月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第53話 過保護で何が悪い?

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 アリシアにとっては「何故、野外パーティー?」であるが、キャリナローズにはそういう違和感はない。城や貴族家の屋敷で開催される時も、庭園を開放して、屋外で行われることはある。避暑地であれば尚更。自然を楽しむことなく室内にこもっているほうがおかしい、という感覚なのだ。
 ただ、「何故、水着?」に関しては、キャリナローズも同感だった。同感どころではない。アリシアとは比べものにならない嫌悪感を抱いている。それでも水着に着替えたのは、嫌がることを奇異に思われたくないから。考え過ぎた結果、受け入れてしまったのだ。
 だからといって、その姿を見られることまで受け入れられるわけではない。男子から、自分は女の子であることを思い知らされるような視線を向けられたくない。これも自意識過剰なのだが、本人がコントール出来る感情ではないのだ。
 アリシアとは逆に、キャリナローズはずっと湖に入り続けていた。男子たちから遠く離れた場所で。アリシアと一緒にいようという気持ちにもならなかった。アリシアにも見られたくなかった。
 アリシアとは違う理由で、来たことを後悔しながら、泳ぎ続けていたキャリナローズ。異変は不意に訪れた。
 初めは気のせいかと思った。次に魚が自分の足にまとわりついているのかと考えた。だが、その考えが間違いであることは、すぐに分かった。はっきりと自分の足を掴まれた感触。何者かが水の中にいるのは間違いない。誰かのいたずらかと思って、文句を言おうとした。だが、それは出来なかった。水の中に引き込まれ、声を発するどころではなかった。備えのないところに水中に引き込まれたことで、水を飲んでしまう。呼吸が苦しく、パニックでどうすれば良いか考えられなくなる。とにかく水の上に、そう考えて暴れるが、浮かび上がれたのはわずかな間。すぐにまた水中に引っ張り込まれた。
 仲間がふざけているのではない。ようやくキャリナローズは状況を理解した。だが、それに気付くのは少し遅かった。ずっと泳ぎ続けているだけの泳力があるキャリナローズだが、乱れた呼吸のせいで、思うように体を動かせない。空気を求めて、必死に手足を動かすが、体は沈んでいくばかり。体を動かせば動かすほど、呼吸は続かなくなる。気が遠くなっていく。
 視界が闇に閉ざされる。その時にはもう、キャリナローズは意識を失っていた。

「アリシア! こっちだ!」

 湖岸でジークフリートが叫んでいる。その声を頼りに、アリシアは泳ぐ。ぐったりとしているキャリナローズを抱えながら泳ぐのはかなり苦しい。だが、なんとかここまで来られた。

「クレイグ。そちらを頼む」

「分かった」

 タイラーとクレイグが近づいてきて、キャリナローズを運ぶのを代わってくれた。二人が両側からキャリナローズを抱え、泳ぎ始める。アリシアも休むことなく、そのあとを追った。
 二人はすぐに湖岸にたどり着き、動かないままのキャリナローズを地面に寝かせた。

「どう? 無事か?」

「…………」

 ジークフリートの問いに二人は無言。ぴくりとも動かないキャリナローズを見て、無事だとは言えない。無事ではないとも言いづらい。質問したジークフリートも、一目見て状況は分かっている。分かっているが、聞かないままではいられなかっただけだ。

「急いで、救命措置を!」

 諦めていないのはアリシアだけ。少し遅れて到着したアリシアは、救命処置を行うように仲間に告げた。

「き、きゅうめい、何?」

 だが、言葉が通じない。彼らは救命措置の意味が分からなかった。まずはその意味を伝えるところから、なんてことを思うはずがない。彼らは知らない。そうであれば、自分が行うしかないとアリシアは考え、動いた。

「ア、アリシア……な、何を……」

 キャリナローズの口から息を吹き込むアリシア。何も知らないジークフリートには、キスをしているようにしか見えなかった。

「少し離れてください」

 周りに座って見ているだけの三人は邪魔なだけ。離れるように言って、アリシアはキャリナローズに馬乗りになる。探り探りで手を胸の上に置き、両手を重ねて強く押す。どこまで正しく出来ているのかはアリシアにも分からない。小学校か中学校か、どちらかも思い出せない前に習っただけなのだ。
 心臓マッサージを何度か繰り替えし、また人工呼吸に戻る。それが終わるとまた心臓マッサージ。

「お願い。頑張って。頑張って戻ってきて。お願い!」

 このまま死なせてしまうのか。もっと救命措置について、きちんと学んでおくべきだった。こんな後悔も浮かぶ。

「お願い……お願い……」

 額から大粒の汗を流しながら、救命措置を続けるアリシア。彼女の懸命な願いが通じたのか、必然なのか。

「……げぼっ」

 キャリナローズは苦しそうに口から水を吐き出した。

「キャリナローズさん! 大丈夫ですか!?」

 応えはない。だが、水を吐き出したのは良い兆候であるはず。テレビドラマなどで何度か見た場面と同じだ。再び、救命措置を始めるアリシア。
 人口呼吸を行っているその時に、キャリナローズの瞳がゆっくりと開いた。

「……分かりますか? 意識はあります?」

「……わ、私」

「話さないで。大丈夫。もう大丈夫ですから、少し休んでください」

 これをキャリナローズに告げるアリシアも疲れ切った表情。キャリナローズが助かったと分かって、張り詰めていた気持ちが緩んだことで、一気に疲労を感じるようになったのだ。
 あとは元気な三人の出番。キャリナローズを近くの建物に運び入れた。

 

 

◆◆◆

 状況を把握するのにキャリナローズは少し時間を必要とした。暗い部屋。暗闇に慣れた目に映ったのは、見慣れない天井。自分はどこにいるのだろう。最初に頭に浮かんだのはこの疑問だった。首を動かして、周囲を眺めてみる。暗いのは窓がないからではなく、夜だから。見えた外の景色で、それが分かった。
 明るい陽射しの下で泳いでいた自分が何故。この疑問が浮かんだところで、キャリナローズは思考を取り戻した。自分の身に何が起きたのか思い出した。
 ゆっくりとベッドから身を起こす。思い出しはしたが、頭の中が整理出来ていない。自分は殺されそうになったのか。「そうだ」という思いと「何故、自分がそんな目に」という思いが交差する。

「……あっ」

 意識を失った自分を助けてくれたのは誰なのか。それは思い出せない。思い出せたのは唇の感触。
 指で自分の唇をなぞってみる。確かに触れていた。アリシアの唇が自分のそれに重なっていた。何故、そのようなことになったのか。あれは何だったのか。
 直接聞いてみるしかない。自分が目覚めたのは誰かが扉を開け閉めする音によって。その音を発したアリシアの後を追って、聞いてみようとキャリナローズは考えた。
 ベッドから降りたところで、自分が裸足であることに気付く。当たり前だ。自分は水着で泳いでいたのだから、と考えたところで、今の自分が水着姿ではないことも分かる。
 顔が赤くなるのをキャリナローズは感じた。裸を見られたことを恥じる、それも同性のアリシアに見られたことを恥じる自分は、やはりそうなのだと思う。
 床に置かれていた自分の靴を見つけて、履き、部屋の外に出るキャリナローズ。アリシアに会いたい。その想いがつい先ほどよりも強くなっている。
 音を立てないように、ゆっくりと廊下を歩く。邪魔者に気付かれたくないのだ。
 そのまま建物の外に出て、周囲の様子を探る。かすかに誰かの声が聞こえる。邪魔者の声とは思えない女の子の声。それに向かって、キャリナローズは歩く。目的の人物はすぐに見つかった。

「……いるのでしょ? 隠れていないで出てきて」

 アリシアはすぐに自分の気配に気が付いた。それは驚きであり、喜びでもあった。

「気配に敏感なのね?」

「えっ……あっ、ええ、はい」

 驚いた様子のアリシア。それに少し疑問を持ったキャリナローズだが、今はそれはどうでも良い。湧き上がる想いが抑えられない。

「ありがとう。助けてくれて」

「私はただ無我夢中で……助かって良かったです」

 本当に助かって良かったとアリシアは思う。もし助けられなかった、自分はどんな気持ちで今いることになったか。想像もしたくない。

「貴女は命の恩人。私は感謝しても感謝しきれないわ」

「そんな……恰好つけるつもりはありませんけど、当たり前のことをしただけです」

 このアリシアの言葉は、キャリナローズの望むものではない。当たり前ではなく、特別なことであって欲しいのだ。

「当たり前……ではないわ。少なくとも私にとっては」

「あ、あの……?」

 キャリナローズが距離を縮めてきたことに戸惑うアリシア。近いどころではない。彼女の腕が腰に回され、引き寄せられている。

「もう一度、確かめて良い?」

「何をでしょう?」

 このアリシアへの問いは言葉では返ってこなかった。アリシアは続けて問いを発することも出来なかった。キャリナローズの唇が、アリシアの口を塞いでしまった。
 キャリナローズを突き放す、ことがアリシアは出来なかった。びっくりして体が固まってしまったのもあるが、拒絶が彼女の心を傷つけてしまうかもしれないと考えてしまったのだ。

「……可愛い子」

「……あ、あの、も、もうこれ以上は」

 だが、はっきりと拒絶しなければならない状況になった。それにアリシアは気が付いた。

「嫌だと言ったら?」

「それでも止めたほうが……見ている人がいます」

「えっ?」

 騙そうとしている、なんてことを考える余裕はキャリナローズにはない。人に見られて良いことではない。絶対に知られてはいけない秘密なのだ。

「……どうも。お邪魔してすみません」

 実際に嘘ではなかった。見ている人は確かにいた。ここにいるはずのない人物が。

「レグルス……どうして、ここに?」

「どうしてと言われても……婚約者が心配で? 予感は的中したみたいですし」

「……少しふざけただけよ」

 誤魔化すしかない。白々しいと思われようと、自分の想いを認めるわけにはいかない。

「キャリナローズさんの行動については、少し驚いたけど、心配することではない……いや、心配しないといけないのか……まあ、でも俺にとってはやはり望ましいことか」

「……意味が分からない。ちょっとした冗談を深く考えないでくれる?」

「深くは考えていない。単純に、好意を持っているなら危害を加えるどころか、守る側に立つはず。こう考えているだけだ」

 キャリナローズがアリシアに、どこまで本気かはレグルスも分かっていないが、好意を持っているのであれば、守る側の人間が一人増えることになる。それも、男子であるレグルスが行けない場所にも行ける人間が。それはレグルスにとってありがたいことだ。

「……その言い方……もしかして、あれは私ではなくアリシアを狙ったということ?」

 レグルスの話だとアリシアは危害を加えられる立場にいるということ。それを知れば、自分を襲った人間の目的もそうである可能性が出てくる。

「ああ、やっぱり、そういうことですか。溺れたのではなく溺れさせられた」

「……そうよ。誰かに足を掴まれて、水中に引きずり込まれたの」

 キャリナローズの話を聞いて、アリシアは「そんな……」と呟きを漏らした。キャリナローズが死にそうになったのは自分に間違えられたから。自分のせいだと思ったのだ。

「ひとつお願いして良いですか?」

「彼女を守れというなら、貴方に頼まれなくてもそうするわよ。彼女は恩人だから」

 守る理由は恩人だから。これを付け加えることをキャリナローズは忘れなかった。

「それを頼む前にひとつお願いがあるのです。二度と今回のような無様な醜態を晒さないでもらえます?」

「なんですって!?」

「貴女に死なれると責任を感じてしまうと思うので。感じる必要のない責任を。出来ないのであれば、守ってもらう必要はありません。そもそも守れないでしょ?」

「…………」

 侮辱と感じたキャリナローズであるが、これを言われてしまうと文句を口に出せなくなる。アリシアに自分の死の責任を負わせる。そんことには、キャリナローズも絶対にしたくないのだ。

「……まあ、この話はまたいつか。とりあえず……これやる」

「えっ? 私?」

 いきなりレグルスに話を振られただけでなく、何かを放り投げられて驚くアリシア。

「お前以外に誰がいる? 一応、誕生日プレゼントだからな」

「あっ、嘘? 嬉しい。ありがとう」

 まさかレグルスが誕生日プレゼントを用意してくれているとは思わなかった。アリシアが予想した通り、心配してまた隠れて同行してくれる優しさはあるくせに、普通に自分が喜ぶことはしてくれない。レグルスのことをアリシアはこう考えていたのだ。

「ネックレスだ。肌身離さず持っていろよ」

「やだ。恥ずかしいこと言わないでよ」

「はっ? どうして恥ずかしい?」

「だって……キャリナローズさんが聞いているのに。これを俺だと思って大切にしろ、なんて……ねえ?」

 そのキャリナローズがいる前で、アリシアは素に戻ってしまっている。アリシアではなくリサだった頃、今でいうとアリスに。

「お前の耳はどうなっている? 誰がいつそんなことを言った?」

「そういう意味でしょ?」

「まったく……どういう意味でも良い。とにかく常に身に着けていろよ」

 常に身に付けさせようとしているのには理由がある。アリシアに贈ったのは、普通のネックレスではないのだ。

「……貴方たちって」

 アリシアはもちろん、今のレグルスの雰囲気もこれまで見たことがないもの。普段は距離をおいているように見えていた二人の関係が、自分が思っていたようなものではないことを、キャリナローズは知った。

「合格点には届いていませんけど、帰るまではお願いします。まあ、泊まりになるなんて想定外だろうから、次の手はないと思うけど……油断はしないでもらますか?」

「……アリシアを狙っているのは誰なの?」

「それを貴女が知る必要はない。知っても何も出来ないのだから。では、お願いします」

「えっ……?」

 不意にレグルスは消えた。そうとしか思えない消え方をした。実際は闇に紛れて、完全に気配を消し去っただけで、まだ近くにいるのだが、それを感じ取る能力はキャリナローズにはない。
 
「彼は……いえ、良いわ」

 口にしそうになったのは「彼は何者なのか?」という問い。馬鹿げた問いだ。レグルス・ブラックバーンであることは明らかなのだ。
 だが、その馬鹿げた問いを口にしたくなるほど、先ほど感じたレグルスの雰囲気は特殊だった。そうキャリナローズは感じたのだ。

「私もプレゼント持ってくれば良かった」

 アリシアはレグルスの放つ雰囲気に不穏なものは感じていない。プレゼントを貰えたことで、頭が一杯なのだ。

「……それ……貴女には似合わない」

「えっ……そういうこと言うのですね?」

 人が贈られたプレゼントを悪く評価する。キャリナローズがそういうことを平気で出来る人なのだと思って、アリシアはかなり不満そうだ。

「仕方ないか。目的は飾ることではないみたいだから」

「……どういう意味ですか?」

 レグルスから贈られたのはネックレス。装飾品だ。だが、キャリナローズの言葉はそれを否定している。

「魔道具だと思うわ。どういうものかは分からない。でも、きっと貴女を守る為の物ね?」

「魔道具……過保護……」

 自分を守る為に魔道具まで用意したレグルスは、過保護だとアリシアは思う。嬉しくはあるが、やはり彼女はレグルスの背中に隠れる立場ではなく、お互いの背中を守る関係でいたいのだ。

「そうね……ちょっと意外。あのレグルスが……ああ、そう考えるとあの時も」

「あの時?」

「……なんでもないわ」

 口が滑った。アリシアの問いに、視線を空に向けるキャリナローズの態度は、あからさまだ。そんな態度をとられると、アリシアはますます気になってしまう。

「なんでもなくないですよね? 隠されると気になるのですけど」

「たいしたことではないから」

「たいしたことないのであれば、教えてください」

「昔のことだから」

 こんな無駄なやり取りを何度か繰り返した後、アリシアはようやくキャリナローズの口から何のことかを説明してもらえた。レグルスが昔、エリザベス王女を猛犬から守って、大怪我を負ったことを。
 「あれで意外と女性には優しいのね」とキャリナローズはおまけのように付け加えたが、アリシアには通じない。エリザベス王女は本当にレグルスの初恋の人だった。こう思い込んで、不機嫌になってしまった。

www.tsukinolibraly.com