月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第42話 視えているもの

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 ジークフリート第二王子主催のパーティーが開かれた。ジークフリート本人としては、可能な限り、参加者は少数に、それも気を使わない人たちにしたかったのだが、それは王国が許してくれなかった。
 本人はまったく意識していなかったのだが、ジークフリートが成人して初めて主催者となるパーティーということになってしまっている。王家に限らず守護家であっても、初めてのそれは派手なものにしようとしてしまうはずだ。実際にそうなった。
 学院に通う、ほぼ全ての貴族家出身の学生が招待され、さらにジークフリートの家族、つまり王家が列席することになった。そうなると当然、レグルスも呼ばれることになる。アリシアを招待した時点で、レグルスは出席者にカウントされていた、とは彼は思わない。ジークフリートの下心に気が付いているのだ。

「はあ、気が重い」

 パーティーがこのような状態になったことが気に入らないのは、アリシアも同じ。彼女の場合は、大勢が参加するパーティーは疲れる、という理由だが。

「気が重いのはこっちだ。はあ、面倒くさい」

「だからといって招待を断るわけにはいかないでしょ? ああ、アオは平気でそういうことが出来るか」

 レグルスまで不満を口にすると、アリシアは逆の立場で話すようになる。二人で不満ばかり言っていたら、本当に行きたくなくなると思っているのだ。

「失礼な。俺は招待を断ったことは一度もない。無断欠席していただけだ」

「もっと悪いから」

「それは間違い。当日欠席って、お前が思っているよりも多いから。体調不良や急用とか結構あるからな。まあ、目立つ人だと、それも自己管理が出来ていないって悪く評価されるけどな」

 爵位の低い貴族であれば、王家に挨拶する機会など与えられない。会場の下座で、同じ境遇の知り合いたちと話をして、時間を潰しているだけで終わる。時間の無駄と考え、口実をつけて欠席する人は案外いるのだ。何度も欠席が続いているのであれば別だが、低位貴族の出欠席など主催者は気にしないことが皆、分かっているのだ。

「……目立つ人」

 ブラックバーン家のレグルスは、本人が言う欠席しては駄目な目立つ人なのではないかと、アリシアは思った。

「俺は悪評なんて、なんとも思わないから平気」

 正解だ。

「まったく……」

 貴族社会に身を置いてみれば、レグルスがどれだけ常識外れなことをしていたか良く分かる。社交の場は貴族にとって、とても大切なもの。それをレグルスは、ほぼ全部、無視していたのだ。

「そろそろ、切り替えろよ。俺もそうする」

「……ええ、そうですわね。レグルス様」

 楽しい時間は終わり。言葉遣いを改めてしまうと、レグルスとのやり取りのテンポが狂い、会話が弾まなくなることをすでにアリシアは知っている。だから、きちんと話をしたい時は、かつての口調に必ず戻すようにしているのだ。そのほうが楽だからという理由の前では、おまけに過ぎないが。
 だが仕方がない。すでに客を迎えているジークフリートの姿は見えているのだ。

「よく来てくれたね。アリシア……とレグルス」

 レグルスを邪魔者と感じていることが、はっきりと分かる態度。

「……お招きいただきありがとうございます。王子殿下」

 挨拶を返したのはアリシア。レグルスが自分は関係ないという顔で黙ったままでいるので、仕方なく自分が返すことにしたのだ。

「アリシアは、城でのパーティーは初めてだよね? 先に会場を案内しよう」

「……お気持ちはありがたいのですが」

 レグルスに教えてもらえればそれ良い。アリシアはそう思ったのだが。

「ホストとしての務めだ。婚約者を借りるよ、レグルス」

 ジークフリートはそれを許さない。このパーティーは、元々アリシアとの距離をもっと近づける為のもの。共に過ごす時間を、それもレグルス抜きで、多く作りたいのだ。

「どうぞ」

「では、アリシア。案内するよ」

「……ええ。お願い致します」

 笑みを浮かべるアリシア。それが怒りを隠すためのものであることは、レグルスにしか分からない。彼にとっては理不尽な怒りだ。将来、彼女が結ばれるジークフリートとの時間を邪魔しないでいてあげているのだから。
 飲み物を受け取り、いつものように会場の隅に移動して、ぼんやりと会場に視線を向けているレグルス。いつもの光景と異なるのは、会場にいる人々が皆、学院の制服であること。入学祝いのような意味合いがあるので、そういう風に定められているのだが、騎士服に似た制服ではパーティーの華やかさが感じられない。別にどうでも良いことだが。

「……婚約者のお相手はよろしいのですか?」

 そのレグルスに話しかけてきたのはサマンサアン。近頃、彼女からこうして話しかけてくることが続いていることを不思議に思っているレグルスだが、今回に関しては、その理由は明らかだ。

「王子殿下に代わりを務めていただいてますので」

「……いつまでもホストを独占しているわけにはいかないのではありませんか?」

 レグルスの反応にサマンサアンは不満そうだ。婚約者として、ジークフリートとアリシアを引き離してくれることに期待していたのだが、その願いを叶えてもらえそうにない。

「そうであれば、その内、戻ってくるでしょう。王子殿下が許せば、ですが」

「……貴方はそれでよろしいのですか?」

 ジークフリートはアリシアを離そうとしないだろうと、サマンサアンは考えている。だからこそ、こうしてレグルスに話をしに来たのだ。

「私の彼女に対する感情はどうでも良いのですが、貴女が悲しむ姿は見たくありませんね」

「私は……別に……」

 悲しんではいない。王子の婚約者という自分の立場が脅かされているのが許さないのだ。なんてことをサマンサアンが口にするはずがない。

「私なら、貴女を悲しませるような真似は決してしないのに……世の中は思うように行かないものです」

「……相変わらず、口がお上手ね?」

「口だけだと思いますか?」

「…………」

 二人の視線が絡み合う。サマンサアンはレグルスの本心を探り、レグルスはサマンサアンの反応を見極めようとしているのだ。
 レグルスの過去の人生において、このような場面はあったのか。彼の記憶からは消えている。この先、二人の関係がどのように進展するのかも分からない。

「……貴方たち、何をしているの?」

 そんな二人の雰囲気を崩したのはエリザベス王女だった。レグルスが初めて見る制服姿のエリザベス王女だ。

「慰め合っていました」

 そういえばエリザベス王女も学院生だった、なんてことを今更思いながら、咄嗟に適当な理由を答えるレグルス。だが、これは不正解。

「ジークのせいね。分かったわ」

「いや! 分からなくて良いです!」

 続く言葉は「私が文句を言ってくる」か「引き離してくる」か、とにかく面倒な行動に出ることは間違いない。それはレグルスにとっては余計なことだ。

「……どうして?」

「慰め合っていたは冗談です。サマンサアン殿とは学院でも意外と会うことがなくて、それが不思議だと話していただけです」

「……本当にそれだけかしら?」

 二人の雰囲気はその程度の話をしていたようには思えなかった。だから、エリザベス王女は強引に割り込んできたのだ。

「……ちょっとふざけて『寂しい』なんて、言ってしまいまして。それで、ちょっと……」

「やっぱり。レグルス、貴方ってどうしてそうなの?」

 軽い気持ちで女の子がドキリとするようなことを口にしてしまう。言われた方の気持ちを考えることなく。

「無理して優しくしようとするからでしょうか?」

「無理して、ね」

 サマンサアンに視線を向けるエリザベス王女。その意味を察して、サマンサアンはその場から離れて行く。こんな展開も二度目だ。

「……何を考えているの?」

「特に何も。王女殿下はそういう訳にはいかないと思いますが?」

 事件の後もエリザベス王女はこうして普通に話しかけてくる。それがレグルスには理解出来ない。

「それは、事件のことを言っているのかしら? そうだとすれば、言っておくわ。私を見くびらないで」

「そんなつもりは……」

 どうしてここで「見くびらないで」なんで言葉が出てくるのか。やはりレグルスには理解出来ない。もともとエリザベス王女の心情が、レグルスは読めない。自分に向けられる好意が、どうして生まれるかまったく分からないのだ。

「貴方は罪を犯した。それは許されないわ。でも、それと貴方を受け入れないのは違う。人は誰でも善の面と悪の面を持っている。善悪を共に受け入れるのが、本当に人を……人を……そういうことよ」

 最後に自分はとんでもないことを口にしようしていた。エリザベス王女はそれを声にする前に、気づけた。

「……貴女は……いや、ありがとうございます」

 本当に自分はエリザベス王女を「見くびっていた」のかもしれないとレグルスは思った。エリザベス王女が口にしなかった言葉。それが自分の思う通りのものであったとしたら、自分はどう応えるのか。本当にこの先、自分はサマンサアンを愛することになるのか。この疑問がレグルスの心に湧いた。
 彼にとっては、まったく想定外の出来事。これがこの日、起きた。

 

 

◆◆◆

 この世界の魔力は血に宿ると言われている。遺伝するということだ。だから貴族家の子弟はそのほとんどが魔法を使え、平民はそれが出来ない。
 ただ、これは正確ではない、という設定になっている。そうでなければ、貴族の血を引かないアリシアは魔法を使えないはずなのだ。魔力の強弱は親の影響を受けるが、稀に突然変異のように強力な魔力を持つ人が生まれることがある。というのが、より正確な設定の説明だ。
 そうであろうと魔力と血に、遺伝に関係があることは事実。守護五家のような有力貴族家は、その血の力で戦争を有利に進め、勢力を広げていった。だからレグルスは、実際は並程度の力はあったのに、落ちこぼれと評価されたのだ。
 現アルデバラン王家も強力な魔力を受け継ぐ一族のひとつ。いくつもの貴族家の血が入っているので、それも当然であるが、元々優れた魔力保有者を生み出す家系であるから、王家になっているのだ。
 その王家の血には、他家にない特別な能力がある。血を引く全ての人たちが保有する能力ではない。稀に、その特殊能力を持つ子が王家だけに生まれるのだ。
 その能力は「未来視」。言葉から想像するほど、絶対的な能力ではない。的中率が不明確な占い。この程度の表現が適切な能力だ。
 エリザベス王女はその能力を持って生まれた。そうであることは彼女本人だけが知っている。周囲には隠しているのだ。
 隠したい理由はいくつかある。一つは「未来視」の能力を持つと知られれば、色々と面倒だと思っているから。もう一つは、これも前の理由に関係するのだが、それほど騒がれるような能力ではないとエリザベス王女が考えているからだ。
 「未来視」なんて呼ばれていても、いつ何が起こるかなど具体的なことが分かるわけではない。なんとなく将来の色が明るいか暗いか、光満ちる状況から闇に覆われている状況かまでの間で、見えるくらいのこと。それで特別な能力だと期待されるのは嫌だ。自分が見えたものに責任を負わせられるのは、もっと嫌だ。そう思って隠してきた。
 幼い頃はもっと身近なことも感じ取れた。特に危険は察知出来た。だが、それもある日を境に、自信が持てなくなった。猛犬に襲われた日、レグルスに助けてもらった日からだ。
 悪い予感はしていた。出来ればその日は部屋から一歩も外に出たくなかった。だが、それは許されなかった。「未来視」による予感だと、当時は説明出来なかった。周りもそんな風に思う人は誰もおらず、ただの我儘と受け取られた。
 結果は予感的中、とはエリザベス王女は考えなかった。猛犬には襲われた。だが、自分の身に被害はまったくなかった。そんなはずはなかった。死の予感、などという具体的なイメージは今よりも幼かったエリザベス王女には思いつかなかったが、それほど強烈な嫌な予感だったのだ。

(……結局、あれもレグルスが絡んでいたから、なのかしら?)

 死の予感などという、これ以上ない強烈な危険を回避してくれたのはレグルス。その可能性をエリザベス王女は考えている。本当は自分はあの日、死ぬはずだった。その結末を、レグルスが変えてくれたのではないかと。

(善と悪……光と闇。どちらも彼)

 人が纏うオーラのようなものがエリザベス王女には見える。その人の未来を示すものだと考えている。だがレグルスの未来には強烈な光と深い闇の両方が見える。彼女にはレグルスの未来が、その方向性が見えないのだ。

(アリシアは光、サマンサアンは闇。二人が関係しているのかしら?)

 アリシアの未来は光輝いている。彼女の未来は明るい。一方で、サマンサアンはそれと真逆。不幸な未来が感じられる。とはいえ、今はそう見えるというだけ。人の運命は全てが定まっているわけではない。何かあれば、真逆に動くこともある。
 レグルスの未来はまさにそれではないかとエリザベス王女は考えている。アリシアと共に歩く未来は光輝いている。サマンサアンと、そんな可能性があるかは分からないが、行動を共にするのであれば待っているのは闇。そういうことではないかと。

(私はどっち?)

 自分の未来は見えない。自分の未来にレグルスが関わってくるかなんてことは分からない。知りたいとは思わないが、その欲求を完全に抑え込むことも出来ない。

(貴方には分からないでしょうね? 自分がどれほど私にとって特別であるかなんて)

 自分と同じように、レグルスの未来は見えない。そういう人は他にいない。光と闇に強弱はあっても、たいていはどちらであっても弱いものだが、エリザベス王女には見える。
 レグルスの光は強い、闇も深い。そんな人物は他にはいない。彼はエリザベス王女にとって特別な人。さらに自分の運命を変えてくれたかもしれない人。
 成長し、「未来視」という能力を知り、他にも様々なことを知るようになって、エリザベス王女のレグルスへの想いは強くなった。猛犬から助けてくれた男の子から、世界でただ一人の特別な人になったのだ。

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