月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第155話 また、ですか……

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 旧テイラー伯爵領は現在、王国の直轄地ということになっている。公式書類ではそうなっているということであり、実際には新しい領主、正しくは領主候補、はいる。 キャンベル子爵がその人だ。子爵の身分で伯爵領を継ぐということではなく、近々、伯爵位を与えられることになっており、それを待って旧テイラー伯爵領は王国直轄地からキャンベル伯爵領、もしくは地名からワイバン伯爵領へと登録変更がされることになっているのだ。
 そのキャンベル子爵の悪評が王都に届いた。これは王国にとって信じられないことだ。領地で悪政を行うような人物を伯爵にするはずがない。これまでキャンベル子爵に対して、悪評といわれるようなものはなかったからこそ、功績を認められ伯爵位を与えることが決まっているのだ。

「また襲われるのではありませんか?」

 現地でエリザベス王女と合流したレグルス。早速、馬車の中で打合せを行っている。

「その時はまたレグルスが守ってください」

「守りますけど……本当に襲われようとしています?」

 キャンベル子爵がエリザベス王女を襲撃するような真似をすれば、その罪で旧テイラー伯爵領を追われることになる。目的を達する為だけを考えるのであれば、襲撃を誘うのは良い方法だ。

「まさか。真実は本人と話をしても分かりません。被害を受けている人々の声を聞かなければならないと思っているだけです」

 エリザベス王女はそこまでのことは、本当に考えていない。周囲を危険に晒したいという理由だけでなく、真実を明らかにした上で、その罪にあった罰を与えるべきだと思っているのだ。

「……話してくれると良いですけど」

「えっ?」

「到着したようです。キャンベル子爵もお待ちです」

 目的地に到着したものの、キャンベル子爵が先回りしていた。それをレグルスは外からの合図で知ったのだ。

「……仕方がありません」

「先に降ります」

 馬車が止まる。馬車の外にいたオーウェンが扉を開くのを待って、レグルスは外に出た。キャンベル子爵らしき人物と、子爵家の騎士らが整列しているのが見える。騎士の数はそれほどではない。見えている範囲ではだが。

「……どうぞ」

 周囲を警戒しながらレグルスは、エリザベス王女に馬車から降りるように促した。それに応えて地面に降り立つエリザベス王女。周囲から、遠慮がちな、どよめきが起きた。

「王女殿下、ご来訪に感謝いたします」

 一人、前に進み出てきたキャンベル子爵が挨拶を口にする。青白い、疲れ切ったような顔は緊張のせいか。エリザベス王女には、レグルスにも判断が出来ない。所作そのものは緊張を感じさせない堂々としたものなのだ。

「わざわざの出迎え、ありがとうございます。気を遣わせてしまいましたね?」

「いえ、当たり前のことです。それに……この地は王女殿下にとって、良い思い出のない場所でもありますので」

 この言葉をどう捉えれば良いのかもエリザベス王女には分からなかった。身の安全を図る為という意味か、それとも脅しか。

「そのことで、この地に住む人たちに不安な思いを抱かせてしまっていると聞きました。罪を犯した者たちはすでに罰せられています。事件は終わったということを伝えたいと思い、やってきました」

 安堵の声、とまではいかなかった。エリザベス王女のこの言葉を聞いただけで、領民たちの憂いが消えるわけではない。まだ何も変わっていないのだ。

「王女殿下のお心遣いに対し、領民に代わって感謝をお伝えいたします。ありがとうございます」

 深々と頭を下げるキャンベル子爵。うがった見方をしなければ、ここまでの態度におかしなところはない。

「キャンベル子爵も、くれぐれも無用な罰を与えることのないようにお願いします」

 このままではただの挨拶だけで終わってしまう。エリザベス王女は一歩踏み込むことにした。

「……もちろんです。しかしながら、殿下。領地の安定の為には、一時、領民たちに苦労をさせることもあります。これについては、ご理解頂きたいと思います」

 キャンベル子爵は、エリザベス王女の言葉に正面から反応してきた。重税をかけていることを認めた。

「苦労を軽くするのが領主の務めではありませんか?」

「私は一時と申し上げました。より良き領地とする為に、一時、領民にも協力してもらいたいだけです」

「しかし……」

 キャンベル子爵の反論に、さらに追及の言葉を投げようとしたエリザベス王女。だが、それはレグルスが一歩前に出たことで止まった。

「恐れながら殿下、まずは領民たちとの対話を。ああ、その前にまだ挨拶が残っていますか。後ろに控えていらっしゃる方は?」

「私の子供たちです」

 キャンベル子爵は自分の子供もこの場に連れて来ていた。良く見れば騎士たちに囲まれて、二人の子供がいる。それにエリザベス王女も気が付いた。

「では、殿下にご紹介を」

「……前に来なさい」

 キャンベル子爵に促されて、前に出てきた子供は二人。男の子と女の子が一人ずつだ。

「長男のアラン、それと娘のステーシーです」

「王女殿下、はじめまして。アランと申します」

「ステーシーです。よろしくおねがいいたします」

 エリザベス王女に、簡潔に挨拶を告げる二人。二人はまだ幼い。見た目では兄が十歳くらい。妹のステーシーは四、五才というところだ。

「よろしく。アラン、ステーシー」

 二人の登場にエリザベス王女の表情も緩む。

「ステーシー様。初めまして、私はレグルスと申します」

「……はじめまして」

 いきなりレグルスに話しかけられて戸惑っているステーシー。それでも挨拶は返してきた。

「今日はお二人だけなのですか?」

「……あっ、えっと」

 少しレグルスの質問の意味を考えてから、それに答えようとしたステーシー。

「ステーシー」

 そのステーシーに、キャンベル子爵が声をかけた。それを受けてステーシーは、言葉を続けることなく、話すのを止めてしまう。

「お母上はお屋敷でお留守番ですか?」

「……そう。ははうえはおるすばんなの」

 キャンベル子爵に一度視線を向けて、ステーシーはレグルスの問いに答えを返してきた。

「そうですか。屋敷に誰もいなくなるわけにはいきませんからね。そういえば、元のお屋敷にはもう誰もいらっしゃらないのですか?」

 これはキャンベル子爵に向けた問いだ。

「……いない。家族全員で一緒にこの地に来た」

「そうでしたか。分かりました。さて、少しは雰囲気も和みましたでしょうか? そうであれば、そろそろご挨拶を」

「……ええ。分かったわ。あとは頼むわね?」

「はい。お任せください」

 レグルスが何を考えているか、まだエリザベス王女には分からない。分からないが、レグルスが自分が気づけない何かに気づいたことは間違いない。自分は自分がやるべきことを行い、あとは任せることにした。
 キャンベル子爵の先導で、並んでいる人々のほうに歩いて行くエリザベス王女。護衛にはオーウェンとジュード、それとラクランが付いた。残ったレグルスは。

「……カロ」

「はい」

「またあの屋敷を友達に調べてもらってくれ。とりあえずは、屋敷の中に誰かいるかだけで良い」

「分かった」

 まずはカロに指示を出す。テイラー伯爵がエリザベス王女を監禁した屋敷の調査だ。

「エモン……今ここにいるキャンベル子爵家の人間で怪しそうな奴を洗い出せ。あと、キャンベル子爵がここに到着した日に何かなかったか」

「……誘拐事件とか?」

「そうだ。もしかすると俺たちの動きも、もう見張られている可能性がある。動きは慎重に」

 想定していた状況と実際はかなり違う可能性が生まれた。そうであれば真実を明らかにしなければならない。明らかにし、罰を与えるべき人物に、罰を与えなければならない。エリザベス王女が望む通りに。

 

 

◆◆◆

 領民たちとの時間を過ごしたあと、エリザベス王女一行はキャンベル子爵の屋敷、山中に砦のような屋敷を作る前のテイラー伯爵屋敷、に移動した。夕食会を終えたあとは、そのまま屋敷に泊まることなく宿に移動。あらかじめ決められていた通り、王国騎士団により万全の警備計画が整えられた宿に泊まることになった。
 エリザベス王女一行が去った後、キャンベル子爵はすぐに自室にこもった。妻と子供たちも一緒だ。家族全員の寝室としては少し狭い部屋。貴族の基準では、であってレグルスが暮らしていた王都の家に比べれば広いのだが。

「誘拐を警戒しているにしては警戒が緩くありませんか?」

「き、君は?」

 その部屋にいきなり姿を現したレグルスに、キャンベル子爵は驚いた。レグルスの言う通り、子供と妻を誘拐されないように一緒に寝ているのだ。その部屋にレグルスは、あっさりと侵入してきた。

「それとも警戒が必要なのは内側だけですか?」

「……レグルス・ブラックバーン殿で間違いないですか?」

 最初は驚いたキャンベル子爵であったが、すぐに落ち着いた様子に変わる。このことを、さすがに夜中に侵入してくるとは思っていなかったが、レグルスが話をしに来ることは予想していたのだ。

「ブラックバーンの名に期待しているのであれば、残念な結果になります。私はブラックバーンとは関係のない人間ですから」

「いえ、私はブラックバーン家の貴方に期待しているのではありません。王女殿下と貴方の力を求めています」

 キャンベル子爵はエリザベス王女が、エリザベス王女と共にレグルスがこの地に現れたことを喜んでいた。二人であれば自分たちを救ってくれるのではないか。こんな期待を抱いている。

「では単刀直入に。お嬢さんが誘拐されている。間違いないですか?」

「間違いありません」

 キャンベル子爵にはもう一人、娘がいる。その長女が誘拐されているのだ。

「犯人に心当たりは?」

「ありません。この地に到着したその日に誘拐されました。テイラー伯爵の旧臣たちだと考えて調べさせたのですが、何も情報は得られていません」

「それはこちらでも少し調べました。完全に否定できませんが、中核にいた人々は関わっていないようです。他に心あたりはないですか? ないのであれば、犯人の要求は?」

 テイラー伯爵家の中核にいた人々は皆、死んだか捕まったか、逃げている者はレグルスの側にいる。キャンベル子爵の長女の誘拐には絡んでいない。伯爵家に仕えていた人物である可能性はあるが、お家取り潰しの恨みという動機は違うとレグルスは考えている。

「この地で上がる税収の十倍という莫大な金です」

「そんなものは一度では払えませんね?」

「もちろんです。分割での支払いでも良いと言ってきています」

「その間、ずっと人質を取ったままですか……考えたくないでしょうが、生きていない可能性もあります」

 一生遊んで暮らせる金を手に入れられるとしても、ずっと誘拐したキャンベル子爵の娘を監禁しつづけているというのは、どうかとレグルスは思う。殺されている可能性だけでなく、キャンベル子爵にあえて言うつもりはないが、どこかに売られた可能性もあると考えている。

「分かっています。ですので、最初にある程度の金を払うので、娘が生きている証拠を示せと交渉しています」

「……その金を集める為に重税を?」

「はい。ただ、もしかしたら王国が動いてくれるのではないかという思いもありました」

 悪政を行っていれば、王国は異変に気付いてくれるのではないか。こんな期待も、わずかな期待であるが、抱いていた。結果、エリザベス王女を呼び込んだという点では、成功だ。

「身代金の為の重税。罪のない領民を攫って行ったというのは調査の為ですか?」

「テイラー伯爵家とわずかでも関りがあると思われる者を調べさせました」

 これがレグルスに、キャンベル子爵が旧テイラー伯爵家の関係者を弾圧していると伝わったのだ。追及されている彼らにとっては、身に覚えのない罪で捕らわれるのだからそう思っても仕方がない。

「危険な行為とは思わなかったのですか?」

 犯人に繋がっている者が、キャンベル子爵家にはいる。だからキャンベル子爵は、遠回しに救いを求めることしか出来ないのだとレグルスは考えている。

「テイラー伯爵家の旧臣たちが反乱を起こそうとしているということにしました。怪しまれる可能性は考えましたが、止めさせようとしてくれば、それが証拠にもなります」

「確かに。でも、犯人は何も言ってこなかったということですか?」

「そうです」

「……この場所であれば、相手は誰でも良かったということか……まだ決めるのは早いか」

 テイラー伯爵家絡みでも、キャンベル子爵に恨みがあるわけでもなく、この場所だから事件が起こされた。この可能性をレグルスは考えた。ただ、まだそれを証明するものは何も得られていない。

「ちなみに王女殿下が監禁された場所は調べましたか?」

「はい。ただ中には入れなくて、何も分かっていません」

「中に入れない……鍵は引き渡されなかったのですか?」

 いわくつきの建物であってもテイラー伯爵家の物であることに違いはない。新たに領主になるキャンベル子爵に引き渡されているものだとレグルスは思っていた。

「あそこは王国の管理となっています。ただ王国管理は書類だけのことで、誰もいないと聞いていました」

「あんな場所を壊すことなく、人を置くこともなく放置ですか……」

 ずさんな管理だとレグルスは思う。普通に考えれば、すぐに壊すべき。残すにしても、盗賊など変な輩に占拠されないように人を置いて監視しておくべきだ。

「娘は助かるでしょうか?」

「申し訳ありませんが、楽観的なことは言えません。調査はまだこれからです。今日は調査を行うにあたって確認しなければならないことがあるので来たのです」

 キャンベル子爵の妻、誘拐された令嬢の母が向ける視線、それに込められた気持ちを思うと、楽観的な台詞を口にしたい。だが、それはかえって残酷だとレグルスは考えた。

「何でしょうか?」

「ひとつは、この件をどこまで話して良いですか? 私の考えでは、王国諜報部の協力は仰ぐべきだと思います。万一、諜報部に裏切者がいるとしても、その場合は、失礼ですが、どう頑張ってもお嬢さんは助かりません」

 レグルスはこの件を、まだ仲間たちにしか話していない。それ以外の人たちを信用していない。自分が信用していない相手に話すのに、当事者であるキャンベル子爵の許可を得ないわけにはいかなかった。

「王国騎士団は役に立ちませんか?」

「彼らは目立ちますから。目立つ上に、この手のことは騎士団が得意とするところではありません」

 騎士団に協力してもらいたいことはない。あるとすれば犯人が見つかり、そのアジトに強襲をかけると決まった時くらいだとレグルスは考えている。

「分かりました。レグルス殿にお任せ致します」

「では諜報部と協力して、調査を進めます。ちなみに、ここの領主になると決まったのは、いつですか?」

「半年ほど前です」

 そこから急展開。慌てて新領地となるこの場所に移ってきて、すぐに誘拐事件が起こり、そのせいでの悪政が、テイラー伯爵家の旧臣たちによってすぐにレグルスに届けられた。周到に準備する期間はなかったはずだ。

「それ以降に新たに雇った家臣は何人ですか?」

「二十三人になります」

 子爵から伯爵。大都市とはいえない街をひとつ、管理していた身から、広い領地を持つ身となった。家臣の数は何倍にもなっている。

「それは従士以下も含めてですか?」

「従士以下までとなりますと、桁がひとつあがります。正確な人数までは、すぐには…」

「よく短い期間にそれだけの数を集められましたね?」

 騎士以上だけだとしても、短期間に伯爵家の家臣に相応しい能力、経験を有している人を二十三人も集めるのは大変だろうとレグルスは思う。

「テイラー伯爵家に仕えていた者がおります。あとは他家の紹介で」

「……では他家から紹介を受けた人を教えてください」

「かまいませんが、何故、その者たちなのですか?」

 怪しむべきなのはテイラー伯爵家に仕えていた者たちだとキャンベル子爵は思っている。調べた結果、何も関係を示すものは見つかっていないが、それでも疑いは消えていないのだ。

「テイラー伯爵家に仕えていた人たちは、割と調べるのが簡単ですので。それ以外の人たちの調査を早めに始める為です」

 テイラー伯爵家に仕えていた人たちは、この土地を知っている。誘拐を行い易いかもしれないが、逆に多くを知られているという面もある。怪しい動きをしていると周囲に気づかれやすいのだ。一方で地縁のない人たちは、手掛かりといえるものを得にくい。怪しいところを片っ端から調べるということになってしまう。

「分かりました。お伝えします」

「言うまでもありませんが、日中は知らん顔をしていてください。こちらも、私以外がこの件で接触することはありません。もし、何か話してくる者がいれば、誰であろうとそれは罠です。お気をつけて」

「……はい。気を付けます」

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