月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第41話 見方が変われば評価も変わる

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 レグルスとアリシアの日常が変化した。共に過ごす時間が増えたのだ。学院生活があるので、さすがにかつてのようにはいかないが、それでも時間がある時は一緒にいることが多くなった。アリシアが強引に押しかけてきても、レグルスがそれを強く拒むことはなくなった。それが理由だ。
 周囲はそんな二人を見て……なんとも思わない。婚約者同士が共にいるのは当たり前のこと。文句なしの美少女であるアリシアと悪評はあっても美男子と言えるレグルスが共にいるという点で、注目されることはあるとしても、それ以上の思いはない。大多数は。
 その二人が前のほうで立ち話をしていることなど、気にすることなく女子学生は廊下を歩いている。沢山の絵が描かれたキャンバスを抱えているので前が見えていないということもあるが、仮に二人の存在に気が付いてもなんとも思わないだろう。今の彼女はそれどころではないのだ。
 小柄な体には多すぎる荷物。逆に、よくそれだけの荷物を持って歩くだけの体力があるな、と感心出来るほど。今は周りから注目されているのは、その女子学生のほうだ。

「……あっ」

 突然開けた視界に驚く女性学生。抱えていた荷物の重さも消えている。

「どこまで?」

 その理由は男子学生が代わりに持ってくれたからだが。

「……い、良いです! 自分で運びます」

 男子学生の親切を素直に喜べなかった。あまり他人と関わることの少ない彼女でも、その男子学生のことは知っている。未成年で百人以上の人を殺した、とんでもなく怖い人として。男子生徒はその超危険人物、レグルス・ブラックバーンなのだ。

「断られると俺が困るのだけど?」

「……ど、どうしてですか?」

 何か企んでいるのではないか。震える声で女子学生は理由を聞いた。

「怒られる。あそこに立っている彼女に」

「……あっ」

 レグルスが示した場所にいる女子学生も彼女は知っている。同性の彼女も憧れてしまう美少女。アリシア・セリシールが自分に向かって、軽く手を振っていた。

「手伝えと言われている。これはどこまで運べば良いのかな?」

「……部室、です」

 アリシアがいるのであれば大丈夫か。女子学生はそう考えて、レグルスの問いに正直に答えた。

「部室? 部室って何かな?」

「私、部活動をしていて。美術部で、その部室です」

「美術部……ああ、この絵。これ君が描いたの?」

 部活動というものを、よくレグルスは理解していない。美術と言う言葉と彼女が運んでいる絵を結びつけて、絵を描く趣味があるのだと考えた。

「違います。これはいらなくなった物を貰ってきました。キャンバスを買うのも、その、お金がかかるので」

 北方辺境伯家ブラックバーンに生まれたレグルスであれば、こんな苦労はないだろうと女子学生は思う。それを羨ましく思うよりも今は、人から貰ったキャンバスで絵を描かなければならない自分が恥ずかしかった。

「……この上に描くってことかな?」

「はい。一度、塗りつぶして、それから」

「それで描けるのか……それは良いね。俺は絵を描く趣味がないから分からないけど、それなりの値段がするのかな?」

「……百コバンくらいです」

 女性学生にとっては高価な品だ。だがレグルスにとってはそうではない。百コバンを惜しんで、こんな苦労をしていると知れば、どう思われるだろうと思ってしまう。

「これだけあると……ただで貰えるなら集めて売るのも有りか」

「はい?」

 だが、レグルスの口から飛び出てきたのは予想外の言葉だった。

「あっ、違う。百コバンは新品の値段だよな? 一度使うとただで貰えるくらいの価値ってことだから、売り物にはならないか」

「……そうですね」

 本気でこの人は中古のキャンバスを売る気だったのか、と女子学生は思った。

「使う側としては、百コバンはちょっと高いな? 新品をこれだけ買うと、数か月分の食事代くらいになる」

「食事代……」

 この人は本当にレグルス・ブラックバーンなのかと女子学生は思った。自分は別の誰かを、レグルス・ブラックバーンだと間違ってしまったのではないかと考えた。
 ブラックバーン家の食事代がその程度で済むはずがない。下級文官に過ぎない自分の家でも、詳しくは知らないが、もっと掛かっているはずだと思う。まさかレグルスが、裏町のこれ以上ないほど安い食堂で、普通に食事しているなんて、女子学生に分かるはずがない。

「でも、使い古しとはいえ、ただでくれるなんて裕福な人だな」

「絵師の人なので。売り物を描くのに一度使ったキャンバスは使わない主義みたいです」

「……絵師ってそんなに金稼げる? あっ、だからお前は絵を」

「違います! 私は絵が好きだから描いているのです! ……あっ」

 レグルス・ブラックバーンを怒鳴りつけてしまった。後悔しても今更だ。女子学生の顔から一気に血の気が引いていった。

「……悪い。俺は絵は分からなくて。でも、本当に好きなんだな? 羨ましい。夢中になれるものがあるって」

「……あ、ありがとうございます」

 怒鳴りつけてしまったのに謝られた。羨ましいと言ってもらえた。王国中央学院に入学して、勉強より絵を描くことに夢中になっている変わり者の自分を、認めてくれる人がいた。それに女性学生は驚いた。

「絵か……屋敷にも飾ってあったな。有名な絵なのか、あれ? 高いのは間違いないだろうけど、良い絵かは分からないな」

「……高く取引されているということは、それだけ評価されているということです」

「じゃあ、良い絵なのか……お詫びに今度、見に来る?」

「行きます!」

「あっ、じゃあ、招待する」

 食い気味に答えてきた女子学生に少し驚いたレグルスだが、本当に絵が好きなのだと改めて思って、笑顔を浮かべた。アリシアに言わせると、アオの笑顔となる、陽の光のような温かい笑顔を。

「…………」

 途中から意外に気さくな人だと思っていたが、この笑顔はこれまで聞いていた悪評の凄惨さとはかけ離れた明るさを感じさせるもの。それに女子学生は見惚れてしまう。

「ん? どうした? 絵、見たいんだよな?」

「……見たいです」

「じゃあ、いつが良いかな? 早めだと……今度の週末でも良いけど、都合は?」

「全然、大丈夫です!」

 絵を見たいという一心で、レグルスの招待を受けた女子学生。あとで冷静になってから、これは北方辺境伯家の屋敷に行くということだと気が付いて、また、今後は違う理由で、顔が真っ青になってしまうことになるが、断ることも出来ない。週末を迎え、ブラックバーン家の屋敷に行くことになった。
 その日、真っ青どころか、素晴らしい絵をいくつも鑑賞出来た興奮で顔を紅潮させて帰ることになるのは、後日の話だ。

 

 

◆◆◆

 レグルスの人気が、一部の女子学生たちの間で急上昇している。きっかけは美術部の女子学生。レグルスに自宅に招待されたその女子学生は、その時の興奮を引きずったまま、登校し、数少ない友人たちに見せてもらった絵画や他の美術品がいかに素晴らしかったかを語り、その機会を作ってくれたレグルスを褒めちぎった。
 絵画や美術品の話についてはともかくとして、レグルスを褒めまくる内容は、話を聞いた友人たちもそのまま受け入れることはなかったが、荷物を運んでくれたことは事実であり、下級役人の娘である友達を普通に家に招いたことは、少し、その友人たちのレグルスに対する見方を変えた。
 絶対に接点を作ってはいけない危険人物。この偏見を少し緩めて、レグルスの様子を見てみれば、家臣の無礼を咎めることなく普通に話し、実技の授業で習ったのであろうことを、もう一人の部下と熱心に語り合っている。少なくとも家臣を酷く扱うような人物ではなく、勉強については真面目に取り組んでいる。それが分かるようになった。
 さらに、部下と婚約者のアリシア、そして屋敷に招待した女子学生以外には、話しかけることは許さないと感じさせる雰囲気を常に纏っているが、誤ってぶつかって怯えている同級生には先に「ごめん」と謝罪の言葉を口にし、恐る恐る彼が落とした筆記用具を拾った相手には「ありがとう」と御礼をすぐに伝えている。
 当たり前のこと、とはそれに気が付いた学生たちは思わない。クラスの学生たちはほとんどが平民。貴族であっても爵位は低い。高位の貴族家の学生が、レグルスのような態度を見せないことを彼らは知っているのだ。
 何かが違う。レグルス・ブラックバーンは噂されていたような人物ではないのではないか。家柄が良く、外見も良い。さらに身分を笠に着て傲慢な態度を見せることのないレグルスの人気は高まることになる。
 ここまで来ると、あとは一気だ。女子学生は男子学生に比べると、遥かに大胆。実際にどうなのかと、レグルスに近づくようになった。そんな彼女たちを怪訝に思い、ぶっきらぼうな態度で、一応は話を聞くレグルス。それが好意を持っている彼女たちの評価では、照れ屋で誰に対しても公平な男の子、になる。

「なんか、近頃モテモテだね?」

 そんな女子学生たちの雰囲気は、アリシアも気づくほどのものになっている。美術部の彼女の話を聞いて、戦術研究会という適当な活動内容を学院に申請して手に入れた部室で、やや不満そうにレグルスに問いかけている。

「はっ? 俺のどこがモテている?」

「えっ、何? アオは鈍感主人公なの? 鈍感モテモテ主人公だったの?」

 部室を手に入れたのは、これが一番の理由。アリシアが素に戻って話してるのを周囲に聞かせたくないからだ。

「なんだそれ? 俺は何の主人公でもない」

 鈍感主人公なんて言われても、何のことかレグルスには分からない。鈍感主人公なんて設定の小説は、この世界にはない。小説そのものが物語の中に出てくることがない。

「ていうか……やっぱり、オーウェン殿も変わった人だったのですね?」

「はい? 私の何が?」

 いきなり話を振られ、しかも変わった人などと言われてオーウェンは驚いた。本人にはそのように言われる心当たりがない、と返せば、「やっぱり、変わっている」と言われるだけだろう。

「オーウェン殿は、先ほどから何をされているのですか?」

 オーウェンはずっとアリシアとレグルスの会話を聞いている様子はなく、何度も何度も腕を上下に振っている。その行動の意味が、アリシアにはまったく分からないのだ。

「ああ。これは実技授業の復習をしておりました」

「そうでしたか。それは失礼いたしました」

 変わった行動と思っていたのは、鍛錬だった。それを聞いて、変な人などと言ったことを反省するアリシアだが。

「謝る必要はない。基礎をなめていたら、教官に悪い癖を指摘されて、慌てて直そうとしているだけだ」

「それでも鍛錬は鍛錬でしょ?」

「だから言っただろ? 基礎を疎かにしてきたオーウェンが悪い。自業自得ってやつだ」

「そんなこと言わなくても良いじゃない」

 レグルスはオーウェンに厳しすぎる。そうアリシアは受け取ったのだが。

「いえ、レグルス様の仰る通りです。私は最下位グループの授業を甘く見ておりました。正直、もっと高度な授業を受けたいなどと思っていたのですが、それは思い上がりだと分かりました」

「ああ……ん? もしかして、最下位グループになったの、わざと?」

 レグルスが実技の授業で別グループになったことを不満に思っていたことを、ここでアリシアは思い出した。レグルスの実力であれば、そうなるはずがないと思っていたが、どうやらその考えは間違いではなかったようだと。オーウェンの話で分かった。

「さすがはアリシア様。勘が鋭い」

「勝手に答えるな。今のは俺への質問。言葉遣いで分かるだろ?」

 オーウェンがあっさりと認めてしまったことに不満そうなレグルス。特別隠したいと思っていたわけではないのだが、簡単に理由を知られるのは、なんとなく勿体ないと思ってしまうのだ。

「わざとか……理由は?」

「さっき話した通り、オーウェンと違って、俺は基礎を大切にしたいから」

「……ああ、分かった。どうして教えてくれなかったのよ?」

「聞かれなかったから」

 オーウェンは教官に癖を指摘され、それを直している。それはつまり、最下位グループの教官はそういった細かいところまで見て、指導してくるということ。学生の自主性に任せっきりのアリシアのグループの教官とは違うということだ。

「私も基礎を習いたかった」

「習っているだろ? 王子殿下に」

「……妬きもち?」

「どうして俺が妬きもち? 事実を言っただけだ」

 二人の会話に、ここに来てオーウェンは強い興味を持った。アリシアはレグルスが自分のことを好きだという前提で話している。思い上がりではなく、確信があっての言葉であるとすれば、二人の関係は思っていたよりも深い。仇討ちを実行するような相手なのだから、そうであって当たり前なのだが、こうして普通に話すまでのレグルスの言動は、そうは思えなかったのだ。

「あれは正しい基礎なのかな?」

「お前、それを王子殿下が聞いたら泣くから。熱心に教えてくれているのに」

「それは分かっている」

「まあ、癖が絶対にないとは言えないけど、教える時には関係ないだろ?」

 ジークフリートが優秀な剣士であることはレグルスも知っている。オーウェンと同じように、いつの間にか良くない癖が付いてしまっている可能性はあるが、それは人に教える時には関係ないだろうと思っている。

「……アオはどういう鍛錬しているの? アオが復習をしないはずがないもの。何かあるでしょ?」

 だがアリシアは、ジークフリートの教えだけでは安心出来ない。レグルスが基礎を固める為に行っているはずの鍛錬を聞きたがった。

「……素振り」

「嘘」

「本当。基礎だから。ただし、ただ振っているだけではなく、緩急をつけている。正確な動きをゆっくりとなぞるのと、普通に振るのは繰り返す。今やっているのはこれ」

「ああ、さっき、オーウェン殿が行われいた鍛錬ですね?」

 オーウェンは何度も何度も腕を上下に動かしていた。普通に振るだけではなく、止まるか止まらないかぎりぎりの速さでそれを行っている時もあったので、アリシアは何をやっているのだろうと不思議に思ったのだ。

「その通りです。癖を直すには正確な動きを、何度も何度も反復して、体に覚え込ますしかないとレグルス様に言われまして」

「へえ、反復ね。それを教えてあげたんだ」

「うるさいな。お前に教えてもらったことだ。それを誤魔化すつもりはない」

 基礎を作るには反復が大切。これは以前、アリシアと、リサだった時のアリシアと鍛錬について話した時に教えられたことだ。レグルスもまったく分かっていないわけではなかったが、アリシアに言われて、重要性を認識し、様々な場面で反復訓練を行うようになった。

「……手首を柔らかく使うというのは?」

 ジークフリートに教えられたこと。これをどう反復すれば良いのか、アリシアは思いつかなかった。

「手首を柔らかく? まずオーウェンに聞いたほうが良いな」

「では私から。単純に対象を叩き斬るのであれば、力を入れていてもかまわないと思います。私が習ったのは、手首を柔らかく使って剣を加速させ、対象に当たる瞬間に強く握る。実際は体全体で剣を押し込む感じです」

 実際に体を動かしながら、オーウェンは説明を行う。アリシアにとっては分かり易くてありがたい。レグルスもそれについて何も言わず、じっと見ている。わずかに体が動くのは、頭の中で動きをイメージしていることを示している。

「ただ防御となるともっと手首を活かしたほうが良くなります。敵に剣に合わせて、右へ左に動かす。腕の動きでもある程度できますが、敵の剣を受ける時の角度まで考えると、こうして手首の動きを入れたほうがスムーズです」

 右に左に腕を動かすと同時に手首にひねりをいれて、剣の角度を変えていくオーウェン。

「受ける時には握る手に力を込める。全身で受け止める感じです。ただ押しすぎると敵に利用されますので、程々に。これは今は余計ですか。あとは単純にずっと力を入れていると疲れます。剣を持てなくなったら、それで負けですから」

「分かり易い説明ありがとうございます。大変参考になりました」

「……さっきから思っていたのだけど、どうしてオーウェンにだけ、言葉遣いを変える?」

 アリシアはオーウェンと話す時だけ、アリシアになる。レグルスの時はリサ出会った時の言葉遣い。そう使い分ける意味が、レグルスは分からなかった。

「なんというか、オーウェン殿はオーウェン”殿”って感じじゃない? だから、つい」

「意味不明。オーウェンだけそんなだとジュードが……なんとも思わないか」

「僕はアオと話す時のアリシアさんが好き。だから敬語は嫌」

 ジュードはアオとリサとしての二人の雰囲気が好きなのだ。畏まった態度を向けられると、その雰囲気から自分が外れてしまうようで嫌だった。

「あの……私も、自分だけ言葉遣いが丁寧なのは」

「……じゃあ、オーウェンも、もっとフランクに話して」

「ふら、ふら、何ですか?」

 「フランク」の意味はオーウェンには理解出来なかった。この世界ではあまり使うような言葉ではないということだ。

「アオやジュードと同じような話し方にしてってこと。そうしてくれれば私も自然と今のような話し方になるはずだから」

「……努力します」

 オーウェンの言葉遣いは何年もかけて見についたもの。アリシアが言葉遣いを普通に戻すよりも、遥かに難しいのだが、こう返すしかオーウェンには選択肢はない。「お前が変えろ」なんて突っ込みが出来るようなら、苦労はしないのだ。
 それでも少しずつ、でも確実に距離が縮まっていく四人だった。

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