月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第140話 動き出したロジック

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 レグルスの行動範囲が広がった。これまでは牢の中と、その牢のすぐ前の広場だけが行動範囲だった。たまに、レグルスにとっては意味不明の食事会に参加することがあるが、その場所は行動範囲とはレグルスは考えない。食事会の参加は強制されたもの。自由に動ける範囲ではないという理屈だ。レグルスの勝手な考えであって、ゲルメニア族にとってはどうでも良いことだ。
 とにかく彼らはさらにレグルスに行動の自由を許した。もっと一族の人々と触れ合う機会を増やしたいのだ。そうすることでレグルスのことを理解しようと考えたのだ。
 レグルスにとっても行動出来る範囲が広がるのはありがたいこと。そう思っていたのだが。

「頭を上げて。どうして謝る……じゃあ、通じないか。えっと……B& $nt& @m %rs#kt(謝罪はいらない) D&t #r j#g s@m h#r f&l(悪いのは俺の方だ)」

 出会ったゲルメニア族の女性が地面に膝をついて頭を下げてきた。そうされる理由がレグルスには分からない。女性はどうやらレグルスが殺したゲルメニア族の戦士の妻。レグルスは恨まれる立場なのだ。

「通じない……St#ll d$g %pp. D&t(立って) #r $nt& d$tt f&l(貴女は悪くない)」

 頭に浮かぶゲルメニア族の言葉でなんとか謝罪を止めさせようとするレグルスだが、女性は頭を下げたまま、謝罪の言葉を繰り返している。

「どうすれば止めてくれる? どうすれば……」

 悪いのは彼女の夫を殺した自分。謝るべきなのは自分だと思って、女性に、彼女と同じようにして謝罪の気持ちを伝えようとレグルスは考えた。そうすることで彼女に謝罪を止めてもらおうと考えたのだが。

「謝るな!」

「えっ?」

 それはレグルスの窓口となっている男に止められた。

「お前が謝ると戦いを侮辱したことになる。それは彼女と、死んだ彼女の夫の誇りを傷つけることになる」

「……でも悪いのは俺だ。どうして彼女が謝る?」

「お前はポーティア様の子だ。ポーティア様が、お前の祖父であるパウリアン様が一族でどういう立場なのかは、もう分かっているだろ?」

「……族長」

 様を付けられているというだけではない。少し考えれば分かる。ブラックバーン家の、次代の北方辺境伯の妻になるのだ。ただのゲルメニア族の女性というわけにはいかない。一族の中で最高位の女性が選ばれたはずだ。

「我らは王と呼ぶ。共通語では、だが」

「自分の夫が、王の孫である俺を殺そうとしたから謝罪しているということか?」

「そうだ」

 正確には謝罪することになった理由はもう一つある。レグルスは行動の自由を得た。それを、罪はないと判断されたとゲルメニア族の人々は受け取っているのだ。
 罪がないのであれば、レグルスは王の孫。高貴な人だ。剣を向けて良い相手ではない。それは謀反というものだ。

「だったらすぐに止めさせろ。俺は王の孫じゃやない。ゲルメニア族における何の地位も持たない、ただの敵だ」

 そんな理由での謝罪など受けられない。そうでなくても謝罪されるのはおかしいと思っているのだ。

「どう思おうと、お前は王の孫、姫の息子だ。この事実は変えられない」

「だったら、さっさと殺せ。それで解決だ」

 死んでしまえば血の繋がりなど意味はなくなる。望まない謝罪をされることも、謝罪したくない相手に頭を下げる必要もなくなる。皆が望む結果だと、レグルスは思う。

「それをすれば、やはり死んだ戦士たちの魂を汚すことになる。戦いは必ずどちらかが勝って、どちらかが死ぬ。勝った側に罪はない。お互いに命をかけて戦った結果だ」

「今更、何を」

 最初はこんなことを言わなかった。殺さない理由を後からこじつけている。こうレグルスは受け取った。

「一族で話し合った結果だ。お前は、誰の子かは関係なく、命を賭けた戦いの相手に相応しい。戦いを汚す相手ではないと判断された。その結果だ」

 ゲルメニア族にとって戦いは神聖なもの。勝者も敗者も称えらるべき勇者だ。ただし、全ての戦いが神聖なものではない。戦いを汚すような敵を相手にすることもある。そういう相手との戦いに誇りは生まれない。勝者を称える必要もない。こういう考えなのだ。

「……俺はゲルメニア族ではない」

 なんとなく考え方を理解してしまった。だが受け入れてはいけない考えだ。自分には罪がある。どのような理由であろうと、その罪を帳消しにするわけにはいかないとレグルスは考えているのだ。

「誰の子であるかは関係ないと言った。たとえブラックバーンであっても、勇者として認められる相手であれば、我々は勝敗いずれであっても称える」

「……その考えを受け入れるわけにはいかない。俺はこの女性の大切な人を奪った。自分が同じことをされた時、俺は相手を許さなかった。皆殺しにした」

「……それは、もしかして親代わりと言っていた人のことか?」

 レグルスの大切な人など分からない。分かる相手はポーティアと、親代わりと言っていた人。どちらもすでに死んでいる。レグルスから話を聞いた人だ。ポーティアではないことは、皆殺しにしたという言葉で分かる。ブラックバーンは今もある。だからゲルメニア族は戦っているのだ。

「……そうだ。眠っているところを火を付けられて殺された。それを指示した奴、それに従っている奴らを俺は皆殺しに……いや、まだ殺していない奴はいるが、ほとんどを殺した」

 まだ殺していないのはベラトリックス。本人は知らなかったと否定していたが、レグルスはそれを信じていない。家臣が独断で、貴族にとっては無名の存在であっても、殺人を指示するとは思えない。ワ組はブラックバーンが後ろ盾だと信じていた。ブラックバーンの名を、いくらそこで仕えているとはいえ、無断で犯罪に使うとは思えないのだ。
 やり残していたことがあった。レグルスはそれを思い出した。

「勇者として認められていない相手だ。皆殺しにしたお前に罪はない」

 寝ているところを襲うなど、神聖な戦いであるはずがない。軽蔑すべき敵。敵として認めるのも嫌な相手だ。殺して何が悪いとゲルメニア族は考える。殺したレグルスこそが正しいと考えてしまう。レグルスはそんな風に思われたくないのに。

「考え方が合わない」

 実際は逆だ。レグルスの殺す、殺さないの判断は、ゲルメニア族の考え方に似ている。完璧に合っているわけではないが、考えの根幹が似ているのだ。ゲルメニア族の文化、風習など、母から教わった言葉以外は、何も知らないはずなのに。

「……それでも、どうしても償いたいと言うなら、殺した者たちを送ってやるのだな」

「送るというのは?」

「葬送のことだ……合っているか?」

「俺に聞かれても……でも、まあ通じた。あり得ない。どうして殺した相手が殺した人を送ることが償いになる? 家族だって嫌がるはずだ」

 どうして殺した相手を弔うことが償うことになるのか。弔うことそのものには、レグルスも文句はない。死後の安寧を、そんなものがあるかは分からないが、祈ることならいくらでも行う。だが、それで償いになるというのは理解出来ない。そんな軽い罪ではないとレグルスは思う。

「殺した相手に送られるのは最高の名誉だ。そうしたくなる相手だと認められたということだからな。家族だって喜ぶ。大切な人の死を、最高の名誉で彩るのだ……そう思うことで、少しであっても悲しみが癒えることもある」

 最後に男は本音を口にした。戦死を美化するのは、残された者たちの悲しみを、辛さを少しでも軽くする為。意味のある死とすることで、わずかでも気持ちが整理されるのであれば。そういうことだと思っている。
 戦いだけではない。狩りでも死ぬことがある。この地にいる獣は、大人しく狩られるだけの獣だけではない。強い、魔法を使える戦士でも殺されてしまうような獣、魔獣もいるのだ。
 ゲルメニア族にとって死は日常。死を積み重ねるだけでは一族に闇が広がるばかり。死という悲しみにも一点の光を。こういう考え方なのだ。

「……考えてみる」

「H#n s#g&r #tt h#n s@rj&r h&nn&s m#k&(彼は弔うと言っている)」

「oo……t#ck(ありがとうございます)」

 ずっと地面に跪いたままだった女性は、笑顔で立ち上がって、駆け出して行った。

「……今、何て言った?」

「夫を送ってくれると伝えた」

「やっぱり……俺は考えると言った」

 弔うと約束したつもりはない。

「考えれば答えはひとつだ。死者に償う方法があるとすれば、それは送ること。他に選ぶものはない」

「……勝手に決めるな」

 憮然とした表情で歩き出すレグルス。だが、その不機嫌な顔はすぐに笑顔に変わることになる。話が終わるのを待っていた子供たちが駆け寄ってきて、一緒に遊ぼうとせがんだのだ。

「……H#n #r &n m#n s@m b#rn&n g$ll#r(……子供に好かれる男だ) L$kn#r pr$ns&ss#n P@rt$#(ポーティア姫そっくりじゃないか)」

 レグルスは血縁を否定するが、男から見れば母のポーティアにそっくり。子供に好かれるところも。
 いつも子供たちが周りにいる。ポーティアもそうだった。今、目の前にある光景は、男にとって懐かしさを感じさせるものだった。

 

 

◆◆◆

 王国に密かに届けられた報告。それは、それを知った者たちを驚愕させるものだった。知らされたのは王国重臣の中でも極一部。エリザベス王女が拉致されたなんて情報は、多くの人に知らせられるはずがない。
 国王、宰相、近衛騎士団長、王国騎士団長、そしてジュリアン王子の五人だけが集まっての会議。事態の詳細を聞く為の会議だ。報告するのは諜報部の部員。諜報部長は現地に残ったままでいる。護衛任務に就いていた諜報部としては大失態なのだが、今は謝罪よりも救出優先ということで、王都に戻ってこなかったのだ。

「……始めてくれ」

 諜報部長が戻らなかった理由の説明があったところで、国王が状況の報告に入るように促した。苦悩の表情で。

「はい。エリザベス王女を拉致監禁したのはテイラー伯爵。伯爵自身が関わっているのは間違いありません」

「それは伯爵家として事件に関わっているということか?」

 王国騎士団長が問いを発した。警保部長がいないということは、救出は王国騎士団が行うことになる。こう考えているので、現地の情報を少しでも多く知りたいのだ。

「どれだけの人間が関与しているかは分かりません。ですが、王女殿下が監禁されているのは伯爵家の屋敷内です」

「屋敷のどこに?」

「分かりません」

「……諜報部は何も調べていないのか?」

 まだ始まったばかりとはいえ、これまでの話で明らかなのは、テイラー伯爵の屋敷にエリザベス王女が監禁されているということだけ。これでは作戦の立てようがない。諜報部であれば、もっと情報を得ているはずだと騎士団長は考えていた。

「屋敷の状況をご説明します。テイラー伯爵の屋敷は深い森の中にあります。元々は別の場所にあったはずが、そこに移されておりました」

「……それで?」

「森の中には多くの魔道具が配置されており、接近するとすぐに屋敷に知られるようになっていると考えています」

「探知系の魔道具か……聞くまでもなく計画的な犯行ということだな?」

 まだ何故、事件が起きたのか、犯行動機も聞いていない。その状態で質問した自分は、少し気持ちが焦っているようだと騎士団長は反省した。王女拉致監禁などという、これまで聞いたこともない事件を前にして、恥ずべきことに動揺しているのだと思った。

「まず間違いなく。ただ拉致の方法はかなり強引なものです。屋敷に移動するという名目で王女殿下を馬車に乗せ、強引に連れ去りました。追いかけようとしたのですが、特選騎士に行く手を阻まれ、なんとか躱して追いかけた者も戻って来ません」

「特選騎士は何人?」

「把握しているだけで五人。いずれも、言い訳のつもりはありませんが、我々諜報部では正面からは太刀打ちできない相手でした」

 諜報部員は戦闘のプロではない。特選騎士ではなく普通の騎士でも実力者相手だと、正面から戦えば、まず負ける。戦闘は不意打ち、罠を絡めてなど、準備を整えた上で行うものなのだ。今回のような、いきなり戦闘が始まるような状況には弱い。

「五人……? この為に集めたということか……」

 テイラー伯爵領で五人もの、それなりに実力のある特選騎士を抱える必要があるとは思えない。エリザベス王女を拉致監禁する為に、集めたと考えるのが普通だ。

「その後、何度も侵入を試みましたが、成功しておりません。森の中の魔道具に関しては、慎重に動けば、なんとか躱せるのですが、屋敷が難攻不落という状態のようです」

「具体的には?」

「屋敷と先ほどから申し上げておりますが、実態は森の中の要塞です。山の斜面を削り、石造りで固めた建物で、分かっている入口は正面と裏口の二か所。窓は見つかっておりません。通気口らしき穴は見つけましたが、小さすぎて侵入は不可能です」

 屋敷に近づけても侵入口は二か所しかない。当然、その侵入口は守りが固められている。戻って来た者がいないので詳細は不明だが、特選騎士が待ち構えているのは間違いない。

「……建物までこの為に造ったのか。何なのだ? 何故、ここまでのことを行う?」

「要求は聞いております。ジークフリート王子を連れてくるように、というものです」

「目的はエリザベス王女ではなく、ジークフリート王子ということか……それでも何故は残るな」

 何故、ジークフリート王子を連れて来て欲しいのか。その目的が分からない。

「エリザベス王女を救う為に、ジークフリート王子を人質に差し出す。あり得ません」

 テイラー伯爵の要求は飲めない。国王が何も言う前に、宰相は判断した。国王の判断を待つ必要はない。判断させてはならないと考えているのだ。

「……まだお聞きになりたいことはございますか? なければご指示を」

「……王国騎士団が出動して、屋敷を囲んだら相手はどう出る?」

「分かりません。分かりませんが、囲む前に王女殿下のお命が奪われる可能性はあります」

 接近すればすぐに相手に知られる。相手はエリザベス王女という人質をとっているのだ。安易に強行策はとれない。かといって諜報部でも屋敷への密かな侵入は、今のところ、出来ない。八方塞がりの状況なのだ。

「……どうやってもリズは救えないと?」

 震える声で国王が問いを口にした。エリザベス王女を救う手立てはない。事態を終結させるにはエリザベス王女の犠牲が必要。この場の話の結論が、こう聞こえるのだ。

「宰相」

「……も、申し訳ございません。私にはすぐに良い案が」

「騎士団長!」

「全力を尽くします。尽くしますが……」

 今は良い作戦が思いつかない。森に近づくことも出来ない。魔道具を撤去しようにも、それ知られれば、結果は同じ。人質のエリザベス王女の命が奪われる。

「……ご指示がないということでしたら、諜報部に一任ということでよろしいですか?」

 緊張した面持ちでこれを話す諜報部員。彼の一番の任務は、実はこれなのだ。

「ふざけたことを申すな! 諜報部にエリザベス王女の生死を任せられるわけがない! 思い上がるな!」

 宰相が、これは諜報部員の予想通り、怒鳴りつけてくる。諜報部の地位は低い。汚い仕事をする部署と蔑む者もいる。宰相はその一人ということだ。

「……思い上がってはおりません。失敗すれば我ら、いえ、私は作戦に参加できるか分かりませんが、参加した者たちは全員死にます。部長も例外ではありません」

「…………」

 参加する者全員の死。諜報部はそれを覚悟して作戦を実行しようとしている。これを当然だとは、さすがに宰相も言えない。

「……作戦があるのだな?」

 諜報部員は作戦と言った。やろうとしている何かがあるということだ。

「失敗すればエリザベス王女と参加した全員が死ぬ無茶な作戦です。また、現時点では成功の可能性を高める要素は全て集まっておりません」

「その要素とは?」

「……どうしても作戦に参加してもらいたい方がいます。その方が、自分が出発する時点では、まだ見つかっておりません」

「……分からん。どうしてその人物が必要なのだ?」

 諜報部員の説明は曖昧で、国王には良く分からない。見つからないのであれば、他を探せば良い。そう思った。

「我々に出来ることが出来、我々には出来ないことが出来る人物だからです」

 それに対する答えも良く分からないもの。作戦の中身が分からなければ、これだけで理解出来るはずがないのだ。

「……たとえば、邪魔な特選騎士五人を殺せるとかか?」

 だが、理解した人が一人だけいた。ジュリアン王子だ。

「……そうです」

「許す」

「ジュリアン!」

 ジュリアン王子にそんな権限はない。彼が同席しているのは、エリザベス王女が関わっている事件だから。王子というより、兄として参加しているのだ。

「他に作戦がないのであれば仕方ないのではありませんか? じっくりと考えている時間もないはずです。タイラー伯爵が許さないでしょう」

「……そうだが」

 タイラー伯爵は期限を切ってくる。その期限までにジークフリート王子が行かなければ、人質となっているエリザベス王女は殺される。その可能性は高い。

「では、ご許可を」

「お前は成功すると思っているのか?」

「求める要素が加われば。万一、万一ですが、失敗したとしても、リズも納得するでしょう」

「……まさか……死者に、死者に縋れと?」

 ようやく国王もジュリアン王子が何を考えているか分かった。作戦が失敗に終わって殺されることになってもエリザベス王女が納得する相手など、一人しか思い浮ばない。死んだはずの、そのはずなのにエリザベス王女が会いに行ったレグルスだ。

「良い表現です。奇跡は、奇跡を経験した者に任せるべきだと、私は思います」

「…………許す」

 国王も決断した。諜報部に、レグルスに全てを委ねることを決めた。生きているはずのないレグルスが生きている。そうであれば、助かるはずのないエリザベス王女も助かるはずだ。そう思うしかなかった。

www.tsukinolibraly.com