月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第177話 口に出せない想い

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 王都にある聖パンティオン教会本部。その建物の周囲を鎧兜に身を固めた騎士たちが囲んでいる。煌びやかな鎧兜を身につけた、その騎士たちは近衛騎士団だ。国王が教皇と会談を行う為に教会本部を訪れているので、警護を行っているのだ。
 国王が教会本部に足を運ぶのは、それほど珍しいことではない。公務として様々な機会に教会を訪れている。近衛騎士が教会を囲んでいる様子はかなり物々しいが、王都の人々は「また何かの公務で来ているのだろう」という程度の認識で、国王を一目見られるかと思って立ち止まる人もいるが、「まだまだ時間がかかる」と近衛騎士に伝えられると、すぐに立ち去ってしまう。何か特別なことが起きているなどと考える人はいない。
 だからこの場所が選ばれたのだ。

「……よろしかったのですか? 私があのような話を聞いて」

 この教皇の問いは、国王の会談相手が別にいたことを示している。実際にそうだ。その相手との話し合いが終わってから、国王と教皇は二人だけでの話を始めているのだ。

「猊下に聞かれて困るような話はしていない。聞いてもらいたいことを話しただけだ」

「彼の任務を私に?」

 さきほどまでここにいたのはレグルスだ。国王はレグルスと話す為にここに来た。次の任務について話をする為に。

「任務の中身ではなく、私があの男に何をさせようとしているかだ」

「……申し訳ございません。私には陛下の意図が分からない」

 レグルスとの話はたいして中身のあるものではなかった。どう対処するかはレグルスに一任するということ。そして、その結果、大きな問題が起きた場合は容赦なく処罰するということ。どういう任務なのかは、教皇にはまったく分からなかった。

「……失礼な言い方かもしれないが、許してもらいたい。教会は、いや、猊下は変った。それは、私には良い変化と思えるものだ」

「そうだと良いのですが……」

 変わろうとはしている。だが教皇自身は、まだ満足していない。思うように出来ていないと思っている。

「変化のきっかけは、あの男ではないのか?」

 こう推測するのは、難しいことではない。教会の動きに変化が見られるようになった時期、レグルスは何度も教会と一緒に活動していたのだ。

「……花街のある件で、彼を知りました。ブラックバーン家の公子であった彼が、花街の人々と心を通わせていることを知り、自分の過ちに気付いたのです」

「花街か……あそこは、あの男にとって特別な場所だ」

 国王も、レグルスが花街で見せる顔を知っている。その時は、かなり驚いたものだ。

「彼が花街で、そこで生きる人たちと同じ目線で接している間、私はこの教会の奥で、誰の声を聞くこともなく過ごしていました。そんな自分が恥ずかしくて」

「……あの男はどうして、庶民に好かれるのだろう?」

 国王は尊敬されていると思うことはあっても、好かれていると感じたことはない。人々は国王である自分だけを見ているのだと感じている。だが、それは当たり前のことだ。レグルスが異常なのだと思っている。

「ある人は、彼が痛みを知っているから、自分が傷つくことを選ぶ人だと分かっているからだと言っていました」

 教皇は桜太夫から聞いた理由をそのまま国王に話した。レグルスをその時よりも良く知る今となっては、教皇自身もこう思っているのだ。

「……そうか」

「彼が多くの人を殺したのは事実です。ですが彼はその殺した人たちの家族に謝罪して回ったそうです。その家族たちの為に。彼の苛烈なやり方は正直、私には受け入れられません。ですが、こういう一面も持っているのです」

「そんなことが……」

「彼は手を汚すことを厭わない。だからといって罪悪感がないわけではない。陛下はこれをご存じで、彼に任務を?」

 国王はレグルスに「どうするかは自分で決めろ」と伝えた。そう伝えればレグルスは、きっとまた自分が傷つく方法を選ぶに違いない。教皇はこう考えている。国王に向けた問いには、批判が込められている。

「……猊下、私はアルデバラン王国はもう十分に大きく、強くなったと思っているのだ」

「陛下、それは?」

 話を変えたことを教皇は指摘しない。国王の言葉はそれを気にする以上の驚きだったのだ。大陸制覇はアルデバラン王国の悲願であるはず。国王はそれを諦めると言っているように聞こえる。

「今はまだこんなことは大きな声では言えないが、大陸制覇など悲願でも何でもない。先人たちはそんなものを求めていなかった」

 実際に国王は大陸制覇を否定している。王国は最初からそんなものは目指していないと考えている。

「先人たちですか……」

 教会の先人たちはどうだったのか。教皇はそれを思った。教会の権威を高めるなんて望みはなかったはずだ。組織を大きくするなんてことも、そもそも教会という形も考えていなかったかもしれない。

「侵略に怯えることなく、人々が安心して暮らせる国であることを求め、必死に戦っていたのだ」

「王国はすでにそのような国になっていますか」

 他国の侵略に怯えている国民は、間違いなく少数だ。隣国との国境近くで暮らす人々でも、自分たちが攻め入ることはあっても、攻め込まれるとは思っていない。そういう人が多くなったはずだと教皇も思った。

「それどころか、先人たちが忌み嫌っていた侵略者に成り果てている。その結果、未来には何が待っているのか。我が国の先人たちと同じような者が、他国から出てこないとは限らない」

 アルデバラン王国の先人たちに出来たことが、他国の人たちには絶対に出来ないなどということはない。次のアルデバラン王国が生まれた時、今のこの国はどうなってしまうのか。国王はこれを恐れている。

 

 

「猊下。私は乱世向きの王ではない。自分でも良く分かっている。だが、それをひがんではいない。私は乱世を治める王ではなく、乱世にしない王でありたいのだ」

 国王が心に秘めていた想い。今のアルデバラン王国の国王という立場では、口に出せない想いを教皇に語った。教皇以外には、それも今の教皇でなければ、語れないと考えていたのだ。

「……素晴らしいお考えだと思います」

「だが、考えているだけでは実現しない。だからといって国王に出来ることは限られている」

 国王だからこそ、自分の想いを実行出来ない。心から信頼できる家臣がいて、自分の想いを押し通せるだけの力がなければ無理なのだ。

「だから彼、ですか?」

「あの男を知る者たち、百人に聞けば、九十九人が乱世でこそ輝く人物だと評価するだろう。だが、私は残る一人なのだ」

 レグルスのやり方は苛烈だ。教皇の言う通りだと国王も思う。だが、それがもたらす結果は、より悪い状況が生み出されることを防いでいる。そう思えるのだ。

「……陛下のお考えは間違っております」

「猊下はそう思うか……」

「彼を本当に良く知る人たちに聞けば、九十九人が陛下と同じ考えであるはずです」

 レグルスは乱世など求めていない。そういう時代で活躍しようなんて考えていない。これは教皇にもはっきりと分かる。

「何かと目立つ彼ですが、求めているものは小さな幸せだと私は考えております」

「小さな幸せ?」

「彼が営んでいる商売を陛下はご存じですか?」

「……何でも屋だったな」

 怪しげな者たちを集めて、怪しげな仕事を請け負っている。国王の認識はこういうものだ。

「ある仕事は、事情があって引き離された母子を会わせるというものでした。ですが、子供は生まれたばかり母親のことなど分かりません。彼のほうに懐いてしまって、気まずい雰囲気になり、わずか数分で再会は終わることになったそうです」

「……そう、ですか」

 これを語る教皇の意図が国王には分からない。これまでの話とは全然関係ない話題に思えて、戸惑ってしまう。

「彼は失敗例として自虐的に語ったそうですが、私はそう思いませんでした。母親は子供に対する未練を断ち切れた。そこまでは無理でも、少しは諦める気持ちが生まれたのではないかと考えました」

「わざとそうしたと考えているのか?」

「それは分かりません。ただ彼はそのわずか数分の再会の為に、何日もかけて準備をし、誘拐まがいのことをして子供を外に連れ出して、母親の願いを叶えました。報酬はわずか、そのような状況では母親の感謝も薄かったでしょう」

 それでもレグルスは不満を覚えない。また同じような依頼があれば、迷うことなく受けて、また同じように手間暇かけて、依頼者の望みを叶えようとする。こう教皇は考えている。

「家の掃除、庭の草むしりなんて仕事もあります」

「そういうことを頼む世の中になったのか?」

 それだけ国民は豊かになった。それを喜んだ国王だったが。

「一人暮らしの老人、体が不自由になった老人を持つ家族。そういう依頼者の場合は、かなり安く仕事を受けているようです。しかも掃除や草むしりが主ではなく、長々と世間話をすることが大切だということです」

「サボっているということではないのだな?」

「そういう老人たちの中で決して少なくない人々が、自ら命を絶っているのです」

「なんだと……?」

 豊かになったどころではない。生きることを自ら諦める老人が、決して少なくない数、存在する。それは国王にとって衝撃の事実だった。こういうことまでは、国王の耳には入らないのだ。
 だからこそ庶民の声が届く立場にいる教会との交流が必要なのだが、国王はこれまで意識してこういう話を聞こうとしてこなかったのだ。

「生きることに疲れた、飽きた。家族の負担になりたくない。こんな理由です。そういう老人たちに、彼のところで働く人々は、定期的に談笑する楽しみを与え、負担になっているという思いを薄れさせてあげている」

 実際は完全なボランティアということではない。新人に仕事に慣れさせる為、接客を覚えさせる為という目的がある。普段忙しく働いているベテランには、小遣い程度の報酬を与えての休息という意味も、

「…………」

 教皇の話を聞いた国王は言葉を失ってしまう。レグルスについては色々と調べさせていたつもりだったが、このような情報は耳に届いていなかった。普通の仕事と思われることは、無視されてきたのだ。

「彼には申し訳ないのですが、教会は無償でそういった依頼を請け負うことに決めました。人々の日常に安心を与えるのが教会の役割ですので、これを知って、何もしないではいられません」

「……それは……良いことだ」

「それでも……教会が出来ることは、大多数に正しいと思ってもらえることだけ。そうでなければならないのです」

 弱者に手を差し伸べることは出来ても、弱者を迫害する悪を排除することは教会には出来ない。教会が持つ武力、教会騎士団は守るための力であって、攻めることは許されない。教皇はこう考えている。教会とはそうあらねばならないと考えている。

「猊下も私と同じか」

 教会が出来ないことをレグルスは行える。彼の行いを否定する一方で、頼りにしてもいる。

「そうなのだろうと思います。ですが、本来、教会と王国は違うはずです」

 教会はそうかもしれないが、王国は違う。悪を排除する力を持ち、それを実行する権限がある。レグルスに頼る必要など、本来はないはずなのだ。

「……分かっている。だが今の私に力がないことも分かっている。なんとか次の世代には、私のような想いをさせたくないと考えているのだが」

「不安があるのですか?」

「ジュリアンは乱世を予感している。その乱世を治める力は自分にないと考えているのだろうと思う。似て欲しくないところが似てしまったようだ」

 ジュリアン王子は時代の流れを変えようとしない。諦めてしまっている。それが国王には歯がゆい。自分よりも能力はあると考えているので、尚更、その思いが強くなる。

「……王女殿下は?」

 レグルスと行動を共にしているエリザベス王女は違うのではないかと教皇は考えた。そうであるから国王は騎士団を創設させたのではないかとも。

「リズはジュリアン以上に乱世が訪れることを確信している。根拠があってのことなので、考えを変えるのは難しい」

「根拠ですか?」

「……未来視だ。リズは未来視の能力を持っている」

「そう、でしたか……」

 未来視については教皇も知っている。王家の血を引く者であれば、誰もが持つ能力ではないことも。そういう人物が今この時、現れた。それこそが乱世の兆しではないかと思ってしまった。

「乱世を予感しながらも、それに抗おうとしている者を私はレグルスしか知らない」

 だから国王はレグルスに期待してしまう。他に期待を向けられる相手がいないのだ。

「……第二王子殿下は?」

 国王の口からまだ語られていない王家の人がいる。ジークフリート王子だ。

「乱世そのもの。これがリズの評価だ」

「……王位継承順位を覆すことになるわけですから、そういうことになりますか」

 第二王子が国王になるというのは、それ自体が乱れだ。未来視などなくても、教皇には国王の言葉が納得出来てしまう。

「言い訳に聞こえるかもしれないが、申し訳ないという気持ちがないわけではない。ただ、今は他にないのだ」

「……以前、彼の力に恐れを抱いた私に、彼はこう言いました。彼が暴走した時、それを止める人物がいると。その人物こそが、私が求める時代を作る人だと。陛下はそういった人物に心当たりがございますか?」

 国王が唯一と思うレグルスがこう語る人物。その人物であれば国王の不安を、国王がレグルスに背負わせようとしている負担を、軽くしてくれるのではないか。教皇はこう思った。

「……恐らく、アリシア・セリシールではないかな? リズもその娘を気にしていた。王国の運命を左右するかもしれないとまで言っていたな」

「アリシア・セリシール……確か……彼の婚約者だった?」

「そうだ。正直、今の彼女への評価はそれほど高くない。正しいことをしようとする気持ちは悪くないが、甘さのほうが目立つ。以前の任務では……そうか……だから、あの男は」

 だからレグルスは、強引にでもアリシアが思う方向に事態を向けさせようとした。アリシアに対するエリザベス王女の評価は、レグルスがあっての評価なのではないかと国王は思った。

「何かありましたか?」

「まだ分からないが、リズの言う通り、彼女のことも注意深く見る必要があることだけは分かった。猊下にも会って評価してもらいたいところだが……まあ、機会があれば」

「それは是非」

 その機会を作る権限が国王にはある。アリシア・セリシールという存在を教皇に、彼だけでなく多くの人に知らしめる機会を作る権限が。

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