮らす全ての人々に対する生殺与奪の権限を領主一人が握っているなどあってはならないことだと考えている。

「殿下。儂は何か間違っておりますかな?」

 スタンプ伯爵は問いをジークフリート王子に向けた。アリシアを黙らせるには、そのほうが早いと考えたのだ。

「それは……」

 問いを向けられたジークフリート王子は困ってしまう。スタンプ伯爵の振る舞いには眉を顰める。だが、彼の言い分は間違っているとは言えない。
 では正しいと答えるのかとなると、それも躊躇われる。アリシアがどう受け取るかを考えてしまう。

「……殿下。助けていただいたことに心から感謝いたします。おもてなしをして感謝の気持ちを示したところですが、あいにくこのような状況ですので、またの機会にさせてください」

「それは……もちろん」

 スタンプ伯爵の言葉に戸惑うジークフリート王子。そもそも今のこの状況で、もてなしについて話している場合ではないと思うのだ。

「では、今日のところは、これでお引き取りください」

 スタンプ伯爵が言いたかったことはこれだ。これ以上、部下に口出しさせずに領地を去れ。スタンプ伯爵は暗に、こう言っているのだ。

「……あまり過激なことをしないように」

「はい。必要なことを行うだけです」

 ジークフリート王子の言葉には反発しない。する必要がない。スタンプ伯爵としては「分かりました」で話を終わらせて、ジークフリート王子たちを追い払うだけだ。

「……アリシア」

「嫌です」

「嫌って……」

「正義はどちらにあるのかを明らかにするべきです! そうしなければ私たちは悪に加担して、人々を苦しめる為にここに来たことになってしまいます!」

 ジークフリート王子がこの場を去ろうと考えても、アリシアはそれには従えない。自分たちは大きな過ちを犯したかもしれない。それが分かって、このまま去るわけにはいかないのだ。

「しかし……」

 ジークフリート王子もそれは分かっている。分かっているがスタンプ伯爵の言い分を否定する材料がない。領内のことに口出す権限を持っているのは、国王だけなのだ。王子であるジークフリートにはそんな権限はない。

「ジーク! 私たちは正しい道を歩むのではないのですか!? 間違った道に踏み込んだままで良いのですか!?」

「やかましい! 小娘が! 何の権限があってそのようなことをほざくの!?」

「正しいことを行うのに権限なんて必要ありません! 貴方も自分が正しいと思っているのであれば! ここではなく! 陛下の前でそれを証明したらどうですか!?」

「なんだと……?」

 アリシアの言葉に戸惑いを見せたスタンプ伯爵。国王に対して自分の正しさを証明する。これを拒否する口実がすぐに思いつかなかったのだ。

「それが良いわ。そうしましょう。ジークもこれなら賛成してくれますよね?」

「……あ、ああ。そうだね。それが良いかもしれないな」

 ジークフリート王子もアリシアの案を否定する理由が思いつかない。そうであれば、受け入れるべきだと考えた。王都にスタンプ伯爵を連れて行くだけ。スタンプ伯爵さえ受け入れれば、問題になるようなことはないはずなのだ。

「ではそれで決まりです。殿下がそうすべきと考えているのですから、構わないですよね? それとも殿下のご提案まで拒絶するのですか?」

「それは……いや、しかし……」

 王国全体に関わることは除いて、領内に関する全ての権限は領主にある。これは間違っていない。スタンプ伯爵をこれを主張するだけだ。だが、はたしてそれが受け入れられるのか。それは国王の気持ち次第。重臣たちの雰囲気次第であったりもする。絶対に主張が通るとは思えないのだ。

「では王都に向かいましょう。彼らと一緒に移動するのは嫌でしょうから、別々に」

「この者たちも連れて行くのか!?」

「置いていくわけにはいきません。誰かが拘束して、見張っていないと。ここに伯爵が信頼できる人がいないのであれば、私たちがそうするしかありません」

 拘束する為ではないのは明らか。詳しい事情を聞こうと考えているのだ。

「信頼出来る者たちはいる。その者たちに預ければ良い」

 スタンプ伯爵としては、それを許すわけにはいかない。後ろめたいことがあるのだ。

「でもその人たちが本当に反乱に加担していないかは、もっと調べないと分かりません。それを待つよりも、速やかに王都に向かうべきだと思います」

「……それはおかしい。私は監禁されていた被害者だ。どうして被害者である私が、陛下に申し開きをしなければならないのだ?」

「……そんなに嫌ですか……では、この人たちだけを連れて行くことにしますか。伯爵は残って領地を落ち着かせてください」

「…………」

 反乱を起こした者たちだけが王都に行く。はたしてこれを許して良いのかとスタンプ伯爵は考えた。彼らの言い分だけを聞いた国王がどのような判断を下すのか。これを考えると不安になる。
 では自分も同行するか。これも簡単には選べない。追及されて困ることは、いくらでもある。暴政と言われるような領地経営をスタンプ伯爵は行ってきたのだ。

「どうするかは伯が決めると良い。私たちは、とりあえず彼らを連れて王都に向かうことにする」

 スタンプ伯爵を決断させたのはジークフリート王子のこの言葉。

「……分かりました。私も同行します」

 ジークフリート王子も家臣たちの言い分を信じる気持ちになっている。それはさすがに不味いとスタンプ伯爵は考えた。国王の判断に影響を与える可能性は高いのだ。
 王都までの道のりでなんとかジークフリート王子を自分の味方にする。スタンプ伯爵はこう考え、同行を決めた。

 

 

◆◆◆

 四人掛けのテーブルが置かれている、それほど広くない個室。その空間に、王国内で入手出来る物としては最高級の部類に入るお茶の香りが広がっている。
 一人席に座っているジョーディーは別に値段で決めているわけではない。守護家の中でも財力のあるミッテシュテンゲル侯爵家に生まれた彼が知るお茶はどれも高級品。その中で最も好きな香りがこれだというだけのことだ。
 カップを口に運ぶことなく、ただ香りを楽しんでいるだけのジョーディー。気持ちを落ち着かせたいと思っている時はいつもこうだ。味を楽しむのは気持ちが落ちついてから。いつからかこういう習慣が身についていたのだ。

「……入って」

 ノックの音に答えるジョーディー。少し間が空いたのは、まだ気持ちが落ち着いていないから。だが、数分先伸ばしにしたからといって、それで精神状態が変わるわけではない。それに、どうせ話を聞けば、また気持ちが波立つのだ。

「失礼いたします」

「スタンプ伯爵が王都に向かっていることは聞いた。さらに詳しい情報を持っているのかな?」

 ジョーディーが苛立っているのは、この情報が届いたから。彼にとって予定外の展開なのだ。

「はい。そうなった経緯については、おおよそ分かりました」

「聞こう」

「アリシア・セリシールのせいです」

「……また彼女か」

 案の定、ジョーディーは自分の気持ちが大きく波打つのを感じた。元々、彼はアリシアに対して悪感情を持っている。大切な妹を処刑台に送り込む女性なのだ。そういう感情を抱くのは当然。
 そのアリシアが、さらに自分たちの計画の邪魔をしてきた。普段は冷静なジョーディーも苛立ちを抑えきれない。

「彼女が言い出したことにジークフリート王子も同調し、スタンプ伯爵は陛下に自身が正しいことを証明することになったようです」

「それで? その結果はどうなると予想する?」

「事実を知る家臣たちも王都に連れてきておりますので、状況は厳しいかと。とはいえ、陛下がどう判断されるかだと思われますので、結果については断言が出来ません」

 スタンプ伯爵の言い分が通る可能性もあれば、そうでない可能性もある。決め手となるものがない状況では、国王の気持ち次第となってしまう。それでは結果は予想出来ない。

「スタンプ伯爵が勝利した場合の影響は?」

「計画への影響は軽微だと考えます。反省して政治のやり方を改めるような人物ではありません」

「そうだとすると負けた場合にどうするかか……悩む必要はないね? ただ、彼らは感謝しているかな?」

「実の父親に殺されるところを助けて、保護してきたのです。感謝していないような人物であれば、生かして利用することは止めたほうが良いと考えます」

 スタンプ伯爵には息子がいる。父親のやり方に強く反発し、その結果、追放され、それだけでは済まずに暗殺者を送り込まれた息子だ。その息子をジョーディーは、彼が背後にいると分からないように影(シャドウ)を使って、暗殺から守り、保護している。計画の為だ。

「本人はそうだとして家臣たちは?」

「息子に対する忠誠心がどれほどかによると思います。生き残った事情を知る者たちは問題ないと思うのですが」

 息子が生きていることを、今回、反乱を起こした家臣たちは知っている。彼らの目的はスタンプ伯爵を失脚させ、息子に後を継がせること。まずはスタンプ伯爵を弱気にさせて、息子を後継者に復帰させ、その後に速やかに当主交替を図ろうとしていた。
 レグルスが聞けば、ずいぶんと緩い計画だと呆れるだろう。まずは邪魔者を殺す。王国に勘当された息子を後継者と認めてもらうのは、その後だと考えるだろう。
 だが、ジョーディーはこの段階でステップ伯爵に死なれては困るのだ。だから、そういった方向に家臣たちが向かわないように、誘導させていた。

「……ジークフリート王子への感謝は?」

「家臣たちが感謝を向けるとすれば、アリシア・セリシールだと思います。ジークフリート王子は伯爵の言い分を受け入れていたのに、彼女がひっくり返したようです」

「……どうして彼女が我々の計画を知っているのだろう?」

 ジョーディーはアリシアを自分と同じ、人生を繰り返している人間だと思っている。だが今回の計画は、過去の人生では実行していない。知っているはずがないのだ。

「彼女は伯爵が家臣たちに向ける態度にひどく驚いていたようです。計画を知っての行動ではない可能性が高いかと」

「何も知らないで我々の邪魔を? それは……どちらにしても厄介か。ただ今回の件については、我々にとって都合が良い。最悪は回避出来るかもしれないだけだとしても」

「何か対処を考えますか?」

 アリシアは自分たちの計画にとって邪魔な存在。そういう存在をそのままにしておく理由はない。

「考える必要はあるが、すぐではない。彼女は下手に触ると、こちらが大怪我することになる。怪我で済めばまだ良いくらいだ」

 妹のサマンサアンは過去の人生においてアリシアを攻撃し、結果、処刑台に昇ることになった。下手な手出しはそういう結果を生むとジョーディーは考えている。

「承知しました。では現地に準備を進めさせておきます」

「ああ、頼むよ」

 まずは目の前のことを片付ける。その為に部下は部屋を出て行った。この場所で長々と話すことをジョーディーが嫌うという理由も、動きが早い理由だ。

(……アリシア・セリシールか。計算の出来ない人物がまた増えたということか)

 サマンサアンとアリシアの関係は、過去の人生とは違う。そのせいで、アリシアの行動が計算できなくなったとジョーディーは考えた。そうでなくても今回の人生は計算が完全に狂っている。レグルスのこれまでとは違う行動が、全てを狂わせたのだ。

(……アリシアが計算外になったから? どちらでも同じか)

 レグルスではなく全てを狂わせたのはアリシアかもしれない。そう考えたジョーディーだが、すぐにそれについて考えることを止めた。意味のないことだ。この人生は過去のそれとは全く別物。過去の人生を参考するのはほどほどにして、未知の人生を進んでいくしかないのだ。正しいと思われる選択を行って。
 ジョーディーには実現したい未来がある。この人生がどのようなものであっても、それは変わらないのだ。

www.tsukinolibraly.com