月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第86話 真相は闇の中に消える

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 ジークフリート暗殺未遂事件は王国を、そして王立中央学院を大いに揺るがせた。少し考えれば分かる。食事に薬を混入させた者が誰かとなると、もっとも怪しむべきは学院関係者。襲撃犯であることが明らかな猛獣使いたちでは、絶対に不可能とは言わないが、誰にも気づかれずにそれを行うなどかなり難しいことだ。では誰が犯人なのか。それが明らかになれば、少しは事態も落ち着くのだろうが、それが分からない。焼け跡から見つかった焼死体は、誰か分からないほど、ひどく損傷している。誰が死に、誰が逃げたのか、まったく分からないのだ。
 被疑者全員死亡、で終わらせられないのが辛いところ。逃亡者がいる可能性がある。それだけではない。現場には行かなかった関係者の中にも、もしかすると協力者がいるかもしれない。その疑いが消えない状況で、授業など出来るはずがない。王立中央学院は当面、休校ということになった。
 レグルスにとって幸いだったのは、キャリナローズが生存者がいることを話さないこと。ジークフリート第二王子が口にした恩赦など意味はない。王国と王立中央学院は生きている襲撃犯の証言を必要としているのだ。

「……俺は逃げろと言ったのであって、逃げ込んで来いと言ったつもりはない」

 その生存者、猛獣使いの男の子はレグルスの目の前にいる。突然、レグルスにとってはだが、酒場に姿を現したのだ。

「いや、だって、ここに来れば逃がしてもらえるって」

「依頼しに来たってこと? うち、そういう依頼を引き受けた覚え……バンディーさん?」

 実に分かり易く、気まずそうにしているバンディー。心当たりがあるのがバレバレだ。

「すみません。全ての依頼で若旦那の手を煩わせるわけにもいきませんので」

 レグルスが店に顔を出すのは、原則、週末だけだ。学院と道場に通っている平日は、バンディーたちだけで店を切り盛りしている。依頼を受ける受けないの判断も、都度、レグルスにお伺いを立てているわけにもいかず、バンディーの判断で決められている。これはレグルスも認めていることだ。

「引き受けて上手く出来るのですか?」

 誰にも知られないように人を王都から離れた場所に逃がす。そんな依頼を引き受けて、どうやって実行するのかレグルスは不思議だった。王都の外にまで商売は広げていないはずなのだ。

「花街で働いていた時の知り合いに頼んでいます。なんというか、裏道みたいなのを知っている者がいますので」

「……なんとなく分かった。でも、その人たち信用出来るのですか?」

 非合法の手段で女性を花街に連れてくる者たち。そういう存在がいることは、バンディーから聞かされていた。ただ、そういう相手に依頼人を任せることに、レグルスは不安を感じてしまう。

「それはまあ、とんでもなく高い賞金がかけられている相手となれば欲に負けることもあるかもしれませんが、はした金の為に花街との取引を無にするような真似はしません」

 そういった者たちは花街との取引で食べている。別の街の歓楽街とも取引はしているが、なんといっても扱う金額が花街は他所とは段違いに高いのだ。売れると思える女性に、金を惜しむことはない。それが出来る資金力が花街にはあるのだ。

「そういうことですか……今回は……死んだことになっているからな。賞金なんてかけられていないか」

 男の子は死んだことになっている。賞金はないので、欲を刺激することはない。

「死んだと思われているのであれば、逃げる必要もないのではないですか?」

「顔を見られている。王都で鉢合わせなんてことも、ないか。いや、他の学院生もいたからな」

 ジークフリート第二王子が王都を出歩くことなど、まずない。キャリナローズやタイラー、クレイグも同じだ。馬車に乗って、通りを移動するのがせいぜい。鉢合わせなんてことになる可能性は極めて少ない。
 だからといって安全だとはレグルスは思わない。貴族家の人間だから通りを歩かないとは決めつけられないのだ。

「ちなみに、目的地はどちらですか?」

 子供であっても依頼人。客としてバンディーは応対している。

「……どこが良いかな?」

 バンディーの問いをそのままレグルスに向ける男の子。

「決まっていないのに依頼したのか?」

「だって、生まれ育った場所は駄目だよね?」

「本当のことを伝えたのか? ああ、登録情報か」

 訓練に参加する猛獣使いの情報を学院は持っている。襲撃を企てていたのであれば偽の情報を渡したのではないかと考えたレグルスだが、それを鵜呑みにするほど学院は愚かではないと思い直した。猛獣使いを集めるのであれば、登録情報から指名するのが確実だ。身元もはっきりしている。この考えが間違いであることは、すぐに分かるが。

「知り合いもいないし」

「住んだことがある場所は?」

「旅芸人だったから、ずっとあちこち移動してた」

「……お前、両親は?」

 猛獣使いが旅芸人の一座で働いているというのは分かる。それが当たり前の働き場所だ。ただ、目の前の彼は若い。子供だけで旅芸人として移動していたとは思えなかった。

「殺された」

「あっ、そうだったのか。それは、悪かったな」

「そんなに悲しくない。親のことは、ほとんど覚えていない。毛が黑かったってことくらい。あっ、温かかったことも覚えている」

「……温かかったは分かるけど、どうして毛? もっと何かあっただろ? 赤ん坊だったとしても……そんなものなのか?」

 そんなはずはないと思ったものの、幼い頃の記憶を失っているレグルスには、何が記憶に残るのか分からない。父親はまだ会っているので顔が分かるが、母親については髪の色さえ覚えていないのだ。

「……ざらざらした舌で舐められていたこともなんとなく覚えている」

「いや、その記憶もどうかと思うけど……親の舌ってざらざらしているものなのか?」

「君だって分かるよね? 親友に舐められた時と同じ感触だと思うよ」

「ああ、ケルな……はい?」

 何故、ケルと同じ感触なのか。話がおかしいことに、レグルスはようやく気が付いた。

「僕、狼の子供だから」

「なるほどな……って、そんなわけないだろ? お前どう見ても人間だろ? 狼の子供のはず……もしかして狼に育てられた?」

「育ててくれた人が親でしょ?」

 男の子は親というのは育ててくれた人、存在のことだと思っている。生んでくれた人の記憶はまったくなく、そういう当たり前のことをわざわざ詳しく説明してくれる人も側にいなかったのだ。

「……ちょっと納得。でも、お前……それだと……そのほうが都合が良いのか。ふうん、なるほどね」

「何? 何が『なるほどね』なの?」

「いや、お前ってどこの何者って情報がないのじゃないかと思って。そうであれば手配のしようもない。まあ、顔を知られているという問題は消えないけどな」

 男の子については参加者として名前が乗っていないのではないかとレグルスは考えた。猛獣使いとしての登録も怪しいと。実際のところは分からない。顔を知られているという問題もそうだからといって解決しない。だが、利用できるのであれば利用するべきだとレグルスは考えた。

「……とりあえず、戸籍は登録してみるか。スカルとココの手続きのついでだ。もし二重登録になっても困ることは……税を負担する親はいないから平気。徴兵も、通知が届かないだろうからな」

 スカルとココの兄弟に戸籍はない。王国の法律では義務化されているが、国民にとっては税負担や徴兵義務などが増えるだけでメリットは何もない。登録していないことが知られると本人だけでなく家族も罰せられるので、仕方なく登録するのだが、それでも国民全員が登録されているわけではない。
 花街では、当たり前と言えるくらいに、そういう人がいる。稼げなくて店から見放された女性は、そういう手続きが必要なことも知らないまま、子供を育てている。店も登録を勧めない。それで納税を求められれば、負担するのは親ではなく店になるからだ。
 レグルスは花街を出たスカルとココを登録しようと考えている。身分証明を得られる以外にメリットは感じられないが、普通の人生を歩む上で、そういうことをきちんとしておくのも悪くないと考えたのだ。
 そのついでに猛獣使いの、と呼ぶべきかは怪しくなったが、男の子の手続きも行おうと考えた。これは完全に身分証明書目的だ。ないよりはあったほうが逃亡も楽。そう考えたのが手続きを行う理由だ。
 結果、男の子の王都脱出はその手続きを終えるまで待つことになる。その間は、酒場にこもりっきりだ。また酒場で暮らす子供が一人増えることになった。

 

 

◆◆◆

 模擬実戦訓練での襲撃事件から半月以上が経つが、未だにアリシアは立ち直れていない。アリシアは初めてレグルスが、彼女の視点だが、悪事を為す場面に遭遇した。だが、いざその場が訪れた時、何も出来なかった。レグルスは自分が止めると決意していたのに、何も出来なかった自分が情けなかった。
 そんなアリシアの落ち込みを知っても、キャリナローズは真実を伝えようとしなかった。レグルスとアリシアの仲を引き裂こうという悪意からの選択ではない。キャリナローズはレグルスの意思を尊重しているのだ。知られても良いことであれば、レグルス自らがアリシアに話すはず。だが彼はそれをしない。レグルスはアリシアに真実を知られることを望んでいないと考え、自分も沈黙を守ることにしたのだ。
 落ち込むアリシアに手を差し伸べたのはジークフリート第二王子。落ち込んでいなくても放っておかない彼だが、いつも以上に彼女のことを気にかけた。優しい言葉が、アリシアが抱える問題の解決になるわけではないが、それでも何とか支えになりたいという思いは通じる。二人の心の距離は、確実に近づくことになった。

「……おかしなものだな?」

 そんな二人の雰囲気を感じ取ったタイラーは、納得していない様子だ。

「なんだかんだで収まるべき形に収まるってことじゃないの?」

 一方でクレイグは、二人の関係が深まるのは当然の成り行きだと考えている。ジークフリート第二王子が求める形になれば、レグルスとエリザベス王女の婚姻が具体的に進むことになる。それぞれ相手を変えて、結びつくだけだと思っているのだ。

「俺が言っているのはそういうことではない」

「じゃあ、何?」

「襲撃事件でもっとも活躍したのはレグルスだ。あいつがいなければ事件は未遂で終わらなかったかもしれない。その功績がどうして称えられないのだろう?」

 タイラーはレグルスが子供を殺したことを悪事だと考えていない。子供だとしても王子を暗殺しようとした凶悪犯であることに変わりはない。早すぎる死を与えたことを責めるにしても、その相手はレグルスではなく、事件に巻き込んだ共犯者たちだと考えているのだ。

「なるほどね。そう言われればそうだ。恩賞を与えられてもおかしくない」

 事件の経緯はクレイグも知っている。調査が進んだところでその結果は、公にされることなく、関係者だけに届けられた。学院生であるクレイグたちにまで、それが明かされたのは、辺境伯家であるという理由だ。
 学院生たちの証言を集めた結果、最初に襲撃に気が付いたのはレグルスだと明らかになった。寝ている人たちを起こし、真っ先に襲撃者の撃退に動いた。これだけでも恩賞を与えられるに値する活躍だ。

「ジークのところに真っ先に駆け付けなかったのが問題視されたのではなくて?」

「そうなのか?」

「今のは私の想像よ。実際のところは知らないわ」

 レグルスの活躍が打ち消されるような問題。キャリナローズが思いつくのはそれしかない。自分の他には知らないはずの、襲撃犯を逃がしたという事実は別にして。

「それで恩賞はなしって……ちょっと器が小さすぎない?」

 クレイグはジークフリート第二王子の関与を疑った。これも想像だ。

「……最終的には陛下が判断することだろう。無に出来ない活躍だとご判断されると思うが」

 恩賞を与えるかどうかの最終判断は国王が行う。仮に、恩賞についての決裁伺いがあがってこなかったとしても、事件の詳細は報告を受けるはずだ。それを聞けば、レグルスの活躍は明らかだとタイラーは思う。

「ああ、別の可能性もあるね?」

「それは何だ?」

「レグルスが断った可能性」

「……それはあるな。あの男はどうしてそうなのだろうな?」

 レグルスが恩賞を断ったというのはクレイグの勝手な想像。何の証拠もないものだ。そうであるのにタイラーは、それが正解であるかのように話している。いかにもレグルスがやりそうなことだと思ったのだ。
 実際はそういうことではない。たんに調査が、王国が納得するところまで進んでいないので、恩賞などを検討する段階ではないというだけだ。
 撃退した。襲撃犯は皆死んだ。これだけでは王国は終わらせられないのだ。

 

 

◆◆◆

 王国が掴んでいるのは表面的な事実だけ。全ての襲撃犯を洗い出せたわけではなく、暗殺の動機も分からない。事は終わったと判断できる情報は、何もないのだ。
 そのような状況なので、事件の情報公開は限定的なものにされている。王子暗殺未遂などという世間を不安にさせる事件を、わざわざ広く知らしめる必要性などないが、知らせておくべき有力者はいる。ようやく関係者以外のそういった人たちにも情報が伝った段階だ。

「……生存者なしで事件の全容はいまだ不明ね」

「はい。この先も調査は進まないだろうというのが、正直なところのようです」

 王国の調査担当は、真相究明は難しいと考えている。だがまだそれを言って許される段階ではないのだ。

「正体不明の襲撃犯か……未遂で防げたのを幸運に思うべきかな?」

「ブラックバーン家の公子がその場にいたのが幸運だったと言う者もいます」

 不幸中の幸いと言えるのは、レグルスの存在。公にはまだ認めていられないが、調査に関わっている人の中には、彼の活躍をすでに高く評価している人もいる。

「ブラックバーンの公子……それは、レグルス・ブラックバーンのことかな?」

「まだ、ご存じなかったですか? 早い段階で襲撃を察知しただけでなく、襲撃犯を討つにも彼の力がかなり大きかったようです。出来損ないと言われていた公子が、と驚かれています」

「……そう。あの彼がね。確かに驚きだね?」

「今、お話し出来るのはこの程度。ほとんど情報らしい情報がない状態での報告となったことをお詫びいたします」

「いや、わざわざありがとう。陛下にも御礼を伝えてください。ああ、我が父の言葉としてね?」

「はっ」

 報告を終えて部屋を出て行く使者。その姿が廊下に消え、ゆっくりと扉が閉まる。それを待って男は席を立ち、窓辺に移動した。
 窓の外は夜の闇に包まれて、ほとんど何も見えない。その何も見えない景色を、じっと見つめている。

「……レグルス・ブラックバーン……何を考えている? 君はこちら側の人間のはずだよ?」

 呟かれたこの言葉も、夜の闇に消えていった。

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