月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第144話 王女救出作戦

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 ゲルメニア族の居住地を出て、山を下りたレグルスは、モルクインゴンの街に寄ることなく真っすぐに現地に向かった。出来るだけ作戦決行までに準備する時間が欲しいというのが一番の理由。もう一つの理由は同行者がいるからだ。諜報部長ではない。ゲルメニア族の男たちだ。
 族長は諜報部長の求めに応じることを決めたが、難色を示す者もいた。それを族長権限で押し切るのではなく、同行者を付けて、必ず戻ってくるようにさせる、という妥協案を選んだのだ。レグルスにとっては妥協でもなんでもない。勝手に決めるなというところだったが。
 さらに連絡をつけたエモンたちも後を追ってきた。レグルスが認識していなかったスカルとココも一緒だ。そしてカロも。カロは最初からレグルスが同行メンバーとして考えていた。

「窓があれば、もっと活躍出来るからな」

「はい。中の様子も調べられます」

 カロの役割は友達たちに現地の状況を調べてもらうこと。空いている窓があれば、小さなものでも、中への侵入が可能だったのだが、残念ながらテイラー伯爵の屋敷には窓はない。今のところは見つかっていないが、正しい。

「調べられたとして、どうやってそれを知る。まさか、話せるのか?」

 モルクインゴンでふと思ったカロの貴重さ。諜報部長はそれをこの場で思い知ることになる。

「さすがにそこまで都合良くはない。潜入後の道案内を頼むだけだ」

「それは、エリザベス王女の居場所までか?」

 もしそれが実現出来るなら、大きな問題の一つが解決することになる。潜入がうまくいっても、そこからエリザベス王女が監禁されている場所を探さなければならない。それだけ敵に時間を与えることになってしまうのだ。

「そうなると最高。でもエリザベス王女を知らないからな」

「知るって……顔を覚えられるのか?」

「ああ、どうだろう? 匂いとか……ああ、匂い。匂いだったらあるか……もう消えているかな?」

 エリザベス王女の持ち物であればある。彼女はテイラー伯爵が用意した馬車に乗り換えた後で拉致された。王都から乗って来た馬車、荷物は残っているのだ。

「分からないが、試さない手はないな」

「じゃあ、カロ。友達に確かめてもらってくれ。匂いで分かるなら、見つけられる可能性が高くなるからな」

「分かった。誰が良いかな……小柄で匂いに敏感なのは……」

 もっとも適任な友達を考えるカロ。適任者は大勢いる。多くの友達を失った後、カロは猛獣ではなく大人しい、戦闘にはまったく向かない友達ばかりを増やした。もう友達を戦わせるのは嫌だと思ったからだ。鳥、ネズミ、猫など、王都で簡単に見つかるという条件もあってのことだ。

「潜入は裏口。扉の鍵は?」

「合鍵はない」

「それはそうでしょう。聞いたのは鍵の型です。なんていう鍵ですか?」

 諜報部長に尋ねても無駄。それが分かったレグルスは直接、知っているだろう人に聞いた。鍵を納入した商人だ。レグルスを加えて、新たに作戦を練り直すにあたって、情報を知っている人たちを集めているのだ。

「同じ物がこれです。これは」

「シリー型ですか」

「……そうです」

 レグルスが知る限り、もっとも複雑な鍵。選ぶのは当然だと思う鍵だ。

「知っている型で良かったと思うべきか……まだ開けられるかな? いや、任せるべきだな」

 鍵を開ける訓練は、ある時期からまったく行っていない。それよりも必要と思われる鍛錬や勉強が多くあって、時間をとることが出来なくなったのだ。解錠出来たとしても時間がかかる。これは自分の仕事ではないとレグルスは考えた。

「開けられるのか? 最新型だと聞いている」

 頼める相手がいなさそうだ。諜報部長の問いがそれを示している。

「最新ですか? 何年も前からありましたよね?」

 レグルスは同じ鍵を入手している。色々な鍵で訓練したのだ。少しずつ開けるのが難しい鍵にしていき、最後に使っていたのが、この鍵だった。

「はい。ただ、高価な物ですので、あまり普及してません」

「ああ……それは盗賊にとってはありがたいことですね。複雑な鍵は普及しないほうが仕事が楽になります」

 盗賊側の目線で話してしまうレグルス。そちら方面を仕事にしている知り合いは多い。酒場の常連たちなので、つい、そちらの立場で考えてしまうのだ。

「誰でも盗難にあう可能性があるということが、なかなか理解していただけませんで」

「そうでしょうね。開けるのが難しい鍵がついているというだけで盗賊は避ける。防犯になるのに」

「ああ、なるほど。そういう価値の付け方もありますか。売り方を考えてみます」

「……話を戻しましょう」

 諜報部長が睨んでいるのに気が付いて、仕事に戻ることにしたレグルス。無駄な時間を過ごしている場合ではない。それは分かっているのだ。
 ただ「話を戻す」と言いながら、レグルスは何も話さない。商人から渡された鍵を、難しい顔をして眺めている。

「……どうぞ」

 そのレグルスにエモンが差し出したのは道具入れ。

「えっ、持ってきていたのか?」

 それはレグルスの道具入れだ。泥棒道具を入れる。

「手になじんだ道具は大切にするべきだと思いましたので」

「……また使う日が来るとはな」

 道具入れから道具を取り出し、また鍵に向かうレグルス。今度は眺めているだけではない。鍵穴に道具を差し込んで、解錠を試みている。

「……開いた」

「嘘?」

 かちゃりと音がして鍵が開いた。それに商人はひどく驚いている。こんな簡単に開いてしまっては売り物にならない。

「やっぱり遅いな。作業していると気づかれない間に開けないと……やるしかないか」

 また鍵にとりかかるレグルス。鈍っている腕を戻すには練習しかない。少しでも早く開けられるようになるには、何度も繰り返して、感覚を指先に叩き込むしかないのだ。

 

 

「そういえば、騎士団がいたみたいですけど?」

 それを行いながらレグルスは諜報部長との話を続けようとする。鍵を開けることだけに集中してしまうのも駄目だと考えているのだ。現場では、鍵だけでなく扉の反対側にも意識を向けておかなければならない。鍵が開いたらそれで終わりではないのだ。

「ああ、騎士団長が来ている」

「騎士団長自ら……来るか。自国の王女が誘拐されているのですからね?」

「自分の目で現場を見て、作戦を考えるつもりのようだ。良い作戦が見つかるのであればそれで良いと思っている」

 手柄は求めていない。それで失態が許されると思っていない。とにかくエリザベス王女が無事に救出出来れば良いのだ。

「騎士団長では離れた場所でも検知されてしまいそうですけど……大丈夫ですか?」

 強いのは分かっているが、それだけではエリザベス王女は救出出来ない。むきになって、変な作戦を実行しなければ良いとレグルスは思った。

「自分の目で確かめれば、さらに状況が困難であることは分かるはずだ。騎士団長は手柄を焦るような人物でもない」

「……確かにそんな感じの人か……まだだな。やっぱり、鈍っている」

 話している間も、何度も鍵を開け閉めしているレグルスだが、本人はまったく満足していない。それに諜報部長は少し呆れたのだが、レグルスの額に浮かんでいる汗に気が付いて、すぐに考えを改めた。落ち着いて話をしているようでいても、実際はレグルスもかなり気持ちが追いつめられているのだと思った。

「あと、彼らは役に立ちそうですか?」

「ああ、王国騎士団に知られないようにするのが面倒で。ただ、能力はあると思っている。会いに行く時にもう分かった。すぐに気付かれたからな」

 同行してきたゲルメニア族二人は作戦に参加できる能力があるのか。それを、王国騎士団にその存在を知られないように気を付けながら、試している。諜報部長の潜入にすぐに気づくようなゲルメニア族だ。作戦に加われるのではないかと、諜報部長のほうから頼んできたのだ。

「気付くのと気づかれないようにするは別ですから。偉そうに言うことではないか」

 その能力を持つ、王国の頂点が諜報部長のはずなのだ。レグルスが偉そうに語ることではない。

「戦力が増えるのはありがたい。裏口の通路を抜けるまで、扉は五つ。探知系魔道具を仕掛けられている可能性が高い。時間との勝負だ」

 潜入といっても、実際にはすぐに知られると諜報部長は考えている。手前の森と同様、探知系魔道具が仕掛けられている可能性が高いのだ。

「時間との勝負は確かです。ただ、二つ目くらいまでは多分平気です」

「平気というのは?」

「探知系魔道具を無効化します。こちらの魔道具で」

「……そんなことが出来るのか?」

 そんな魔道具の存在を諜報部長は聞いたことがない。聞いたことがないでは済まない。それが事実であれば、探知系魔道具は信用出来なくなる。
 諜報部長を筆頭に諜報部員は、探知系魔道具に引っかからない技を身につけている。他国の諜者も同じだ。だがそれは行動の自由を制限するもの。それによって別の対策も立てられるのだ。

「自称天才、いや、天才魔道具士が作った魔道具です。ただ完璧な物ではありません。反応を弱める程度です。それも回数に制限がある」

「……そうか」

 回数に制限があることなど問題にはならない。数をそろえれば良いのだ。こう諜報部長は思ったが。

「あっ、騎士団長は無理です。騎士団の特選騎士はおそらく全員無理かな?」

「何故?」

 特殊な魔道具の価値を、レグルスはわざと下げようとしている。諜報部長はこう疑った。

「魔力の反応が強いからです。魔道具は反応を弱めるだけですから、効果があるのは、もともと魔力の反応が弱い人」

「……使えるのはレグルス殿だけという意味か?」

 特選騎士クラスの力を持つ中では。これを諜報部長は口にしない。レグルスの言う魔道具は脅威になるかもしれない。だがそう思ったことを隠すのも駆け引きだ。対策が生まれれば、逆に罠にはめることも出来る。

「今、分かっている中では。天才が言うには、俺の魔力は探知しにくいみたいです。理由は分かりません」

 理由は分かっている。レグルスの魔力は普通とは違う。普通の、検知しやすい魔力も宿しているが、それは元々弱いので、リーチの魔道具で反応させないように出来る。

「……残り、三つか」

 魔道具だけでなく、レグルスそのものも問題。ただこれは諜報部長もすでに分かっていたことだ。隠密能力に優れた、特選騎士並の戦闘力を持つということが分かった時点で、脅威だと感じていた。敵に回せばであって、今回は頼もしい存在だ。

「そこを一気に通り抜けて、屋敷内に潜入。エリザベス王女の監禁場所を目指す。カロの友達が居場所を見つけられるかどうかが重要になります」

 結局は時間の勝負。相手が事態を正確に把握する前に、エリザベス王女を殺すという判断を下す前に、救出出来るかだ。それにはエリザベス王女の監禁場所にどれだけ早く辿り着けるかも重要。カロの友達の案内は必須なのだ。

「……なんとか辿り着けたとして」

 それで終わりではない。屋敷の外に連れ出さなければならない。当然、テイラー伯爵はそれを許そうとはしない。生きていればの話だが、死んでいたとしても家臣がどう動くか分からない。これだけのことをしては死罪は免れない。それを分かっていれば、大人しく降伏するとは限らないのだ。

「脱出には王国騎士団に協力してもらったほうが良いですね? エリザベス王女を確保してしまえば、接近を気付かれても構わない。気付かせることで、混乱させることも出来るかもしれません」

「そうだな……調整しておこう」
 
 王国騎士団が屋敷内に突入してしまえば、制圧は間違いない。王国騎士団長までいるのだ。王国最強とされる騎士が。
 もしかしていけるのではないか。作戦そのものは大きく変っていない。そうであるのに、そんな気持ちに諜報部長はなってきた。

「この鍵、もうひとつ用意してもらえますか? 請求は王国で」

「かまいませんが」

「一秒でも短くしたいので、交互に担当しようと思いまして。鍵を開けたら、すぐに先の鍵に取り掛かれるように」

 鍵を開ける担当にエモンも加えることにした。技はエモンの方が上。開けた扉の中に見張りがいても、エモンがいれば先の扉にすぐに取り掛かれる。とにかく一秒でも速く、裏口の通路を突破する。その為に、思いつくことは全て行う。いつものやり方だ。
 作戦の決行日は、この数日後に決定されることになる。

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