月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第122話 悪意は続く

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 ドイル伯爵領でやるべきことをやり終えて、エリザベス王女一行は帰路についた。レグルスも一緒だ。なんだかんだで、一か月ほどの滞在。当初、王都帰還まで予定では二か月だったものが、三か月以上になってしまった。帰路はかなり急いでの移動になる。すでに現地の情報が届いているはずの王都では国王が、怒ってか心配してかは分からないが、帰還を待ちわびているはずなのだ。

「……族長に娘のことをお願いしますと言われました。あれは何ですか?」

 エリザベス王女は帰りにフルド族の居留地に寄っている。今後について安心してもらう為に、ドイル伯爵家と取り決めたことを説明する為だ。単純にフルド族の様子を知りたいというエリザベス王女の気持ちもあった。

「さあ、なんのことでしょう?」

「……あれは何ですか?」

 エリザベス王女の視線が、一気に厳しいものに変わる。レグルスが惚けたことで、自分の予想通りの話だと思ったのだ。

「……族長が娘を……その……俺の……第二夫人に……」

 その視線に負けて、レグルスは本当のことを話してしまう。普段は真顔で嘘をつけるレグルスが、エリザベス王女には馬鹿正直に反応してしまう。レグルスの周囲の一部が、二人が結ばれるのも有りと思う点の一つだ。

「第二……どうして第二夫人なのですか?」

「それは……第一夫人は決まっていることになっていまして……」

「誰ですか、それは?」

 またエリザベス王女の視線がきつくなる。こういう面では、エリザベス王女も馬鹿正直だ。ヤキモチをまったく隠そうとしていない。

「それは……その……」

 ゆっくりとエリザベス王女に人差し指を向けるレグルス。言葉にするのは恥ずかしかったのだ。

「私……ですか……」

 エリザベス王女の心にも恥ずかしさが広がっていく。頬を赤く染めて俯くエリザベス王女。それをすぐ近くで見ている近衛騎士も、なんだか恥ずかしい。自国の王女が恋人といちゃいちゃしている様子を見学しているような状況なのだ。気まずくもある。
 小さく咳払いをして、口を開く近衛騎士。

「フルド族はどのような様子でした?」

 レグルスにフルド族の様子を尋ねてきた。邪魔者であることは分かっている。近衛騎士の立場では、その邪魔者にならなければならない。国王から非公式任務として、「道中、二人の気持ちがさらに近づくことがないようにしろ」と命じられているのだ。

「希望と不安が半々というところでしょうか? 待遇が改善されるかもしれないという期待は持っていますが、それが本当に実現する保証はありません」

「ドイル家には虐待など二度とないようにと、きつく言っています」

「そうですか……ただ、腫物に触るように扱うのも違うと思います。彼らが不満に思っていたのは、過剰な責任を負わされるばかりで、権利を一切与えられないことですから」

「……厚遇を喜ばないというのですか?」

 レグルスが伝えたいことの意味が近衛騎士には分からなかった。レグルスの言う権利は、今後与えられる。エリザベス王女はドイル家にそれを命じているのだ。

「過度な厚遇は、フルド族以外の領民との軋轢を生む可能性があります。少数民族に差別意識を持っているのは、領主家だけではないと私は思います」

 少数民族への差別というより、王国発祥の頃からの国民は、併合されて、あとから国民になった人たちに対して優越感を抱いている。被征服民として下に見ているところがある。暮らしている場所が異なるので衝突は少ないが、王国にはそういう潜在的な問題があるのだ。

「領主ではなく、同じ領民が危害を加える可能性もあると……気づきませんでした。申し訳ありません」

「別に謝る必要はありません。これまで誰も解決出来ていない問題、解決策が見つからない問題なのですから」

「いえ、そういうところに頭が回らなかったことを反省しております」

 さすがにそれは無理というものだ。近衛騎士は騎士であって政務を行う立場にない。さらにずっと王城で働いている。世間のことには疎いのだ。

「私が知ったのも最近のことです。これは推測ですけど、外の問題が落ち着いていると、内の問題が顕在化するのかもしれません」

「それはどういうことでしょう?」

「他国との戦争は、今は落ち着いています。王国を脅かすような外の脅威はありません」

 これはレグルスだけの考えではない。亡くなった祖父、コンラッドも考えていた。他にも同じ思いを抱く人はいる。

「共通の敵がいないと内の対立が起きるわけですか……人は口では平和を求めていながら、本質は争いを好む生き物なのでしょうか?」

「難しい問いです。軽々しく答えを出せるものではありません」

「レグルス……何故、貴方は内の問題に気が付いたのですか?」

 エリザベス王女は何故レグルスが国内の問題が顕在化し始めていることに気付いたのか気になった。王国は動乱の時代を迎える。エリザベス王女にはそれが視えている。だが未来視という特別な能力なしでも、それが分かるのだとすれば、状況は思っていた以上に進んでいることになる。

「旅をしている人を何人か知っていまして。その人たちには王国は騒がしくなっているように思えるようです」

 ただ旅をしているだけでは分かることではない。悪事を行っている人々には、別の悪事の気配が感じられる。目的や方法は違っても、闇に潜んだ動きは、闇の中にいる者には見えるものなのだ。

「……今回の件も一連の動きですか?」

「繋がりがあるかは分かりません。ただ、この一件がドイル伯爵家だけの問題ではないことは分かっているはずです。協力者、もしくは黒幕は判明しましたか?」

「分かりません。知っている者、知っていると思われる者も見つかりませんでした」

 居留地を襲った軍勢の数。それが異常な数であったことはエリザベス王女たちも分かっている。ドイル伯爵家の人たちから、尋問に近い形で、聞き出そうとしたが、情報は得られなかったのだ。

「消えた者がいるはずです。死んだドイル伯爵一人で全てを動かせたはずがありません」

「居留地を襲った中にはいなかったのですか?」

 軍勢の数が異常だったのだ。その異常な数の中に、真実を知っている者がいるはず。ドイル伯爵家に仕えていない人物がいたはずなのだ。

「情報を持っている者はいませんでした。自分の命よりも情報を守ることを優先出来る者がいた可能性は否定しませんが」

 レグルスはエリザベス王女のような緩い尋問の仕方はしていない。怪しい者たちは拷問にかけて情報を吐き出させた。結果、殺してしまうことなど気にすることなく。

「……戻って調べます」

「いえ、陛下に任せるべきです。我々では探れないところまで、探れるはずです。我々が出来るのは、一日でも早く調査を引き継ぐことだと思います」

 戻って調べても、せいぜい消えた人間がいることが分かるくらい。それよりも王国に、諜報部に調査を任せた方が良い。完全に証拠隠滅を図られる前に。こうレグルスは考えている。

「貴方はどこまで分かっているのですか?」

「……三千の軍勢を、誰に雇われているのかを悟られることなく抱えられる人物、組織。王国全体でもそうはいないはずです」

 秘密を守りきったのではなく、元々真実を知らなかった。だから拷問されても何も話さなかった。話して拷問を止めてもらいたくても、出来なかったのだとレグルスは考えている。三千という数を揃えられる財力があるだけでなく、完璧な情報秘匿も行えている。それは、レグルスにとっては、異常なことだ。

「……守護家のいずれか、ですか」

「それと王国も」

「……そうですね。守護家が出来るのであれば、王国にもできます。でもその可能性があるのに王国が調べるのですか?」

 レグルスは早く国王に、王国に調査を引き継ぐべきだと言っている。それと王国の可能性を考えていることは、矛盾するとエリザベス王女は考えた。

「真実が何一つ明らかにならなければ、それが答えと考えられます。もちろん、絶対とは言えません。でも、絶対の答えが必要ですか?」

「……厳しい問いです」

 王国が今回の事態を引き起こしたのだとすれば、真実は明らかに出来ない。それはエリザベス王女も分かる。だが、気持ちは納得しない。曖昧のままで終わらせて良いのかと思ってしまう。王国の王女としては正しい考えではないと分かっていても。

「その仮説はあり得ないのではないですか? 狙われたのは殿下です。陛下が殿下の命を狙うはずがない」

 近衛騎士には納得できない仮説だ。今回、命を狙われたのはエリザベス王女。王国が黒幕なんて可能性はあり得ないと考えた。だが、これは認識を間違っている。

「私は陛下とは言っていません。これ以上、これについて議論が必要ですか?」

「……いえ」

 国王の意思だけで王国は動いていない。それくらいのことは近衛騎士も当たり前に分かっている。王子二人、家臣の独断など、可能性は複数ある。その可能性をこの場で絞り込むことは、近衛騎士には躊躇われた。王子のどちらかなんて可能性は知りたくないのだ。

「でもレグルス。貴方は絶対の答えに辿り着いている」

「それは買いかぶりです。少しは絞り込んでいますけど、それは絶対の答えではありません。世の中には私が知らないことが沢山あります。今回、それが良く分かりました」

 レグルスは勤勉であり、「何でも屋」の関係で王都外で活動する裏社会の人々からの情報も手に入れられている。だが、それでもレグルス本人の世界は狭い。王都外のことは何も知らないに等しいと、今回、レグルスは思った。レグルスには、三千もの人間を他家の領地に分散させて潜ませておくことなど出来ない。その方法が思いつかないのだ。

「それは私もです。王国の王女でありながら、王国のことを何も分かっていません」

「……これから分かれば良いのではないですか? 殿下がそれを望むなら、ですけど」

「そうですね」

 レグルスもこのままでいるつもりはない。もっと王国全体のことを知らなければならないと思っている。もっと積極的に情報を求めなければならないと。すぐに実現出来ることではない。だがレグルスはこれまでも、将来の為に今を動いてきたのだ。それを続けるだけだ。

 

 

◆◆◆

 会議室にざわめきが広がっている。この場は国王も出席している重臣会議。宰相が説明を始めた内容は、それに相応しい議題と思えないものだったので、出席者が戸惑っているのだ。

「……郊外で農場主が襲われた。それをこの場で話し合う意味は?」

 国王も宰相の発言に戸惑っている。緊急に招集された重臣会議だ。余程のことが起こったのだと思っていたところに、盗賊の話だ。それは戸惑う。

「それをこれからご説明いたします。襲われた農場主は三人。いずれも広大な農地を所有する者たちです。そして問題は、彼らを襲ったのもまた農民であること」

「一揆が起きたのか?」

 農民による一揆など、今の国王の代ではこれまで一度もなかったが、過去には何度かある。国政への不満に繋がって、王国が大混乱に陥った例もあるのだ。一揆となれば、重臣会議が収集されるのも納得できる。

「一揆は一揆なのですが、襲撃者たちは悪事を行った者への裁きだと主張しております」

「……襲われたほうが悪いと言っているのか?」

 宰相の説明を聞いた国王の眉が顰められる。悪事を正当化する為のこじつけだと思っているのだ。

「はい。実際に悪事の証拠も公表しています。事実かどうかの調査はまだこれからですが」

「……どのような理由を作っても、犯罪は犯罪だ。すぐに襲撃者たちを捕えよ」

 まずは犯人を捕らえること。襲われた側の罪を明らかにするのは、その後で十分だと国王は思っている。仮に罪を犯していたとしても、襲撃者たちが罪人であることに変わりはないのだ。

「それが……王都の者たちは彼らの行動を支持しております」

「なんだと?」

「彼らの主張が王都の人々の耳に届いております。襲われた者たちの悪行と共に。人々の受け取り方は様々ですが、巨悪に立ち向かった正義の味方という見方が大半のようです」

「そんな馬鹿な……」

 犯罪者を王都の人々が支持する。それは異常なことだと国王は思う。正義の名の下に人を殺すことが正当化されてはならないと考えている。その権利があるのは、国王ただ一人でなければならないのだ。

「さらに彼らは自分たちは王家の為に動いているとも主張しております」

「そんなものを認めん!」

「勝手に主張しているのです。王国への義務よりも私欲を優先した非国民。襲われた者たちはこう言われております。この状況で襲撃者たちを問答無用で捕縛すれば、王国も悪事に加担していたと見られる可能性がございます」

 正義を認められてしまえば、その正義に敵対する側は悪になる。王国が悪と認定された時、国民はどう行動するのか。宰相はこの懸念点を指摘している。

「だからといって、犯罪者を放置しておくわけにはいかん」

「もちろんです。ただ、捕縛に動くまで少し時間を置く必要があると考えております。襲われた側が無罪であると分かれば、彼らの主張は無になります。それまで待っても良いのではないかと」

「……どれくらいだ?」

 宰相の言う通りになれば、それは良いだろう。だが、待つにしても限度がある。国王にとっては、その限度はそう長い期間ではない。

「一月、いえ、半月もあれば調査は終わります」

「その間に逃げ出すのではないか?」

「外壁を閉鎖いたします。まったく通れなくするのではなく、外に出ようとする者たちの確認を徹底させるという意味です」

「……分かった」

 これで犯人捕縛は先延ばしになった。結局、この時点では、王国は問題の大きさを認識していなかったのだ。所詮は農民が騒ぎを起こしただけ。広く波及しなければ、それで良い程度にしか考えていなかった。だから王都住民たちが不満を抱くようなやり方は避けようとした。
 ただ、この判断が間違いであったことは、そう遠くない時期に分かる。まだ事件は始まったばかりなのだ。

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