月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第143話 為すべきこと

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 王国諜報部長との面会は、いつも食事会が行われている建物で行われることになった。参加者もいつもと同じだ。当たり前かもしれないが、二人きりで話をすることなど許されなかった。レグルスにとっては、どうでも良いことだ。どうせ後で根掘り葉掘り聞かれることは分かっている。自分が説明する手間が省けて、都合が良いくらいだと思っているくらいだ。

「……思っていたより元気そうだ」

 諜報部長のほうは状況を掴めないでいる。レグルスは捕らわれの身だと思っていた。だが、諜報部長がこの場所に連れてこられた時、レグルスは外で立ち合いを行っていたのだ。

「これが意外と快適でして。知らないうちに溜まっていた疲れがとれた感覚さえあります」

 これは本当のこと。レグルスは、ずっと体を虐め続けてきた。戦ってきた。休息はとるようにしていたが、それは体を休めるだけで、勉強などで頭は使っていた。今のように時間を気にすることなく、何も考えずに、子供と遊んでいるなんてことはなかったのだ。

「ここでは何を?」

「処刑される日を待っています」

「……そうは思えないが?」

 周りにいるゲルメニア族の人たちの表情がそれを示している。溜息をつく人、頭を抱えている人、ぶつぶつ文句を呟いている人もいる。言葉は分からないが、皆、レグルスの言葉を否定しているのは諜報部長にも分かる。

「判決が出ていないだけで、捕らわれの身であるのは事実です」

「……用件を言おう。一緒に来てもらいたい」

「捕らわれの身と今言いましたけど?」

 捕らわれの身であることと関係なく、レグルスにはここを離れるつもりはない。快適であるという理由ではない。罪を償わなければならないという気持ちも、ないわけではないが、違う。この場所での人との関りは何も起こさない。他人を巻き込むことがない。こう思っているのだ。

「エリザベス王女が誘拐された」

「えっ……?」

 だが時代はそれを許さない。レグルスが巻き込まなくても、時代がレグルスを巻き込もうとする。

「我々の失態だ。テイラー伯爵の屋敷に監禁されている。かなり前から計画されていたもので、屋敷は侵入するだけでも困難な造りになっている」

「……どうしてそんなことに?」

「エリザベス王女は教会の慈善活動に同行していた。その途中にテイラー伯爵から招待を受け、屋敷に案内されている途中だった」

「…………」

 かなり以前から計画されていたもの。レグルスはそれと慈善活動の結びつきを考えた。だが今の教会がエリザベス王女を罠にはめるとは思えない。動機も思いつかない。

「一応言っておくが、慈善活動は口実だ。本当の目的地はここ。レグルス殿の生死を、いや、生きていると信じて、会いに来ようとしていたのだ」

「…………」

 レグルスは無言のまま。エリザベス王女が誘拐されたのは自分のせい。その思いが頭に浮かんでいる。浮かんでいるが、その先の思考が止まってしまった。自分はどうすれば良いのか、考えられない。

「責任を感じてもらおうというのではない。我々にはレグルス殿の力が必要だ。協力なしでは作戦はまず成功しない。エリザベス王女は救えない」

「……王国騎士団はどんな作戦を立てたのですか?」

 どういう作戦を立てると、諜報部長が話すような事態になるのか。現地の状況を知らないレグルスには、理解出来ない。

「王国騎士団は作戦に参加出来ない。近づいただけでエリザベス王女を殺すと脅されている」

「そう脅されるのは当たり前のことです」

 人質をとった側が、そのような要求をするのは当たり前のこと。それを許さない作戦を立てるのが、王国騎士団の責任だとレグルスは思っている。

「……もう少し状況を説明しよう。屋敷は森の中に建てられている。山の斜面を削って造られていて、窓一つない。森には多くの魔道具が配置されている。探知系の魔道具だ。実力のある騎士ほど、それに引っかかる」

「特選騎士は使えないということですか?」

「エリザベス王女を見捨てないのであれば。テイラー伯爵側には特選騎士が少なくとも五人いる。護衛についていた近衛騎士団の騎士を、不意打ちとはいえ、倒せる実力だ」

 護衛は当然、諜報部だけではなかった。近衛騎士団から騎士が派遣されている。だがその騎士は相手の特選騎士に敵わず、死ぬことになった。それくらいの実力がある敵なのだ。

「将軍クラスは魔道具のせいで近づけない……特選騎士以外では、敵の特選騎士を倒せない……」

「我々の作戦に必要なのは、魔道具の検知を避けられて、それでいて特選騎士クラスの戦闘力を持つ人物。つまり、貴方だ」

「……人殺しの力ですか……少し考えさせてください」

「レグルス殿!」

 席を立とうとするレグルスに驚く諜報部長。エリザベス王女を救出する為と聞けば、レグルスは必ず応えてくれると思っていた。問題はレグルスを捕えているゲルメニア族だけ、こう思っていた。

「……彼らの許可も必要です。交渉してください」

「それは……そうだが……」

 レグルスがその気になってくれていなければ、交渉は不利になる。ゲルメニア族はレグルスを囲い込もうとしている。レグルスと話しながらも、彼らの反応を探っていた結果の結論はそうなのだ。

「……言葉はどこまで通じるのだろう?」

「皆、アルデバラン王国共通語は話せる。得手不得手はあるが、問題はない」

「そうか……実際のレグルス殿のここでの立場はどのようなものか教えて欲しい。彼が言うような状態とは私には思えなかった」

 まずはこれを確認しなければならない。レグルスの意志がどこまで通せるのか、今はまだ、はっきりと分かっていないのだ。それでは交渉は始められない。

「……レグルスはゲルメニア族だ」

「ゲルメニア族の一員になったということか?」

「いや、違う。彼は元々、ゲルメニア族だ。彼の母は我らの姫だった。彼は王族なのだ」

「なんと……?」

 王国が知らない事実。ブラックバーン家はゲルメニア族との婚姻の事実を隠していた。レグルスの母は、分家の娘ということにされていたのだ。

「彼は一族に戻って来た。我々はそれを認めている」

「……では、レグルス殿が救出作戦に参加すると言えば、それを妨げるような真似はしないのだな?」

 レグルスには行動の自由がある。王族ということであれば、尚更、その意思を他の者が曲げることは出来ないはず。こういう理屈で、諜報部長は交渉することにした。

「それは許可出来ない」

「どうしてだ? 彼は捕虜ではない。ゲルメニア族の一人としての行動の自由があるはずだ」

「では聞く。彼は戻ってくるか?」

 この地を離れれば、レグルスは二度と戻ってこない。レグルス自身は自分がゲルメニア族であることを受け入れていない。戻る理由がないのだ。

「……戻ると私は思っている」

「嘘だな」

「いや、嘘ではない。彼はブラックバーン家を追われた身だ。彼は全てを奪われて、自ら捨てて、この地に送られてきた。彼には戻る場所がないのだ」

 絶対にそうだと言いきれるわけではない。だがレグルスが王都に戻るかと聞かれれば、それはないと諜報部長は答える。戻りたいという気持ちが生まれるのであれば、そもそも離れることにはならなかった。こう考えている。

「ブラックバーン家を追われた? ブラックバーンはそこまでするのか? だったら最初から結婚などしなければ良い」

 ブラックバーン家への怒りが、ゲルメニア族の人たちの心の中でまた燃え上がった。ポーティアを殺しただけでなく、その息子であるレグルスまで追放した。ブラックバーン家がゲルメニア族の血が入ることを望んでいない証だと考えたのだ。

「ブラックバーン家のことは私には分からない。この件にも関係ない。戻るか不安であれば、彼に約束させれば良い。彼は必ず約束を守る。そういう人物だ」

「……彼はそもそも行く気がない」

「悩んでいるだけだ。エリザベス王女にとって彼が大切な人であるように、彼にとっても大切な人のはず。必ず作戦に参加してくれる。そうでなければエリザベス王女は助けられないのだ」

「その王女は、レグルスがゲルメニア族であることを知らない」

 ゲルメニア族の血が入っていることを知れば、そんな想いはすぐに消える。ゲルメニア族の人々はそう思っている。ブラックバーン家の仕打ちがその証拠だと考えている。

「……大切なのは、レグルス殿にとってどうかだ。それが彼の判断を決める」

「危険な目に遭って、なんとか救いだしても、その後に待っているのは裏切りだ」

「助けなければ分からない。それに……そんなことにはならない。エリザベス王女はそのような御方ではない」

「お前はそう言うだろう」

 説得しようとしている諜報部長がエリザベス王女の裏切りを認めるはずがない。ゲルメニア族側がそう思うのは当たり前で、これについていくら説明しても無駄なのだ。

「ではレグルス殿に聞いてくれ。エリザベス王女がどのような女性であるか、一番良く知っているのは彼だ」

「それは……」

「儂が聞こう。そういう話は身内が聞くべきだ」

 レグルスの祖父、族長が自分がその役目を引き受けると言ってきた。諜報部長の話を聞いて、エリザベス王女に興味が湧いたのだ。孫が好きな女性がどういう人か知りたいという、政治とは関係ない興味だが。

「ひとつ聞きたい。これは本人は絶対に答えないだろうからな」

「なんだろう?」

「そのエリザベス王女はレグルスを生きる気にさせられる女性か? 彼女が生きて欲しいといえば、レグルスは死ぬことを望まなくなるか?」

 レグルスは死にたがっている。族長にとって最大の問題はこの点だ。未来を見ていない人物が、今を変えようと思うはずがない。レグルスはずっと何者でもないまま、死の時を待つことになってしまう。

「……私には答えられない。私に分かることがあるとすれば、彼はこのまま埋もれてしまって良い人物ではないということだ」

 正直な気持ちを語ることにした。それ以外の何を話しても、相手に言葉は届かないと思った。

「……では話をしてこよう。話してくれるか分からないのが、身内として情けないところだ」

 席を立って、レグルスの後を追う族長。残った者たちは、ただ待つしかなかった。

 

 

◆◆◆

 成功可能性が低いことは問題ではない。それを高める為に、出来る全てを行うしかないのだ。問題は、また人を殺すことになること。エリザベス王女が監禁されている場所に、どれだけの敵がいるかは分からない。だが、諜報部長の話では相手は伯爵。仕える騎士は、特選騎士五人だけではないはずだ。
 また人を殺す。今更手を汚すことを嫌がっているわけではない。ただ、自分という存在が他人の死を求めているようで嫌だった。自分自身に嫌悪感が湧いた。
 それでも行かなければならない。エリザベス王女を見捨てるわけにはいかない。自分に出来ることがあるなら、やらなければならない。それで命を落とすなら、それはそれで良い。少しは自分が生きていた意味があったということだ。
 そんな風に心を整理させた時だった。

「惚れているのか?」

「……そういう話を今するか?」

 族長が、祖父が声を掛けてきた。

「どういう女性だ? 美しいのか?」

「ああ、綺麗で、気高くて、優しくて、正しい人だ」

「そういうのは確か……ああ、そうだ。ベタ惚れというのだったか?」

「どこでそういう言葉を覚える?」

 そもそもゲルメニア族はどこで王国共通語を学んでいるのか。勉強している様子を、レグルスはこの場所で見たことがない。

「ずっと戦い続けていたわけではない。良い関係の時もあった。それなりに交流があったのだ」

「……それはそうか。同じ王国の民だ」

「そう思われてはいない」

 王国は、王国の人々はゲルメニア族を同じアルデバラン王国の民とは思っていない。そう扱われた覚えはないのだ。

「……フルド族を知っているか?」

「知っているが……」

「フルド族の居留地が領主軍に襲われた時がある。その時、エリザベス王女はフルド族を守る為に戦った。王国の民を守るのは王家の努めとか言っていたな」

 エリザベス王女であればゲルメニア族に対しても同じことを言うはずだとレグルスは思う。同じ王国の民として、王女としての自分の義務を果たすはずだ。

「なるほど……そういう女性か」

「正しい人だ。そういう人だから、助けなくてはならない。死なすわけにはいかない。王国にはあの人が必要だ」

 今も苦しんでいる部族がいる。ゲルメニア族もそうだが、他にも多くの少数民族が差別を受けている。王家にエリザベス王女のような人がいるのは救いだ。救いとなる人物にならなければならないとレグルスは思う。

「お前はどうだ? エリザベス王女を必要としているか?」

「……相手は王女だ」

「男女の好き嫌いに身分など関係ない。駄目だと分かっていても好きになってしまうのが愛というものだ」

「愛って……正直、分からない。憧れの人に似ているとは思う。ただ、その憧れの人は俺にとって母だった。忘れていた母親の愛情を教えてくれた人だ」

 エリザベス王女への気持ちを、今もレグルスは分かっていない。好きか嫌いかと聞かれれば、好きだとなる。だがその好きが、一人の女性として見ての好きなのか分からないのだ。

「そういう人がいたのか……戻ってきたら、その女性の話も聞きたいな」

「……えっ?」

「行きたいのなら行けば良い。だが必ず戻って来い。ここに縛り付けようというのではない。お前の里はここだ。これを忘れないで欲しい」

 ゲルメニア族は狭い世界で生きている。山岳地帯は広大だが、王国全土で見れば極一部に過ぎない。その程度の世界でレグルスは生きるべきではない。諜報部長と似た思いを、もっと強い想いを族長は持つようになっていた。

「……どさくさに紛れて、俺に孫と認めさせようとしているだろ?」

「可愛げのない孫だな? こういう時は『分かった』の一言で良いのだ」

「いやいや、そんなので騙されないから」

「騙してはいない!」

 族長の怒鳴り声が響く。それに驚き、何が起きたのか視線を向けたゲルメニア族の人々だが、どう見ても楽しそうのな様子にすぐに安堵することになる。族長が孫と仲良く喧嘩している。こんな風に見た人も少なくなかった。

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