月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第128話 意外な別れ

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 レグルスに下された処分は分家預かり。ブラックバーン本家からは除名されて分家、再従兄のディアーンの父親の家に預けられることになった。街の名から通称モルクブラックバーン家と呼ばれている分家だ。
 いずれは分家となる身であったレグルスだが、これで後継者に復帰する可能性は限りなくゼロに近くなった。それだけではない。レグルスは領地を与えられることなく、本家から除名になったのだ。この先も領地を与えられない可能性がある。ブラックバーン家に縛り付けておくが、権利は何も与えない。そういう結果になる可能性の高い、かなり重い処分だ。
 もっともレグルス本人は、重い処分とは受け取っていない。知った相手であるディアーンの家が選ばれたことを喜んでいる。ディアーンがいるからというよりは、その領地には舞術の師であるレイフとレオンがいる。レグルスの為に一人王都に残ったロジャーも、これでまた家族一緒で暮らせるようになると喜んでいるのだ。
 屋敷に軟禁状態でありながらもエモンを使って、様々な手配を終わらせたレグルス。心残りがないと言えば嘘になるが、一通りのことは終わらせて、いよいよ王都を発つ日がやってきた。
 レグルスを乗せた馬車は、ゆっくりと大通りを進んでいく。窓から「俺はどれだけ信用がないんだ?」とレグルスが思ってしまう、鉄格子が嵌められた馬車の窓から外の景色を眺めているレグルス。
 特別な思いはない。そういう思いが浮かばないように、心を殺しているのだ。

「……ひとつ聞いて良いか?」

「は、はい。何でしょう?」

 馬車には付き人が同乗している。エモンではない。臨時雇いの身であるエモンは、レグルスがいなくなるからと解雇された。ブラックバーン家から解雇されなくても自ら辞めていたが特別に退職金、という名目の口止め料を貰えるということで、解雇を選んでいる。

「馬車はこれだけ厳重にしているけど、宿はどうするつもりだ? ずっと馬車に閉じ込められたままなのか? まさか行く先々で牢屋に入れられるわけじゃないよな?」

 逃亡を防ぐ為に馬車は、窓も扉も鉄格子が嵌められている。それは分かるが、寝る時はどうするのかとレグルスは思った。こういうどうでも良い、わけではないが、ことを考えて、気持ちを紛らわせているのだ。

「あ、その、申し訳ございません。この鉄格子は、その、恰好だけでして」

「恰好だけ?」

「あ、いえ、申し訳ございません。その、恰好というのは」

「緊張しすぎ。別に上手く説明出来なくても怒らない。それに俺にはもうお前をどうこうする権限もないだろ?」

 かなり緊張した様子の付き人。どうしてこういう人間を付けたのだろうという疑問も湧くが、それを聞くにしても、まずは相手を落ち着かせなければならない。

「えっと……はい。鉄格子は、その、罰を与えたことを分かり易く知らせる為です」

 鉄格子は形だけのもの。王都の人々にブラックバーン家はきちんと罰を与えたと知らしめる為に、このような仕様になっているのだ。

「ああ、それで恰好だけか……誰だ、そんな面倒なこと考えた……ああ、良いや。答えづらいだろうからな」

「……すみません」

「だから、謝罪の言葉はいらないから。俺が話しかけるからか。悪い、黙っとく」

 また窓の外に視線を向けるレグルス。その横顔を見つめる付き人は、聞いていた話と随分と印象が違っていると思っている。冷酷非道。気に入らないことがあれば、すぐに相手を殺してしまう残虐な人物。レグルスのことをこう聞いており、そういう相手だから何の役にも立たない自分が同行役に選ばれたのだと思っている。
 だが実際のレグルスは、彼に「悪い」の一言だが、謝罪を伝えてきた。代わりに後継者になったライラスどころか、周囲の誰も彼に謝ることなどない。常に悪いのお前だと、この付き人は言われてきたのだ。

「……気分の波が激しいのかな?」

「聞こえているぞ」

「あっ! も、申し訳ございません!!」

 これは完全に失態。頭の中だけで考えていたつもりの言葉が、口から出ていた。この付き人にとっては良くあることだ。

「だから謝罪は……まあ、良いや。お前、それで良く屋敷の仕事が出来るな? 思ったことをそうやって口にしていたら、怒られるだろ?」

「……はい。いつも怒られています」

「だろうな。退屈だけど、良い訓練になるかもな」

「訓練、ですか?」

 どうしていきなり訓練の話になるのか。そもそも付き人に訓練など必要ない。実際は所作や言葉遣いなど、訓練は必要なのだが、彼はそうことも十分にさせてもらっていないのだ。教える側が面倒になってしまって。

「退屈だから色々なことを考えてしまう。緊張も緩みがちになって、つい独り言を呟いてしまいそうになる。そういう時間を二か月近く過ごすのだから、良い訓練だろ?」

「我慢する訓練ですか」

「最初はそうかもな。でも、それで終わったら駄目だろ? 何もない時間でも、常に相手が何を求めているか、何に気持ちが向いているかを考える。その習慣を……俺相手にしても意味ないか。良い、忘れろ」

 そしてまたレグルスは窓の外に視線を向けてしまう。付き人にとっては残念なことだ。レグルスの言葉をもっと聞きたいと彼は思った。どうしてレグルスはそういう考えを持てるのか知りたいと思った。
 窓の外に視線を向けているレグルス。この人は今、何を思っているのだろうと付き人は考えた。単純に考えれば、無念なはずだ。ブラックバーン家というアルデバラン王国貴族の中でも最上位に位置する名家の後継者の座を追われ、本家も追われ、王都から追い出されるのだ。無念でないはずがない。
 罪を犯したせいなのだから自業自得。そうであっても本人は無念だろうと付き人は思った。訓練不足、だけが理由ではないが、読み違い。レグルスの思いはそういうものではない。

「……もうすぐ北門です」

「知っている」

 もうすぐ内壁の北門。北門を抜ければ郊外。そこはもう王都を感じさせるものではない、と付き人は考えている。王都もこれで見納めになる。こう考えて伝えた情報だった。

 

 

 これそのものは間違ってはいない。ただ、想定外のことが起きただけだ。

『止めろ! レグルスに用がある! 馬車を止めろ!』

 馬車の中でも、はっきりと分かる大きな声。誰の声であるかも、レグルスにはすぐに分かった。その声に応じた、わけではないが、馬車は止まった。レグルスからは見えないが、進路を塞がれていれば、嫌でも止まるしかない。まして相手は同格の南方辺境伯家、ディクソン家なのだ。

『貴様ら! 何だこれは!? 自家の公子をこんな馬車に押し込めるとは! 貴様らそれでもブラックバーン家の家臣か!?』

 鉄格子が嵌った馬車を見てタイラーは、馬車の周りにいるブラックバーン家の家臣たちを怒鳴りつけている。罰を与えたことを知らしめる為の鉄格子は、レグルスの無実を信じる者たちにとっては怒りの対象になる。そんなことまで考えて、鉄格子を用意したわけではないのだ。

『レグルスを出せ! 話がしたい!』

 タイラーはレグルスと話すことを望んでいる。

「……面倒だから追い返してくれるか?」

「わ、私がですか?」

 そんな度胸は付き人にはない。馬車の中で声を聞くだけでタイラーが怒り狂っているのは分かるのだ。

「無理だよな。じゃあ、外に出て良いのか?」

「は、はい。今、開けます」

「えっ? お前が鍵持っていたら意味ない……まあ、形だけか」

 付き人が鍵を持っているのであれば、レグルスは易々とそれを奪い、馬車の外に出られる。そう思ったが、どうせ形だけの鉄格子なのだ。どうでも良いことだと思い直した。
 そんなことを思っている間に馬車の扉を付き人が開けている。レグルスはゆっくりと席を立って、外に出た。

「……レグルス」

「手錠も首に鎖も嵌められていない。それに馬車の中は結構、快適だ」

「この馬鹿野郎!!」

 タイラーの拳がレグルスの顔面を打ち抜く。躱すことなく、まともにそれを受けたレグルスは大きく後ろに吹き飛ぶことになった。

「タイラー殿! 何をなさいますか!?」

 ブラックバーン家の家臣がそれを見て、タイラーに抗議した。タイラーに批判されるほど、彼らは忠誠心がないわけではない。レグルスに対してはなくても、自家の公子を殴るという無礼は許せない。

「どうして無実を主張しない!? どうしてやってもいない罪を認めた!? どうしてだ!?」

 タイラーはそんな家臣たちを気にすることなく、レグルスに問いかけている。彼は納得できないのだ。レグルスがこのような処分を受けることを。それをレグルスが受け入れてしまっていることも。

「……痛いな。いきなり殴るか?」

「避けると思った」

「そこまで俺は鈍感じゃあ……まあ、どうでも良いけど」

 レグルスはタイラーの怒りを理解している。だから拳を避けてはいけないと思ったのだ。だがそれを言葉にするのは、恥ずかしかった、

「やっていないのだろ? それなのにどうして罪を認めた?」

 レグルスはわざと殴られた。それは自分に対して後ろめたいことがあるからだとタイラーは考えた。罪を犯したからではない。タイラーは自分が何に怒っているのか、当たり前だが、分かっている。レグルスはそのことに後ろめたさを感じたのだ。それはつまり、無実だということだ。

「……それを望む奴がいる。俺にいなくなって欲しい奴は沢山いるが、俺がいなくなっても困る奴はいない。多くが望む結果になっただけだ」

 レグルスも素直にそれを認めた。今更、結果は変わらない。タイラーにはどう言っても嘘は通じない。だったら正直に話すしかない。

「俺が困る」

「……はっ?」

「俺が困る! お前がいなくなったら、俺は誰と競えば良いのだ!? 誰の背中を追えば良いのだ! 俺は……俺は……お前がいないと寂しい! お前のいない王都は、学院生活など、つまらないだろっ!?」

「お前……自分が何を言っているか、分かっているか?」

 まさかタイラーの口から「寂しい」なんて言葉が出てくるとは思わなった。想像も出来なかった。そんな言葉を口に出来る性格だとも思っていなかった。レグルスは分かっていないのだ。タイラーの怒りの本当の理由が何にあるのかを。

「レグルス。お前がどう思っていようと、俺はお前を友だと思っている。競い合い、お互いを高めあえる最高の友だと思っている! そんな友が遠くに行ってしまうのだ! 寂しく思うのは当たり前だろ!?」

「…………」

 タイラーの言葉に、レグルスは何も返せない。気持ちが整理出来ないでいる。タイラーが自分のことを友と呼ぶ日が来るなど、まったく考えていなかった。そんな風に思われる自分であるはずがなかった。

「レグルス、真実を明らかにしろ。どこにも行くな。頼む」

 レグルスに向かって頭を下げるタイラー。彼が頭を下げる理由などない。ないはずなのだ。そんなタイラーの姿を見て、レグルスの気持ちは揺れる。思ってもいなかった相手からの頼みに、心が震えた。それでも。

「……悪い。俺には守らなければならない奴がいる。俺が証言を翻せば、そいつを守れなくなる」

 レグルスは真実を明らかにすることを拒んだ。それを行うと許された者が許されなくなる。そういう交渉をレグルスは陰で行っていたのだ。

「……そうか。守るべき人の為か……それなら納得できる。お前はそういう男だ」

「すまない」

「謝罪する相手は俺ではない。お前は約束を破った。それを謝ってから王都を去れ。戻ってくる日を俺は待つことにする」

 こう言って、後ろに下がったタイラーの代わりに前に出てきたのは。

「……フランセスさん。ごめん」

 フランセスだった。無言のままレグルスに抱きついてきたフランセス。レグルスはそんな彼女に向かって、謝罪を口にした。恋愛ごっこは今日で終わり。学院を卒後する日までの約束を守れなかったことへの謝罪だ。
 そのレグルスの謝罪への答えは、重なる唇。フランセスは無言のまま、唇を押し当て、さらに強くレグルスを抱きしめてきた。
 無言のまま抱き合う二人。

「……えっ?」

 そんな二人を引き離したのは、空に響く破裂音だった。一度きりではない、続けて音が王都に響き渡っている。

「……花火? 花街か……」

 それは花街からのはなむけ。王都を去るレグルスへの別れの花火だ。まだ明るい空では音が響くだけ。それでもレグルスは、空に広がる大きな花火を見た。見えた気がした。

「私とも抱き合ってみる? 最後だから唇を許してあげても良いわよ?」

 その間が、キャリナローズに割り込む隙を与えた。さすがに彼女も、フランセスとレグルスの邪魔をするのは遠慮していたのだ。

「魅力的な提案ですけど、諦めます。最後が浮気ではフランセスさんに申し訳ないので」

「それもそうね。それに最後とは限らない」

「申し訳ないけど、そういう期待に応えるとは約束出来ません」

 レグルスは二度と王都に戻ってくるつもりはない。そうでなくてはならないと思っている。自分がいなくなることで、物事は上手く行く。そう思っているから抵抗することなく、王都を去るのだ。

「貴方がどう考えているかは関係ないわ。時代が貴方を求めるかどうかよ」

「それって……良くないことでは?」

 時代が自分に求める役割があるとすれば、それは混乱を生み出すこと。レグルスはそう考えている。自分が王都を去ることは正しいこと。そう思うには、そうでなければならないのだ。

「良い悪いは関係ない。運命に良い運命も悪い運命もないわ。運命は善悪に関係なく、人を導くものだから」

「……何か見えてます?」

「私には何も見えない。私は王家の人間ではないから」

「…………」

 キャリナローズの言葉の意味。レグルスはそれを考えて、ハッとした。この場にいない、レグルスが最後の別れをしたくても、それが許されない人のことを想った。

「また会いましょう、レグルス」

「また会おう。レグルス」

「……また……その日が訪れたら、その時は」

 その日は訪れるのだろうか。訪れてしまうのだろうか。レグルスが望まない運命が、導いてしまうのだろうか。それはこの場にいる彼らには、分からないことだ。

www.tsukinolibraly.com