月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第126話 冤罪事件です

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 レグルス逮捕の情報は、すぐに広く知れ渡ることになった。多くの憲兵が隊列を組んで郊外に出て行った時点で、それを見た王都の人々は、これから起こる出来事を予感していた。今、郊外で起きている農場主襲撃事件と結びつけられないはずがないのだ。
 いよいよ王国が強硬姿勢に出た。その判断に否定的な考えを持つ人々は、憲兵隊のもたらす結果に注目し、戻りを待つことになった。
 そこにレグルスが連行されてきたのだ。子供の頃とは違い、今の王都にはレグルスの顔を知る人は多い。「何でも屋」の仕事で顔を知られ、やがて、どうやら貴族家の公子だという話も広まってしまった。貴族家の公子でありながら驕ったところを一切見せない気さくな、親しみのある人物として、評判になっていたのだ。
 農場主襲撃事件の首謀者というだけでなく、そのレグルスが王国に捕らえられたということで、王国のあちこちで話題にされてしまった。これは王国にとっては少し困ったことだが、今はそれほど影響はない。まだ調査は終わっていない。レグルスの罪も確定していない。憲兵隊としては、余計なことを考えている余裕はないのだ。

「一緒にいた男はサム。貴方とは長い付き合いですね?」

「…………」

 聞き取り、実際は尋問のつもりで行われているものだが、に対してレグルスは無言。黙秘を続けているわけではない。この質問に関しては、意図を掴めなかったのだ。

「否定しても意味はありません。二人が以前からの知り合いであることについては証言を得ています」 

「……誰がそんな証言を?」

 思い当たる名はいくつかあるが、サム本人である可能性が一番高いとレグルスは思っている。拘束されてからまだ数日。その数日でリキたちに辿り着けたとしても、それはサムの証言があってのことだとレグルスは考えた、のだが。

「アリシア・セリシール様です」

 尋問担当者の口から出てきた名は、アリシアだった。

「……元婚約者殿が、そんな証言を……仮にそうだとして、それが何か?」

 何故、アリシアがそんな証言を行うのか。レグルスには理由が分からない。尋問担当者が嘘を言っている可能性も考えた。だが、アリシアが自分とサムの関係を知っていることを、どうして尋問担当者は分かったのか。その説明が頭に浮かばない。

「そのサムが自供しました。彼は確かに貴方の指示で事件を起こしたと言っています」

「嘘だ」

 事実であるはずがない。レグルスはそんなことはしていない。襲撃事件には関わっていないのだ。

「嘘ではありません。貴方だから特別に供述書を持ってきました。この供述書に書かれていることは事実ですね?」

 尋問担当者はレグルスにサムの供述書を差し出した。本来は尋問相手に見せるものではない。担当者の言う通り、特別な対応だ。

「……これをサムが?」

 供述書に目を通したレグルスは、尋問担当者に問いかけた。答えは分かっている。担当者はサムの供述書だと最初に言って渡してきたのだ。

「彼の証言です。もう一度、聞きます。この内容に間違いありませんか?」

「……そうか……サムが言ったのか……だったらそうなのじゃないか?」

 サムは自分に罪を着せようとしている。それがレグルスにはショックだった。レグルスがあの場に行ったのはサムを救う為。レグルスはそのつもりだった。だが、サムはそれを望んでいなかった。望まないどころか、レグルスを裏切った。
 昨日今日の話ではない。どうやら自分は嵌められた。最初から自分に罪を被せようとしていたのだと、レグルスは知った。

「今、何と!? もう一度、はっきりと言ってください! ここに書かれている通り、貴方が指示を出したのですね?」

「サムが言うなら、そうなのだろ?」

 他人に裏切られることには慣れている。だが、それはこの先の話。過去の人生においてだ。この人生においてレグルスは、無視されたり、嫌われたりはあっても裏切られたことがない。自分が信じた人に裏切られたのは、これが初めてなのだ。
 実際には、裏切られたという気持ちを抱いたのは、これが初めてではない。つい最近もあった。ただ、レグルス本人は、自分がそんな風に感じていることに気が付いていないのだ。それが今の状況に影響していることを分かっていない。

「……貴方が指示を出した。間違いないのですね?」

「ああ、その通りだ」

 レグルスは罪を認めた。それを聞いた尋問担当者は、心の高鳴りを抑えるのに必死。「よし!」と叫んでしまいそうになるほどの高揚感を覚えている。
 憲兵隊はレグルスに対して遺恨がある。ワ組との抗争で、レグルスは間違いなく多くの人を殺している。そうであるのに無罪放免となった。今度こそという気持ちが憲兵隊、その上位組織である内務局警保部にはあったのだ。

「尋問は、いえ、聞き取りは終わります。ありがとうございました」

 あとはレグルスの気持ちが変わらないうちに、急いで供述書を作って、それに署名させるだけ。担当者は尋問をこれで切り上げて、それに取り掛かることにした。自分がどれだけ愚かなことをしているか、気付くことなく。自分の正義が、一般には悪であるという事実を受け入れることなく。

 

 

◆◆◆

 レグルスが自供した。この情報は警保部の人たちを多いに喜ばせ、その一方で、警保部以外の王国関係者を困惑させることになった。北方辺境伯家、ブラックバーン家の公子を王国としてどのように罰すれば良いのか。罪を認めさせたからといって、それで終わりではない。その先のほうが大変なのだ。
 王国ではレグルスの処罰について会議が開かれることになった。各部門の責任者が集まる重臣会議だ。

「いくらブラックバーン家の公子とはいえ、自供した者を無実にするわけにはまいりません。しかも彼が罪を犯すのはこれで二度目なのです」

 レグルスを処罰すべきと主張するのは警保部の部長だ。王国貴族と関わることが多い内務局の人間が、強気に出るのは珍しいことだ。周囲はそう思っている。

「処罰というが、どの程度の罰にするつもりですか?」

 処罰を主張するだけであれば誰でも出来ると宰相は思っている。問題は罰の重さだ。それによってブラックバーン家の動きは変わってくる。

「それは……何人もが殺されているのです。最低でも禁固刑は必要です」

「禁固刑……ブラックバーン家の公子を牢に入れるべきと警保部長は言うのですね?」

「……そうです」

 かなり難しい刑であることは警保部長にも分かっている。重いというのではなく、貴族が普通に牢に入ることなとまずないのだ。滅多に罰せられることのない貴族に対する刑罰は、多くが死罪。自ら死ぬか、処刑台に送られるかの、いずれかがほとんどだ。

「死罪にしない理由は何ですか?」

 ここで問いを挟んできたのは諜報部長だ。より重い罰にするべき、と思っているわけではない。その逆だ。

「それは……直接、手を下したわけではないので」

「捕らえられた時、直接手を下しているのではありませんか?」

「仲間、同じ犯罪者だ」

 レグルスは首謀者たちを、サムを除いて、皆殺しにしている。それについて警保部長は罪を問うつもりはない。

「諜報部長。もう良い。話を進めろ」

 さらに国王が、苦虫をかみつぶしたかのような表情で、口を挟んできた。この重臣会議はレグルスの処罰を決める為のものだが、それだけではない。別の罪を暴く会議でもあるのだ。

「承知しました。では、諜報部の調査結果を報告させていただきます」

「諜報部の調査結果だと?」

「はい。少し、いえ、かなり結果が異なりますので、皆様に知らせておいたほうが良いと思います。まず結論から申し上げますと、レグルス・ブラックバーンは農場主襲撃事件に関わっていないと諜報部では判断しております」

「なっ……?」

 諜報部長の発言に警保部長は呆然、他の参加者たちは騒めき始めた。警保部の取り調べを否定する発言なのだ。ざわつきもする。

「レグルス・ブラックバーンと一緒に捕らえられたサムは、実際にかなり前からの知り合いです。もともとは別の雇われ農家の息子と親しくなり、その者の繋がりで知り合ったようです。これは最初に親しくなった者から聞いた話です」

 諜報部長はリキから情報を得ている。レグルスが罪に問われるとなれば、リキに隠すこと、リサの件を除いてだが、はない。レグルスと知り合った時からのことを全て伝えている。

「レグルス・ブラックバーンはその者の代わりに開墾許可申請を提出し、実際に開墾を行いました」

「諜報部長、それは本件に関係ある話なのか?」

 開墾の話など襲撃事件とは無関係。多くがそう思う中、宰相がそれを言葉にして問いかけてきた。

「関係があるから話しております。サムは途中からその開墾作業に加わりました。開墾が終わり、最初にレグルス・ブラックバーンと親しくなった者は農場主になりました。その者の農場では、他所とは異なり、得た富を公平に分配しております。雇われているというより、共同経営者といったところでしょうか?」

 ここまで説明されても、国王を除く、聞いている者たちには、諜報部長が何を話したいのか分からない。

「さらに開墾を続け、新たな農地では、その共同経営者の中の一人が農場主になりました。それを続けて、さらに農場主は増え、今では全てを合わせると、郊外の農場主の中でも上から数えたほうが早い大きな農地を保有するまでになっています。雇われる者も増えました。その新たなに雇われた者たちも他とは比べものにならない給料を得ております」

「……その者たちの農場は他とはまったく異なり、働く者たちに不満はないのだな?」

 宰相はここまで聞いたところで、諜報部長の言わんとするところが分かった。

「待遇だけでなはく、頑張れば自分も農場主になれる。そういう働き場です」

「郊外の全てがそのようであれば、今回のような事件は起きなかったな」

「はい。レグルス・ブラックバーンは事件を起こした者たちとは異なる方法で、雇われ農民たちの暮らしを良くしようとしていました」

 雇われ農民の待遇改善は、農場主を襲うなどという過激な手段を使う必要はない。まだ時間はかかるだろうが、いずれ自然と良くなる。待遇改善どころか多くが農地を持てるようになるのだ。

「……開墾が進めば、王国も助かるな」

 開墾が進まないまま放置されている土地が郊外には多くある。制度上の欠陥を放置していたせいで、新たに開墾を行おうという人が中々出てこなかったのだ。リキたちが行っていることは、この問題の解決にもなる。開墾をして農場主を志す人が増えることは王国にとってありがたいことだ。

「それは良かったです」

「だが、それは待遇改善だけを目的とした場合。隠れた目的があることはすでに分かっている」

「レグルス・ブラックバーン本人が示唆した目的のことですか? 仮にそれが本当の目的だとして、農場主を襲撃する必要があるでしょうか?」

「……ないな」

 元からいる農場主から農地を奪う必要はない。そのような過激な真似をしなくても、レグルスはリキたち新しい農場主たちへの影響力を持っている。レグルスに郊外の農地を支配下に収めようなんて考えはないが、影響力はすでにあるのだ。

「ちなみに、何年か前に、ある農場主のところで雇われ農民たちが働くのを放棄したことがありました。待遇改善を求めてのことです。これにはレグルス・ブラックバーンは関わっています」

「やはり、そういうことではないか」

「こういう方法もあると知り合いに教えただけです。さらにその知り合いにレグルス・ブラックバーンはそれを行おうとしている者たちとは関わるなとも伝えました。その者たちが今回の事件の首謀者。このような事態になることを予見していたのかもしれません」

 リキはこの件も正直に話している。元々、どうしても隠さなければならないことではない。エリザベス王女の前でも、それほど詳しい内容にはならなかったが、話している。

「……では、何故、レグルス・ブラックバーンはあの場にいた」

「あの場にいた唯一の仲間、サムを救うためでしょう。そして嘘の供述も同じ。嘘を認めることが救うことになるとは私には思えませんが」

「供述が嘘である証拠はあるのか?」

「それは警保部長にお聞きになるべきです。まずレグルス・ブラックバーンではなく、サムの供述とされていることが事実かどうかを」

 サムの供述がそもそも嘘。尋問担当者は偽の供述書でレグルスを騙し、自白を引き出した。結果として嘘の自白を引き出してしまった。

「……サム本人の署名がある」

「それはレグルス・ブラックバーンの供述書を作った後のもの。レグルスは罪を認めた。これでお前の罰は軽くなるとでも言ったのではないですか?」

「……なるほど。この場ではあえて警保部長に尋ねることは止めておこう」

 聞かなくても警保部長の真っ青な顔が、諜報部長の話こそが事実であることを示している。警保部はレグルスに罪を認めさせるために強引な、不正ともいうべき、手段を使った。この罪が今、暴かれたのだ。

「さて、諜報部の調査結果に真実がある。これに異議がある方はいますか?」

 声を上げる者はいない。警保部の供述は作られたものであることは明らか。国王もそれを認めている様子だ。ここで反論する勇気のある者などいない。

「そうだとしても何も無しというのはいかがなものだろう?」

 ただ一人、宰相だけが、諜報部の調査を否定するものではないが、声をあげた。

「無実の者に罰を与えるべきだと?」

「レグルス・ブラックバーンは自分を罰することなど出来ないと考えているのだ。だから、嘘の供述を平気で認める。その思い上がりは正すべきだと私は思う」

「思い上がり……宰相殿はそうお考えになりますか」

 諜報部長は違う考えだ。レグルスについては、かなり情報が集まっている。その情報を客観的に分析すると、レグルスの考え方が少し見えてくるのだ。

「そうではないか? レグルス・ブラックバーンの思い上がりは、ブラックバーン家そのものの思い上がり。それを許すのは王国にとって良くないことだ」

「望んでいない相手の為に人生を使うよりは、わずかでも必要とされている人に時間を使うほうが良い」

「陛下、それは?」

 いきなり割り込んできた国王の言葉。その意図が、言葉の意味が宰相には理解出来なかった。

「ブラックバーン家の跡継ぎの座をどうしてあっさりと捨てたのかという問いに対する奴の答えだ。あ奴はもう自分をブラックバーンとは思っていない。私はこれを聞いて、そう思った」

「さらに、わずかでも必要としてくれる人の為、ですか……」

「諜報部の分析では、あの男には自分を捨てているようなところがある。平気で自分の命よりも別のことを選ぶということだ」

 何故、自分がレグルスを擁護するような真似をしなければならないのか。こんな風にも国王は思っているが、事実を曲げるほうが嫌なのだ。

「分かりました。ただ……それでも何もなしというわけには。これはレグルス・ブラックバーンではなく、ブラックバーン家と王国との関係性の問題です」

「分かっている」

 レグルスは無実。それを認めても、何事もなかったことには出来ない。レグルスが憲兵隊に連行されている姿は大勢が見ている。捕らえただけでなく何日も、牢ではなくそれなりに良い部屋を用意しているが、拘束している。そこまでしておいて「無実でした」では済まない。ブラックバーン家は激しく抗議してくるはずだ。

「だからといって罰を課すのも……無実であることは本人が一番分かっているのです」

 罰を与えるわけにもいかない。レグルスが自分が無罪であることをブラックバーン家に伝えれば、それはもっと大事になってしまう。無実であるのに罰を与えたなど、ブラックバーン家でなくても、怒り狂うはずだ。

「……ブラックバーン家に任せる」

「それがよろしいと思います」

 完全な無実と認めないまま、処罰はブラックバーン家に任せる。何の処罰を下さないまま解放したことを責める声もほとんどあがらないはずだ。貴族に対する処罰としては良くあることなのだ。多くの場合は有罪で、貴族家が自家の恥を削ぐ為に厳しい処罰、死を与えることになるのだが。ブラックバーン家がレグルスの言葉を信じて、何の処罰を下さなくても批判はブラックバーン家に行くだけで、王国には影響はない。この選択しか、王国は思いつかなかった。

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