月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第71話 静かに暮らしたいと思っているのに

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 強くあらねばならない。これはタイラー本人の意思であるが、義務でもある。タイラーは南方辺境伯家、ディクソン家の後継者として、強くあることを求められている。四辺境伯家の中でもディクソン家は特別、個人の武勇を尊ぶ家風なのだ。
 常に前線に立って味方を鼓舞する。ディクソン家の戦い方は初代からずっとそういう在り方だ。それが伝統として守られている。だから南方辺境伯家軍は強い、と評されるのだが、良いことばかりではない。
 ディクソン家の人間は戦死が多い。前線に身を置いているだけで危険であるのに、それが総大将だとなれば、狙い撃ちされることは珍しくない。珍しくないどころか、南方辺境伯家軍との戦い方はそういうものだとして、周知されてしまっているくらいだ。
 そうであるのだから戦い方を改めれば良い、とはならない。自分が伝統を打ち壊すことには誰もが抵抗を感じる。それを恥じてしまう。恥を晒すよりは死を。こんな風に考えてしまうのだ。
 それが子や孫、さらに先の家族まで死に近づけることになると分かっているはずなのに。

「近頃、他家と鍛錬することが多いようだな? どうしてだ?」

 南方辺境伯家の当主は他の守護家の誰よりも強くあらねばならない。強いという尺度はこれにある。それに何の意味があるのか、などということを問う者もいない。ディクソン家においては。

「自らを高める為に必要だと考えました」

「競い合うことでか……まあ、結果として一番であれば良い」

 タイラーの父は、本音かどうかは本人しか分からないことだが、強さへの拘りが強い。ディクソン家の価値観に凝り固まった人だと、タイラーは思っている。

「その為の努力を惜しんでいるつもりはありません。今よりも遥かに強くなります」

 目指すところは王国最強、さらに世界最強。タイラーは遥か高みを目指している。父親についてどう思っていようと、この気持ちに嘘はない。

「期待を裏切るなよ? 兄のようになりたくはあるまい」

 タイラーの兄は期待に応えられなかった。そんな兄を、父親でありながら、南方辺境伯は容赦なく切り捨てた。タイラーはその兄の代わりに後継者となったのだ。

「……兄上には申し訳ないが、比べられたくはありません」

 この言葉は嘘だ。タイラーはこんな風には思っていない。兄を、公式には兄ではなくなった人を、侮辱する気持ちなど、欠片もない。
 だがその想いを口にすることは出来ない。父親がそれを許さない。

「他家で気になる者はいるのか?」

「……守護家ではありませんが、アリシア・セリシールという女性は才能豊かだと思っております」

「……ああ、少し話を聞いておる。騎士どももそれなりに評価していたな」

 アリシアの名を聞いた父親の表情が曇る。守護家の誰かに負けるのは気に入らないが、守護家以外の者が強いというのも受け入れられないのだ。

「技術面ではまだまだですが、この先の成長が楽しみです」

「……女の身で、強くなる為に頑張って何の意味がある? どうせすぐに結婚するのだろ?」

「騎士の道に進むものと思われます。もちろん、ずっと騎士であり続けるわけではないでしょうが」

 はっきりと聞いたわけではないが、そうであるとタイラーは確信している。父親と同じ考えを持つのは嫌だが、すぐに結婚する身で、あそこまで自分を鍛えるとは思えないのだ。

「それを家は許すのか?」

「婚約者であるレグルスが許せば、それで良いのではないですか?」

 婚約者であるレグルスが許せば、それで実家も文句は言えない。言えるはずがないとタイラーは思う。

「レグルス……ブラックバーン家の出来損ないか……ふむ……」

 レグルスの名を聞いた父親は、苦々しい表情を浮かべている。

「……レグルスについて何かご存じなのですか?」

 それは「出来損ない」と蔑む気持ちからの表情ではないとタイラーは感じた。もっと複雑な感情からの表情だと思った。

「何か知っているかと聞かれれば、何も知らないと答える」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味だ。何も分かっていることはない。少し気になることがあって調べさせようとしたが、それは出来なかった。邪魔者がいたようだ」

 南方辺境伯家もレグルスを調べようとしていた。それは、何かあると疑った証なのだが、それについては父親は語ろうとしない。息子であっても必要最小限のことしか伝えない。タイラーがまだ学生だということもあるが、もともと多くを自分の中だけでとどめておく人物なのだ。

「邪魔者ですか?」

「どこの誰かは話せん。確証はないからな」

「そうですか……」

 これだけでは何も分からない。調査を誰がどのように邪魔したのか、まったく分からない。考え付くことはあっても、その中のどれが事実なのか、絞り込む材料がないのだ。

「……学院の様子で気になることはあるか?」

「一人、別の道を進んでいるという感じですが、それ以上のことは何も。クラスも違い、実技授業でも別グループ。接点がないのです」

「そうか……そんな感じか」

 父親は明らかにレグルスを気にしている。それは、まず間違いなく自分とは違う理由だとタイラーは思う。個人の強弱だけで、このような反応を見せるとは思えないのだ。

「……何か確かめるべきことはありますか?」

「……いや、ない。余計なことに気を取られることなく、今は強くなることだけを考えていろ」

「分かりました」

 そう言われても、気になるようにさせたのは父親だ。辺境伯本人でも、次期後継者であるレグルスの父親でもなく、レグルスを気にするのは何故か。南方辺境伯である父親が気にするだけの何かがレグルスにはあるのだ。

 

 

◆◆◆

 仕事を受けた時は、くだらない内容だと思った。そうであっても断ることは出来ない。そんな度胸はなかった。組織の長に隠し事をするよりも、仕事を拒否することのほうが自分の為にはならないと思ってしまった。
 その判断の是非は今も分からないが、くだらない仕事という評価については間違いであったとすぐに思い知らされることになる。良家のお坊ちゃまの暮らしを探るだけ、なんて理解は大間違いであった。王国の諜報組織で働く自分が監視対象を見失ってしまうという、あり得ない事態に何度も陥ることになったのだ。
 今もそうだ。路地を曲がったところで、監視対象を完全に見失ってしまった。見失うはずのない場所で、それは起きた。
 自分はまだ状況を正しく理解していなかったのではないか。こんな思いが浮かんでくる。これまで見失ったのは偶然が重なっただけ。そう思っていたが、それは間違いだったのではないか。相手が、自分よりも優れた技量を持っている可能性。これを初めて考えた。

「っ……!」

 ようやく正しい認識を持った彼だが、それは少し遅かった。背後に感じて気配。それが誰のものか確かめることなく、大きく跳んで間合いを空ける。
 一度跳んだだけでは止まらない。相手を視認出来る位置を取る。それを試みた彼であったが、それは叶わなかった。後頭部に受けた衝撃で動きが鈍る。そこにさらに追撃を受けて、完全に動きが止まってしまった。

「…………」

 薄れゆく意識。歪む視界に入ったのは、間違いなく監視対象、ブラックバーン家のレグルスだった。ただ、あり得ない事実に驚く時間はなかった。意識はそこで途切れてしまった。

「……戦闘力はたいしたことないな」

 気絶した相手へのレグルスの評価はこれだ。

「戦闘力以前の問題だと思いますけど?」

 その評価にエモンが異論を唱える。背後を取られて気付かない時点で勝負はついていた。反撃出来なかったのは、戦闘力以前の問題だとエモンは考えている。実際にその通りだ。

「誘いだと思ったけどな……攻撃をまともに受けたのでは誘いにならないか」

 相手が何者かはまだ分かっていないが、諜報の専門家だとレグルスは考えている。そうであれば、もっと手強いと思っていたのだ。

「こちらの追跡に失敗している時点で、未熟であるのは間違いありません。その程度の実力ということです」

「思い違いか……そうなると誰だ? あっち関係がまだ残っているのかな?」

 調べさせているのはサマンサアン。ミッテシュテンゲル侯爵家の諜報組織に所属する人間だとレグルスは考えていた。だが、実力からそうではないように思える。そうなると残る心当たりは教会。教会が、エモンのような個人で仕事をしている人間を雇って、送り込んだ可能性しか思い浮かばない……間違いだ。

「どうするのですか?」

「……予定通り、家で調べさせよう。何者か分かってからの後始末も丸投げしてしまえば良い。こっちはしばらく静かに暮らしていたいからな」

 捕らえた男が何者であるかは、ブラックバーン家に調べさせようとレグルスは最初から思っていた。ブラックバーン家にも諜報組織はある。その組織であれば、どこの貴族家の所属か調べる方法を知っているのではないかと考えたのだ。
 だが捕らえた男は貴族家に仕える人間ではなさそう。実家を頼る必要はないと思ったのだが、すぐに思い直して予定通りに処置は任せることにした。
 自分が始末することで、さらに事態が大きくなるようなことは避けたい。しばらくは揉め事を避け、鍛錬や普通の仕事に専念していたいとレグルスは考えているのだ。

 

 

◆◆◆

 王城の執務室。国王が座る机の前で、土下座をしているのは王国の諜報組織を任せられている長だ。本人は狙っているわけでなく、真剣に謝罪しているのだが、土下座なんて習慣のないこの国で、そのような真似をされると国王も怒るよりも戸惑ってしまう。

「もう良い。立って、詳細を説明してくれ」

「……はっ」

 国王の言葉を受けて、顔を上げ、床から立ち上がる諜報部長。

「ブラックバーン家から送りつけられてきた部下は、レグルス・ブラックバーン殿を調べておりました」

「彼か……調べるに値する何かがあったということだな?」

「いえ。命令もないのに調査をしておりました」

 諜報部長が言う「命令」は自分自身が行うもの。それに限定しての回答だ。

「……もしかして、ジークか?」

 諜報組織に属する者が自分の考えで、そのようなことを行うはずがない。そんな勝手な真似は許されない。そうであるのに、長の命令なく行動を起こしたのは、別に命じた者がいるから。
 すぐに国王はジークフリート第二王子のことが頭に浮かんだ。レグルスの素行を調べるように進言してきたことがあるのだ。

「はい。密命だと告げられ、私にも報告することをしなかったと部下は申しております。疑いの気持ちがあったことも認めました。ただ、万一、密命が本当であった時のことを恐れたと言い訳しております」

「なんということを……ジークは何を調べさせようとしていたのだ?」

 諜報部を勝手に動かすなど許されない。国王だけが持っている権限なのだ。それはジークフリート第二王子も分かっているはず。分かっていてそれを行った理由が国王は気になった。

「命令としては、行動を見張り、悪事を行っているであれば、その証拠を掴めというものです」

「……それで? 何か掴めたのか?」

「いえ。怪しげな行動はあったものの、詳しいことは何も分かっておりません。組織の掟、いえ、規則を破るような愚かな部下。実力もそれに見合ったものであったようです」

 規則違反が許されないのは、もちろんだが、そこまでして何も掴めていないということが諜報部長としては腹立たしい。諜報部で働く資格のない未熟者だと考えている。

「それはそれで問題だな」

 国王も同じ思いだ。アルデバラン王国を支える諜報部員が、まだ学生の公子相手に何も成果をあげられないような実力ではは困るのだ。

「申し訳ございません。その者は里に返して、一から鍛え直します」

「それが良いな。何も情報を得られなかったのは仕方がないとして、ブラックバーン家は何故、その者を無事に返してきた?」

 ブラックバーン家そのものの情報収集は、ずっと以前から、それこそ何代にも渡って行われている。相手もまた同様だ。決して表沙汰になることのない影の戦い。その戦いの中、闇に葬られた者は何人もいる。捕らえた間者を生かして返すことなど、まずないのだ。

「はっきりしたことは分かりません。推測としては穏やかな警告といったところではないかと考えます。砕けた言い方を致しますと『この辺で終わらせておかないか』というような意図ではないかと」

「大事にしたくない……探られては困る何かがあるのかもしれないな」

「はい。ただ、ご命令とあれば動きますが、警告を無視するからにはそれなりの覚悟が必要と思われます」

 「これ以上、手を出すな」と言われているのに、さらに調査に踏み込めば、それは喧嘩を売っているようなものだ。ブラックバーン家もそれなりの人数をかけて対抗してくる可能性がある。王国諜報部が負けることはないが、争う価値があるかについては、諜報部長は疑問に思うのだ。

「覚悟か……ブラックバーン家との関係を悪化させるのは良策ではないが……」

 レグルスについては国王も気になっているところがある。今回、ある程度の情報を得られていれば、それで満足だったかもしれないが、そうではないのだ。

「レグルス殿で明らかになっているのは、ブラックバーン家と距離を取っているという点です。何やら商売をしているようですが、それもブラックバーン家としてではなく、レグルス殿個人で行っていることと思われます。これをどう考えるかではないでしょうか?」

 レグルス個人の行いを調べることにどれだけの価値があるか。ブラックバーン家が関わっていないのであれば、得られる情報に価値はない。こう考えることが出来る。それとは逆に、ブラックバーン家の力を使うことなく何かを成し遂げるとすれば、その情報は入手しておくべきだという考えもある。諜報部長にはどちらかを選ぶことは出来ない。選択出来るのは国王だけなのだ。

「……色々と気になる噂はあるが、今は良かろう。彼には指示あるまで関わらないように」

「はっ。ご命令を徹底致します」

 二度と国王の命もないのに部下が動くような事態を起こしてはならない。それが起きては、諜報部の信用が揺らいでしまう。様々な情報を得られる立場の諜報部は、国王の信頼を損ねるような真似は絶対に行ってはならない。国王に疑われるような事態になれば、組織だけでなく、一族の存在まで危うくなってしまう。諜報部長はこれを理解しているのだ。

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