月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第64話 仕事は最後まで手を抜きません

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 レグルスたち『何でも屋』は店舗を移転した。教会騎士団長を襲撃した酒場がその場所だ。襲撃を成功させる為の舞台として、潰れる寸前だった酒場を買収したのだが、それだけで捨てるのは勿体ない。そんな流行らない酒場なので買い手や借り手もすぐには見つからないという事情もある。そして何より、事は全て終わったわけではない。一度襲撃を受けた店舗を使い続けるリスクを避けることにしたのだ。

「そうだとしても、経費掛け過ぎじゃない?」

 ジュードの口からこんな言葉が出る。もともと商売には何の興味もなかった彼だが、門前の小僧ではないが、自然とこういうことが気になるようになったのだ。

「大丈夫。報酬はまだ前金を貰っただけ。残金を加えれば、今回の依頼はかなりの黒字だ」

「その残金ですが、本当に支払われるのでしょうか?」

 ジュードよりもさらに商売に興味がないオーウェンも話に加わってきた。ただ聞いているだけでは退屈というのもあるが、オーウェンの場合は事態の結末を気にしてのことだ。

「支払わなければ契約違反」

「教会内の争いに勝てなければ、契約も何もないのではありませんか?」

 まだ教会騎士団長とその部下を排除しただけ。教会内にいるはずの黒幕は健在だ。それでは秘密を守りきれたとは言えない。今回の件を受けて、その黒幕が強硬手段に出る可能性もある。

「それはロイ殿の仕事。任せるしかないな」

「その任せている相手は、勝者になれるのですか? 彼は司祭でもないはずです」

 ロイは教皇の側近くで仕えているというだけで、教会組織での権限は何もない。そんな彼がどうして勢力争いに勝てると思えるのか、オーウェンに理解出来ない。黒幕はどう考えても、教皇の座を狙う人物。それくらいの高位にいる相手なのだ。

「別に位階だけが力じゃない。それに権威という点では、ロイ殿は最高位の教皇の権威を使える。虎の威を借る狐ってやつだ」

「何ですか? その虎のなんとかは?」

「バンディーに教わった。力のない者が強い人の権威に頼って威張ることの例え」

「それは……少し失礼ではありませんか?」

 ロイに対する悪口にしかオーウェンは聞こえない。彼は、ロイに不安を覚えていても、こういう失礼な物言いは受け入れられないのだ。

「力のない人にはそういう手もあるってこと。実際にそういう人がいて、それを正面から咎められる人がどれくらいいる? 多くの人は不満を抱えたり、馬鹿にしたりしながらも黙っている」

「……そうかもしれませんが」

「その間に本当の力を得れば良い。例えば、教会騎士団長を失った騎士団は今、どうなっているだろう? 次に騎士団になる人物は、どこを向く人物か? 黙って見ているだけの人が増えれば、それだけ隙が生まれる」

 元々のロイでは何も出来ないとレグルスも思っている。だが彼は権力争いに勝つと言った。「まさか」を起こすと言葉にしたのだ。

「教会騎士団を味方に?」

「一時的にであれば、それほど難しいことじゃない。教皇に忠誠を向けている人物。野心はあるが、現実には厳しい立場の人間でも良い。そういう人物を教皇の名を使って、引き立てる」

「……教皇の権威と教会騎士団の武力。それがあれば、思いのままですか」

 教会騎士団を味方につけられるのであれば、確かに勝てるかもしれない。オーウェンもそう思った。

「甘い。それでは敵対勢力を黙らせて終わりだろ? それに今回の件では、黙らせることが出来るかは怪しいものだ」

「まだ何か?」

「少しは考えたらどうだ? じゃあ、質問。王国の官僚で、いや、お前の場合は王国騎士団のほうが良いか。王国騎士団で一番強い部隊はどれだ?」

 ただ言われたことを行うだけの部下をレグルスは認めない、ということではなく、たんにこういうやり取りが好きなのだ。アリシアがリサだった当時は、内容は異なるが、お互いの考えを伝えて、鍛錬方法などを生み出していた。それと同じだ。

「王国騎士団で最強の部隊ですか……それはやはり、騎士団長直属の」

「はい、駄目。頭が武力から離れていない」

「武力以外の強さですか?」

 そう言われてもまだオーウェンには思いつくことがない。ただこれは仕方のないことだ。今のオーウェンは騎士として、戦士として成長することが一番。それ以外のことを考えている余裕はないのだ。

「答えは監察部」

「はっ?」

 監察部は団内の規則違反や不正を調べる組織。騎士団の組織であるので騎士という肩書になっているが、実態は文官のようなものだ。それこそ問題を起こして、左遷された人物がいたりする部署なのだ。
 そんな部署が最強であるはずがないとオーウェンは思う。

「監察部には捜査権。そして罪が見つかった場合の告発権がある。その権限に逆らえる者は王国騎士団にはいない。騎士団長であっても、規則上は受け入れなくてはならない」

「……それは……いや、しかし、それは利用するものではなく……」

 監察部の権限を力と表現することにオーウェンは抵抗を感じる。監察部のそれは、不正を暴くための権限であって、今話しているような権力争いに利用して良いものではないのだ。

「……王国歴の十年代、連戦連勝だった将軍が軍費の私的流用および敵兵士の虐殺で罪に問われて、失脚した」

「それが何か?」

「だが将軍がいなくなった後の王国は連戦連敗。将軍は恩赦されて、戦場に復帰した。それでまた戦況は逆転。王国は勝利を確定させた。その後、その将軍はどうなったと思う?」

「……戦勝の功績で……違うのですか?」

 戦勝の功績を称えられ、何らかの恩賞を与えられた、なんてことであれば、レグルスがこんな聞き方をするはずがない。

「また新たな罪を暴かれ、失脚。以後、軍に戻った記録はない。さて、これは監察部が正義なのかな?」

「違うと考えられているのですね?」

「違うという証拠は何もない。それからおよそ五十年くらい後から、辺境伯家の力が脅威とみられるようになった。辺境伯家の嫡子が王都で暮らすことを義務付ける王都出仕制度が定められたのはその少し前」

 さらにそれから五十年後のことを語り出したレグルス。オーウェンは、彼が何を言いたいか、まだ分からない。

「さて、この五十年をどう考えるか? 半世紀も後のことだから無関係? それとも、恐れを抱いた辺境伯家が目立たないように力を蓄えるにはそれだけの時が必要だったと考えるか」

「…………」

 常勝将軍の失脚を辺境伯家はどう見たか。次は自分たちかもしれないと恐れを抱き、そうさせないだけの力を蓄えようと考えたのではないか。レグルスはそんな推測をしている。この事実は、当時の国王が監察部を利用して、自らの存在が霞んでしまうほどの功を為した将軍を失脚させたものと。
 本人が言った通り、証拠は何もない。歴史の裏に、そういう可能性もあるというだけのことだ。

「話が本筋から離れたな。言いたいのは、位階や職位に関係なく行使できる権限があるということ。ロイ殿が教会組織の序列で下のほうであろうと、やれることはある」

 教皇の権威、教会騎士団の武力、それを背景に新たな権限を手に入れる。位階に関係のない権限を。それに成功すれば、事を終わらせることは出来るとレグルスは考えている。

「……それをロイ殿にも教えたのですね?」

「勝ってもらわないと報酬を満額貰えないからな」
 
「……そうですね」

 それが本当に成功したら、それを考えたレグルスはどうなのかとオーウェンは思う。素晴らしいと称賛する気にはオーウェンはなれない。怖ろしいという思いが湧いてしまうのだ。

「さて、さらに話を戻そう。悪い、待たせたな」

「……いえ」

 レグルスが話しかけたのは、花街で暮らす男。レグルスに父親を殺され、生活が困窮しているから雇えと言ってきた男だ。教会騎士の襲撃を受けて、曖昧のまま終わっていたその件を進める為に、レグルスはこの場所に来ていたのだ。

「職場はここ。接客とか後片付けとか」

「はい。分かりました」

「雇う条件は、ここで見たことは見なかったことにすること。聞いたことも聞かなかったことにすること。見聞きしたことを絶対に話さないこと。雇い主の俺とバンディー以外には」

 酒場での仕事であるが、それだけではない。「何でも屋」の店舗でもあるのだ。依頼主の秘密は絶対に守らなければならない。それに秘密はそれだけではない。今レグルスが話していたようなことも、口外は許されないものだ。
 この契約を守れるか。雇われた男はずっとそれを試されることになる。守れなければ、待っているのは死だ。それは元店主も同じだ。

 

 

◆◆◆

 教会の正式名称は聖パンティオン教会。あらゆるものに神は宿る、あらゆる事象は意思持つ存在の行い、といった考えを基とする多神教だ。いつ頃、教会が生まれたのかは明らかではない。聖パンティオン教会は、小国乱立の時代に、いくつもの国の宗教が統合されたもので、その成り立ちには諸説ある。どの国の、もしくは部族の宗教が原点かも分からないないので、はっきりしたことは何も分からないのだ、という設定だ。
 はっきりと分かっているのは統合されたそれが戦乱の中、また分裂したこと。分裂といっても中身はほぼ同じ。アルデバラン王国では聖パンティオン教会と呼ばれているが他国では別の名称を名乗っている、程度のことだ。
 そうせざるを得ないほど国家間の対立は激しく、その状況の中で、国をまたいだ活動が許されるほどの力が教会にはないということだ。
 アルデバラン王国における聖パンティオン教会はアルデバラン王国の王都を総本山としている。それ以外に四方を管轄する支部があり、東であれば聖パンティオン教会東方支部となる。
 その東方支部の最高責任者、ヨハン司教は近頃、不機嫌だ。もともと愛想の良い人物ではないのだが、少し前が、彼らしくない上機嫌さであったので、周囲の人々には、今の不機嫌さが際立って感じられるのだ。

「王都から何か連絡は届いていないか?」

 部屋に入って来た世話係に問いかけるヨハン司教。ヨハン司教が不機嫌なのは、待ち望んでいる報告がなかなか届かないから。それは王都から届けられる予定なのだ。

「連絡ではありませんが、王都から監察官がお越しです」

「監察官? 何者だ、その監察官とやらは?」

 ヨハン司教は『監察官』という役職を初めて聞いた。少なくとも教会組織にはない役職だ。以前は。

「王都から参りました監察官のロイと申します。お会いするのは初めてではありませんね?」

 部屋に入って来たのはロイ。彼はわざわざ王都からやってきていた。

「……知らん。許しもなく入室するとは無礼ではないか?」

 ヨハン司教はロイのことを覚えていない。彼にとっては、覚える必要のない相手だったということだ。

「それについては謝罪致します。ただ、部屋に入るのに許可が必要な立場ではないことは申しあげておきます」

「……監察官というのは?」

 そんな役職は知らなくても、監察という言葉は知っている。後ろめたいことがある人物にとっては、嫌な言葉だ。

「教会内での不正を調査する役目を担っております」

「そのような役職がいつ出来た? 私は聞いていない」

「それはそうです。調査対象に伝えては、隠蔽される可能性がありますので」

 監察官という役職は、ヨハン司教を調査する為に作られた役職。ロイの働きかけで、かなり強引に作られた役職なのだ。

「……私が何をした?」

 心当たりはある。だが、その件で調査に入られても困ることはない。困るのは教皇のはずだ。ヨハン司教はこう考えている。

「一般人の殺人未遂」

「な、なんだと? 知らん! 私がそんなことをするはずがない!」

 心当たりとは別の罪状。しかも殺人未遂など、まったく身に覚えのないことだ。想定外過ぎて、ヨハン司教は動揺してしまう。

「それについて、これから調査するのです。では、お願いします」

 ロイの言葉を受けて、部屋に入って来たのは教会騎士。十人の教会騎士が部屋に入ってきて、いきなり机や棚の中を漁り始めた。

「何をする!? 貴様ら、何の権限があってこんな真似をしているのだ!?」

 ここまで強引な調査も予想外のこと。司教という立場は教会では教皇に次ぐ地位。このような真似を、普通は、許す立場ではないのだ。

「監査官の権限で行われている調査です。邪魔をすると調査妨害という罪状が追加されることになります」

「貴様……証拠もなしにこんな真似をして、あとで後悔するなよ!」

「証拠はあります。教会騎士団長が証言しました。失礼、元、教会騎士団長ですか。今はそこのマーティン殿が騎士団長を任されております」

 この調査には新しい教会騎士団長も同行している。新任のマーティンとしては、なんとしてでもヨハン司教を有罪にしなければならない。自分の教会騎士団長という立場を正当なものにする為に。
 ロイはマーティンを騎士団長に引き立てることで、教会騎士団の力を背景に権限を手に入れた。あくまでも教皇が進めているという形にして。

「……まさか……猊下が、このような真似を」

 ヨハン司教は、何も聞かなくても、教皇の仕業だと考えた。そうでなくては教会騎士団長を交代させるなんてことが出来るはずがない。実際は教皇の名を借りただけで、混乱の中、どさくさに紛れてと表現しても良い状態で、ロイがそれを実現したなんてことは分かるはずがないのだ。

「元騎士団長は貴方の指示だと証言しております。直接、手を出したわけではなくても、いえ、命令を発したということのほうが重い罪に問われるでしょう」

「私は無罪だ」

「身の潔白を主張されたいのであれば、どうぞ。真実は調査の中で明らかになるはずです。では、ヨハン司教。王都までご同行をお願いできますか?」

 口調は丁寧であるが、拒否は許さないという強い意思が、ロイの視線には込められている。実際に、拒否されても強制的に連行するつもりだ。
 ヨハン司教には聞きたいことが山ほどある。これを機会に、野心を抱き、不穏なことを考えるような勢力は一掃してしまうつもりなのだ。自らの手を汚すことになったとしても、断固として、それを実行するとロイは覚悟を決めたのだ。

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