月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第13話 友情以上、愛情未満

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 この世界はゲーム世界。これを彼女は知っている。ゲーム名は「アルデバラン王国動乱記」。シミュレーションロールプレイングゲームだ。前世で何度もやったことのあるお気に入りのゲーム。良く知っているゲーム世界に転生するという、実に都合の良い話だ。
 彼女はそのゲームの主人公に転生した。王国中央学院での学生生活、卒業後の王国騎士団員として様々な経験を通じて、戦士として、人として成長していく。さらにそこに恋愛要素が加わり、ヒロインとして、学院時代に後に国王となる第二王子と巡り合って恋に落ち、結ばれ、王妃として、戦女神と称される優れた騎士として、アルデバラン王国を発展させていく。そういう役割を演じることになる。
 それを邪魔する敵役として登場するのが、ゲーム開始時に第二王子の婚約者である、守護五家のひとつ、ミッテシュテンゲル侯爵家の令嬢であるサマンサアン。いわゆる悪役令嬢としての役割だ。さらにそのサマンサアンと組んで彼女を、というより王国を危機に陥れる最も危険な敵が、北方辺境伯の孫、レグルス・ブラックバーン。ゲーム開始時に彼女の婚約者となっている男だ。
 この二人の悪事を防ぎ、暴き、裁きを受けさせ、彼女は王国の危機を救う。ゲーム前半から中盤では第二王子を救うという言い方が正しい。第二王子は彼女と共に、優れた施政者として王国を発展させる人物。驕れる有力貴族の謀略から王家を守り、絶対王権を確立するアルデバラン王国の中興の祖と後に呼ばれる人物だ。その彼が玉座に座れるのは学院時代の彼女の活躍のおかげ、国王となったあとに悪徳貴族との戦いに彼が勝利出来るのも彼女、それと彼女を支える仲間たちの活躍のおかげだ。
 彼女は第二王子と結ばれ、彼の為に尽力しなければならない。王国の発展の為に力を尽くさなければならない。それが彼女の義務なのだ。

(……王妃……なんたって王妃だもの。間違いなく人生の勝利者よね? しかも完璧な勝利者)

 彼女はそれを義務とは感じていなかった。自分が最大の幸福を得る為の道、権利を得たと思っていた。今もそう、であるつもりだ。だが今、彼女は心の中で王妃になることは素晴らしいことだと自分で自分に言い聞かせようとしている。当たり前であるはずのことを、わざわざ言い聞かせようとしている。

(……どうした私? おかしいだろ? 悩むことなんて何もないだろ?)

 悩むことなど何もない。今はただ自分を鍛え、ゲーム開始の時を待つだけの期間。その時まで辛抱している期間だ。だが彼女はふと、今この時がもっと長く続いて欲しいと思ってしまった。それに動揺しているのだ。

(楽しいことは楽しい。でもいつまでも子供じゃいられない)

 転生前の彼女は年齢的にはすでに大人。十歳としての生活を楽しむような精神ではないはず。これは彼女がそう思おうとしているだけで、実際には彼女もまたこの世界の影響を、彼に比べれば少ないが、受けて精神が若返っている。その本人が気づいていないギャップも、彼女を悩ませる原因になっているのだ。

(あと三年もない……それでゲームストーリーが始まるはず)

 王国中央学院に入学する一年前。彼女が十四歳になるとゲームストーリーが始まる。実際のゲームではオープニングに、かなりの早送りで流されるだけの一年間に過ぎないが、そこからがゲームのスタートだ。

(……まだ三年。こう考えるようにしないと)

 「あと三年もない」という考えは、今この時が終わってしまうのを惜しんでいるから。ゲームが始まるのを望んでいないから。それでは駄目だと思って、彼女は考え方を改めようとする。それはつまり、自分でそう思ってしまっていることを分かっているということだ。
 何故、彼女はそんな風に思ってしまうようになったのか。それは彼との出会い、彼と過ごした日々のせいだ。ゲームにはないはずの、彼女が知らない物語の影響だ。
 最初の出会いは最悪だった。今考えても恥ずかしくて顔が赤くなる。悪いことをしたと反省し、勇気を出して声をかけてみた。案の定、彼の態度は冷たいものだった。ただ、話は盛り上がった。他の人とは出来ない話が彼とは出来た。
 いつの間にか彼の存在が、辛い鍛錬の日々を過ごす彼女の励みになっていた。強くならなくてはならない。その為の努力を惜しんではならない。頭では分かっているが、一人きりで限界まで自分を追い込むのは難しい。どうしても甘えが出てしまう。だが、彼も頑張っていると思えば、負けられないと思う。彼には少し悪いが、ちょっと、いや、かなり太目の彼が本気で自分を限界まで追い込んでいるのを見れば、自分はもっと出来るはずだと思えた。
 人を突き放す彼の冷たい態度。だがそれとは真逆の彼の優しさが見えるようになった。近頃は家にも美味しいものを持ってきてくれるようになったが、その時も彼は気を遣う。恩を着せることのないように。施しだと思われないように。ただ「いつも世話になっているから御礼として」なんていうのはまだ分かる。だが「食べきれなくて駄目になりそうだから持ってきた。残飯整理を頼むみたいで悪い」はさすがにどうかと彼女も思った。彼女の両親も苦笑いだ。
 そんな彼の内面の優しさを両親も知って、かなり態度が解れた。元々、敬語が苦手な彼女の父親なんて、とても貴族相手に話しているようには思えない。近所の子供と話しているのと同じ雰囲気だ。
 不思議な男の子だと彼女は思う。話を聞いていると彼は人を嫌っている。他人と触れ合うのを避けようとしている。そうであるのに一度、近づくのを許すと実に面倒見が良い。リキが良い例だ。逆に彼のほうが、実際はかなり気難しい彼女の両親の懐に入ってしまったりする。彼女の心にも入り込んでしまっている。

(……そういえば、アオも入学するのかな? 可能性はあるよね)

 彼は彼女と同い年。貴族の中でもまあまあ上位に位置していそうな、どころか貴族の頂点だが、家に生まれた彼であれば、王国中央学院に入学してもおかしくないと彼女は思った。それに気づいた時、重く沈んでいた彼女の心が軽くなる。

(そっか。学院に入ってからも会えるのか……アオがいてくれると心強いかも)

 王妃の座を得る彼女であるが、それまでにはかなりの苦難が待ち構えている。かなり酷い目にも遭う予定だ。そんな日々が何年も続く。
 だが彼がいてくれたら。それを思って、彼女は少し気持ちが楽になった。彼がいて相談に乗ってくれれば、悩みを聞いてくれたら、きっとどんなことにも耐えられる。そう思えた。

(今度、聞いてみようっと……あっ、でも学院には行かないと言われたら、ショックだな。聞くかどうか悩むな)

 さきほどまでに比べれば、軽い悩み。ただ結局は同じ悩みだ。彼にずっと側にいて欲しい。この想いが彼女を悩ませているのだから。

 

 

◆◆◆

 彼の日課は一時間単位で、きっちりと決められている。彼としてはもっと細かく設定したいのだが、今よりも細かい分単位では時間を正確に把握出来ないので、そうするしかない。この世界で正確な時間は、一時間に一回鳴らされる城の鐘の音でしか知ることは出来ないのだ。これは、彼は知らないが、彼女も不満に思っているところ。「どうせゲームなのだから時計あることにしろよ」と思っていたりするのだが、それを実現する方法を彼女は知らない。そんなものはない。
 彼の日課が狂う時があるとすればそれは、ひとつには彼女とリキとの会話が盛り上がり過ぎてしまった時。これについては彼に不満はない。雑談している時もあるが、会話の多くは鍛錬についてのこと。長引く会話が、結果として鍛錬の役に立っているのだ。
 彼にとって問題なのは、屋敷に戻ってきてから日課が狂わされること。それは原因が何であれ、彼にとっては邪魔でしかないのだ。

「兄上、聞いているのですか?」

「聞いていない」

 それがさらに邪魔をしてくるのが腹違いの弟となれば、まともに相手をする気にもならない。弟の話を完全に無視して、彼は本を読み続けている。弟のせいで日課が狂うことなど、彼には決して許されないことなのだ。

「……そうやって自分に都合の悪いことから逃げていると、立派な当主になれないと思います」

「……そんなものになる気はない」

 北方辺境伯家など彼にとってはどうでも良いものだ。彼の人生の目的は北方辺境伯になることではないのだ。元からそう思っていたつもりだったが、今はさらにその気持ちが強くなっている。

「それではブラックバーン家が困るのです」

「……お前、そういうの、誰に教わっている? 自分の言葉じゃないだろ?」

 弟というくらいだから、当然、彼よりも年下。一つ違いなので十歳だ。弟の話は十歳の子供がするようなものではない。自分のことは棚に置いて、彼はこう思う。自分は実年齢よりも遥かに大人だと思い込んでいるのだ。確かに累計年齢は大人を遥かに超えて、人の寿命を超えている。知識という点では間違った認識ではない。難しい話も出来るだろう。だが、今現在の彼の精神は限りなく年相応まで近づいている。それに気が付いているようで気が付いていないのだ。

「誰にって……」

 母親、自分を次期当主にと考えている家臣たち。そんなところだ。ただこれは彼に伝えるようなものではない、というくらいのことは十歳の弟にも分かる。

「他人の言葉を伝えるだけのお前に俺は用はない。勉強の邪魔だ。いなくなれ」

 こう言われて反論出来るほどの大人でも、弟はない。言葉が思いつかなくて、すごすごと引き下がっていった。

(……結局、あいつは何を言いに来た?)

 弟が何を言いに来たのか、彼は分かっていない。あまりに煩いので最後のほうは応えていたが、最初は本当に、本に集中していて、話を聞いていなかったのだ。

(あんなので、この家は大丈夫なのか?)

 弟に心配される必要などない。余計なお世話というものだ。彼はこの家を継がない。人生に失敗すれば継ぐことなど出来ない。今度の人生で成功出来ても、北方辺境伯家の後を継ぐつもりはない。裏切者たちに仕えてもらっても嬉しいはずがない。出来るものなら滅ぼしてしまいたいくらいなのだ。
 彼が継がないのだから、次の次の北方辺境伯には弟がなる。大人の言いなりの弟が、ちゃんと当主をやれるのか逆に彼は心配になった。これも弟にしてみれば余計なお世話だ。弟もいつまでも十歳の子供でいるわけではないのだ。

(人は貧しくても生きられる。生活が苦しくても、人生そのものが苦しくなるわけじゃない)

 これは彼女の両親を、両親の過去も含めて、知ったことで思うようになったこと。金も地位もなくても、人は幸せを感じられる。彼女の両親を見ていると、こう思える。
 この想いは彼の不安を薄れさせることになった。なんだかんだで北方辺境伯家の権力が、自分の人生を支えてきた。こう彼は思っていた。それを失うことを恐れる気持ちが彼にはあったのだ。

(……でも、もっと贅沢は慎んだほうが良いな。気持ちだけじゃなく、実際に出来るという自信を持たないと)

 不安が薄れるどころか、彼は北方辺境伯家を離れる前提で考えている。それを恐れる気持ちがなくなることで、出来ることは何かを考えている。本当の意味で、目的を達成する為であれば全てを捨てる覚悟を定めようとしているのだ。

(……リキのところで生活させてもらうか。さすがに迷惑か、食事代も掛かるし……それは俺が用意して……だと苦労したことにならないか)

 どうすれば実際に貧困というものを経験出来るか。リキの家で世話になることを考えた彼だが、それでは相手に迷惑をかけることになると思い直した。そうならないようにと金を用意すれば、それは貧困を経験することにならないとも思った。

(あいつの家の近くで暮らすか。一人暮らしなら誰にも迷惑かけない。あっ、でも家を買う金がいるな。家っていくらするのだろう?)

 貧困を経験する為に家を買う。本当に貧しい人がこれを聞けば怒るだろうが、彼は真剣だ。

(……そうか。家を離れるにしても金がいる。その資金は貯めておかないと。リキではなく俺の名にしておけば良かったかな? さすがにこれは酷いか)

 金がなくても幸せを感じられるかもしれないが、ないよりはあったほうが良い。無一文で放り出されては、さすがに生きることも難しいと彼は気が付いた。

(……王都では暮らせないか。そうなると、どこかの街まで移動して……誰にも知られないような場所が良いな。なんていうんだ? 確か……ああ、世捨て人か)

 どういう状況で北方辺境伯家を出ることになるのか分からないが、円満にはならないだろうことは想像がつく。そうなると王都で暮らすのは難しいと彼は考えた。恨みも買っているかもしれない。普通に考えればそうなっている。王家にも睨まれているかもしれない。この可能性も高い。
 そんな状況で無事に暮らそうと思えば、身を隠すしかない。そう出来る場所を探すしかない。

(……捨てるっていうのも難しいものだな。それを行う覚悟を持てる何か。二人の場合はお互いへの愛か……恥ずかしいな。でも俺も、そういうことか)

 彼女の両親はお互いへの愛の為に、それまでの全てを捨てた。借金まで背負った。その価値があると二人とも思えたのだ。だが彼も同じはずだ。愛する人の為に人生の全てを捧げる。そう決めている。それだけの価値がその女性にはある。そのはずなのだ。それに疑問を抱くことは、彼にはない。

(……そうだ。あいつの親……絶対に貴族じゃないよな?)

 愛する女性のことを思い出したことで、敵としての彼女のことを考えた彼だったが。

(母親ははっきりとは聞かなかったけど、あっちの職業。父親は元は裏社会の悪党ってところだ。どういうことだ?)

 大切な人を追い落とす敵は、没落しているとはいえ貴族は貴族。彼女の両親のような仕事を過去にしていたはずがないと彼は思った。もしかして、本当に人違いである可能性を考えた。

(…………そうだとしても、俺の人生にあいつを巻き込むわけにはいかない)

 いずれ敵になる相手ではなく、ずっと友達としていられる相手であったとしても、そうであれば尚更、いつかは離れなくてはならない。自分の不幸な人生に彼女を巻き込んではいけないと思う。

(リキもか……まあ、リキは開墾がなんとかなれば大丈夫だな。今の分ともう一回。それで、人は雇えなくても家族はなんとか暮らせるかな? 自分で土地を持っていれば今よりもずっと収入があるはずだ。そうなると……あと三年と少しで……)

 リキとも王国中央学院に入学する前には、付き合いを止めなければならない。それまでに開墾が終わるか。出来れば申請二回分は終わらせておきたいと彼は考えた。

(……あいつの家も農家をやれば良いのか。父親は、力はありそうだ。リキの家に教えてもらえば、農家を出来るかもしれないな。今度聞いてみよう)

 王国中央学院に入学する前に、彼の新しい人生が本格化して厳しい日々が始まる前に、今やりかけていることは全て終わらせおく。本来のものとは異なる目的を彼は持つことになった。

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