月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第6話 プロローグは決められた設定に向かって進んでいく

異世界ファンタジー SRPG「アルデバラン王国動乱記」~改~

 他人との関わりは最小限に。彼は新しい人生の始まりから、それを心掛けてきた。心掛ける、という言葉は彼にとって都合の良い言葉であって、周りから見れば「避けてきた」もしくは「逃げてきた」という表現になる。
 ただ、他人と関わっても彼の悪感情を刺激するだけ。わざわざ嫌な思いをする必要はない。彼が他人を避ける、他人との関わり合いから逃げるのも当然だ。
 だが、それが許されない場合もある。その許さない場合が、ついに訪れた。

「本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 今日は王家主催の、限られた人々を招いてのパーティー。北方辺境伯家の一員であり、王都で暮らす彼は、その限られた人々の一人に選ばれている。彼にとっては迷惑なことだ。

「レグルス。会うのは久しぶりであるな。元気で過ごしていたか?」

 挨拶した相手、第一王子のジュリアンには何度か会っている。今の彼の記憶にはない。十歳になる前のことだ。

「おかげをもちまして」

「……なんだか固いな? 今更、緊張するような場ではないであろう? もっと楽にしたらどうなのだ?」

「訪問の挨拶の場ですから、これくらいが普通ではないですか?」

 少しではあるが、言葉を崩して彼は答えた。第一王子は彼にとって、それほど嫌な相手ではない。共感出来るところもあると、勝手に思っている相手だ。

「……そうか。ではあとでもっと楽に話すことにしよう。私は堅苦しいのは嫌いだ」

「はい。後ほど」

 挨拶はまだ終わっていない。終わるどころか、まだ始まったばかりなのだ。

「……本日はお招きいただきまして、誠にありがとうございます」

 そして彼にとっては次が挨拶の本番。もっとも緊張する相手だ。

「本当に固いな。レグルスらしくない……らしくないと評価されたほうが良いのか?」

 相手は彼と同い年。王国の第二王子ジークフリートだ。

「私は私。らしいもらしくないもないと思います」

「そうか……そうだな。しばらく会わないうちに大人になった。そういうことか」

 相手のほうは彼が心の奥に抱いている悪感情など知らない。それどころか同い年の幼馴染として、仲の良い部類に入ると思っている。王子という立場でそう思えるような相手は、彼が北方辺境伯の孫であるように、爵位が高い家の子しかいないのだ。

「そうだと良いのですが……では、王女殿下への挨拶がありますので」

 親しげに話されても彼は困ってしまう。十歳になる前、新しい人生で自我が目覚める前までは、何も考えずに応対出来ていたのだろうが、過去の人生の記憶を持つ今はそれは出来ない。この第二王子も、彼の大切な人を処刑台に追いやる主要人物の一人なのだ。

「大丈夫か? 少し痩せたように見える。病にかかっているのではないか?」

 彼の内心を知らない第二王子のほうは、彼の態度の変化をいぶかしんでいる。今の彼は第二王子が知る彼とはまるで別人。疑問に思うのも当然だ。

「……逆です。健康に気を付けるようにしています」

 健康に気を付けている、というレベルではないのだが、第二王子に向かって鍛えていると言うのは、なんとなく憚られる。手の内を晒すような気持ちと、もっと子供な、努力を知られるのが恥ずかしいという気持ち。大人と子供が入り混じる彼の感情は複雑だ。

「そうか。それは良いことだな」

「はい。では」

 思いのほか時間をとられた、というほどの時間ではないのだが、第二王子への挨拶をきりあげて、彼は隣に立つエリザベス王女の前に移動する。

「王女殿下。本日はお招きいただきありがとうございます。お美しいご尊顔を拝見出来て、大変嬉しく思います。では」

 言うべきことを言って、その場を去ろうとする彼。

「ちょっと? そのように急ぐ必要はないのではありませんか?」

「……失礼しました。では」

 王女に引き留められても彼は謝罪しただけでまた去ろうとする。

「少しくらい会話していったらどうかしら?」

「えっ?」

「えっ、って。その反応は何ですか?」

 彼には自分と会話しようという気持ちがまったくない。それが分かって、王女は不機嫌な顔を見せている。

「私などとは話したくないのではありませんか?」

「どうしてそう思うのですか?」

「どうして……あれ?」

 王女から「どうして」と聞かれて、改めて考えてみると「どうして」なのか分からなくなる。自分は王女に嫌われているはず。だがそれが、どの時期からかを彼は思い出せなかった。

「あれ、って……少しは大人になったのかと二人との話を聞いて思っていましたが、そういうところは相変わらずですね?」

「申し訳ございません」

「お美しいご尊顔なんて言ったけど、少しもそう思っていないのでしょう?」

 嬉しいと本当に思っているなら、すぐに離れようなどとはしないはず。彼の言葉は明らかに嘘だ。

「そのようなことはありません。人はあまりに美しいものを見ると眩しさを感じ、視線を逸らすものです。殿下の神々しいまでの美しさは、私のようなものには見る資格さえないと思わせてしまうのです」

「……貴方、本当にレグルスなの?」

 誰もが王女の美しさを褒める。だが、このような褒め方をしてくる相手に王女はこれまで出会ったことがない。まして、それが彼の口から飛び出してくるなんて信じられない。

「私は私です」

 結果、第二王子に向けたと同じ言葉を彼は口にすることになった。

「それはそうですね……ありがとう。褒めてくれたことに御礼を言っておくわ」

 北方辺境伯家の出来損ないと呼ばれる彼からの誉め言葉でも、嬉しいものは嬉しい。それどころか、お世辞とは遠いところにいる彼のような者から、澄ました顔で美貌を賛美されると他の人から褒められるより嬉しく感じる。
 王女の顔に浮かんでいた不機嫌さは綺麗に消え去って、今は笑顔が浮かんでいる。

「御礼など。王女殿下を笑顔に出来たことは、他のどのような褒美にも勝る喜びです」

「……褒めすぎだわ」

 王女の頬が赤く染まる。ようやく彼は本気で自分を褒めているのだと分かったのだ。間違いだが。

「私はそうは思いません。では」

 ようやく王女からも解放された。面倒ごとはこれで終わり、にしようと彼が勝手に思っているだけだが、で、あとは会場の隅でのんびりと、頭の中では様々なことを考えて、過ごすだけだ。
 途中で飲み物を受け取って、窓辺に移動する彼。王家以外にも知った顔はいるが、それらは無視。挨拶しなければならないという決まりはないのだ。

(窓から見える風景とか、こういうことは割とはっきりと覚えているのに)

 目の前にある窓から見える庭。彼にも見覚えのある風景だ。このようなことは、前の人生での記憶か十歳前の記憶かは分からないが、残っている。そうであるのに、こうしてパーティーに参加している記憶はないのだ。こんな風に疑問に思っている記憶も。

(……彼女との記憶も、今はない。俺はどうして彼女を好きになったのだろう?)

 そして彼にとって、この世でもっとも大切な人との記憶もない。その彼女もこの会場にいる。彼と同い年である十歳の子供にしては、色気を感じさせる雰囲気。少しきつめの目がそう感じさせるのか。彼には分からない。こうして見ていても、自分が好むタイプの女性なのかも分からない。
 彼女のほうは、そんな彼に視線を向けることはない。たまたま視界に入ることはあっても、彼は彼女にとって気にする相手ではない。どちらかというと接触は避けたいと思う相手なのだ。
 この二人が何故、心を通わせることになるのか。今は当人たちにも分からないことだ。

「なるほどな。大人になったというのはそういうことであるか?」

「えっ? あっ、殿下」

 現れたのは第一王子。ついさきほど挨拶を終えて、別れたばかりだというのに早々と彼の前に現れた。

「近づく私にも気づかないとは。そこまで夢中であるか」

「夢中……何の話ですか?」

 確かにぼんやりと考え事をしていた。だがそれと、第一王子が最初に発した「大人になったとはそういうことか?」とがどう繋がるのかが彼には分からない。

「妹を口説いたかと思えば、別の女子をずっと目で追っている。異性に興味を持つようになったのであろう?」

「……はっ? 私がいつ王女殿下を口説きましたか?」

 彼には心当たりがない。そんな意識をすることもなく、王女を褒めちぎっていたのだ。

「あれを口説くと言わなければ、口説くとはどれほど恥ずかしいことなのであろう?」

 横で聞いているほうが恥ずかしくなるような台詞を彼は王女に向けていた。どう考えても口説いているとしか第一王子には思えない。それ以外に彼が王女にあんなことを言う理由が思いつかないのだ。

「……そんな恥ずかしい台詞でしたか?」

「私にとってはそうであったな。だが妹は満更でもなかったと思うぞ。もう一押し、二押しすれば、あるかもしれない」

「ある?」

「婚姻だ。妹は……二つ年上か。関係ないな。レグルスには年上の女性のほうが合っている。少しくらい破天荒なことしても許してくれる心の広い……ま、まあ、妹も大人になれば、もう少し寛容な性格になるであろう」

 性格面では難があるとしても、まったくあり得ない話ではない。王女が嫁ぐ先として辺境伯家はもっとも相応しい相手。家柄だけでなく、政略面でも王家にとっては望ましい婚姻相手なのだ。

「王女殿下であれば、きっと素敵な女性になると思いますけど、そうであれば尚更、私との婚姻はあり得ません。私には勿体なさすぎます」

「そうであるかな? 私はお似合いだと思うが……お前はどうだ? リズ」

「えっ?」

 第一王子が呼んだ名は王女の愛称。それに驚いて彼が、第一王子の視線が向いている、背後に振り向いてみれば、そこには王女が確かにいた。また頬を赤く染めて。

「……レグルスの言う通りですわ。私の夫になるのであれば、もう少し痩せて……いえ、痩せるだけでは駄目だわ。もっと強い男でないと」

 王女の答えは拒否。ただし、条件付きの拒否だ。条件を満たせば結婚しても良いということになる。そうであることを王女本人は良く理解していない。
 彼はこれから一気に痩せていく。彼本人は満足することはないが、強くもなる。もっと言えば、稀代の女たらしなどという汚名、なのかは微妙だが、を着せられるほどの、モテる男になる。最後のは王女の結婚相手に相応しいとは言えないだろうが、それ以外の条件はクリアするのだ。
 それを今この場で知っているのは彼本人だけ。だからといって、王女との婚姻が実現するわけではないことも彼は知っている。

 

 

◆◆◆

 王家主催のパーティーは問題なく終了。問題が起きることを心配するのがおかしいのだが、ノルトシュッツヘル北方辺境伯家は心配しないではいられない。これまで何度か、レグルスは大小の問題を起こしてきているのだ。
 幸いにも今回は何事もなし。それどころか、彼は驚くほど無難に事を終わらせてみせた。ある点では無難とはいえないところもあるが、当初恐れていた状況に比べれば、遥かに上出来だ。
 ただ、それを全ての人が喜ぶわけではない。

「……王女との結婚の可能性か……それほど心配することはないだろう?」

 王家と辺境伯家の婚姻。王家にとっての良縁が必ずしも辺境伯家にとってもそうとは限らない。王家との繋がりが深まるのは悪いことではないが、嫁として迎え入れるとなると、自家に監視の目を入れることになってしまう。辺境伯家から王家に嫁ぐ時は、そうしているのだ。送り出せる数は少数になるが同行させる使用人たちは、情報収集し、それを伝える役目を担っている。

「可能性は無ではありません。いえ、割と高いのではないかと考えます」

「ふむ……だが、申し入れを受けたら、断るわけにはいかない」

 王女を嫁がせると言われて、それを断るわけにはいかない。王家と辺境伯家は冷戦関係にあるが、さすがに臣下の立場でそれは出来ない。王家だけでなく、他の貴族家に強く批判され、自家への攻撃に利用されてしまう恐れがあるのだ。

「はい。承知しています。ですから申し入れを受けないように備える必要があります」

「備える……どのような備えを考えている?」

「先に別の家との婚約を進めてしまいます」

 婚約者がいる相手に王女を押し付ける。そこまでのごり押しは王家には出来ない。行っても王家が恥をかくだけだ。確かにこの案は備えになる。

「婚約と言ってもな……相手を探すのが大変だ」

 息子の悪評が広がっていることは分かっている。そうでなくても、婚約相手などすぐに選べるものではない。

「候補者はおります」

「そうなのか? それは、どこの誰だ?」

「レグルス様と毎日のように会っている女の子です。同い年くらいですが、将来はその美貌を謳われること間違いなしと思える女の子ですので、レグルス様の相手として申し分ないかと」

 家臣が推薦したのは彼女。不思議なことではない。彼と彼女が婚約することはストーリーに定められているのだ。

「下賤の娘だ」

 父親は彼女の素性を知っている。息子が毎日のように会って、親しくしている女の子がいると聞いて、調べさせたのだ。彼女の素性は辺境伯家に嫁ぐ者として「申し分ない」などと言えるものではない。

「家柄はどうとでもなります。重要なのはレグルス様の気持ちだと考えております」

「好きな子と結婚させてあげたとでも言うのか? そんな自由はレグルスにはない」

 北方辺境伯家に生まれたからには結婚相手を自由に選ぶことなど出来ない。家にとって一番良い相手が選ばれ、本人の意思とは関係なく、婚姻は進められるのだ。

「そうではありません。その女の子はレグルス様が唯一、気を許しておられる相手。大人の対応が出来るようになったのは彼女のおかげに違いありません。そのような相手を側においておくことがレグルス様の成長に繋がると考えたのです」

「……ふむ」

 家臣の説明を受けて、父親に考える余地が生まれた。もともと北方辺境伯家の出来損ないと言われている息子。家の恥と考えている息子。結婚相手が何者であろうと、これ以下の評価には繋がらない。逆に息子を少しはマシにしてくれる相手であるなら、家柄の問題など小さなことかもしれないと考えたのだ。

「まずは養女にしてくれそうな家を当たってみます。婚約破棄の可能性もありますので、あまり爵位は高過ぎないほうが良いでしょう」

「……急ぐことはない。時間をかけて、慎重に進めてくれ」

 こんなやり取りで彼と彼女の婚約話は進むことになる。特別なイベントなど必要ないのだ。二人が婚約者であることはゲームスタート時の設定。しかもまだゲームが始まってもいない中で、大きなイベントなどあるはずがない。