月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第137話 血縁

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 手足はずっと拘束されたまま。牢から出されることもない。不自由があるとすれば、それくらい。レグルスにとっては、それほど不快な生活環境ではない。牢の奥には水が流れている場所があり、体を洗うことが出来る。排泄も水が流してくれるので、不潔ではない。食事も、初めて見る料理が多いが、きちんと与えられる。味については元々拘りのないレグルスだが、美味しいと思えるものばかりだ。
 唯一、不満なのは思うように体を動かせないこと。死んでいく人間に鍛錬が必要かと自分自身に問いかけながらも、何もしないではいられないレグルス。何もしない生活を経験してこなかったのだ。死にたい気持ちは関係ない。
 出来る範囲で体力づくりは続けている。それだけでも退屈しないのがレグルスだが、鍛錬以外にも楽しいことが出来た。

「おお……凄いな。ちゃんと戻ってくる。Br# Br#(凄い凄い)」

 子供たちが牢の前に遊びに来るのだ。小さなブーメランを投げている子供たち。投げたブーメランは見事に手元に戻ってくる。それをレグルスが褒めると、喜んでまたブーメランを投げる。この繰り返しだ。
 何度も何度も同じことを繰り返す子供たち。だがレグルスはそれに嫌な顔ひとつしないで付き合っている。実際に嫌だと思っていない。子供が遊んでいる様子は見ていて楽しい。そういう無邪気な時代の記憶がなかったレグルスは、無条件に笑っている子供を見ているのが楽しいのだ。

「V$ll d% pr@v#?(やってみる?)」

「俺? ああ……じゃあ貸して」

 レグルスが差し出した手に子供はブーメランを乗せてくれた。レグルスの手には小さいブーメランだが、それはどうでも良いことだ。レグルスは初めてブーメランを扱うのだから。

「……こうか? こんな感じ?」

 見よう見まねでスナップを利かせながら、子供に問いかける。王国共通語なのだが、聞かれている子供は「うんうん」と頷いているので、意味は通じているのだ。

「よし」

 実際に投げてみることにしたレグルス。鉄格子の間から手を伸ばして、手首の力だけでブーメランを投げる。

「おお? あっ……駄目か」

「「「Br# Br#(凄い凄い)!」」」

 ブーメランは宙を舞ったが、レグルスの手に戻ってくることはなかった。失敗、であるのだが子供たちはレグルスを褒めている。ちゃんと飛ばせたというだけで凄いと思っている。レグルスをド素人だと見ているのだ。

「何事も練習が必要だな」

「ではもっと練習してみるが良い」

「……どういう意味?」

 現れた男を見て、レグルスの顔が途端に険しくなる。同じゲルメニア族でも子供と大人では態度が変わってしまう。元々の性質である人嫌いなところが大人に対しては出てしまうのだ。
 男は問いに答えることなく、行動で返した。牢の鍵を開けたのだ。

「何を考えている?」

「その気になられたら鉄格子など意味がないのでは?」

「……確かに。じゃあ、遠慮なく」

 不満はないが、外に出られるのであれば出たい。鉄格子で仕切られているだけで外の景色は見えるが、中と外では感じ方が違うのだ。その違いを実際に感じて、牢を出た途端に反射的に大きく伸びをするレグルス。牢の中も伸びが出来るくらいの高さはある。それでもそうしてしまうのだ。

「よし、じゃあ、やるか」

 外に出られてもレグルスが行うのはブーメランで遊ぶこと。子供たちの遊びの付き合いだ。渡されたブーメランをまた投げる。最初よりは綺麗に飛んだが、やはり手元には戻ってこない。戻ってこないが、牢の外であれば、走って自分で取りに行ける。
 子供たちにもう一度、投げ方のコツを聞いて、ブーメランを投げる。

「おっ……ああ、惜しい!」

 自分のほうに向かってきたブーメランだが、三歩分、右にずれていた。

「「「Br# Br#(凄い、凄い)!」」」

 それでも子供たちは大喜び。自分たちが教えてあげたおかげだと喜んでいる。
 それを何度か繰り返しているうちに、五回に一回くらいは手元に返ってくるようになってきた。そうなると子供たちもただ見ているだけではいられなくなる。

「……おおっ! 本当に凄いな!」

 ただ投げるだけでなく、きちんと的を狙って投げる。的に命中させた上で、きちんと手元に返ってくるようにするのだ。それを子供たちは易々と行っている。中には失敗する子もいるが、レグルスにとっては、かなりの精度だ。

「物心ついた頃から自分のブーメランを持っているからな」

 鍵を開けた男が近づいてきて話しかけてきた。

「戦わせる為に?」

「狩りの為だ。険しい山の中では獣のほうが遥かに速く動ける。飛び道具がなければ狩りは出来ない」

「なるほどな……弓ではなく……取りに行くのは大変だからか」

 矢は放てばそれっきり。落ちた場所まで行って回収しなければならない。山の中ではそれも面倒だ。時間がかかってしまうのだとレグルスは考えた。正解だ。

「夜、一族の主だった者が集まって会が開かれる。お前にも参加してもらう」

「必要ない。俺はさっさと殺すことをお勧めしている」

 自分の処遇について話し合う必要などないとレグルスは思っている。裁判、なのか分からないが、そういう場もいらない。自分の罪は確定している。レグルスはこう考えている。

「お前の笑顔は本当に死にたい者のそれとは思えない」

「……子供は特別だ」

 子供と遊んでいる時は、暗い感情から解放される。何も考えないでいられる。

「そう、子供は特別だ。そしてお前は、ポーティア様の子供だ」

「ブラックバーンでもある」

「それも分かっている。だから我らは悩むのだ」

 そして彼らをもっとも悩ませているのは、レグルス自身が「自分を殺せ」と言っていること。「助けてくれ」と言ってくれれば、理由は付けられる。罪は罪として恩赦を与える理由はあるのだ。だが、レグルスにその意思はない。そのせいでゲルメニア族は決断を迫られる。
 それ自体がすでに助ける方向に傾いている証なのだが、その自覚はゲルメニア族の誰にもないのだ。

 

 

◆◆◆

 ゲルメニア族の住居は山の斜面、岩肌をくりぬいて造られた洞窟型のもの。全てがそうというわけではないが、レグルスが連れてこられた場所はそうだった。かなり広い空間。大勢の人が集まる為の場所なので、特別広く作られているのだ。
 そこにゲルメニア族の人々が十人ほど集まっていた。円型の大きなテーブルに座っている人々。ざっと見渡しただけでは席次は分からない。わざと誰が偉いか分からないようにしている可能性をレグルスは考えた。交渉の場ではないので、どうでも良いことなのだが。

「何を話すと決まった会ではない。食事を楽しめ」

「はあ」

 ただの食事会。本当にそうであるかは怪しいものだ。だが目的が何であろうと、レグルスは気にしないことにした。心を揺らすことは何もない、はずなのだ。
 テーブルの上には沢山の食事が並んでいる。牢の中で食べた料理も、始めて見る料理もある。とにかく沢山だ。

「……やば。美味そうだな」

「遠慮なく食え」

「……じゃあ、そうしよう。手を伸ばしても?」

「お前がそれで良ければ」

 レグルスの前にはナイフとフォークが用意されている。そういう食事の仕方しかしていないと思われて、用意されたものだ。
 別にそれを使っても良いのだが、先に食事を始めている者の中には、皿に直接、手を伸ばしている者もいる。それが許されるのであれば、レグルスとしても、そのほうが楽なのだ。

「……やっぱり、上手いなこれ。何の料理?」

 まず最初に口にしたのは牢の中でも出た料理。レグルスの一番のお気に入りだ。

「……ネズミだ」

 レグルスの問いに、躊躇いを見せて答えた男。それを見て、不満そうに鼻を鳴らしている者がいる。レグルスの反応を勝手に想像しているのだ。彼らの常識で。

「これがネズミ……嘘だろ? 王都で食べていたのと全然違う」

「……何? 今、何て?」

「王都で食べていたネズミはもっと臭かった。これは近くで捕ったネズミ?」

「そうだが……王都でネズミを食べていたのか?」

 ブラックバーン家の公子がネズミを食べていたとは、彼らはまったく考えていなかった。この山で暮らす彼らにとっては当たり前の食料だが、王国の民にネズミを食べる習慣はない。蛮族と蔑まれる理由のひとつ、何でも理由にされるのだが、でもあるのだ。

「あの食堂のくそ親父。何が野生物だ。野生は野生でも、その辺にいるドブネズミを食わせてやがったな。全然味が違うじゃねえか」

 王都の貧民区の食堂では、普通にネズミが出されていた。貧民区以外の人にとっては、タダ同然の値段で。その辺にいくらでもいるドブネズミであれば、タダ同然で当たり前。そういうことだとレグルスは、これも勝手に、考えた。
 ドブネズミではない。一応は郊外にいる野ネズミだ。この濡れ衣が晴らされることは、食堂の親父には残念だが、ない。

「……まさかこれもブーメランで?」

 小さなネズミをブーメランで仕留める。それが出来ることは、とんでもなく凄いことだとレグルスは考えた。

「いや、それは土ネズミと呼ばれていて、地面に穴を掘って住んでいる。その穴を見つけて、捕える」

 間違いだ。

「へえ……種類が違うのかも。間違いなく、こっちのほうが美味いな」

 こう言いながらレグルスは、さらに土ネズミの料理を口に運ぶ。無理をしているわけではないのは明らか。さきほど鼻を鳴らした者も、少し驚いている。

「ひとつ聞きたい」

「答えられることであれば」

「ブラックバーン家のお前が本当にネズミを食べていたのか?」

 実際に目の前でレグルスは食べている。だが、平気なのは分かったが、以前から食べていた理由が分からない。

「ああ、それな。俺、王都ではほとんどブラックバーン家の屋敷で暮らしていなかったから。最初は親代わりの人たちに食べさせもらっていたけど、その人たちが亡くなったあとは、自分で稼いだ金で食わなければならなかった。節約しないと」

「……せつやく、というのは?」

「出来るだけ金を使わないってこと。最初は稼げなかったから、王都で一番安いだろう店ばかり行っていた。稼げるようになっても行っていたけどな」

 食堂は安い高い、美味い不味いは関係なく。レグルスにとって居心地の良い場所になっていたのだ。居心地の良さを求めて、レグルスはずっと通っていたのだ。

「どうして、そんな生活を?」

「それは言いたくない」

「何故?」

「何故って……誤解されたくないから。そっちが何を考えて、こういう場を用意したのかは知らない。でも、いくつかの可能性は思いつける。そのどれも、俺が望むものではない」

 ブラックバーン家はレグルスにとって敵。それを聞いたゲルメニア族はどう考えるか。同じ敵を持つ者同士で手を組むことを考える。もしくはレグルスが命乞いの為にそういう嘘をついていると受け取る。いずれもレグルスが望むものではないのだ。

「どうして死を望む?」

「……俺は多くの人を殺した。この先、生きていてもさらに人を殺すだけだ。そんな俺に生きる資格はない」

 自分が生きることで、失う命がある。それも多くの命が失われる。自分一人の死でそれが防げるのであれば、それを選ぶべき。レグルスはこう言っているつもりだ。

「多くを死なせても守りたかった命がある。一つの命を失ったことで、その何百倍もの命を捨てる覚悟が我々にはある」

 王国共通語で語りかけてきたのは別の男。レグルスの真正面にいる男が、強い視線を向けていた。

「その考えは改めたほうが良い。本来、命の価値に違いはない。誰の命であろうと一つの命だ。百の命に勝るものではない」

「そうであっても、自分にとっては百の命よりも一つの命が大事。それが親心というものだ」

「……あいにく俺は、親になったことがないので分からない」

 これを言う男は何者なのか。レグルスの頭には思いついていることがある。だが思いついたことを悟らせたくなかった。

「レグルス! 儂にとっては孫のお前の命も大切な命の一つだ!」

 だが相手が自ら名乗って来た。レグルスの祖父であることを。レグルスの母、ポーティアの父であることを。

「……出来の悪い孫で申し訳ありません。迷惑を被りたくないでしょうから、今すぐ縁をきるべきです。元から縁などありませんが」

 血の繋がりのある人が、この場所にいる可能性は考えていた。母の出身地であれば、いるのが当たり前。だがその人たちを家族と認めるつもりはレグルスにはない。自分に関わるべきではない。関わって良いことなどひとつもないのだ。

「生きたいと言え。一族には儂が残りの人生を使って詫びる。だから、生きたいと言え」

「貴方にそのようなことをしてもらう義理はありません。血の繋がりが人を縛るのは間違っています」

「レグルス。どうしてそう死に急ぐ?」

「……最後に訂正を。俺はもうレグルス・ブラックバーンではありません。俺はアオ。アオとして生き、アオとして死んでいきます。俺の家族は、もう全員、亡くなっているのです」

 家族の話になるとレグルスは頑なだ。まして血の繋がりだけで家族とされることは、実の母の愛情を感じられる記憶が戻った今も、受け入れられない。ずっと、記憶を失う前からずっと、ブラックバーンの血を否定し続けてきたレグルス。それが無意識の状態でも、影響を与えているのだ。それがブラックバーンではなく、ゲルメニア族の血であっても同じだ。

「牢の……いや、良い。牢に戻っているから、鍵をかけておいてくれ」

 席を立って、牢に戻っていくレグルス。それを止める者は誰もいない。予想外の展開に皆、戸惑っているのだ。

「……思っていたのと、かなり違うな」

 最初に口を開いたのはレグルスがいる間はずっと黙っていた、鼻を鳴らすだけだった男だった。

「王国語?」

「……慣らしておく必要がありそうだからな」

 男がレグルスがいなくなっても王国共通語を使うのは、これから話す機会が増えると思っているから。

「……気が変わったか?」

 男はレグルスを生かすことに否定的だった。それが王国共通語を必要と考えるのは、気持ちが変わった証拠。こう受け取るのは当然だ。

「時間が必要なことが分かっただけだ。生かすにもして殺すにしても時間が必要だ。あれは、理解するのは難しい」

「子供に向ける笑顔は無邪気なものだ。あれが本質だと俺は思っている」

「むじゃき……」

 残念ながら無邪気の意味が分からない。レグルスの窓口となっている男に比べると、王国共通語に不慣れなのだ。だから使わなければと自分で思ったのだ。

「子供みたいに純粋だという意味」

「ああ……親代わりが死んだと言っていたな?」

「最後の言い方だと、大切な人だったようだな。幼くしてポーティア様を失い、さらに親代わりと思う人も先に死んだ。なんとも言えんな」

「今までどう生きてきたのか、我々は誰も知らない。それで理解出来るはずがない」

 思っていたような人物ではなかった。ブラックバーン家の公子として育てられたレグルスは、今とは違う意味で、理解しがたい人物だと思われていた。ゲルメニア族の価値観など受け入れないだろうと。だがそうではなかった。だからといってゲルメニア族が受け入れられたわけではない。逆に拒絶された。
 ブラックバーンを否定し、ゲルメニア族も拒絶する。そんなレグルスを理解するのは容易ではない。今日、この会で分かったことは、これだった。

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