月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第60話 思いがけず生まれた想い

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 賑やかな音楽と掛け声が宴席の場を盛り上げている。桜太夫が座っているテーブルも大盛り上がり、というわけにはいかないが、とりあえずこの場を閉めることは見送られた。場の雰囲気はそれを許すものではなかった。
 ナラさんが「すっかり、アオの十八番」と言ったのは、大げさではない。実際にこの踊りでレグルスはいくつもの場を盛り上げてきた。客からリクエストされ、喧嘩などで花街にいる時だけだが、宴席の場に呼ばれるほどになっていた。
 今日の踊りは、これまでで最高の出来と言えるもの。その理由は、レグルスではなく、百合にある。凧というより蛸の顔を真似して踊るなんてことは、これが最後。太夫になれば許されない。レグルス、アオと踊れる最後の機会ということで、お道化にも気合が入っているのだ。

「……困ったな。懐かしい気持ちが切なさに変わってきた」

 その事情を知る人たちには、百合の頑張っている姿は切なさを感じさせてしまう。

「そんな風に言わないでください。百合は大丈夫ですよ。きちんと気持ちの整理が出来るはずです」

「そうだと良いが」

 ナラさんにとって百合は、アオと同じで十歳の時、実際はその前から会っている女の子。成長を見守ってきたという想いがあるので、気持ちが入ってしまうのだ。

「では、もう一つ秘密を教えます。アオのことを好きなのは百合だけではありません。朝顔も」

「ええっ……二人ともか」

 朝顔は百合と同い年で付き人をやっている。常に一緒にいる二人だ。

「百合が先に言い出したので、朝顔は隠していますけど、間違いないと私は思いますよ」

 その朝顔は楽しそうに踊っている二人を見つめている。笑顔ではあるが、その横顔に桜太夫は寂しさを感じている。桜太夫はずっと二人を見てきた。積極的な百合と大人しい朝顔。恋愛でもそのままの二人だと思っている。

「なんとも罪な男だな」

「……では、ナラさんに問題をひとつ」

「どうした、いきなり?」

 桜太夫がいきなり話を変えてきた。ナラさんはそう思ったが、そうではない。

「良いから答えてください。百合と朝顔、どちらが可哀そうですか?」

「どちらが? それは……難しいな。最後の機会を得た百合のほうが、いや、朝顔にはまだ可能性があるか。しかしな……」

 答えは出ない。どちらも報われない恋。どちらも可愛そうというのが答えであるようにナラさんは思う。

「正解は、どちらも可愛そうではない。相手がアオで良かったと私は思っています」

「アオは良い奴だが……」

「ほら、あれを見てください」

 一人座って見ているだけだった朝顔を、レグルスが誘っている。それに躊躇いを見せている朝顔。百合の邪魔をしてはいけない。そう思って遠慮しているのだ。
 だが、レグルスはそんな朝顔の手を引き、前に連れて行く。そこまでされると朝顔も拒めない。本当は一緒に踊りたかったのだ。

「あれが、答え?」

「アオは平等です。それはつまり、二人はアオにとって特別ではないということ。それを二人に分からせてくれる」

「……悲しいことではないと、太夫は思うのか?」

 それはやはり、報われない恋の辛さを二人に与えることになる。ナラさんはそう思った。

「諦められます。特別な人がいると分かれば、その人が自分も憧れるような素敵な人であれば、諦められます。私がそうでしたから」

「これは、とんだ告白だ。相手が誰かも私は分かってしまった」

 桜太夫の憧れの存在は、かつての百合太夫。そうなると好きだった人はマラカイということになる。

「かまいません。昔の話ですから。ただ二人の場合は、ひとつ問題があって」

「それは何かな?」

「アリスは、私にとっての姉さんのような存在になれるかしら? なかなか花街に顔を見せないから、二人との接点がなくて」

 アリシアが花街に来ることは、近頃はまったくない。リサであることが知られないように、花街から遠ざかっているのは桜太夫も知っているが、それでも少なすぎると思うのだ。

「ああ……その辺りの情報は私も詳しくない。アオは彼女の話は一切しないからな」

「少し心配しています。ただ、アリスがどうであっても、アオであれば二人が傷つくようなことにはならないと信じています」

「……アオだからな」

 桜太夫が言いたいことは、なんとなくだが、ナラさんにも分かる。百合と朝顔が、自分と似た想いをレグルスに持っていれば、失恋で傷ついたなんてことは考えることもないだろうと。

「またひとつ伺いたいことが」

 ここでまた教皇が割って入って来た。

「……花街のことでも太夫のことでも、ここで働く女性たちのことでもありません。彼の、アオ殿のことです」

 続けて教皇は何について聞きたいかを伝えた。桜田太夫のきつい視線が、問いへの拒否を示しているものだと気づいて、先ほどとは違う話であることを伝えなければならないと考えたのだ。

「……実は、彼と良く似た人物を私は知っております。だが、今日の彼は同じ人物とはとても思えません」

 桜太夫からの返事はない。教皇は、明確な拒絶がない間は話を進めることにした。

「なるほど。バウムさんが知るその彼は、きっと私が知るある人物のことでしょう。ですが私は、バウムさんのようには思いません」

 教皇が、教皇だとはナラさんは分かっていないが、レグルスを知っていてもおかしくない。レグルスに頼まれて、この席があるということだけでなく、ある程度の地位にある者で王都に暮らしているのであれば、北方辺境伯家の公子を知っていて当然。ナラさんはそう思って、こう答えた。

「そうですか……この場所に来る前、彼に色々な人が話しかけてきました。その人たちは、ナラさんが言うその人物のことは知らないのですか?」

「知らないでしょうな。花街ではどこの誰かなんて気にしません」

「……どこの誰かに関係なく、いや、だからこそ、あんな触れ合いが成立するということですか」

 北方辺境伯家の公子に対して、あのような態度を向けるはずがない。知らないからこそ、皆、親し気にレグルスと接するのだと教皇は理解した。

「私の勘違いかもしれないが、バウムさんは間違った考えをしている」

「何を間違いましたか?」

「彼が何者か知らないからではなく、彼という人物を知っているから、皆、あのように話しかけてくるのです」

 誰に対しても花街の人たちは、レグルスに向ける態度を見せるわけではない。誰に対しても愛想は良い。だがそれは商売の顔というものであって、素顔ではない。それをナラさんは知っている。自分に向けられる態度も、その多くは商売顔であることを分かっているのだ。

「……彼の何が人々を惹きつけるのでしょう?」

 魅力ある人物。教皇はそういう人に興味がある。自分もそうあらねばならないという想いがある。それはつまり、自分はそうでないと自覚しているということだが。

「何でしょうな? 太夫はどう思う」

 これについては自分よりも桜太夫が答えたほうが良いとナラさんは思う。花街の人たちの気持ちは、花街の人にしか分からないと思うのだ。

「……アオは痛みを知っているから。人を傷つけるより、自らが傷つくのを選ぶ子だと知っているから」

「……そうだな」

 レグルスの危うさを、彼を知る人たちは感じている。彼を傷つけたくないと思う。きっと百合と朝顔もそれを分かっている。自分が失恋して傷ついたと知れば、彼もまた傷つく。だから二人は強くいようと思う。強くいられる。桜太夫が「大丈夫」と言った理由の一つは、そういうことだとナラさんは理解した。

「……私が知る人物は多くの人を傷つけたと聞きました。これは間違った情報なのでしょうか?」

 レグルスが起こした大量殺人事件については、教会にも情報が届いている。守護家が知ると同じ程度の情報だ。

「……ナラさんは、きっと知りませんね?」

 教皇からの質問を無視して、桜太夫はナラさんに問いかけた。教皇相手にレグルスとワ組の抗争について話す気はない。桜田太夫にとって信頼出来る相手ではないのだ。

「……何の話だろう?」

「あの後、花街で問題が起きました。ワ組の関係者を非難する声が強くなり、花街から追い出そうという雰囲気が生まれたのです」

「それは、そうなるかもしれないな」

 花街では仇討ちを行ったレグルスを支持する声が圧倒的に強い。殺されたのがマラカイとかつての百合太夫、リーリエであったことも、支持者が大多数になった理由だ。
 そうなると二人を、リサも加えて三人ということになっているが、殺したワ組は完全な悪役。その関係者は肩身の狭い思いをしているだろうことは、ナラさんにも想像がついた。

「アオは、そのワ組の関係者に謝罪して回りました」

「なんだって……?」

「悪いのは自分だと。恨まれて当然だと、一軒一軒、一人一人に伝えていきました」

「どうしてそんな真似を?」

 実際に恨んでいる人はいるはずだ。息子を、夫を、父親を殺された人たちはレグルスを恨むだろう。仇討ちの仇討ちは、いけないこととされているが、それが起きてもおかしくない危険な真似を何故、レグルスが行ったのか。ナラさんには理解出来ない。

「きちんと聞いたわけではありませんが、自分が悪者になろうとしたのだと思っています。悪いのは自分だから、彼らを責めるのは間違っていると、私たちに伝えたかったのではないかと勝手に思っています」

「……アオらしい、というべきか」

「わだかまりが完全に消えたとは言いません。それでも花街の雰囲気は落ち着きました。当事者のアオにあんな真似をされては、他の人はもう何も言えません。彼らも普通に、いえ、生活の苦しい家庭は支援を受けられるようにもなりました」

「それも、アオだな?」

「ワ組の資産を分配して、そこからの上がりの一部を家族に配るように親分に願い出たそうです」

 ワ組はもともと花街の中でもっとも稼いでいた組。貯め込んでいた資金があり、所有していた店も別の組によって営業を再開させている。その収益の一部を遺族に渡す。もちろん働ける人は働いて、それが出来ない家庭だけに限った話だ。その条件で、他の組も納得した。

「人が嫌いなくせに、人に優しい。この点について、私がアオを理解出来る日は永遠に来ないのだろう」

「人を傷つける人は、それが自分であっても許せない。傷ついた人には底抜けに優しい。こういうことではないですか?」

「なるほど。少し理解出来た気がする」

 そうであれば人を傷つけるような真似をしなければ良い。そうすれば自分を傷つけることもない。だが、レグルスはそうしない。それについては、やはり、ナラさんは理解出来ない。

「……アオは汚れている。そして私たちも汚れている。アオはその痛みを知っている。私たちの痛みを理解出来る。汚れを、痛みを知らない人たちは理由もなく人を傷つける。だから私たちにはアオが、花街が必要なのです」

 この言葉は教皇に向けたもの。彼の問いに対する全ての答えだ。それだけでなく、汚れも痛みも知らない教皇が、無意識に花街を侮辱し、そこで働く人たちを傷つけてしまうことへの忠告も込められている。貴方には花街も私たちも理解出来ない、と言っているのだ。

「そういうつまらない話は今すること?」

「アオ……」

「雰囲気悪いからバウムさんも踊る? 無理か、じゃあ、クーヘンさん……クーヘンさん、どうして泣いている?」

「えっ?」「はっ?」

 テーブルの端に座っていたクーヘンは、レグルスの言う通り、泣いていた。この状況でどうして泣けるのか。桜太夫にもナラさんにも分からない。

「彼は、泣き上戸で」

 これは嘘。教皇には泣いている理由は分かっている。分かっているが、話せない理由なのだ。

「はあ……やっぱり、バウムさんが踊ります? 見ているだけでは楽しさは分かりませんよ?」

「……見ているだけでは、人の痛みも分かりませんか?」

 自分はその見ているだけの人。桜太夫の言葉を教皇は理解していた。

「つまらない話が好きだったのか。じゃあ、続けてください……ちなみに、腹を押さえているからといって腹が痛いと決めつけるのは間違い。腹を抱えて笑っているのかもしれませんよ?」

「……確かにそうですね」

 花街で生きる人たちを可哀そうだと決めつけるな。そう言われているのだと教皇は理解した。その通りかもしれないと思う。花街やそこで生きる人たちのことを理解出来たわけではない。それでも、この場所で人々は笑っている。その笑顔を本物だ。彼らのような笑顔を見せられたのは、いつのことか。教皇は思い出せない。そんな自分は彼らよりも恵まれているのか。この問いの答えは、今の自分には出せないと教皇は思った。

 

 

◆◆◆

 花街での時間をどう考えれば良いのか。帰りの馬車の中で、教皇は考えている。孫に会えた。打ち解けるにはほど遠い雰囲気であったが、それでも会うことは出来た。それで満足するべきだ。
 今の境遇から救ってやりたいという思いが、花街に行く前にはあった。金でどうにかなるのであれば、簡単ではないが、なんとかする。こう考えていた。
 だが、それは必ずしも正しいことではないと分かった。金だけでどうにかなる問題ではない。花街を出て彼女はどう生きるのか。それを支援することは、自分には出来ない。
 帰りにナラさんが教えてくれた。「貴方の考えは全てが間違いではない」と言ってくれた。桜太夫は恵まれている。店主は良い人物で、父親のような目で働く女の子たちを見守っている。出来るだけ、彼女たちの良いようにと考えてくれている。
 だが花街の店主の全てがそういう人ではない。女性を金儲けの道具としか見ない人もいる。そういう店で働いている女性たちの中には、とにかく逃げ出したいと思っている人もいるはずだと。実際に行動を起こし、失敗し、さらに酷い目に遭わされている女性たちもいるのだと。
 花街には光も闇もある。そういう場所なのだと教えてくれた。

「それを教えられても、私には何も出来ない」

「教皇様?」

「ロイ、教皇とは何なのだろう? 彼は人々の近くにいる。だが私は……」

 綺麗な聖衣を身にまとい、人々の目に触れることのない教会の奥で毎日を過ごす自分。たまに外遊を行うことはあっても、そこは綺麗に飾られた場所。恵まれない人たちに神の祝福を届けると言いながら、その人たちの手には何が届いているのか。聖衣が汚れることのないその場所にいる人たちは、本当に救いを求めている人たちなのか。考えてはいけないことまで、頭に浮かんでしまう。
 孫を一目見たい。その欲求だけで実現したあの場は、教皇に想定外の想いをもたらすことになった。

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