月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第54話 あやふやな未来を憂う

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 七月に入り、あと一学年も残すところ二か月。八月は休みなので、同級生と共に過ごせる時間は一か月しかない。この事実に感傷的になる学生はいない。二年生になってもクラスは変わらない。夏季休暇を終えれば、また一緒に過ごす時間が始まるのだ。
 そうであってもアリシアには思うことがあった。あっという間の一年であったことを考えている。振り返ってみれば、そう思えるものだ、という感傷的なことではない。一学年で起きるはずのイベントが起きていない。これを考えているのだ。
 予定通り、虐めはあった。それなりに辛いものではあった。だがその期間は考えていたよりも、かなり短く、虐めの内容も思っていたよりエスカレートしなかった。これで良いのかと思ったのだ。
 苦労が多い分、得るものは大きい。そうであるなら苦労が少なかった結果、得るべきものを得られていない可能性がある。これを彼女は心配している。それがバッドエンドに繋がることを恐れている。

(……ジークフリートとの関係は……悪くはない。自惚れではなく、私次第って感じだと思う)

 アリシアは鈍感主人公を装う気持ちはない。その必要性を感じない。ジークフリートは間違いなく自分に好意を持っている。それは間違いない。あとは自分がどれだけその気持ちに応えるか。それによって物事は進展するはず。この点に関しては、問題ないと判断している。

(サマンサアン……過激さは想像以上。でも、あれ以降は静か……いや、あれ以上、過激なことは出来ないよね?)

 サマンサアンは自分の命を狙ってきた。暗殺を試みてきた。これは想定外の過激さ。出会って一年も経っていない状況で、どうしてそこまで恨まれたのかアリシアは分からない。こう考えると、事は想定以上に進んでいる、ということになる。
 これが物語にどういう影響を与えるのか。考えても答えは出ない。アリシアは主人公として転生しただけで、世界をコントロールしているわけではない。ハッピーエンドとバッドエンドを、自由に切り替えられる力などないのだ。

(ああ、そういう意味で、ジークフリートも予定以上に、先に進んでいるのか)

 ジークフリートの自分に対する好意も、予定以上に大きくなっているのではないかとアリシアは考えた。ジークフリートの自分への好意の大きさと、サマンサアンの嫉妬から来る嫌がらせの過激さは比例する。こう考えると、両方が予定以上に先に進んでいると考えて間違いない。

(予定より遅れているのは私の成長だけ。これは問題よね)

 アリシアはこの先、多くの戦場に立つことになる。大小様々な、敵も様々な戦場だ。それを全て勝ちきるだけの力が必要。必要な力を身につけていないというのは大問題だ。主人公死亡で、早々にバッドエンドという可能性もある。

(成長系イベント……二年になってからの実戦訓練か。強いのかな?)

 野獣相手の実戦訓練も、ただでは済まない。何故か、予定よりも多くの野獣が集まり、何故か暴走する。その騒動を収める役目を、アリシアは負っている。
 だが、それが身になるイベントかとなると、少し疑問が湧く。すでにアリシアは猛獣相手に実戦を経験している。それ以上の経験になるのかと思ってしまうのだ。

(いや、なるでしょ。そうじゃないとイベントの意味が……いや、でも楽にイベントをこなせる力があるというのは良いことで……)

 本来のゲームストーリーよりも、もしかすると自分は成長しているのではないか。楽観的な考えは駄目だと自分を戒めてみても、この思いは消えない。予定されているイベントを、楽にクリア出来る力があることは悪いことではない。自分の命がかかっているとなれば、ぎりぎりの状況を楽しむ気にアリシアはなれない。

(なんだろう? 予定通りじゃない。何もかもがゲームと同じってのも嫌だけど……不安が消えない)

 これで良いのか。このまま先に進んで大丈夫なのか。楽観的に思ってしまうほど、成長を感じられているとしても、それと不安がなくなるのは別。ストーリーから大きく外れることは、ハッピーエンドを迎えるはずの主人公である自分の運命が変わること。この考えが、アリシアに不安を抱かせる。

(ああ……思い出しちゃった。考えたくないのに)

 ハッピーエンドの邪魔をするのはサマンサアンだけではない。レグルス・ブラックバーンも、彼のほうがサマンサアンよりも大きな障壁になる。
 アリシアはこれについては考えたくない。アオが敵に回ることを想像したくない。この部分については、心からストーリーが変わって欲しいと思う。だがそうならない時は。
 はたして自分はレグルス・ブラックバーンに勝てるのか。一対一の戦いだけでなく、彼の謀略を打ち破れるのか。

(何をするかはおおよそ分かっている。でも、ストーリーが狂ってしまっているとしたら……)

 レグルスの手の内は分かっている。アリシアが知るストーリー通りに、この先、進むのであれば。まったく楽観視は出来ない。すでに狂いが生じているとアリシアは感じている。いつ、何が起こるか分からない。こう考えるべきだ。

(……聞けば教えてくれるかな?)

 不安が、アリシアの思考を極端な方向に振ってしまう。アオなら悪だくみも全て教えてくれるのではないか。こんな馬鹿なことを考えてしまう。
 間違いないことだと頭では分かっていても、アオとレグルス・ブラックバーンを未だにアリシアは同一視出来ないでいる。絶対に信頼出来る味方であるアオと、絶対的な敵であるレグルス・ブラックバーンを分けて考えてしまうのだ。

(……アオも強くなっているのかな? なっているよね。あのアオだもの)

 レグルスの実力をアリシアは把握出来ていない。グループが違うので、分からないのだ。だが、最下位グループにいるからといって、自分よりも成長が遅いなんてことはないと彼女は思う。きちんと理由があってレグルスは最下位グループを選んでいる。遠回りしているようで、確実な道を選んでいる。そういうことだと理解している。

(アオと戦う……戦うは想像できる。でも……殺し合いは無理。別に私が殺すわけじゃない……はずだけど)

 実力を競い合う意味でレグルスと戦うということは、いくらでも想像できる。毎日でもやりたいくらいだ。だが、それが鍛錬ではなく実戦。殺し合いと考えると、途端に何も頭に浮かばなくなる。レグルスを殺すなんてことは想像することも出来ない。
 ただ、わずかな救いは、ゲームストーリーではアリシアがレグルスを殺すことになっていないこと。そうだとしても、レグルスが死ぬということも、アリシアは受け入れらないが。

(この先どうなるのかな? 不安しかない)

 転生を喜んでいた彼女はもういない。転生したからこその出会いが、彼女の思いを変えてしまった。その出会いに感謝する気持ちが、彼女に転生を後悔させる。アリシアの気持ちは、どうにも定まらないでいる。

 

 

◆◆◆

 こんなはずではなかった。アリシアが抱いているのと同じ気持ちを、彼女の敵であるサマンサアンも持っている。そう思う原因は、当たり前だが、まったく違っているが。
 ジークフリートとの婚約が決まってからのサマンサアンは、その先にある栄光を夢見るようになっていた。次期国王に相応しいのは、第二王子のジークフリート。多くの人のこの思いが、彼女に夢を見させた。アルデバラン王国の王妃という立場を求めるようになったのだ。
 特別彼女が欲深いわけではない。王家に限らず、貴族家でも当たり前にある欲望だ。レグルスの実家、ブラックバーン家でも、長男であるレグルスを差し置いて、腹違いの弟を将来の北方辺境伯にという考えがある。レグルスにとっては他人である弟の母は、そういった欲望を抱いて、実際に行動を起こしている。王妃の座を望むことは責められるようなことではない。
 その夢をかなえる為にサマンサアンは、ジークフリートの婚約者の座を死守しようとしている。その座を脅かそうとするアリシアを、ジークフリートのほうが積極的であることはサマンサアンも分かっているが、排除しようとしているだけなのだ。
 だが、事態は思うように進まない。それどころかサマンサアンが望むのとは真逆に向かっている。ジークフリートとアリシアの距離は確実に縮まっている。それと正比例して、サマンサアンとジークフリートの距離は遠ざかっている。サマンサアンだけが文系コースであることも影響しているが、ただ授業が別々というだけでなく、そうであることをジークフリートが利用しているというのが、距離が離れた原因だ。今の状況を作ったのはジークフリート。サマンサアンもそれは理解しているのだ。
 そうであるから尚更、サマンサアンはアリシアを排除しなければならないと思う。彼女は、学院の中では、彼女だけが正確に今の状況を理解している。
 ジークフリートは臣下の妻を奪おうとしている。こんな王家の暴虐が許されるはずがない。罪に落とされることはなくても、国王になることなど許されない。過去にも同じようなことをした、アルデバラン王国に限った話ではなく、国王がいることをサマンサアンは知っている。そういった王は、ほぼ間違いなく、国を荒れさせることを、歴史で学んでいるのだ。
 ジークフリートにそんな不名誉を与えるわけにはいかない。彼は名君と讃えられるべき人物で、自分はその名君を支える王妃として、人々の尊敬を集めるのだ。これがサマンサアンの考えだ。
 行っていることは過激だが、基となる考えは正しい。見方を変えれば、純粋過ぎるとも言える。少なくともレグルスは、そう思ってしまった。もしかすると、サマンサアンのそういうところに惹かれたのかもしれないと思った。

「……レグルス殿、聞いていますか?」

 上の空に見えるレグルスに、ちゃんと自分の話を聞いているのかサマンサアンは不満に思う。躊躇いを覚えながらも、こうしてレグルスと話すことにした。自分の思いを分かっているのかと、これは勝手に、不満を感じてしまう。

「聞いています。ですが、サマンサアン殿。貴女も本当に悪いのは誰か知っているということではないですか?」

 元凶はジークフリートの行動にある。将来を知るレグルスは、それを強く批判する気にはなれないのだが、ジークフリートの行動がサマンサアンに悪事を働かせているという点については問題だと思う。

「……そうだとしても、レグルス殿が彼女との関係が盤石であることを、もっと示せば」

「本当にそれで諦めますか?」

 それで未来が変わるとはレグルスは思わない。そんなことで、変わるはずがない。それでは自分が繰り返してきた人生は、なんだったのかと思ってしまう。今回は何か違う。この思いはレグルスにもあるが、それで未来の結果まで変わるとは思えない。希望がまた絶望に変わるのが怖くて、そんな風には考えられないのだ。

「……早めに結婚を」

「それでも諦めなかったら? サマンサアン殿が恐れる結果になります」

「……では……婚約の解消を」

 アリシアが臣下の妻になる女性でなければ、問題は小さくなる。第二夫人、第三夫人がいても、それを批判する人は極わずか。この世界では特殊とされる倫理観を持つ人たちだけだ。

「そこまで言いますか? 何故、私がそこまで譲らなければならないのです?」

「臣下として、王国の為にです」

「王国に、まして第二王子にそこまでの忠誠心は持っておりません。サマンサアン殿にこれは批判出来ないはずです。御父上の忠誠心がどれほどのものかくらいは、知っているでしょう?」

「…………」

 ミッテシュテンゲル侯爵に、自らが損をしても王国に尽くすなんて忠誠心はない。それは問題だと、サマンサアンも思わない。自家の繁栄の為に。これが最優先であることを、サマンサアンも教え込まれている。王妃の立場を望むのも、個人の欲望だけでなく、自家の繁栄という考えがあってのことだ。

「……貴女になら自らを犠牲にして尽くしても構いませんけどね?」

「……私がそれを望んだら、どうなるのですか?」

 自らを犠牲にして、なんて言葉は嘘であるとサマンサアンは思っている。人というのは打算的なものだ。こういう考えが根底にある。そういった欲を利用して、人を動かすものだとサマンサアンは考えている。

「どうにもなりません。ただ、貴女が私の物になるだけで、それ以外は何も変わりません」

「私は貴方の物になんてなりません」

 きつい視線をレグルスに向けるサマンサアン。レグルスの言葉を侮辱だと受け取っているのだ。

「私に幸せを放棄させておいて、自分は幸せの絶頂に? それは不公平ではないですか?」

「貴方の幸せは、別にあります」

「そうかもしれません。でも、今、私が一番に望む幸せは、気高い貴女を自分の物にすることです。ほんの一時でも良いから貴女を支配したい。貴女の心も、体も」

「…………」

 視線がさらにきついものになる。そうでありながら、サマンサアンの顔は羞恥で真っ赤だ。歴史に名を遺す悪女、になるはずの彼女だが、まだその精神はそう呼ばれるに相応しいところまで成長していない。幼さが彼女の頬を赤く染めているのだ。

「……ふっ……気高いだけでなく、可愛い人でもある。そんな風に真っ赤になって……可愛いですね?」

「……揶揄ったのですね?」

 レグルスの雰囲気が緩んだことで、サマンサアンは、自分は揶揄われたのだと思った。

「揶揄ってはいません。本気でそうなったら、支配は言い過ぎですけど、深い仲になれたら良いなとは思っています。それが実現しないことは分かっていますけどね」

「……どうして、いえ」

 自分にそんな思いを向けるのか。この問いをサマンサアンは口に出来なかった。その答えを求めては、自分がそれを喜んでいるように思われてしまうと考えたのだ。

「どうして私の気持ちを疑問に思うのかが不思議です。貴女はとても魅力的な人です。その魅力に気付かない第二王子も不思議に思います」

「それは……素直に喜んでおきます」

「もっと自分の魅力に自信を持っても良いと思います。そうすれば……過激な考えも浮かばないのではありませんか?」

「何のことかしら?」

 緩んでいたサマンサアンの気持ちが、レグルスの後の言葉で、一気に引き締まる。レグルスは何をもって「過激な考え」と言っているのか。サマンサアンには心当たりがある。

「心当たりがありませんか? だとすると、貴女を思って周りが勝手にやっていることですか……私以外にも貴女を愛する人がいるのですね? 妬けてしまいます」

 自分の言葉に、咄嗟に無反応を装うサマンサアンは、頭の良い人だと思う。この賢さを別の方向に使えば、良い王妃として人々に讃えられるようになるのではないか。こんなことまでレグルスは思ってしまう。
 だが、過去の人生はそうなることを許してくれなかった。この人生もきっと同じ。そうだとしても、せめて、そこに至る道は、その裏に隠れている事実は、わずかでも正しいものに変えたい。レグルスが今、求めているのはこのことだ。

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