月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第139話 残された人々 その三

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 レグルス戦死の情報が王都に届いたのは戦いから三か月後のこと。伝令の移動速度を考えると、一か月以上、ブラックバーン家は報告を留めたということになる。意味があってのことではない。戦場を分析し、生きている可能性はないと判断するまでに必要な期間。それに、すでに本家から除名されているレグルスの死は、急いで伝える必要のないもの。レグルスの死を伝える為ではなく、モルクインゴンの戦況報告の一部として王都ブラックバーン家に伝えられたものが、ライラスの口で王立中央学院内で広まり、学院生から実家の貴族家、官僚、騎士に広がったのだ。
 その情報はブラックバーン家以外にはそれなりの衝撃を与えた。戦闘力を高く評価されていたレグルスが、少数民族との戦いで戦死したのだ。危機感を膨らませるという意味で、自領に少数民族を抱える貴族家は衝撃を受けることになった。少数民族と戦う可能性のある騎士も同様だ。
 そしてそれとは別の理由で、強いショックを受けた者もいる。レグルスと個人的な関係があった人たちだ。その中でもアリシアの衝撃は他の人たちとは桁違い。話を聞いた、その場で気を失ってしまったくらいだ。

「……大丈夫? 貴方がそんなだと、私が悲しめないのだけど」

 キャリナローズなりの励まし。半分は本音だ。キャリナローズもレグルスの死は悲しい。叫び出したいくらいに悲しかった。だがアリシアが気絶してしまって、それどころではなくなった。ジークフリートが保健室まで運び、その後の付き添いを彼女が行うことになったのだ。ジークフリート王子が付き添うと言ったのだが、女性であったほうが良いだろうとなって、キャリナローズになったのだ。

「…………」

「正直、よく分からない。そんなになるほどなら、どうして?」

 どうしてレグルスからジークフリート王子に乗り換えたのか。婚約破棄はアリシアの責任ではないとしても、その途端にレグルスと距離を取ることはない。ジークフリート王子に近づくのもおかしい。
 キャリナローズにはそう見えていた。最初は違ったのだが、気持ちがレグルス寄りになったことで、そう思うようになったのだ。

「……私のせい。私がアオを殺した」

 こんなはずではなかった。レグルスと離れ離れになるのは寂しいが、それでもレグルスが生きてくれているのであれば、と自分を納得させていたつもりだった。だが結果は、本来よりも早い死がレグルスに訪れることになった。そうさせたのは自分だとアリシアは思っている。

「貴女には何の責任もない。そんな風に思い詰める理由はないから」

 ゲームシナリオのことなどキャリナローズは知らない。未来も知らない。レグルスの死が、元々早過ぎる死よりも、さらに早くなったことなど分からない。アリシアの思いは理解出来ない。

「私が殺した……私が……」

 自分がレグルスの人生を変えてしまった。良い人生に変えるつもりだった。だが、そうはならなかった。自分の選択は間違えていた。何を間違えたのか分かっていないが、アリシアはそう思い詰めている。

「アリシア……貴女に責任はない。だって貴女は、レグルスにとって何者でもないじゃない」

「…………」

 キャリナローズは、レグルスの死に責任を感じているアリシアを受け入れられない。自分がレグルスにとって特別な存在だと考えているアリシアの思い上がりが許せない。もっと悲しい想いをしている人がいる。ずっとレグルスだけを見てきた女性は他にいるのだ。
 このキャリナローズの言葉はアリシアの心を抉るものだ。もうレグルスの側に自分の居場所はない。自分は特別ではない。レグルスが王都を去る時に想い知らされたそれを、思い出させるものだった。

「貴女が何を悔やんでいるのか私には分からない。でも一つだけ分かっていることがあるわ。レグルスと一緒にいる貴女が私は好きだった。私が好きな貴女は今の貴女ではない」

「……分かっています」

 アリシアもレグルスと一緒にいる自分が好きだ。素の自分でいられる。それでいて上を見られる。一緒に高みを目指せる、それがどれほど辛いものであっても、レグルスと一緒であれば大丈夫。そう思える自分が好きだった。

「私は……私は、レグルスが好きだった。女とか男とか関係なく、レグルスが好きだった。そう思える唯一の相手だった。それなのに……それなのに……」

 レグルスはキャリナローズにとって特別な存在だった。レグルスにとって自分がそういう存在ではないのは分かっている。それでもそう思える相手だった。唯一無二の相手だった。
 キャリナローズの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。自分の想いを口にしてしまった。相手が誰であろうと、そうしてしまったら涙は堪えられない。込み上げてくる悲しみを抑えきれない。

「…………」

 そんなキャリナローズを見つめるアリシア。キャリナローズが怒ると分かっていても、また自分の責任を感じてしまう。キャリナローズを泣かせてしまったのは自分。こんな風に思ってしまう。
 仕方がないことだ。彼女はこの世界の主人公として転生してきたのだ。特別な存在であるのは、何があろうと変わらないのだ。

 

 

◆◆◆

 キャリナローズが思うアリシア以上にレグルスの死を悲しむ女性。その女性の周りにいる人たちもレグルスの死に動揺している。レグルスの死に対してだけでなく、それにひどく心を痛めている大切な人を想って、悲しんでいるのだ。
 そんな人が二人。珍しく二人だけで話をしている。話題は当然、大切な人のこと。妹であり、娘であるエリザベス王女のことだ。

「よろしいのですか?」

「分からん」

 ジュリアン王子の問いにぶっきらぼうに答える国王。飾るところの一切ない、家族に対する本音だ。

「教会の慈善活動など口実。目的地は危険な戦場ですよ?」

 エリザベス王女はレグルスの死の情報が伝わって、すぐに、また教会の慈善活動に同行した。中央学院で情報が広まる前の話。王国はブラックバーン家よりも早く情報を入手していたのだ。
 目的地は王都から北東部にある干ばつに見舞われた地域。ただそれは半年以上前の話。今、行く場所ではない。とにかく北東であればどこでも良かった。レグルスが死んだ場所に近ければ、そういうことだとジュリアン王子は考えている。

「……お前は今のリズを止められるのか? 私には出来なかった」

「すみません。自信がありません」

「ほら見ろ。しかし……あそこまでの行動力があるとは」

 今回の慈善活動は明らかにエリザベス王女が考え、それに教会が協力する形で実現している。教会はエリザベス王女の意思に従ったということだ。そんな影響力を持ち、かつ、実際に計画を実行できる能力がエリザベス王女にはあった。それは国王にとって驚くべきことだ。
 実際に影響力を持っているのはレグルス。教会もレグルスの安否を気にして、エリザベス王女に協力することを躊躇わなかったのだが、これは国王には分からないことだ。

「もととも頭の良い子ですから。それに目的が目的なので」

 分かっていないのはジュリアン王子も同じ。レグルスと教会の関係は、教皇の秘密に関わる。花街の慈善活動以外の繋がりは、見せないようにされている。

「……結婚させるべきだったか?」

「過去形ですか? リズは生きていると信じていますよ?」

「何の根拠、いや、根拠はあるのは分かるが、それが正しい保証はない。想いの強さで誤ったものを視ている可能性もある」

 エリザベス王女はレグルスが生きていると信じている。未来視がそれを示していると。だがそれを鵜呑みにする気には、国王はなれない。エリザベス王女は国王が思っていた以上にレグルスへの想いが強かった。恋は盲目、は違うが想いが強すぎて、視たいものを視てしまった可能性を疑っている。

「では、本当に生きていたら結婚を許すのですか?」

「お前は生きていると思うのか?」

「分かりません。でも、まさかがあってもおかしくない男ですから」

 ジュリアン王子はエリザベス王女ほど生存を信じることは出来ない。出来るだけ詳しい情報を集めた結果は、死の可能性のほうが高いと判断した。そう思わせる情報だけがモルクインゴンから送られてきているのだ。そう判断するのは当然だ。
 それでも生存の可能性を残しているのは、レグルスだからという理由だけ。そう思わせる存在だとジュリアン王子は思っているのだ。

「そういう男だから結婚を躊躇うのだ。親というのは普通の相手を求めるのだ。愛する娘には、普通の相手と平穏に暮らして欲しいのだ」

「国王らしからぬ言葉ですね?」

「当たり前だ。今はただの父親として話している。王家の責任など知ったことか」

 王女という立場で普通の相手というのは難しい。凡人であっても一般庶民ではあり得ない。政略結婚が必要な理由がある相手になるのだ。
 だがただの父親に戻れば、娘をそんな相手に嫁がせたくない。当たり前のことだ。

「少し国王に戻っていただいて良いですか?」

「何の話だ?」

「ブラックバーンをどう思いますか?」

 ブラックバーンは、本家から除名しただけでなく、危険な戦場にレグルスを送り込み、結果として死なせてしまった、ことになっている。この処置がジュリアン王子には納得いかない。農場主襲撃事件を理由に本家から除名したこと自体が、王国にとって驚きの処置なのだ。

「コンラッドが亡くなってからのブラックバーンはおかしいな。ベラトリックスは愚かな男とは思えなかったが」

 愚かではない。それなりに能力はある。ただ私情を交えて判断してしまうことが、致命的な失敗。本人にとっては大成功なのだろうが。

「北部は大丈夫ですか?」

「騎士団がたちまち揺らぐとは思えない。副団長を知っているが、中々の男だった。あの男がいれば大丈夫だろう」

 花街で国王はブラックバーン騎士団副団長のジャラッドに会っている。ブラックバーン騎士団の演武もみた。信頼できる男で、その男がいるブラックバーン騎士団は大丈夫だと思えた。
 こういう目が国王にはある。レグルスに対する評価も私情が入っているようで、実際は正しいものだ。娘に苦労させたくない。そう思えば、レグルスでは駄目だというのは正しい評価だ。

「そうであれば安心ですか」

「本当に愚か者で、他者に踊らされなければ」

「……そういう存在がいると?」

「いや、そういう者は見つかっていない。諜報部がどれだけ調べても」

 逆に、そこまで存在を隠せる力があるのだとすれば。国王はそれを恐れている。今回のレグルスの件も、何らかの関りがあるのではないかと疑っているくらいだ。それくらい今の王国は不穏さを感じさせるのだ。

「リズは大丈夫でしょうか?」

「今更、心配か? 護衛はつけてある。諜報部長自ら護衛の指揮を執っているのだ。心配はいらない」

「それって……親馬鹿というのではありませんか?」

 諜報部長にはもっと適した、そして重要な任務があるはず。それこそ、影で動いて王国を混乱させようとしている者の調査もそれだ。
 その忙しいはずの諜報部長をエリザベス王女の護衛につけた。それはさすがにどうかとジュリアン王子は思った。

「なんとでも言え。リズに何かあれば一生悔やむことになる。国王が毎日泣きはらしていたら政務が出来ないだろ? 護衛は重要な仕事だ」

「……なるほど。私は父上に似ていたのですね。今、気づきました」

 まるで自分の台詞のよう。国王の言葉をジュリアン王子はそう感じた。親子だと実感した。

「親子だからな。お前もそろそろ賢者の仮面を被ったらどうだ? いや、愚者の仮面を外したらどうか、か」

「何の例えですか?」

「私を誰だと思っている? お前の父親だぞ?」

 ジュリアン王子が愚鈍と評価されているのは、自らそう装っているから。国王はそう思っている。親としてそう感じている。今はそれほどでもないが、国王と王子ではなく親子として素で話している時のジュリアン王子には愚鈍なところなど感じないのだ。

「そう言われましても」

「ではこう聞こう。愚鈍なお前から見て、信頼できる人物は誰だ?」

 ジュリアン王子は人を信用していない。ある意味、レグルス以上の人嫌い。愚者でいることで、相手の本音が垣間見える。そうして他人を試しているのだ。
 こう国王は考えていた。

「……レグルス」

「おいおい」

「あとはタイラーですか。レグルスは味方でいる限りは信頼できます。裏切ることもない。ですが、敵側に立ったレグルスはまったく信用なりません」

 冷静な、正しいレグルス評だ。レグルスの素は善人だとジュリアン王子は見ている。だがそれとは真逆の暗い感情も心に宿している。敵に対して容赦のない仕打ちはそれを表している。光と闇。エリザベス王女の言葉に、ジュリアン王子も納得していたのだ。

「タイラーはよほどのことがなければ敵にならないでしょう。敵を作ることを好まない男です。それにレグルスとは真逆で馬鹿正直です。ただ敵味方の判断を正しく出来るか。簡単に言えば、騙されやすそうです」

「守護家は他にもあるが?」

 タイラーが跡を継ぐディクソン家は安心、とは国王は思わない。周囲がどういう影響を与えるか。それによって王国に対する立ち位置は変わるとジュリアン王子は評価した。そう受け取っている。

「キャリナローズは跡継ぎになるかは微妙です。まずならないでしょう。次代の東方辺境伯についてはコメントが必要ですか?」

「いらない」

 評判の悪い人物だ。すでに国王は信用していない。そういうことから、王国としては異例ではあるが、キャリナローズに跡を継いで欲しいのだ。その考えを露わには出来ないが。

「クレイグは……賢そうでそうでもない。それが厄介です。どう考えるか分かりませんから」

 常に正しい判断をするわけではない。その逆で、常に間違うわけではない。判断を左右する要素がよく分からない。賢さと愚かさがその時々で変わる。読みにくい人物だとジュリアン王子は評価している。

「あとは?」

 思っていた以上の話になっている。ここまで冷静に自分と同世代の守護家の人間を評価しているとまでは、国王は思っていなかった。

「ライラスは父上が考える北方辺境伯と同じ。もっと操られやすそうな、その程度の男です。まだ若いとも考えません。同い年のレグルスは、弟とはまったく違っていました」

「……最後」

「……個人的にはもっとも信用ならないと思っています。サマンサアンではなく、兄のジョーディーは。根拠はありません。ただなんとなく得体がしれない。そう感じるのです」

 愚鈍と見下すことはない。持ち上げることもない。エリザベス王女に対しても同じだ。ただ公平な性格とはジュリアン王子は思っていない。見下していないのは眼中にないから。そう感じるのだ。

「……王国は前途多難だな。いつの時代もそうだが」

 当代の守護家も似たようなものだ。国王が心から信頼できる相手は誰もいない。そういう状況が何代も続いているのだ。

「レグルスがいれば、彼を味方にしておけば他の、少なくとも三辺境伯家は引きずられてくれて安心できる。こう思っていたのですが……叶いませんでした」

「もっと早く言え」

「聞いていればリズとの結婚を認めましたか?」

 レグルスとエリザベス王女が結婚することなっていれば、ブラックバーン家は本家からの除名など出来なかった。罰を与えることも出来なかったはずだ。
 だが国王が結婚を認めることはなかった。今の話を以前から聞いていたとしても判断は変わらない。結婚に反対しているのは父としての感情なのだ。政治的な判断は無視される。
 さらに、結婚させない前提で政治的な判断を下すとなれば、レグルスはさらに危険視されるだけ。ジュリアン王子はこう考えているのだ。

「……認めていない」

 ジュリアン王子の考えていた通り、結果は変わらない。二人の結婚はない。
 だが、時代はレグルスを必要としている。彼を再び表舞台に引き出す機会を作るのはエリザベス王女。彼女自身がそれを知っている。結婚はなくても、二人の関係はまだ終わっていないのだ。

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