月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第127話 信じられる人、信じられない人

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 襲撃事件に関する話は、王立中央学院の学院生たちの間でも広まった。王都に暮らす庶民に知られた情報だ。貴族家の公子や官僚の子が多くいる中央学院の学院生たちに伝わらないはずがない。ましてその話の中でも中心はレグルスの捕縛なのだ。話題にならないはずがない。
 ただ、当たり前だが、事実の全てが伝わっているわけではない。彼らが知ったのはレグルスが、どうやら襲撃事件に関わっていること。そして、それにより何らかの処分を受けることになるということくらいだ。王国にとって、知られて良い、知られて欲しい情報だけが伝わっているのだ。

「……何かの間違いだな」

 だが、伝えられた情報を全ての学院生が信じているわけではない。タイラーは信じていない一人だ。

「間違いって……これは全ての調査を終えた上での結論だよ? 間違いであるはずがない」

 ジークフリート王子は広く知られている情報を信じている、というより、裏付けている。王子である彼が話すことは、王国の情報そのもの。そう思われているのだ。

「ではその調査が間違いだ。エリザベス王女と共に王都を離れていたレグルスが、どうして事件に関われる? おかしいだろ?」

「別に、いちいち全てのことを指示する必要はないよね? あらかじめ、やるべきことを決めておけば良いだけだ」

「現場だけでは判断出来ない不測な事態が起きたらどうする? そういう時の為に、指揮官は事態を把握し、すぐに命令を発することが出来る状態でいるべきだ」

 レグルスであればそうするはずだとタイラーは考えている。実際にレグルスが裏で事件を操っていたとするならば、現場から遠く離れた場所に行くはずがないと。

「……レグルスは自分の罪を認めている」

「何かの間違いだな」

 疑いようのない証拠。ジークフリート王子がそのつもりで話したことを、タイラーはあっさりと否定した。

「タイラー。彼は自白したんだ」

「だから、何かの間違いだと言っている。自白以外のすべてはレグルスが無実であることを示している。王国は何を焦っているのだ?」

「自分で罪を認めたのだ。それ以上の証拠がどこにある?」

「自供の強要など、過去にいくらでも例があるはずだ。それだけで罪に問うなど間違っている」

 ジークフリート王子とは異なりタイラーには、自白は絶対的な証拠だという考えがない。自白を強要する方法ならある。王国がそれを躊躇うとも思っていない。レグルスが襲撃事件の首謀者として捕らえられたことは、多くの人が知っている。実は無実でしたなんて結果は、王国にとってかなり都合が悪いのは誰でも分かることだ。

「……どうしてそこまでレグルスを信じるのかな?」

 タイラーがレグルスとかなり親しくなっていることはジークフリート王子も知っている。だが、ここまで無条件に、タイラーにはそこまでのつもりはないが、レグルスを擁護する理由が分からなかった。

「あの男は弱者を矢面に立たせるような真似はしない」

「それは……襲撃に参加した農民たちのことを言っているのかな?」

「そうだ。農民たちは戦闘の素人だ。最後には必ず負ける。それも大きな犠牲を出して終わることになる。そんな計画をレグルスが選ぶはずがない」

 タイラーの考えでは、農場主襲撃は失敗が見えている計画だ。武力を持たない者たちが武力で勝負しても勝てるはずがないと思っている。実際に王国がその気になって軍を動かせばそうなる。タイラーはシンプルにその結果だけを考えたのだ。

「彼は見知らぬ人間の犠牲など気にするだろうか?」

 タイラーとジークフリート王子は考え方の前提が違っている。ジークフリート王子はレグルスは失敗などなんとも思わない、それで犠牲が出たとしても、心を痛めることなどないと考えているのだ。

「気にしない……振りをしていて、実際には人一倍気にするのがあの男だ。俺にもようやくそれが分かってきた」

 これは犠牲を気にするかしないかの話ではない。レグルスは人を良く見ている。その人の心の傷に気づくことが出来る。気付くだけでなく、その痛みに寄り添おうとする。これを聞けばレグルスは全力で否定するだろうが、タイラーはそう思っている。フランセス、エリカ、ラクランと話すようになって、そう思うようになったのだ。

「……タイラー、騙されるな。彼は平気で他人を切り捨てられる人間だ。ほら、あの猛獣使いに襲われた時だってそうだった。あの男は、まだ幼い子供を、言葉通り、切り捨てたではないか?」

「あれは……あの子はジーク、お前を殺そうとした」

「そうだよ。でも、情けをかけるべき対象だった。あの場にいた皆が同じ気持ちだったはずだ。ただ一人、レグルスだけが憐みの心を持たず、冷酷に行動に移した。彼にはそれが出来た」

「…………」

 反論の言葉を探すタイラー。だが、すぐに思い浮かぶものはなかった。確かにあの時のレグルスは、タイラーが知るレグルスとは違っている。感情に流されることなく、やるべきことを行ったという状況だった。

「生きているけどね」

「えっ?」「何?」

「あの男の子なら生きているわよ。少なくともあの日は元気にしていた」

 キャリナローズはここで事実を告げることを選んだ。彼女も今回の結果について納得していない。レグルスが行うようなことではないと思っているのだ。ジークフリート王子に反論する為であれば、事実を伝えることに躊躇いはない。

「……どうして、それが分かるのかな?」

「生きているのをこの目で見たから。あら? まさか責めないわよね? 私が生きているのを知ったのは、ジークが許すと言った後のことよ?」

「責めるつもりはないけど……」

「でも斬り捨てたのは事実ね。たまたま男の子は崖の上から落ちて行って、たまたま無傷でいただけ。逃がしたのもジークが許したから。やっぱり、レグルスは酷い男ね?」

 酷い男だとキャリナローズは思っていない。周囲もそうは聞こえない。レグルスが男の子を逃がしたことで、ジークフリート王子に罪を問われないようにしているのは明らかだ。

「……そうだね」

「さっき、タイラーが言った通りだと私も思うわ。王国は何を焦っているのかしら? もっと慎重に事を進めないと後で面倒なことにならない?」

 いずれ事実は明らかになる。守護家が、少なくとも辺境伯家はそれを試みる。辺境伯家の公子が無実の罪で罰せられることなどあってはならないことなのだ。そんな真似を王国に許すわけにはいかないのだ。

「……王国はこれ以上、何もしない。あとはブラックバーン家がどう考えるかだ」

「そう。それなら……弟に釘を刺しておいたほうが良いかしら?」

 ブラックバーン家に沙汰が任されるのであれば、もう安心、とはキャリナローズは思わなかった。ブラックバーン家はレグルスを跡継ぎの座から引きずり下ろすような愚かな家だ。今回もとんでもない判断をしてしまう可能性がある。キャリナローズはそう思った。

「行くぞ」

 タイラーも同じ考えだ。ブラックバーン家が愚かな判断を下す前に、忠告しておかなければならないと考えた。ジークフリート王子との話を止めて、教室を出て行くタイラーとキャリナローズ。クレイグも少し遅れて、二人に続いた。二人ほど強い想いがあるわけではないが、同じ辺境伯家として歩調を合わせておいたほうが良いと判断した結果だ。

「……アリシア。彼らの主張こそ、何の根拠もないものだよ? 感情的になっているだけだ。レグルス本人が罪を認めているのだから、それが真実だよ」

 側にいるだけで、一切、会話に加わってこなかったアリシア。話に入ってくるとは最初から思っていなかったジークフリート王子だったが、アリシアの憂い顔は気になった。

「……私は……二人は……私とは違う」

「えっ? どういう意味かな?」

「……レグルス様はどうなるのですか?」

 タイラーとキャリナローズはレグルスを信じている。レグルスが罪を認め、王国が有罪だと判断したというのに、無実であることを信じている。それが出来なかった自分が、アリシアは寂しかった。
 レグルスが無罪だとは思えない。ジークフリート王子が教えてくれた情報は、レグルスが黒であることを示している。レグルス・ブラックバーンとはそういう存在なのだ。信じきることなど出来るはずがないと思いながらも、レグルスを庇う二人が羨ましかった。自分もそういう立場でいたかったとアリシアは思った。

「ブラックバーン家がどういう判断を下すかは分からない。でも、せいぜい謹慎くらいだろうね。ブラックバーン家が全面的に罪を認めるはずがないよ」

「そう、ですか」

 これが最後であって欲しいとアリシアは思う。もう罪を重ねないで欲しいと願っている。今回は謹慎で済んだ。だが、ゲームストーリー通りに事が進めば、レグルスに待っているのは早過ぎる死だ。レグルスの人生をそんな終わらせ方にしたくない。アリシアはそれだけを思っている。

 

 

◆◆◆

 ブラックバーン家に戻されたレグルスは、屋敷で謹慎中。それが罰ということではない。処分はこれとは別にある。その処分が下されるまで、好き勝手をしないように、もっと言えば逃げないように屋敷で軟禁されているのだ。ジグルスがその気になれば、いつでも逃げ出せる程度の緩い警戒ではあるが。

「処分を受けるのですか?」

 屋敷に軟禁中のレグルスと会うことが出来るのは、付き人としてブラックバーン家に雇われているエモンだけ。レグルスが信用している相手の中で、という条件では。

「一応、俺はまだブラックバーン家の人間だ。拒否は出来ないだろ?」

「無実の罪です」

「きっかけを作ったのは俺だ。それに何人も殺している。無実とは言えないな」

 今のレグルスにとっては罰を受けないほうが罰なのだ。理由は何であれ、人を殺した罪は裁かれなくてはならない。今回だけでなく、これまで行ってきた人殺しの罪を裁かれているくらいに思っている。

「それでは相手の思う壺ではないですか?」

「その言い方だと黒幕は分かったのか?」

「……いえ、まだです」

 レグルスを嵌めた者がいる。そう考えてエモンは調査を行っているが、望む結果は得られていない。サムを除いた首謀者は皆、レグルスが殺してしまった。あの場にいた者以外に怪しい者は見つかっていない。辿る元がない状況では、調査は難しいのだ。

「何だよ。もしかして、アリシアの調査を躊躇っているのか?」

「それは……後回しにしているだけです」

 アリシアが今回の策略に関わっている可能性もレグルスは考えている。本来、アリシアはレグルスの仇敵。ジークフリート王子との関係が出来上がったとなれば、邪魔者の排除に動いてもおかしくない。王国にとってレグルスは悪なのだ。アリシアの正義感がそれをさせるのは、十分にあり得ることだとレグルスは思っている。

「まあ、アリシアの調査は急がない。俺が気にしているのは別の奴が企んでいた場合だからな」

「許すのですか?」

「調査は終わっていないのでは? なんて誤魔化してもしようがないか。許すというか、俺の目的はほぼ達せられた。あいつは好きな人と一緒になる。王妃か第二夫人か分からないけど、王国を良くする為に活躍する場所を得た」

 アリシアが関わっていたとしても、「なるほど」と納得して終わるだけ。アリシアは、彼女の価値観に合った正義の側に立った。その真逆にいる自分を遠ざけた。それだけのことだとレグルスは思っている。

「それで本当に良いのですか?」

 エモンにしてみれば、無理やり思おうとしているようにしか見えないが。

「サマンサアンさんに悪いことが起こらなければ。でも、大丈夫だろ? 良い意味で彼女の手助けをする者はいない」

 サマンサアンの悪事を手伝うのはレグルスなのだ。そのレグルスがいなければ、サマンサアンに出来ることは少ない。少しくらいアリシアに嫌がらせをしたとしても、処刑台に昇らされるようなことにはならないはずだ。嫌がらせ、というレベルであれば。

「……いや、やっぱり、忠告しておくか……本人よりも兄のほうが良いな」

「兄というのは、ジョーディーのことですか?」

「他に誰がいる? サマンサアンさんに兄は一人しかいないはずだ」

「黒幕の最有力だと思っておりましたが?」

 レグルスがもっとも怪しんでいるのはサマンサアンの兄、ジョーディー。エモンはそう思っていた。

「あくまでも、最有力と思われる中の一人な。疑わしいのは他にもいる。ライラスもそうだし、ジークフリートもそう。動機としてはこの二人のほうが、はっきりしている」

 自分を邪魔に思っている存在。ライラスは、跡継ぎの座を奪っただけでは安心していない可能性がある。ジークフリート王子はアリシアの元婚約者であるレグルスを。今も邪魔に思っている可能性がある。どちらもジョーディーよりは分かり易い動機を持っている。

「では、ジョーディーは?」

 そうであるのに、何故、ジョーディーも疑う対象になっているのか。それがエモンには分からない。ジョーディーについての調査も、上手く行っていないのだ。

「俺を暗殺しようとしていた」

「えっ?」

「あっ、証拠はない。正しくは、はっきりとした証拠は何もなく、状況証拠がわずかに一つだけある程度の疑い」

「……あの自称天才に聞いたのですか?」

 実際に暗殺を行おうとしていたのは、天才魔道具師を自称するリーチだ。そのリーチから情報を得たのだとエモンは思った。

「そう。依頼人との打ち合わせの場所を聞いた。表通りにある高級レストラン、となっているけど普通の営業はしていない」

「あそこですか……ミッテシュテンゲル侯爵家の持ち物という噂でしたね。ですが、侯爵本人ではなくジョーディーなのですか?」

 王都の怪しげな場所については、エモンもレグルスと同じ知識を持っている。元は裏社会の人間からの情報。それを集めるのもエモンたちの仕事なのだ。

「俺の前はアリシアを殺そうとしていた。ジークフリート王子と少し仲が良くなったくらいで、普通そこまでするか?」

「普通ではないとすると……」

「サマンサアンさんにとってアリシアがどれだけ危険な存在か分かっているのであれば、そうするのも理解出来る。ちなみに俺がジョーディーさんの立場であっても、同じことをするかもな」

「まさか……ジョーディーも……」

 ジョーディーもレグルスと同じ存在。未来を知っていれば、大切な妹を処刑台に送る原因を作るアリシアを殺そうと思ってもおかしくない。エモンにも理解出来た。

「仮に最悪の事態を回避する為にアリシアとの対立を避けることを選んだのだとすれば、次に邪魔になるのは俺だ。すべて憶測だけど、筋は通っているだろ?」

「そうですけど……」

「周囲にとっては、俺がいなくなるのが一番。処分を喜んでいるはずだ。がっかりさせたら悪いだろ?」

「レグルス様……」

 アリシアとの対立は最悪の結果をもたらす。逆に何もしなければ婚約者の座は、その先の正妃の座も、かなりの確率で守れる。何の過失もないのに守護家のひとつ、ミッテシュテンゲル侯爵家との婚約を解消することなど王家には出来ないはずだ。
 そう割り切ってしまえば、残る懸念はレグルスの存在。サマンサアンがレグルスと繋がることで、悪の道に進んでしまうリスクだけが残っている。その残るリスクの排除にジョーディーは動いた。大切な妹を守る為に。レグルスはこの可能性を考えた。
 もっともこれは処分が決まってから考えたこと。自分を嵌めた黒幕の存在ではなく、自分の気持ちを納得させる理由を、レグルスは考えたのだ。

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