月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第178話 それぞれお仕事中です

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 白金騎士団の任務地は、王国南西部にあるスタンプ伯爵領だった。王国中央部と呼ばれている地域からは少し国境側に外れた場所。西方辺境伯領と南方辺境伯領からはまだ距離がある位置だ。
 激戦地となった歴史はあるが、それは遠い過去の話。今は軍事的な要所とは見られていない、特に珍しくもない貴族領だ。任務となっている事件が起きていないのであれば。

「……のどかですね?」

 馬車の、それも農民が使うような粗末な馬車の荷台の上で、アリシアは周囲を眺めている。
 領境が封鎖されていなかったので、戦闘を行うことなく、領内に入れたのだが、だからといって、堂々と移動するわけにはいかない。相手に気づかれないように一般庶民を装っているのだ。

「賑やかな街は王国全体でも数えるほどしかないないからね? 主街道から外れた場所はどこもこのような雰囲気だよ」

 ジークフリート王子も扮装して荷台に乗っている。偵察なのだから団員に任せても良いのだが、自分の目で確かめたいと言って、加わったのだ。

「そういうことではなくて」

「ん? どういうことかな?」

「家臣たちが好き勝手しているにしては、働いている人たちの顔が明るいと思いました」

 領主を監禁した家臣たちが領政を我が物として、領民を苦しめている。最初に任務について聞いた時、ジークフリート王子はこう言っていた。だが、移動している馬車の上から見える人々の顔はどれも明るい。それをアリシアは不思議に思ったのだ。

「……確かに。ここは隣家との領境に近いから、安全なのかな?」

「それはありますか……でも、悪政が行われていることを知っていれば、不安に感じると思うのですけど……」

「情報が届いていない可能性はある。同じ領内でも村々の交流は多くないという話を聞いたことがある。人々は狭い世界で生きているのだなと、その時は思った」

「そういうものですか」

 アリシアももう何度か王国内を旅しているが、自分の目で見たこと以外の情報は少ない。庶民の暮らしについては、中央学院でも学ぶことはなかった。

「いや、どうだろう? 自分で説明しておきながら、おかしいと思えてきた。どうするか……直接聞く、のは危険か。我々の存在に気付かれてしまう可能性がある」

「子供に聞いてみます?」

「えっ?」

「子供って意外と色々なことを知っているものです。具体的なことは分からなくても、両親の様子で悪いことが起こっているくらいは感じ取ったり」

 これはかなり前にリキたちと話していて知ったことだ。当時、まだ幼いリキたちであったが、家の事情について皆、色々と知っていた。両親の何気ない会話を子供は結構、聞いているということを、自分自身もそうであることに気付いたのだ。

「……そうだな。必要な時はそうしよう。でもまずは自分たちの目で見る偵察だ。領主館がある街に入れるかどうかをまず確かめないと」

「そうですね。その街で情報を集めたほうが多くのことが分かりますね?」

 領主館のある街で暮らす人々は、今の状況について良く知っているはず。聞き込みをするにしても、そこで行うほうが良いとアリシアは考えた。

「監禁場所が掴めれば良いけど」

「手がかりは得られるのではないですか? 人々にまったく気づかれないように領主を監禁なんて出来ると思えません。もし出来るとすれば、それは領主が元々いた場所に監禁しているのだと思います」

「アリシア、君は……」

「えっ? 今の凄いですか? 誰でも思いつくと思いますけど?」

 ジークフリート王子の反応に、少し喜んでいるアリシア。自分の推理にジークフリート王子が驚いていると思ったのだ。

「そう思っているから領主館のある街に急いで行きたいのだよ?」

「……ですよね。でも、どうやって確かめるのですか?」

 領主館に確かに領主が監禁していると、どうやって確かめるのか。アリシアにはその方法が分からない。そういった調査が出来る団員は、白金騎士団にはいないと思っている。

「調査は諜報部が行ってくれる」

「そうなのですか?」

「我々に足りないところは、ちゃんと王国騎士団も分かっているから。足りない分を補ってくれる体制を整えてくれている」

 白金騎士団の任務となっていても、絶対に単独で任務をこなさなければならないということではない。必要があれば他組織の支援も受けられる。任務とはそういうものだ。

「その諜報部に、もっと色々と調べてもらえば良いのではないですか?」

 諜報部も任務に参加しているのであれば、自分たちが行っているこの偵察任務は必要ないのではないかとアリシアは思った。こうして移動する馬車の荷台の上から周囲を眺めているよりは、遥かに多くの貴重な情報が得られるはずだと彼女は考えた。

「アリシア。任務についての説明は、その諜報部が調べた結果だ」

 この任務は諜報部が得た情報に基づいて、白金騎士団に命じられたものだ。すでに調査は行われているとジークフリート王子は、アリシアに伝えた。

「……私はそれを否定していたのですね?」

「そうなる。まあ、私と話している分には構わないけどね? 私も、いくら諜報部が調べた結果とはいえ、鵜呑みにしたくない」

「ジークは何か疑問に思っていることはあるのですか?」

「……今はない。領地は領主が治めるものだ。その権利を侵害することは誰にも許されない。許されるのは唯一人、その権利を領主に与えた父上、国王陛下だけだ」

 領主は、その土地を治める権限を国王から与えられた者だ。何人も、国王の許しを得ることなく、その権限を奪うことは許されない。このジークフリート王子の考えは正しい。

「でも……」

 その国王は王国内の全ての事柄を知ることが出来るのか。全て事柄について真実を知り、正しく裁くことが出来るのか。さすがに、この疑問を声に出してはいけない、ということくらいはアリシアにも分かる。

「アリシア。君の想いは私には分かる。だから私はこの騎士団を作った。自分の目で見て、耳で聞いて、少しでも多くの苦しんでいる人々を救いたいと思って、この騎士団を作った」

「ジーク……正しくて、素晴らしい決断だわ」

 さすがはジークフリート王子だとアリシアは思う。ジークフリート王子は王国を救う名君になる人なのだ。こうでなくてはならないと思う。

「アリシア。君がいてくれると私も安心だ。君こそ正しい人だから」

「……そうありたいとは思っているわ。簡単ではないけど」

 正しくありたいとアリシアは思っている。思うだけでは意味がない。実際にそうあらねばならない。だがそれが簡単ではないことも分かっている。主人公だからといって、すべてが上手く行くわけではないことは、とっくに思い知らされているのだ。

「一人の力では限界がある。でも、皆の力をひとつに出来れば、どんな困難も乗り越えられるはずだ。私は君と一緒であれば、可能だと思っているよ」

「ありがとう。ジークの期待に応えられるように、私で出来る全てのことをするわ」

 その結果、どうなるのか。ジークフリート王子は名君と評されることになり、自分はその名君の妃となる。ゲームではそうだった。でも、この世界ではどうなのか。ゲームと同じ結果を喜べない自分がいる。それをアリシアは知っている。

 

 

◆◆◆

 黒色兵団もまた任務地に向かっている。任務を知られないように少人数に分かれての移動だ。ただ白金騎士団の団員たちのような扮装が必要なのは、オーウェンなど一部の者たちだけ。他のメンバーは、普通にしていても騎士には見えない。レグルスも意外とそうなのだが、今回の移動においては商人に扮している。同行している人が、いかにもという雰囲気を纏っているからだ。

「……本当に付いてくるつもりですか?」

 もう何度尋ねたか分からないほど繰り返されている問い。それをレグルスはまた口にした。

「しつこいな。俺はお前に雇われた身だ。付いていくのが当たり前だろ?」

 レグルスに同行しているのは傭兵として黒色兵団に加わったロイス。自ら雇ってくれるように売り込んでいた彼は、それをエリザベス王女に認められた。調べた結果、怪しいところはなかったのだ。

「雇ったのは団長であるエリザベス王女です。私ではありません」

「そうだとしても任務に参加するのは、雇われた俺の義務だ」

「義務であるかを決めるのは雇用主だと思います」

「……どうして、そこまで拒絶する? というか、その口の利き方はなんだ?」

 何度も繰り返されているやり取りをロイスは不思議に思っている。傭兵を雇っておいて任務に参加させない理由が分からない。それ以前にレグルスの態度がおかしい。初めてきちんと話した時は、こんな言葉遣いではなかったのだ。

「口の利き方? 何かおかしいですか?」

 レグルスにとっては、当然の態度。ロイスが気にする理由が分からない。

「もっと普通、いや、普通というか、きつい口調だっただろ?」

「ああ。敵に敬語を使うほど、私は礼儀正しくないので」

「それは分かる。だがどうして味方になった……ああ、そういうことか。味方だと認めていないってことだな?」

 他人行儀な言葉遣いは、自分を味方と認めていないから。ようやくロイスも納得した。

「味方の定義は人それぞれだと思いますけど、慣れあうほどの関係ではないのは確かです。別に背中から斬りつけたり、寝込みを襲うことはないので安心してください。私のほうは」

 ロイスのことを調べた期間は短い。それだけの調査でレグルスが気を許すはずがない。

「俺だってそんな真似はしない。傭兵は信用が大事だからな」

「それが本当だとしても、やはり、本当に付いてくるのですか、と聞きますけど」

「……どうして?」

 自分のことを信用していないのは分かった。それは当然だとも思う。だがレグルスはそのことと同行を拒むのは別だと言っている。それがロイスには分からない。

「詳細が分からない怪しげな任務であることは知っているはずです」

「まあ、そうだな。目的地しか分かっていない」

「無事に任務を終えても、生きていられるとは限らない。口封じに殺されてしまう可能性も無ではありません」

「……だから付いてくるなと?」

 レグルスの説明だと、自分のことを考えての忠告ということになる。信用していないと言ったばかりで、この理由。レグルスの考えが、ホルスには読めない。

「雇われて最初の任務で殺されるのは納得いかなくないですか?」

「それはそうだが……」

「だったら付いてこないほうが良い」

「……本当に俺のことを考えて、そんなことを?」

 レグルスの忠告は本当に自分の為。ホルスもそう思えるようになってきた、のだが。

「いや。殺そうとしたら抵抗しますよね? それが面倒だからです」

「お前が殺すのか!?」

「俺は大人しく殺されるつもりはありません。仲間と共に逃げます。出来れば殺されたように偽装して」

「……その仲間に俺は入っていない。だから、偽装が知られないように俺を殺すということか?」

 レグルスの説明は言葉足らずだが、これについてはホルスも理解出来た。話がきちんと繋がっていることを知った。

「これを話すと、死んだことになっても貴方は疑うだろうから、言いたくなかったのに」

「……なるほど。俺がアルデバラン王国の密偵である可能性も考えているのか。確かにタイミングとしては疑われてもおかしくないな」

 ホルスを雇うことになって、すぐにこの怪しげな任務。なんらかの関係があるのではないかと疑われても仕方がないと、ホルス自身も思った。

「しかし……王国を疑うのだな?」

 レグルスは王国の臣下で、その中でも騎士だ。忠誠心に厚いはずの騎士が、当たり前に王国を疑うことをホルスは少し疑問に思った。

「それを疑問に思うのですね?」

「……どういう意味だ?」

「いや、別に自分が有名人だと自慢するつもりはないのですけど、人見知りであることは多くの人が知っているので。疑問に感じる人は珍しくて」

「人見知りとは違うだろ?」

 人見知りだから自分が仕えている王国を疑う、というのは違うとホルスは思う。その通りだ。

「この先、一緒に働くかもしれない人に、自分は人間が嫌いだと宣言するのも違いませんか?」

 レグルス自身も間違っていることは分かっていた。

「……お前が面倒くさい男であることは分かった。ただ任務については、何度聞かれても同行すると俺は答える。金目当ての傭兵稼業だが、だからこそ雇い主への責任は果たさなければならない。そうでないと雇ってもらえなくなる」

「そういうことではないのですけど……まあ、分かりました。自己責任ということで」

 これを言うレグルスの心の中の判断は「保留」。ホルスを怪しんでいるが、決定的な何かがあるわけではない。処置する明確な理由が今はまだないという判断だ。そもそも怪しいから処分するというのであれば、雇う必要はなかった。近くに置いていたほうが、動きを監視出来る。ホルス個人ではなく、その裏にさらに何かがあれば、それも掴めるかもしれない。こう考えてのことなのだ。
 陰で糸を引いて王国に混乱をもたらしている者がいる。その者を引きずり出すこともレグルスの目的なのだ。

www.tsukinolibraly.com