月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第149話 これも仕事

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 エリザベス王女が、自分が団長となる騎士団を創設するという噂は、かなり広がっていた。ジークフリート王子が創設した白金騎士団もそうであるように、エリザベス王女の騎士団も組織上は王国騎士団の下部組織になる。新しい下部組織を創設するのであるから、ただ作ると宣言すれば良いわけでなく、様々な事務手続きが必要になる。騎士団内での事務作業を行う担当武官を任命するなど、組織変更も必要だ。その過程で文官、武官や騎士たちに情報が伝わったのだ。
 傷ものになった王女の道楽、奇行などという辛らつな陰口を叩かれていた騎士団創設であったのだが、その騎士団にレグルスが、死んだはずのレグルスが入団したという事実が知られると、評価は一気に変わることになった。高い評価を得たというのとは少し違う。その事実をどうとらえれば良いのか、皆が悩んでいるという状況だ。

「レグルス以外のメンバーは? もちろん、ラクランについては良く知っている」

 タイラーたちもエリザベス王女の騎士団について悩んでいる。彼らの場合は、真剣に悩んでいるのではなく、好奇心に近い。どのような騎士団になるかを考えることを楽しんでいるのだ。

「あの二人の組み合わせだけでも、かなり戦力だと思うけどね。ただ、騎士団となるともっと戦闘は大規模になるのかな?」

 クレイグも興味本位だ。今の彼らにはエリザベス王女の騎士団を脅威に感じる理由がない。レグルスがいるからには王国の意思だけで動く騎士団とは思えない。敵として見ていないのだ。

「あの子もいたわよ」

「ああ、パーティーに迷い込んだ女の子か。あの女の子が騎士というのは、ふざけているのかと思うがな」

 タイラーがこんな風に話すことが、真剣味のない証拠。幼い女の子を騎士にすると聞けば、怒ってもおかしくないタイラーだ。
 軽い感じで話が出来るのは、レグルスが生きていることが分かって、気持ちが浮き立っているからでもある。

「彼女じゃなくて、猛獣使いの男の子のこと。まさかと思うけど、気づかなかったの?」

「……気付かなかった……ずっと一緒にいたということか?」

「そこまでは分からないけど、繋がりが続いていたのは間違いないわね。しかも騎士団に入団させようと思うくらいの繋がり」

 元々、かなり評判が悪かった、では済まない、酷く侮辱されていたエリザベス王女の騎士団だ。入団を希望する者など、今は事情は変わっているだろうが、レグルスの関係者くらいしかいない。だからといって誰でも入団させるレグルスではないことをキャリナローズは良く分かっている。

「猛獣はそれほど脅威ではなかったよね?」

「でも、レグルスがいなければ熟睡しているところを襲われることになって、かなり危なかったと思うわ」

「逆にそのレグルスが作戦を考えればか……より効果的に猛獣を使う方法があるのかもね?」

 レグルスとの親しさではキャリナローズにまったく及ばないクレイグも、能力は高く評価している。

「まったく顔を知らない男が三人いたな。一人は男の子と言ったほうが良さそうだった」

 ゲルメニア族の二人とスカルを、タイラーはまったく知らない。これでは戦力を計算することなど不可能だ。

「大人の二人は何者か想像ついたよ」

「嘘だろ? 何者だ?」

「多分、ゲルメニア族。レグルスを殺したとされていた少数民族だと思う」

 殺されたはずのレグルスが生きていた。単純に考えれば、敵のゲルメニア族がレグルスを生かしていたということになる。それによって出来た繋がりだとクレイグは考えたのだ。

「戦った相手を仲間に? あいつらしいような気も、らしくない気もするな」

 敵に対しては容赦がない。これが元々のタイラーのレグルス評だ。だが、一方でカロのように殺されてもおかしくない相手を助けてもいることを知った。戦ったから敵という単純な基準ではないことが分かった。

「間違った推測じゃないと思うから、前者だね。ゲルメニア族って強いのかな?」

「かなり厄介な相手みたいよ。領地にまで問い合わせたわけではないから、詳細は分からなかったけど」

 ゲルメニア族が暮らしているのは北方辺境伯領の南東部。キャリナローズのホワイトロック家、東方辺境伯領の北となる。近いと言えるほどの距離ではないが、好戦的な少数民族として認識されているゲルメニア族の情報は、ホワイトロック家でもある程度は持っている。真逆に領地があるクレイグのブロードハースト家に比べれば、程度だが。

「ゲルメニア族が丸々、王女の騎士団だったりして」

「それはないわ。ああ、あくまでも正式にはだけど」

「どうして?」

 自分の考えを、はっきりと否定したキャリナローズ。しかも「正式には」という条件付きだ。その理由がクレイグは気になった。

「レグルスがあの日、どうして学院に来たか調べていないの?」

「忘れてた。何しに来ていたのかな?」

「あれは一緒にいた人たちの入学手続きをする為よ」

「えっ? 彼らが入団するのは三年後ってこと?」

 クレイグは学院規則の抜け道を知らない。知るはずがない。普通はそんなことは調べない。

「いいえ、私たちと一緒に卒業よ。貴族家に仕える騎士、従士はいつ入学しても良い。卒業するのに成績は関係なく、仕えている相手と同時に卒業出来る。これを利用したの」

 貴族家に仕える騎士や従士には、成績も卒業もどうでも良いこと。入学は、護衛や身の回りの世話をする為に学院への出入りや授業に参加する必要があるので、その為の書類上の手続き、形だけのものなのだ。

「……どうしてそんな面倒なことをしたのかな?」

 規則の不備は分かった。だがクレイグはまだレグルスがそんな方法を使った理由が分かっていない。

「王国騎士団の入団試験の受験資格を手に入れる方法は?」

 すでに貴族家に仕えている騎士や従士には必要のない資格だ。これも規則の不備を招いた原因のひとつになっている、

「なるほどね……なんだろう。これこそ、レグルス『らしい』なのかな?」

「こういう姑息なことを考えさせたら、一番よね」

「そうだとするとオーウェンとジュードの二人もいるかもしれないな」

 以前からレグルスに仕えていたオーウェンとジュードの姿がなかった。それを不思議に思っていたタイラーだったが、キャリナローズの話を聞いて、納得した。彼ら二人はすでに入学している。レグルスが復学した時点で、彼らも復学になっているはずだ。手続きが不要だから、あの場にいなかったのだとタイラーは考えた。

「あの二人はブラックバーン家の騎士と従士でしょ?」

「レグルスの入団にブラックバーン家は……そうだな。関わってはいないか。エリザベス王女は思い切ったことをしたな」

 ブラックバーン家を無視して、エリザベス王女はレグルスを自分の騎士団に入団させた。ブラックバーン家がそれを面白く思うはずがなく、下手をすれば抗議してくる可能性もある。

「死んだ人間が何をしようと関係ないでしょ?」

「それは通用しないだろ? 本人がどう思っているかも想像できるが、書類上はそうなっていないはずだ」

 学院においてレグルスは、ブラックバーン家の人間として登録されているはず。復学もブラックバーン家の人間のままであるはずだ。そうでなければ復学にならない。

「退学させていなかったりして」

「まさか……いや、そのまさかがあったのか? いや、しかし、その場合……あいつは何者として復学したことになる?」

 退学させていなかったとしてもレグルスはレグルス・ブラックバーンのままだ。書類の上で、ブラックバーンから離れることは出来ないはずだとタイラーは考えた。

「無視しているだけじゃないの? 僕がレグルスのような状況になることはまずないけど、もしなったら実家なんて無視するね。気にするのが馬鹿馬鹿しい」

 クレイグが考えても、レグルスに対するブラックバーン家の処分はおかしいと思う。そんな悪意のある処分を課した相手を気にする必要などないと思う。

「それはあり得る。だがそうだとすれば、話は戻る。エリザベス王女は、思い切ったことをした」

「考えてみれば、エリザベス王女だけで判断出来ることかな? さすがに陛下まで無視しているなんてことはないと思うけど」

 エリザベス王女の独断で騎士団は作れない。少なくとも国王の承認が必要だ。国王がブラックバーン家を無視するやり方に同意したのか。クレイグはその可能性を考えた。

「……ブラックバーン家に対する王国の評価を示している可能性はあるな」

 興味本位で楽しく話題にしているだけでは終わらなくなった。王国は騎士団の件でブラックバーン家が文句を言ってくることを恐れていない。絶対に文句を言ってこないという自信があるのか、言ってきても無視して問題ないと考えているのか。どちらにしてもこれまでのブラックバーン家への対応とは違っているように思える。
 それがブラックバーン家に限った話であれば、かまわない。だが、他の守護家に対しても同じような態度を取るとなる問題だ。王国の強気は、守護家にとって災いでしかないのだ。

「ブラックバーン家以外に敵意を向ける理由は、レグルスにはないと思うけど?」

「俺もそう思うが、絶対の自信はない。あいつに信頼されている自信など持てない」

「……じゃあ、聞くだけ聞いてみるわ。話してくれるか分からないけど」

「聞くって……えっ? 奴に会うのか!?」

 レグルスは復学はしても、通学してこない。まったく姿を現さないのだ。タイラーも話が出来るものならしたいが、どこにいるかも分からない。キャリナローズが会う予定を取り付けていたことは驚きだった。

「邪魔しないでね? タイラーが会って話がしたいと思っているというのは伝えておくから」

「分かった。分かったが、いつの間に約束を?」

「秘密。勝手に話すとレグルスに怒られるもの。ただ、少し調べれば分かるわよ? ディクソン家が分かっていないほうが、私は不思議」

 レグルスと繋がりを持つ存在。それを調べ、そこを接点にすればレグルスと連絡はつけられる。もちろん、レグルスが応える相手は限られている。キャリナローズはレグルスが接触を許そうと思える一人なのだ。
 ではタイラーはそうではないのか。そういうことではない。単にタイラーが連絡の取り方を知らないだけだ。ディクソン家ではなく、タイラー個人が。
 ディクソン家は「何でも屋」を繋ぎとしたレグルスとの接触を、今もまだタイラーに秘密にしている。レグルスが生きていると分かった今は、尚更、教えるわけにはいかなくなった。またタイラーの兄のことで、レグルスに頼る機会があるかもしれないと考えてのことだ。

「分かった。調べさせてみる」

 それを知らないタイラーは、また家臣に調査を命じることにした。調査結果は決まっているというのに。

 

 

◆◆◆

 エリザベス王女の騎士団に割り当てられた騎士団事務所は、王国騎士団施設の隅にある旧舎。取り壊す予定であった使われていない建物だ。どの建物を使わせるかなど、いちいち国王は指示しない。王国騎士団で勝手に決められている。悪意とはまでは言わないが、善意はない。騎士団の多くは、貴族たちと同様にエリザベス王女の道楽だと考えているのだ。
 もっとも、エリザベス王女たちは、建物の古さなどまったく気にしていない。他に使っている組織がいないので、広々と使えることを喜んでいるくらいだ。

「さて、では説明を始めます」

「……誰?」

 全員を集めての初めての会議。会議室の前に立ったのは見知らぬ人物だった。

「私から紹介するわ。担当武官のレノックスです。事務仕事を含め、後方支援を担当してもらうことになりました」

 騎士団は騎士や従士だけで成り立っているわけではない。事務方の武官も大勢いて、組織の運営を支えている。エリザベス王女の騎士団にも、その一人が割り当てられたのだ。

「では説明を始めます」

 自ら自己紹介することなく、また説明を始めようとするレノックス。それにエリザベス王女は苦笑い。レグルスは不機嫌そうに眉を寄せている。

「本来、活動は王立中央学院を卒業してからですが、それを待つことに意味はありませんので、今日から仕事を始めることとしました」

 それでいて今日、皆を集めた理由はきちんと説明してきた。

「初日の今日は、今王国が置かれている状況について説明します。これは皆さんがこの先、どのような任務を行うことになるかの参考になるはずです。参考にならなかったという人は、帰ってから復習してください。馬鹿に付き合っている暇は私にはありませんので」

「馬鹿……」

「現在、王国のあちこちで不穏な状態が確認されています」

 レグルスの呟きは無視。無断なことに時間を費やす気は、レノックスにはないのだ。

「少数民族の反抗。王国に不満を持っていると思われる貴族家の反乱」

「反乱!?」

「……話は最後まで聞くように。反乱の気配、です。さらに王国全土の治安悪化。野盗の類が活動を活発化させています」

 まだ事が起きていないというだけで、いつ爆発するか分からない状態。王国騎士団は現状をこのようにとらえているのだ。

「それに対する王国騎士団の対応は? 何かしているのですか?」

 答えが分かっている問いをレグルスはレノックスに向けた。不遜な態度に少し腹を立てているのだ。自分のことは棚にあげて。

「……事件は起きていません」

「事件が起きるのを待っていると。それに野党退治は王国騎士団の仕事ではない。これが俺たちのこれからの参考になる? それともまだ話は途中ですか?」

 王国騎士団は事が起こらなければ動けない。野党退治などは、その領地を収める貴族家の責任だ。王国の状況が悪化していると分かっていても、王国騎士団はそれだけでは出来ることは少ないのだ。

「話はまだあります。ただ、続ける必要があるかとなると、意味はないかもしれません」

「意味はあります。どこで何が起きそうになっているか。これについては俺たちは知る必要がある」

「……知ってどうするつもりですか?」

「王国騎士団と同じ。やれることをやるだけです」

 ただそのやれることが王国騎士団本体と同じではない。それでは騎士団を創設した意味がない。王国騎士団が出来ないことを行う。たとえそれが薄汚いことであっても。エリザベス王女はその覚悟を決めたのだ。レグルスはその覚悟に応えたのだ。

「……分かりました。各地の詳細についてご説明します」

 レノックスはその思いを感じ取った。まだ半信半疑ではある。王女であるエリザベスが、王国騎士団を無視するような真似が出来るのか。この点を疑問に思っている。
 それでもここにはレグルスがいる。良くも悪くも常識外れのレグルスが、エリザベス王女に従っている。この事実に、まったく表には出さないが、レノックスは期待しているのだ。

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