月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第28話 垣間見える影

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 華やかなドレスを身にまとった女性たち。その彼女たちをエスコートする男性の装いも豪奢なものだ。王城で最も大きい広間を、さらにそれに繋がる庭園までも開放して行われているパーティー。王都で暮らす貴族だけでなく、王国中央部に領地を持つ貴族たちも招待されて開かれている年に一度のパーティーだ。参加している貴族たちの気合も違っている。
 北方辺境伯家の一員である彼も、パーティーに参加させられている。近頃は、喪に服しているつもりで黒色の服しか着なくなった彼。今日も黒一色の装いだ。ただ、このパーティーに用意されたのは、彼が望むものとは異なり、黒い生地の中に光を反射する素材が散りばめられており、その細かな輝きが地味であることを許さず、色とりどりの装いの人々の中ではかえって彼を目立たせてしまっている。彼にとっては不本意なことだ。
 飲み物の入ったグラスを持って庭園に出、隅にあるベンチに座って、時が過ぎるのを待つ。この場所はあまり人の足が向くところではなく、昔から退屈なパーティーの時には利用する、彼にとって隠れ家のような場所なのだ。

(……こういうことは覚えている。よく分からないな)

 十歳になる前の記憶はない。前世以前の記憶のほとんどもすでに失われているはず。記憶に残っているのは紙に書き残し、改めて記憶したものだけ。そうであるはずなのに、こういった何気ない記憶は残っている。それが彼には不思議だった。

(忘れたいことは忘れられないのに…………忘れたい?)

 自分の考えにハッとする彼。大切な女性への想いを、その女性を殺された憎しみを忘れてしまいたいと考えたことに、動揺している。
 それは彼が新たな人生を生きるのに必要なもの。その想いが、不幸な人生を繰り返したくないという想いが、彼のこれからの人生を決めるはずなのだ。

(……記憶を失って、気持ちが緩んでいるな)

 彼の想いは新たな人生を始めて、しばらくすると薄れていく。残るのは大切な女性を守らなければならないという想いと、その女性を死に追いやった者たちは敵だという認識。新たな人生が始まった瞬間の荒れ狂う暗い感情はその勢いを失うのだ。
 彼自身はそれを認識していないのだが、記憶を失ったせいで、考えてはいけないことを考えてしまったのだと決めつけた。何でも良いから理由が必要なのだ。本当の理由以外のものが。

(……今回も駄目かもな)

 諦めの想い。だが、その想いが浮かんだ理由は、これまでの人生にはなかったもの。忌み嫌っていながらも後ろ盾として欠かせない存在であるブラックバーン家を完全に敵に回して、はたして自分に何が出来るのか。ただの自分に出来ることなど限られている。彼の不安はこういうものだ。

(……それでも、やるだけだ)

 彼の黒い感情はその勢いを失っているのではない。ただ、その向け先を変えただけ。家族の敵討ちという優先すべき目的を見つけ、それに全てを向けているのだ。
 自分の手に視線を向ける彼。その手はすでに人を殺している。彼の手は血に汚れている。そのことに後悔の想いはない。黑い感情が心の中でたぎっている。

「……あ、あの?」

「えっ? あっ……」

 声の主に視線を向けた彼の感情が、一気に静かになる。気持ちが落ち着いているわけではない。別の意味では、心は揺れている。感情の色が違っているのだ。

「お邪魔でしたか?」

「いえ……でも、どうしてここに?」

 声をかけてきたのはサマンサアン。彼が人生の全てを賭けて守るべき女性だ。だが今の彼にとって彼女は、いずれ愛する女性であり、今はその点以外では、特別な感情はない。

「たまたま通りかかったら、貴方を見かけたので」

「そうですか……よろしければ座ります?」

 この時点で彼女と何を話せば良いのか彼には分からない。だからといって素っ気なくするわけにもいかない。もしかすると、これがきっかけになる出来事かもしれないのだ。

「ええ」

 涼やかな笑みを浮かべて、彼の隣に腰を下ろすサマンサアン。笑顔もその所作も、同い年とは思えない大人っぽさを感じさせる。そんな彼女を見て、「自分は大人な女性が好きなのか?」なんてことを彼は考えている。もうこの世にいない女性、母親とも思う人を思い浮かべながら。

「レグルス殿はあまり賑やかな場は好まないのですか?」

「そうですね。苦手です」

「以前はそうではなかったように記憶しています」

 十歳になる前の彼は、どんな場でも自分が中心にいなければ気が済まない性格だった。とにかく目立とうと派手な行動を選び、周りのひんしゅくを買っていた。それをサマンサアンは知っている。同い年で守護五家の一員である彼女は、何度もパーティーなどの場所で彼を見ているのだ。

「……少しは大人になりましたか。自分ではよく分かりません」

 その大暴れしていた当時の記憶は彼にはない。思い出して恥ずかしく思うことがないので、他人事のような言い方をしてしまう。

「少なくとも外見は変わりましたね?」

「それは確実に。かなり痩せました」

「とても素敵になられました。別人のよう、なんて言い方は貴方を怒らせてしまうかしら?」

 これを言うサマンサアンの笑顔はサマンサアンそのもの。記憶がないはずなのに、彼はこう思った。笑い顔にも、ぞくりとするような色気があるサマンサアン。心を蕩けさせてしまう男性は少なくないだろう。彼もその一人のはずだ。

「いえ、素直に嬉しく思います。外見の変化がこうして貴方と話す機会を作ってくれたのだとしたら尚更です」

「まあ、口までお上手になったこと」

「そうですか? 口が成長した自覚はありません。そう思うのだとすれば、それは貴方の魅力がそうさせているではないですか?」

「…………」

 サマンサアンの頬がほんのりと赤くなる。大人びた雰囲気のサマンサアンではあるが、さすがにここまで露骨な口説き文句を向けられたことはない。王国中央学院に入学する前となると、接する同世代は限られている。そうでなくとも、まだ十三歳の女の子を、正面から口説く男の子はそういるものではない。

「……やり過ぎました?」

 サマンサアンの反応を見て、彼は自分の失敗を悟った。丁寧に接しようとすると何故かこうなってしまうことに、彼も気づき始めているのだ。

「……やはり、煽てでしたのね?」

「ああ、機嫌を損ねてしまった。最高の時間はこれで終わりですか?」

 ただ口から出てくる言葉は、反省しているとはまったく思えないものだ。

「……特別に許して差し上げます。ひとつ聞いても良いですか?」

「答えられることであれば何でも」

「レグルス殿は普段は何をしているのかしら? お外に出かけたりしますか?」

 改めて聞くにしては普通のこと。こう彼は思ったが、だからどうというわけではない。答えやすい問いであったことにホッとしているくらいだ。

「割と頻繁に出かけます。毎日と言っても良いですね」

「……それは、何の為に?」

「この為に」

 自分を指さす彼。

「……この為?」

 彼女にはそれでは分からなかった。

「痩せる為に運動しています」

「ああ……それは一人で? それとも……」

「それは……」

 答えを躊躇う彼。何故、サマンサアンは一人で運動していない可能性を考えたのか。こんな疑問が頭に浮かんだのだ。他にも人がいると考えた理由があるとすればそれは何か。サマンサアンは何を知っているのか。

「私の為ですよね?」

「えっ?」「はい?」

 割り込んできた声。その問いは彼とサマンサアンの会話の流れから、少し遅れている。

「私が痩せたほうが良いと言ったから。そうよね、レグルス?」

 現れたのはエリザベス王女。ホストである王家の彼女が、何故こんなところに、と彼は思ったがそれを聞いている状況ではない。

「……はい。王女殿下のご助言を無視することなど私には出来ません」

「そう……ここで何をしていたのかしら?」

 その問いはこちらのものです、とは言えない。明らかにエリザベス王女は不機嫌だ。不機嫌になる原因は何なのか考えれば、問いがヒントとしか考えられない。自惚れるつもりはないが、それ以外のことは考え付かない。

「一人で考え事していたら、たまたまサマンサアン殿が通りかかりまして。久しぶりにお会いするので、少し話をしておりました」

 嘘はまったくついていない。問題はエリザベス王女がこれをどう受け取るかだ。

「そう……話はまだ続くのかしら?」

「王女殿下が私を必要とされるのであれば、それに応えないわけにはいきません」

 この場でエリザベス王女を蔑ろにするわけにはいかない。そんな真似をすれば、彼だけでなくサマンサアンの印象も悪くなってしまう。

「では……サマンサアン。悪いわね? レグルスを借りるわ」

 一応はサマンサアンに遠慮を見せるエリザベス王女。だが、その真意は「邪魔だからどこかに行け」だ。サマンサアンはそれを正しく受け取って、笑顔で丁寧に一礼して、その場を離れて行く。エリザベス王女に背を向けた瞬間に、その笑顔は消え去ったが。
 振り返ることなく先に進むサマンサアン。その足が止まったのは彼とエリザベス王女から、自分の姿が見えなくなってからだ。

「どうだった? 何か聞き出せたか?」

「ごめんなさい、お父様。王女殿下に邪魔に入られて、肝心なことは何も聞けなかったわ」

「そうか……まあ、良い。子供を介入の手先にするほど、ブラックバーン家は人手不足ではないはずだ。きっと何も知らないだろう」

 サマンサアンが彼に話しかけたのは父親に命じられたから。彼の行動を、ブラックバーン家がミッテシュテンゲル侯爵家の利を奪う為のものでないかと疑ったからだ。
 誤解だ。ブラックバーン家が関わっているという点に関しては。

 

 

◆◆◆

 花街の親分は絶対的な権力者ではない。これは花街が出来上がった時からそうだ。東の国から流れてきた一族、といっても実態はいくつもの家の集合体。初代親分はその中で割と大きな家の主で、交渉力に優れているところを他の人たちに評価されて、アルデバラン国王との窓口を務めた。それが花街の親分の始まりなのだ。
 花街が作られ、各家はそれぞれ商売を始めた。だが長い年月の間に、商売が上手くいかない家も出てくる。そういった家は自ら商売することを諦めて他家に店を譲り、使用人として働くようになった。さらに年月を経ると、王国の規制も緩み、花街を去る家も出てくる。一族が持つ特殊技術がアルデバラン王国の物になったあとのことだ。
 さらに、稀にではあるが、外からやってきて商売を行うことを認められる者まで出てくると、花街はかつての特殊性を失い、異文化を反映してはいるものの、一般の歓楽街へと変わっていった。花街にとってそれ自体は悪いことではない。国から危険視されなくなるのは良いことだ。
 問題は同族意識が失われることで、己の利だけを追求する者が出てくること。今、花街はそういう者が力を持つようになっている。手段を選ばずで他家、今は組と呼ばれているが、よりも金の力を得た者が力を持ってしまっているのだ。

「花街もいつまでも同じじゃいられません。変化しないと」

 各組の代表者、組長が集まった会合で、花街の変化について語っているのはワ組の組長、ベージルだ。

「良い変化は必要だ。だが伝統を捨て去るのはどうかな?」

 それに反対する意見を述べたのはハ組の組長、ニール。桜太夫が務める店の店主だ。

「伝統にこだわって、花街が廃れてしまっても良いと言うのか?」

 ニールの意見にベージルは苦い顔だ。今、正面から立てついてくるのは、ほぼニールだけ。常に苦々しく思っている。

「伝統が続いてこそ、花街の良さがあると言っている」

「だから、伝統なんてものは時代遅れだと言っているんだ。良いか? 今、花街とは別の場所でも歓楽街を作ろうって話が持ち上がっている」

「なんだと?」

 ベージルの話に、ニールだけでなく、周りで話を聞いているだけの組長たちも驚いている。王都で歓楽街は花街だけ。その特権が失われるなんてことは大問題だ。

「花街はやたら敷居が高くて遊びづらいって意見があって、そうであればもっと気軽に遊べる場所を作れば良いって話になっている。安い店ばかりだから問題ない、なんて言わねえよな?」

 大金を落としてくれる上客は大切だが、それだけでは花街の商売は成り立たない。太夫は花街で働く女性の極々一部。多くの女性は、ベージルが言う気軽に行ける店で働いているのだ。

「まあ、うちは別に良いんだ。他の場所に歓楽街が出来ても、そこで商売するだけだ。それが許される伝手は持っている」

 さりげなく背後にいる有力者の存在を周りに知らせるベージル。ただ自分の力を誇示しているだけでなく、花街以外で商売したければ自分に頭を下げろと脅しているのだ。

「……それはどこからの情報だ?」

「言っただろ? 俺にはそれを教えてくれる伝手がある」

「つまりワ組は花街以外に歓楽街が作られることに賛成なのだな? それによって花街が廃れてしまっても構わないと思っている」

 花街の外。当たり前だが、そこは花街ではない。王都花街の文化など無視した、どこにでもある歓楽街となる。そのような場所で商売をしたいとニールは思わない。それを受け入れるベージルを許せない。

「……そうは言ってねえ。そうならない為に俺は尽力する。だから花街は俺に任せろと言っているんだ」

 ニールの問いに肯定は返せない。ベージルは花街の親分になりたいのだ。花街の外でも稼ぐつもりではあるが、だからといって花街で得られる利権を手放すつもりはない。

「ワ組のやり方は皆、承知している。花街を壊してしまうやり方であることは皆、分かっている」

 ベージルに花街の伝統を守る気持ちはない。伝統を壊して、手っ取り早く稼げる、外に作られるかもしれない歓楽街と何の変わりもない場所にしようとしているはずだ。これまでの行いを知れば、それは明らかなのだ。

「それはハ組の意見だ。花街のことは皆の総意で決められる。ここで皆の意見を聞いてみようじゃねえか」

「…………」

 ベージルはあっさりと結論に持ち込もうとしてきた。多数決を押さえている自信があるのだ。そうであろうことはニールにも分かっている。分かっているから、借金などで嫌々ベージルに従っている組長たちの気持ちを変えようと、議論を仕掛けようとしたのだ。だが、それは許すほどベージルは甘くない。

「まずは親分選挙の実施の是非だ。反対の者は手を挙げろ」

 ベージルが皆に問うのは親分交代の為の選挙実施の是非について。自分が親分になる為の必要な手続きは理解している。その通りに、手際良く進めようとしているのだ。
 反対する組長たちが勢い良く手を挙げる。だがその数は過半数には及ばない。己の選択を恥じて俯いている組長は何人かいるが、その手が挙がることはない。

「よし、賛成多数だ。選挙が決まったとなれば、俺は立候補する。他にいるか?」

 一気に選挙まで持ち込もうというベージル。自分に従わない組長が何人立候補しようと勝ちは変わらない。すでに過半数の支持を受けているのだ。
 これで親分はベージルに決まり。ベージルの親分就任に反対の組長たちは、がっくりと肩を落とした。

「選挙はまだ先だ」

 それに待ったをかけたのは、親分だった。

「どうしてですか? いくら親分だからって、組長の総意を無視するのはどうかと思いますよ?」

「儂が止めるのではない。王国への届け出が必要なのだ。それを無視して選んでもやり直しになるだけだ」

「……じゃあ、明日」

 とにかく急ぎたいベージル。すでに過半数を押さえたことは知られた。誰が自分についているかも明らかになった。寝返り工作を許す時間を与えたくない。

「無理だろうな。王国にはすぐに届け出る。そこから王国の手続きを経て、実施の是非と候補者についての問い合わせが来る。候補者として不適任と王国に見なされれば、再度、候補者を選び直すことになる」

「……そんな手続き、本当に必要なんですか?」

「前回と同じだ。ただ前回は届け出が先で、選挙の実際は許可が出てから決められた。だから早く終わったように思えるだけだ」

「……分かりました。では届け出を」

 届けを出せるのは親分だけ。不満はあっても任せるしかない。実施までの期間を短くしようと思えば、圧力をかけてもらうように頼めば良い。それくらいのことは聞いてくれる自信がある。ベージルは、今日のところは引き下がることにした。

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