月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第9話 お友達と仲良くしています

異世界ファンタジー SRPG「アルデバラン王国動乱記」~改~

 午前中の鍛錬を終えて屋敷に戻った彼は、熱心に書物を読んでいる。日課としている勉強ではない。少し気になることがあったので、それについて書かれているであろう書物を何とか入手し、調べものをしているのだ。
 彼が気になったのはリキのこと。正しくは、リキとその家族のような貧しい農家のことだ。自分は貧困について知らない。それは彼女に言われて自覚していたが、これまでは何をするでもなかった。それがリキと出会って、少し調べてみようという気になったのだ。

(……開墾した土地はそれをした人の物……本当か?)

 郊外にはまだまだ未開拓の土地が多くある。それを彼は知っていた。そうであれば、そういった土地を全て農地に変えてしまえば良い。そうすれば収穫が増え、農民の暮らしはもっと楽になるのではないかと思ったのだ。
 そう思って調べてみれば。開墾した土地はその人の物になる、なんて、実に都合の良いことが書かれている。だが彼はすぐにそれを信じられない。事実であれば、皆、開墾すれば良い。だがそれは行われていないはずなのだ。

(ええ……本当にそうなのか? もしかして、この本が古いのか?)

 先を読み進めても開墾した農地はそれをした人の物になると書いてある。それでもまだ彼は信じられない。農地拡大を推し進める為に、かつてはそういう政策をとっていたのかもしれない。農民たちをその気にさせる餌として。こう彼は考えた。

(……そうだとしても、その時に何故やらなかった? あいつの家は新参者なのか?)

 この辺りは情報不足。貧しい農家はリキの家だけではない。他にも大勢いる。長くその場所で暮らしている農家でも貧しい家は沢山あるのだ。貧農のほうが圧倒的に多いと言える。

(……聞いてみないと分からないか。これが事実だとして、他に何か理由があるかと……)

 今この場で分からないことに悩んでも仕方がない。まずは手に入れた書物を読み切ること。その上で疑問点や分からないところがあれば、また別の書物で調べれば良いのだ。
 さらに先を読み進めていく彼。それほど分厚い書物ではないので、読み切るのにそう時間はかからなかった。

(知る者と知らない者の差か……)

 豪農と呼ばれる土地を所有する豊かな農家と、その豪農に雇われている農民たちとの差はどこから生まれたのか。その理由は書物にちゃんと書かれていた。
 開墾した土地はその人の者。これは事実。だが当然、そうなるには国に届け出なくてはならない。申請して、それが国に認められて、はじめて土地はその人の物になるのだ。実際に開墾した人ではなく、申請した人の物に。
 農民の貧富の差はここから生まれたのではないかと彼は考えた。知識の有無が貧富の差を生んだのだと。

(でも、その知識の差はどこから生まれた?)

 では何故、その手続きを知っている人とそうでない人がいるのか。国が広くこの情報を伝えなかったから。では知った人はどうしてそれを知ることが出来たのか。
 あらゆるものに不審を抱いている彼には、悪事の影が見える。

(豪農の裏に誰かいる? 役人か、もっと上か……でも、見返りは何だ? 普通に金か……)

 特権を持つ者は、見返りがなければ、その特権を他者の為に使わない。ではこの件の見返りは何なのか。裏金くらいしか彼には思いつかなかった。

(……考えてもイライラするだけか……それに俺は、正義ではない)

 彼は特権を持つ側。それを使って、この先、様々な悪行を為す者だ。それがたとえ愛する人の為であるとしても、悪行が善行に変わるわけではないと彼は思っている。

(……あいつは、これを知ったらどうするのだろう?)

 「一人、二人も救えない人間にそれ以上の人が救えるはずがない」と彼女は言った。綺麗事だと思う。万人を救うことなんて、元々出来ない。どれほど手を広げても零れ落ちる人はいるはずだ。目の前の一人と見えない一人の何が違うのかと思う。
 頭ではこう思う。だが心まで割り切れるわけではなかった。

(……あいつは正義か……俺とは違う)

 彼女は彼とは対極にいる。彼にとっては憎むべき相手だが、世間から見た正義は彼女の側にある。それを彼は知っている。知った上で、悪に対しては何をしても許されると考えている彼らを、この国を、恨み、憎んでいるのだ。

(俺は……何のために人生を繰り返しているのだろう?)

 本当は自分のような存在はいないほうが良いのではないか。彼女と、彼女の隣に立つ人がこの国を、人々の暮らしを良くしてくれるのであれば、その二人の結びつきを邪魔しようとする自分は、この国で生きる人たちにとって邪魔な存在。そうであるのに何故、自分は人生を何度もやり直さなければならないのか。やり直すことで変わってしまう結末が人々の不幸を呼ぶなら、自分など存在しないほうが良いと、彼は思ってしまう。

 

 

◆◆◆

「……騙された」

「すみません」

「お前に怒っているわけじゃない。騙したのはあの女だ」

 リキとの鍛錬が始まった。だが初日から、初日だからこそ、想定外の事態が起こる。リキはまったく彼の鍛錬に付いてこられないのだ。
 「騙された」と彼は文句を言っているが、少し考えれば分かること。毎日真面目に鍛錬を続けてきた彼と、初めてのリキが同じレベルであるはずがない。

「……同じところを回ることにするから、遅れても良いから付いてこい」

「はい……」

 仕方がないので走り込みは同じところをぐるぐる回り続けることにした。それであればリキを置いてきぼりにすることはないと考えてのことだ。
 一度、走ったことで、すでに体は温まっている。彼は一気に全力疾走に入った。それを追うリキ。だがすぐに引き離されてしまう。短時間の速度だけであれば、リキのほうが速いかもしれないのだが、持続力が違う。すぐに息が切れて、全力疾走など出来なくなってしまうのだ。
 持続時間の差はあるが、それは彼も同じ。永遠に全力疾走を続けることなど出来ない。これ以上は限界というところで速度を緩め、荒れた呼吸を整える。呼吸が落ち着いたら、また全力疾走。これを繰り返すのだ。

「……大丈夫か? 無理をして怪我するなよ」

 リキのほうはそうはいかない。一度苦しくなった呼吸は、すぐには整わない。全力疾走どころか歩くだけで苦しくなってしまう。

「……だ……だい……だい、じょうぶ……です」

「全然大丈夫じゃないから。まあ、俺も最初はそんな感じだった。少しずつ慣れていけば良い」

 彼も鍛錬を始めた頃はリキと同じ、どころかもっと酷い状態だった。リキはまだ、家の手伝いなど日頃から体を動かしているだけ、彼よりもマシなのだ。

「……なんなんだ、あの人?」

 リキにとってもこの状況は想定外。ぽっちゃりした体形の彼は、いかにも良家のおぼっちゃま。体力は自分のほうがあると考えていたのだ。だがそれを大きな勘違い。大人たちでも彼には敵わないだろうとリキは思っている。
 良家のおぼっちゃまであることは間違いではないはず。ではその彼がどうしてここまで体を鍛えているのか。貴族なんかに負けない。こう思っていた彼の意地は、鍛錬初日、それも初っ端から吹き飛ぶことになった。

 

 

◆◆◆

 午前中の鍛錬を終えて、ぐったりのリキ。疲れているのは彼も同じだが、リキに比べれば、まだ余裕がある。リキの様子を見て、それに気が付いた彼。鍛錬メニューを増やそうかと思ったが、当然そんなことをすれば、さらにリキは付いてこられなくなる。増やすにしても内容については考慮が必要だと考えるだけにとどまった。今は、というだけのことだ。

「……す、すみません」

「はっ? 何を謝っている? お前、俺に何かしたのか?」

「食事の準備をさせてしまっています」

 リキがぐったりと地面に倒れている横で、彼は持ってきた食事を広げている。貴族の彼を働かせてしまっていることに、リキは恐縮している。だが、手伝わなければならないと思っても、体が動かない。

「準備なんてほどのものじゃない。袋から出しているだけだ」

「でも……」

「それに手伝うべきなのはお前じゃない。謝罪することもなく、ただ黙ってみているだけのこの女だ」

 すでに彼女も合流している。合流して彼の準備が整うのを嬉しそうに待ち構えている。

「あ、手伝おうか?」

「別に良い。食べない人に手伝わせるのは悪いからな」

「……手伝おうか?」

 聞き捨てならない言葉が、彼の口から出た。彼女としては聞き間違いであって欲しい。

「だから良い。食べない人に手伝わせるのは悪いから」

 やはり、彼の口からは聞きたくない言葉が出てきた。

「お腹空いているけど?」

「じゃあ、川の水でも飲んで、膨らませろ」

「ええ!? 意地悪! 私も食べる!」

 彼には持ってきた食事を食べさせる意思がない。それがはっきりとしたところで、彼女は大声で文句を言いだした。

「俺を騙した罰だ」

「……心当たりがない」

 これは嘘、彼女には心当たりがある。嘘の名を彼に伝えている。ただ、彼が言っている「騙した」はそのことではない。リキの件だ。

「一緒に鍛錬しろと言ったが、リキは一緒に鍛錬出来るほど鍛えていない」

「……いや、普通、分かるでしょ? 初心者だから教えてあげてね、ってことだから」

 これを騙したと言われるのは彼女としては心外だ。今、話した通りで、騙すつもりなどまったくなかったのだから。

「初心者だから教えてあげてね、と言われた覚えはない」

 言いがかりであることは彼にも分かっている。ただ、何もなかったことにするのが、なんとなく悔しいだけだ。

「ええ……食べさせてよ」

「お前に食べさせて、俺にどんな見返りがある?」

「変態……」

 わざとらしく服の首回りから少し見えている肌を手で隠す彼女。

「あのな、俺はお前に求めるものは何もないと言っている」

「まあ、ひどい。こんな可愛い女の子をつかまえて。そんな扱いしか出来ない男はモテないから」

「お前相手だからだ。他の女の子にはそれなりに接する」

「…………」

 大きな瞳をさらに大きく見開いて彼を見つめている彼女。

「……何?」

「私というものがありながら、ひどい!」

 口から飛び出してきたのは、いつものような冗談。

「お前な」

「お前じゃなくてリサだもん。さあ、無駄話はもうお終い。早く食べようよ。リキくんも起きて」

 さきほどまでのやり取りは無視。彼女は彼が並べた食事に手を伸ばす。そんな彼女を睨みながらも、何も言わない彼。二人にとっては日常のことだが、それを初めて見るリキには不思議な関係に見える。

「……遠慮していると、この女に全部食べられてしまうぞ」

「あっ、はい……頂きます」

 そしてここにいる自分がいることも不思議だった。貴族と、河原とはいえ、同じ席で食事をする。まだ子供なリキだが、こんなことは普通は許されないことを知っている。
 貴族が通りがかった時には、とにかくその場に跪いて頭を下げなくてはならない。視線を向けてはならない。そう教えられているのだ。

「今日はいつもよりご馳走ね?」

 いつものパンと果物だけの食事に比べると、今日はかなり豪華。肉とサラダまで用意されている。リキの為にわざわざいつもより贅沢な食事を用意したのだと彼女は思った。

「ああ、一緒に鍛錬する人が増えたから量を増やしてくれと言ったら、こうなった。多分、勘違いしているのだと思う」

「勘違い?」

「どこかの貴族家の人間だと思ったのだろうな。つまり、見栄だ」

 北方辺境伯家の昼食はパンと果物だけだった。なんて話をされては困る。他家の人間にも恥ずかしくない食事を、ということで用意されたのだと彼は思っている。実際にそうだ。

「……私の時は? こんな豪華にならなかったけど?」

 自分の時は単純に量が増えただけで、このような豪華な食事にならなかった。それが少し不満な彼女だった。

「ああ、犬に懐かれたからと言ったからだな」

「私は犬か?」

「似たようなものだろ? その辺に落ちていたパンを平気で食べていたのだから」

「それ、今言うかな?」

 二人の会話を目を丸くして聞いているリキ。リキの前で自分の恥ずかしい話をされて、彼女は不満気だ。

「じゃあ、真面目な話。魔法はどうする?」

「魔法、ですか?」

 いきなり話を振られて戸惑うリキ。さらに魔法などと言われては、何のことかさっぱり分からない。

「魔法の鍛錬を行うかってこと。俺が調べたところでは、王国兵士の試験に魔法関係はない。体力測定と剣術で、重視されるのは体力のみ。剣術は、出来たほうが良い、程度の評価だ」

「魔法なんて鍛錬でどうにかなるものなのですか?」

 魔法を使えるの一部の特別な人たち。自分などが使えるようなものではないとリキは考えている。

「どうにかなるかどうかは、やってみないと分からない。やってみて使えなかったら時間の無駄。だから鍛錬するかを聞いている」

 王国兵士になるだけであれば、魔法の鍛錬は必要ない。リキにとっては必須なものではないのだ。だから彼は本人の意思に任せようとしている。自由意志はこれに限った話ではないが。

「……可能性はあるのですか?」

「どうだろうな? でも、可能性は誰にでもあるほうが、世の中は楽しいだろうな」

 可能性が閉ざされている人生を彼は何度も経験している。その辛さを、苦しさを知っている。人の人生は、世の中は、そういうものでなければ良いのに、と心から思っている。
 彼の言葉を聞いて、彼女の顔には笑顔が広がっている。彼女は彼のこういう考え方が好きなのだ。こういった考えの基となる彼の経験を知れば、笑っていられないだろうが。

「……試してみたいです」

「じゃあ、そうしろ。ただ魔法の鍛錬は一人で行うものだ。やり方を教えてやるから毎晩寝る前にやれ。最初は絶対に上手く行かないからな。諦めることなく、とにかく続けることだ。俺はそうして身につけた」

「分かりました」

 リキは魔法の鍛錬を行うことに決めた。王国兵士になる為だけであれば必要ないのは分かっている。それでも可能性に賭けてみたいのだ。彼の背中を追いかけるには必要なものだと思ったのだ。

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