月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第159話 演技派な人々

 モルクインゴンにエリザベス王女が到着したのは、当初予定から二か月遅れ。予定が狂うことは使者を送って伝えていたので、到着を待ちわびる気持ちはあっても、交渉そのものに問題はなかった。モルクブラックバーン家もゲルメニア族も、その日が訪れるのを、のんびりと待つだけのこと。エリザベス王女の来訪はゲルメニア族との和解交渉の為。それが決まっているのに戦闘を続けるわけにはいかない。双方にとって都合の良い停戦理由は得ている。
 遅延によって問題が生じたとすれば、エリザベス王女一行と時期を合わせたつもりの別の来訪者。ブラックバーン本家のベラトリックス、北方辺境伯にとってだ。

「……待たせてしまったようですね?」

「いえ、この地を訪れたのは領地視察のついで、と申し上げては殿下に失礼ですが、やることは色々とありましたので」

 北方辺境伯としてやることは色々ある。それは、当然、モルクインゴンで行うには非効率なことばかりだ。だが、それをベラトリックスは口にしない。和解交渉は王国とゲルメニア族の間で行われるものとされてしまっている。ブラックバーン家は、戦いの当事者であっても、交渉では部外者。交渉を理由にこの地を訪れる必要はないのだ。

「そうでしたか。では出迎えに時間を使わせたことを詫びるべきでしたね? わざわざの出迎え、ありがとう。もう仕事に戻って構いません」

 領地視察など嘘であることをエリザベス王女は知っている。嘘と分かった上で、それに乗った。

「……殿下、レグルスは?」

 エリザベス王女に同行しているはずのレグルスがいない。ベラトリックスは、ゲルメニア族との交渉だけが理由でここにいるのではない。レグルスと話すことのほうが主目的なのだ。

「ああ、彼は先にゲルメニア族の居住地に向かいました。到着を告げることと、交渉前の調整の為です」

「そうでしたか……」

 レグルスに相手にされない可能性はベラトリックスも考えていた。それでも向けてくる態度で、暗殺未遂について、どう考えているかを推測しようと考えていた。息子のことであれば、それだけでも分かることはあると思っていた。
 だがレグルスは会うことさえ避けた。これをどう捉えるべきか、ベラトリックスには判断がつかない。

「会見場所までは我々が護衛致します」

「貴方は……ブラックバーン騎士団のジャラッド副団長。久しぶりですね?」

 ベラトリックスは別の策も用意していた。ブラックバーン家でもっともレグルスが心許しているはずのジャラッドであれば、話が出来るのではないかと考え、彼を同行させていた。

「ご無沙汰しております、王女殿下。長旅でお疲れではありませんか?」

 ジャラッドはエリザベス王女とも面識がある。今は暁光騎士団の騎士となっているオーウェンが信頼する元上司でもある。レグルスと交渉するのにもっとも適任、というより、唯一、交渉相手として認められる可能性のある人物だ。

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫です。移動にも大分慣れました」

 城暮らししか知らないエリザベス王女。最初の頃は馬車の揺れが続くだけで酷く疲労して、苦しんでいた。今はそれもほとんどない。なにより、お付きの侍女がいなくても困らないくらい、一人でほとんどのことを出来るようになっている。

「ずっと旅が続いていると聞いております。それでそう思えるのはご立派です」

「甘やかさないでください。口では何も言いませんが、レグルスが馬車での移動に焦れているのは知っています」

 レグルスだけであれば、オーウェンやジュードが一緒でもかなり速く移動できる。ただ移動しているだけの時間を、といってもレグルスは常に移動しながら出来る何かを行っているが、無駄だと思っていることをエリザベス王女は気付いている。

「殿下に馬での移動を要求しますか……らしいと言えばらしい、ですか」

「騎士団長としての私はそうでなければなりませんから」

 エリザベス王女を王女や女性としてだけ見ていれば、レグルスはそんなことを考えない。騎士団長として認めよう、周りに認めさせようと思うからこそなのだ。

「団はどうですか?」

「私には過ぎた団員たちです。彼らのおかげで何とかやっています」

「そうですか。それは良かった」

 ジャラッドが実力を、一端でしかないが、知っているのはレグルスとオーウェン、ジュードの三人だけ。ラクランも王立中央学院時代の評判は知っているが、あとの団員の実力は未知数。レグルスが団に加えるくらいだから、ただ者ではないだろうと勝手に想像しているくらいだ。

「会見場までの護衛は……そうですね、ジャラッド殿には同行してもらいましょう。あとは、この地でずっと祟って来たドミニク殿とディアーク殿。三人がいてくれれば十分です。戦いではなく、和解に赴くのですから」

「……殿下、ブラックバーン家当主であるベラトリックス様も同行すべきかと」

「それで和解が上手く進むのであれば」

「……お邪魔にならないように努めます」

 ベラトリックスにとっては侮辱と受け取れるもの。ブラックバーン家当主、北方辺境伯を無視してエリザベス王女は事を進めようとしたのだ。だからといって怒るわけにもいかない。本当に交渉の席から外されるわけにはいかないのだ。

「では、行きましょう。案内をお願いします」

「はっ」

 交渉の場に赴く一行。その胸中は様々だ。和解を望むという点では、ベラトリックスを除いてだが、一致しているが、交渉の場がどのようなものになるかは、同行する皆が分かっていない。王国とゲルメニア族だけでなく、ブラックバーン家との和解も、ベラトリックスが納得する形で成立して欲しい。こう思うのはモルクブラックバーンの二人。難しいと思いながらも、そうなることを願っていた。

 

 

◆◆◆

 ゲルメニア族との和解交渉は、元は最前線であった砦で行われる。ゲルメニア族が占拠していたその砦は、今はモルクブラックバーン家に引き渡され、改修が行われているのだ。戦争が続いている振りをする為の改修だ。無駄になるかもしれない、無駄になって欲しい改修が行われている、その会見場所にレグルスは、ゲルメニア族の代表者を連れて現れた。
 用意された席に座るレグルスとゲルメニア族の人たち。

「……レグルス?」

 会見は初めから、それもエリザベス王女にとっても予定外の形で始まった。レグルスが、エリザベス王女と向かい合う席、ゲルメニア族側に座ったのだ。

「私としても不本意なのですが、直前になって交渉の席につく条件だと言い出して」

「そう。貴方がゲルメニア族の代表ということですか?」

 レグルスの説明にエリザベス王女は苦笑い。ベラトリックスは苦い顔だ。可能性はあったが、レグルスは少なくとも中立の立場でいるとベラトリックスは考えていたのだ。

「いえ、代表は隣に座っている族長です。俺は……代表補佐? とにかく立場はどうでも良いから、こっち側ということで」

「分かりました。バウリアン殿ですね? アルデバラン王国王女エリザベスです」

「お会い出来て光栄です、王女殿下。孫が大変お世話になっております」

「おい? そういう挨拶はいらない。というか勝手に爺面するな」

 バウリアン族長の挨拶に、素の態度で文句を言うレグルス。ここに来る前にも、かなり言い合いをしてきたので、気持ちが高ぶったままなのだ。

「勝手ではない。儂がお前の祖父であることは間違いのない事実だ」

「ここはそれを確かめる為の場じゃない。参加者がおかしいから勘違いしているのか?」

 このレグルスの台詞はベラトリックスに向けての嫌味だ。レグルスはベラトリックスを同席させることに納得していない。エリザベス王女に拒絶してもらいたかったのだ。

「勘違いはしていない。この場は王女殿下との新たな関係を築き上げる為の第一歩だと考えている」

「……何か違うような」

 その新たな関係とは何を指しているのかをレグルスは怪しんでいる。レグルスもそうだが、バウリアンもゲルメニア族の族長というより、レグルスの祖父という立場を前面に出している。目的が違う気がするのだ。

「違わないでしょう? 新たな関係を構築する為に、私もこの場にいるのです」

「……分かりました。話を先に進めましょう」

「王国はゲルメニア族との和解を望んでいます。どのような経緯で、ブラックバーン家との戦いが始まったかは聞きました。それに対して、王国はどちらも支持しません。終戦を求め、王国の平穏を望みます」

 ゲルメニア族の戦いはブラックバーン家を相手にしたもの。王国はその戦いの当事者ではなく、ゲルメニア族との間に遺恨はない。この前提をエリザベス王女ははっきりさせようとしている。

「王国がそれを求めるのであれば、我々はそれを受け入れます。ただし、恐れながら我々にも求めるものがあります」

「何ですか?」

「王国の民としての権利。これを保証していただけるのであれば、我々は国民としての義務を果たします。終戦のご命令に従うのも義務です」

 ゲルメニア族がはっきりとさせたいのは、ゲルメニア族もまた王国の民であるということ。王国は王国の民を守る義務がある。ブラックバーン家がそれを犯すのであれば、王国がブラックバーン家を罰しなければならないということだ。

「ゲルマニア族の全ての人々は王国民です。もし、蔑ろにされてきたと思われているのであれば、王国を代表して謝罪し、王国民であるゲルマニア族の権利を保証し、それを守ると誓います」

「ありがたきお言葉。我々はこれからも変わらぬ忠誠を王国と国王陛下に、そして王女殿下に捧げることをお誓い申し上げます」

「ありがとう。では和解は成立ということでよろしいですね?」

「もちろんです」

 淀みのない会話で王国とゲルマニア族の和解はなった。出来レースなのだから当然だ。ゲルマニア族にとっての問題は、族長の娘を殺された恨みを、すぐ目の前にいるベラトリックスへの恨みをどうするかということ。復讐を諦めれば、和解に支障となるものはないのだ。

「さて……ゲルマニア族との話し合いは終わりましたが、まだ解決しなければならない問題が残っています」

「何か問題がありましたか?」

 エリザベス王女の発言は予定になかったもの。バウリアンの顔には困惑が浮かんでいる。

「ブラックバーン家と王国の間での問題です。丁度、当主のベラトリックス殿が同席していますので、この場で話しましょう」

「……どのようなご用件でしょうか?」

 ベラトリックスにも、これがエリザベス王女の思いつきであることは分かっている。バウリアンの態度と、自分との話し合いが必要という点がそれを教えた。同席は最初から決まっていたことではないのだ。

「領地を割譲してもらえますか?」

「なんですと……?」

 まさかの要求。この場でエリザベス王女の口から領地を渡せなんて台詞が出てくることなど、予想できるはずがない。

「父はレグルスの功績に報いる為に爵位を用意してくれました。レグルスに爵位を与えるのは良いのですが、レグルスに仕えるゲルマニア族の人々をどうするかという問題があります」

「……レグルスはブラックバーンの人間です」

 エリザベス王女の意図がベラトリックスにも分かった。レグルスに与える為の領地を差し出せということだと。

「モルクブラックバーン家預かりであって、ブラックバーン家の人間ではありません。それに新たな爵位を与えるのですから、今の身分が何であっても関係ないでしょう?」

「……そうであれば、関係のない人間の為に、私は領地を差し出すことになります」

「ですから、お願いなのです。どうしても無理というのであれば仕方ないと思っています」

「……その場合はどうされるおつもりですか?」

 ベラトリックスはまたエリザベス王女の意図が分からなくなった。領地が目的ではないのではないか。今、レグルスはブラックバーン家の人間ではないと認める方向に話が進んでいる。これこそが目的で、策に嵌められているのではないかと思えてきた。

「他の領地を用意するだけです」

「それはどこにですか?」

「教える義務はありません。それに場所は父から許可を得て初めて決まるものです」

「我が領地を与えることは許可を得られているのですか?」

 領地を与える権限は国王しか持っていない。エリザベス王女が勝手に話を進めて良いことではないのだ。

「ベラトリックス殿は、私が父に無断でこのような話をしていると疑っているのですか?」

「いえ……」

 ベラトリックスの頭の中は混乱している。エリザベス王女の意図がまったく掴めない。どう話を進めて良いのか分からない。

「我が領地であれば割譲しても構いません」

「ドミニク……」

 鋭い視線をドミニクに向けるベラトリックス。許可なく勝手に領地の割譲を認めるような発言は許されない。

「ドミニク殿、ありがとうございます。父にドミニク殿の忠誠を伝え、違う形で報いてもらえるように伝えます。約束します」

 だが、許されないのはベラトリックスの気持ちの問題。ブラックバーン家の分家の領地といっても、それは国王からモルクブラックバーン家に与えられたもの。ブラックバーン本家は王国に取次を行っただけなのだ。
 それが貴族を束ねる有力貴族に、暗黙のうちに、与えられている権限、有力貴族を支える力となっている。エリザベス王女はその慣習を壊そうとしているのだ。

「殿下。それを行っては、北方辺境伯の顔を潰すことになると思います」

「えっ、どうしてですか?」

 そしてまた今度は、レグルスとエリザベス王女の茶番劇が始まる。ただこれはバウリアン相手の時と違って、完全なアドリブだ。

「陛下に直接、領地の話が出来ると分かれば、誰も北方辺境伯を頼ろうとしなくなります。それは可哀そうではありませんか?」

「そういうものなのですね? では、どうすれば良いのかしら?」

「私の口からは何とも。私の領地の話ですから」

 系列貴族家に背かれたくなければ、自分の口で問題を解決しろ。こうレグルスはベラトリックスを脅している。

「……殿下、承知しました。領地について殿下のお望みに応えることに致します。私からも陛下にお伝えいたします」

 脅しだと分かっていても、ベラトリックスはレグルスの求める言葉を口にするしかない。脅されるネタは他にもある。エリザベス王女の騎士団を襲撃したという致命的なネタを、ベラトリックスはレグルスに握られているのだ。
 それでも前北方辺境伯、レグルスの祖父コンラッドであれば違った対応を取ったかもしれない。簡単には脅しに屈しなかったはずだ。ベラトリックスは、この一件でまた、国王からの評価を落とすことになる。

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