月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第167話 想定外が過ぎる

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 王国中央部に位置する貴族領の領境に、王都に繋がる主要街道上を除いて、砦などの防衛施設はない。防衛力を高めるよりも、人の往来をしやすくするほうが優先されているのだ。軍事よりも経済優先ということだ。
 そもそも貴族領の境など王国の軍事上はたいした意味はない。軍事上の要所と領地の境は一致していないのだ。貴族の反乱を警戒すれば、領境の守りを固めさせるべきではないという事情もあって、意図してそうされている部分がある。
 ホーマット伯爵領の領境も同様だ。砦などは存在していない、はずだった。

「急造の砦であるのは間違いない」

 夜の闇に浮かぶ炎。砦の防壁上にあるその篝火を見ながら、ジークフリート王子はカート総指揮官に自分の考えを話した。前回、ジークフリート王子たちがホーマット伯爵領を訪れた時は、目の前の砦などなかった。討伐が決まり、それをホーマット伯爵が知った後に急遽造られたものだとジークフリート王子は考えた。

「急造であるかどうかは関係ない。問題は攻め落とすのが容易か、そうではないかだ」

 短期間で造られたというだけでは、砦の防御力は判断できない。実際には、短期間で急造されたものであれば、何らかの綻びがある可能性は高いが。最初からそういう前提で考えることをカート総指揮官は避けた。

「攻めてみれば分かります」

「それはそうだ。攻めないという選択は、基本はない。ただ……情報が漏れた。もしくは何かで気付かれたということは考えるべきだな」

 どれだけ急いでも一週間やそこらで砦を造れるはずがない。ホーマット伯爵はかなり早い段階で討伐軍が出動したことを知っていた。これは、無視出来ない問題だとカート総指揮官は考えている。

「……周辺貴族家への動員令は出ていないのですか?」

「今はもう出ている。届いたのは数日前のはずだ」

 周辺貴族家へも討伐への参加命令が出ている。ホーマット伯爵家軍と全面戦争となった場合、頭数も必要だ。それを王都から発する王国軍ではなく、周辺貴族家の軍で賄おうと考えていたのだ。

「知られたのはもっと前。しかも、我々よりも遥かに速く、その情報を届けたわけですか……」

 任務に参加する部隊は、かなり急いでここまで移動してきている。どれだけ速くても、砦を構築するだけの日数は稼げなかったはずだ。

「ある程度、予測は出来ていたのではないですか? 資材はかなり前から用意しておいて、一気にそれを組み上げただけの可能性もあります。いずれにしろ、砦にいる者たちから聞き出せば、事実は分かるはずです」

 それ以外にも、裏社会のドンが最後の情けとして討伐の可能性を教えた可能性もある。だがこれについてはエリザベス王女が口にすることはない。

「その通りだな。すでに我々の派遣が知られているとなれば、グズグズしてはいられない。攻めるべきだな」

「ホーマット伯爵の居場所は把握していないのですか?」

 ここで王国騎士団を足止めし、その間に逃亡しようとしている可能性もある。当然、王国騎士団は何らかの対処はしているはず。それをエリザベス王女はカート総指揮官に尋ねた。

「完全に把握しているとは言えない。諜報部が可能性のある場所として特定したのは三か所。そこは見張っているはずだ」

「それは、一度、見失ったということですか?」

 ホーマット伯爵の調査を行い、黒だと分かった時点で、諜報部は人を張り付けていたはず。そうであるのに、居場所を完全に特定出来ないのはおかしいとエリザベス王女は考えた。

「その通りだ。囮、替え玉、いくつかの小細工を使われて、移動を許してしまったらしい。そうだな。このことからも、事が発覚する前から備えていた可能性はあるな」

 ホーマット伯爵は悪事が明らかになった場合に備えて、色々と準備していた可能性がある。諜報部の追跡から逃れた方法や、目の前の砦も準備されていたもののひとつ。カート総指揮官はそういうことだろうと考えた。
 そうなると砦も、やはり急造だと甘く見るわけにはいかない。

「内部の情報を知りたいところだが……さすがに危険か」

「無視するというのも一つの手だと思いますが?」

「無視……それでは後背を……突かせろということか? 砦の外におびき出す為に?」

 砦を攻めないままに放置しておけば、領内に入った後に後背を突かれることになる。だが、それもひとつの策だとカート総指揮官も気が付いた。それでホーマット伯爵家軍が砦から出て来て野戦となれば、そのほうが戦いやすいのだ。

「一つの作戦として検討する余地はありますか?」

「あるな……ただ、砦を抜けた先で待ち構えている軍勢がいれば、挟み撃ちにされてしまう。それは望ましくない」

「では、我々に偵察任務のご命令を」

「諜報部よりも上手くやれると?」

 この作戦には諜報部員もかなり参加している。カート総指揮官は、偵察任務はその諜報部に任せるつもりでいたのだ。

「諜報部以上とは申しません。ただ、一緒に行動出来るくらいの能力を持つ者はいます」

「……それを貴女は良く知っている?」

 エリザベス王女救出作戦。それにレグルスが関わっていた可能性をカート総指揮官は、王国騎士団長から聞かされて知っている。諜報部が、その人物がいなければ全員死亡で作戦は終わるとまで言ったことを知っているのだ。

「その通りです」

「分かった。任せる」

「承知しました。では、すぐに動きます」

 時はない。出来る限り早く領内に入り、ホーマット伯爵を拘束しなければならないのだ。長引けば長引くだけ犠牲が増える。その犠牲がホーマット伯爵家の家臣であるとしても、エリザベス王女はそれを避けたいと思っているのだ。
 会議の場を離れ、団に戻ろうとするエリザベス王女。

「ひとつ聞きたい」

 そのエリザベス王女をカート総指揮官が呼び止めた。

「何でしょうか?」

「さきほどまでの発言は、その、失礼だが」

「総指揮官のご想像通りですわ」

 にっこりと、魅力的な笑みを浮かべて答えるエリザベス王女。彼女が語った考えや作戦はレグルスから教えられたもの。カート総指揮官が思った通りなのだ。それをエリザベス王女は隠すつもりはない。レグルスの価値を王国に認めさせることも、団を結成した目的のひとつなのだ。

「分かった。ありがとう」

「いえ。では失礼します」

 再び、姿勢正しく会釈をしてから、この場を離れ行くエリザベス王女。その背中を見ながらカート総指揮官は、周囲に気づかれないように小さく溜息をつく。王子と王女を部下に持つ気を遣う任務、というだけでなく、レグルスという優秀で且つ面倒くさい部下までいる。それを思って、思わず漏れたため息だ。

 

 

◆◆◆

 偵察任務を与えられた暁光騎士団だが、任務に参加するのはレグルスとセブとロスの三人だ。エモンとその仲間たちは任務には参加しない。エモンは別にして、他の仲間は公式の任務には出来るだけ関わらせないようにしている。一緒に動いていれば、諜報部に気付かれる。組織の存在が知られるのは仕方がないことだが、個人を特定されるのは避けたいのだ。
 王国諜報部をレグルスは信頼できる仲間とは考えていない。それは王国騎士団相手でも同じだ。

「このまま目標を殺してしまえば良いのではないか?」

 セブとロスが本来の言葉を使うことも少なくなっている。レグルス以外と話す時の為に王国標準語に慣れておく、というだけでなく、咄嗟の時に暗号替わりに使う為に、ゲルマニア族の言葉で会話できることを隠しておく為だ。

「王国騎士団となると面倒で、そういう決着は望ましくないらしい。拘束して、罪を認めさせた上で死罪というのが望む形だ」

「死ぬのは同じだ」

「俺も拘る理由を全て理解しているわけじゃない。ただ、きちんと弁明させたという形が必要なのは分かる。疑わしいだけで暗殺、なんて方法を常に選んでいたら、貴族は王国を信頼しないだろ?」

 きちんと自白させて、出来れば、貴族としての誇りを守る形で自害を選ばせたい。それが貴族に対する罰の在り方。平民に対する容赦のないやり方とは違うのだ。

「罪を認めるような人間が軍を動かすか? それに、軍を動かした時点で罪を認めたようなものだ」

「俺に言うな。王国が決めたやり方だ」

 レグルスだって面倒なやり方だと思っている。ただ、そのような形への拘りを否定するつもりはない。そういった制約が権力の暴走を押さえることに繋がるのであれば、意味はあると考えている。

「非効率というやつだな? そもそも、もっと大軍を動員していれば、こんな偵察もいらないだろうに」

 セブは、ロスもだが、戦いに効率を求めることなど考えてもいなかったはず。そうであるのに、こんなことを言うようになった。これまでのゲルマニア族の戦いとは異なるものを学ぼうという気持ちがあってのことだ。

「今回は、結果としてそうなったということだ。理想的な決着は、ホーマット伯爵と犯罪に深くかかわっている者たちだけを討伐して終わりにしたかった。ホーマット伯爵家の人間は、王国の民でもあるからな」

「なるほど……そうであれば、いや、そうか、暗殺は駄目なのか」

 今のように少数で領内に侵入して、ホーマット伯爵を殺してしまえば犠牲は最小限で済むと思ったセブだが、それでは話が戻ってしまうことに途中で気が付いた。

「手段は選ばず、というわけにはいかない。それは国と国の戦いでも同じ。大陸制覇という野心があるくせに、他国に攻め込む口実を別に必要とする。おかしな話だ」

 アルデバラン王国は大国だ。隣国に攻め込んでもまず負けることはない。だが、大国の野心だけを理由に隣国への侵攻を開始出来ない。開戦の大義名分を求める。良く考えれば、おかしな話だとレグルスは思った。どんな大義を掲げても、それは領土欲、権勢欲を誤魔化す為の嘘に過ぎないのだから。

「強い者が全てを奪うというわけにはいかないのだな?」

「そうであることは悪いことじゃない。ただ、それで戦争が無くなるわけではないというのが……なんかな」

 弱肉強食の時代は終わった、わけではない。ただ強者が悪と評価されない口実を必要としているだけ。それが戦争の抑制となっているのだとすれば、悪いことではないとは思う。だが結果としてそれが、戦乱の時代を長引かせている可能性もある。レグルスには良し悪しの判断がつかない。

「意外だな?」

「何が?」

「戦いの申し子が、自分をもっとも輝かせてくれる戦いを否定しているということが」

「……俺はいつから戦いの申し子になった?」

 そんなものになった覚えはない。そんな風に言われたことも、レグルスの記憶の中では、これが初めてのはずだ。しかも、レグルスには誉め言葉には聞こえなかった。

「いつからかは知らない。ただ、今のお前にそう思われるくらいの力があるのは事実だ」

 ゲルマニア族であるセブとロスにとっては、初めて出会った時から。最初は仲間を殺した敵であったが、その圧倒的な力は認めないわけにはいかない。

「戦いの申し子……嬉しくないな」

 自分の周りで多くの人が死ぬ。自分は死を、災いを呼び寄せる存在。これはレグルスが以前から思っていたことだ。戦いの申し子も、それと同じだとレグルスは受け取った。

「お前の気持ちは関係ない。事実そうだというだけだ」

 ゲルマニア族の戦士であるセブには、レグルスの考えが理解しきれない。戦士であるからには強いほうが良いに決まっている。そうあることは自分だけでなく、ゲルマニア族全体にとっても良いことなのだ。

「事実……まあ、戦いが放っておいてくれないのは事実だ」

 こう返しながらレグルスは、セブとロスに指で合図を送っている。戦いの時が迫っている。何者かの、まず間違いなく敵の気配を感じているのだ。それはセブとロスも同じ。偵察中だというのに沈黙を守ることなく、会話をしていたのは敵を誘う為。すでに敵の気配に気付いていて、さらに隠れている敵がいないか、相手を誘うことで探ろうとしていたのだ。
 敵はまんまとそれに引っかかった、といっても、気配は最初に察知した数と変わらない。隠れていた敵はいない、もしきうは、気配を感じ取れないくらいの強者がいるということだ。どちらであっても戦闘が始まる。始まってしまえば、完全に気配を消し続けていることなど出来ないはずだ。

「……ぐっ」

 近づいてきていた敵がロスが投げたブーメランを受けて、うめき声をあげた。それが戦闘開始のきっかけ。接近に気付かれていたことが分かった敵の動きは、一気に激しいものに変わる。気配を消している意味がなくなったと判断したのだ。

「がっ」

 だがそれはレグルスたちの望むところだ。はっきりと感じられるようになった気配に向けて投げられたブーメランが、また一人、敵を倒す。

「飛び道具に気を付けろ!」

 もう敵は沈黙を守ることも止めた。そうしていても敵の攻撃を一方的に受けるのだから、それもまた意味を失った。声を掛け合って、連携を強めたほうが正しい選択だ。

「取り囲め! 敵は三人だ! 一斉にかかれば……二人?」

 指示をしているこの男の視界がとらえているのは二人の敵。もう一人を見失っていることに気が付いた。

「いや、三人」

「なっ……ぐふっ」

 見失った一人、レグルスはすぐ背後にいた。ホーマット伯爵家で諜者として働いているこの男が気づけないほど、完全に気配を消して。
 さらにレグルスは、セブとロスを包囲しようとしている敵を背後から攻撃していく。立っている敵がいなくなるまで、そう長い時間はかからなかった。

「さて、一応聞いてみるか。死にたくなければ、ホーマット伯爵の作戦を教えろ」

 残る仕事は、生かしておいた敵から情報を得ること。

「……知らない」

「そう言うよな。分かっていたけど時間の無駄だった。じゃあ、話したくなるまで痛めつけるか」

 素直に白状するはずがないことは分かっていた。レグルスに拷問を躊躇う気持ちはないが、時間をかけるのが嫌だったのだ。

「ま、待て! 本当に知らないんだ! 嘘じゃない!」

「それも、こういう時の定番の台詞だな」

「違う! 嘘じゃない! 本当に知らないんだ! 我々はただ命じられるままに動いているだけだ!」

「……じゃあ、ここで何をしていた? どういう命令を受けて、ここにいた?」

 王国諜報部員のようなスキルを持つ者たちが、何人もこの場所で何をしていたのか。自分たちが偵察に来たのに気づいて、とはレグルスは思っていない。それほど気配に敏感であれば、自分たちの罠にはまるはずがないのだ。

「……誰も近づけるなと」

「それは何に?」

「……この先の陣地に」

「あら、素直。嘘でなければ、だけど」

 男はあっさりと自分の任務を白状した。ただまだ嘘をついている可能性はある。

「本当みたいだ」

 男の告白が事実であることをロスが告げてきた。先に前に進んで、確認してきたのだ。

「そんな近くに陣地が?」

「いや、陣地の場所までは分からない。だが、少し先に行けば、松明を持って移動している軍勢が見える。地形ははっきりと分からないが、かなり下ったところだ」

「……実際に見たほうが早いな」

 ロスの言い方だと、軍勢まではまだかなり距離がある感じだ。そうであるのに軍勢であると分かる。それがどういうことかは、実際に自分の目で見るほうが良いとレグルスは考えた。
 ロス、そしてセブと一緒に先に進むレグルス。ロスの言う通り、それはすぐに見えた。

「……二千、三千という数じゃないよな?」

 赤い炎の群れ。それも大群が。

「少なくてもその倍。それも松明の数だけでだ」

 松明を持たない者もいるとなると、軍勢の数は一万を超える。想定外の数だ。

「……総力戦ということか。それとも……この為の犯罪か」

 これほどの数の常備軍を伯爵家が抱えられるはずがない。領民を全て動員した可能性をレグルスは考えた。もしくは一伯爵家が持つには多すぎる軍を維持する為に犯罪を犯していた可能性を。そうであるとすれば、ホーマット伯爵はこの軍勢で何を行おうとしていたのか。

「……ここで考えても結論は出ないか。戻ろう」

 捕らえた敵からさらなる情報を引き出した上で考えたほうが、正しい結論に辿り着く可能性は高くなる。大軍の存在と捕虜の確保で、レグルスはこの任務を終了させることにした。なにより、この大軍の存在を速やかにカート総指揮官に伝えることを優先すべきと考えたのだ。

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