月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第3話 変わるはずのない世界が変わっているのは誰のせい?

異世界ファンタジー SRPG「アルデバラン王国動乱記」~改~

 数えきれないほど繰り返された人生の中で、もっとも熱心に自分を鍛えているつもりの彼。だがその行動は周囲には奇行と受け取られ、ますます彼の評価を下げている。
 たとえば、水泳を日常的に行う習慣などない世界で、まだ肌寒い季節のこの時期に川に入っているだけで異常。さらに川を遡っては流されるを、ひたすら繰り返している彼の姿は、頭がおかしいのではないかと思われても仕方のないものだ。
 彼自身はそんな他人の評価など気にしない。気にしないようになった。同じ人生を繰り返しているといっても、それは結末とそれに至る大きな流れだけ。変わっている部分はいくつもあって。主要キャラクター以外との人間関係もそのひとつ。他人との壁を作ったのは、彼の意思でもあるのだ。

「……家庭教師」

「はい。今日から家庭教師を務めるアオグストと申します。よろしく」

 真っ白な髪を後ろに撫で付けた、鋭い視線の老人。これまでとは少し違う雰囲気の家庭教師に、少し彼は戸惑っている。

「今日から……聞いていない」

「そうでしたか。では早速、授業を始めましょう」

「俺は聞いていないと言った」

 自分の意思はまったく無視。こういう態度を見せる人物は、もっとも彼が厭わしく思う対象。やや怯んでいた気持ちが一気に消し飛んだ。

「私の雇い主は御父上。御曹司ではありません。御父上が今日からと申されれば、今日から授業を始めます」

「では始めるが良い。俺は俺がやるべきことをする」

 さらに家庭教師は言わなくて良いことを言ってしまった。彼は父親にも悪感情を抱いている。その父親に従えというような言い方は反発心が強まるだけだ。

「それでは授業になりませんな」

「俺がいても同じだ。俺にお前の声は届かない」

「……ふむ」

 想像していた以上の反発。難しい子だとは事前に聞いていたが、実際に向かい合うと思っていたのとは少し違っていると家庭教師は思った。

「雇い主である父との契約は俺の家庭教師になれというものだろ? では、それは認めてやる。お前は俺の家庭教師だ。良かったな。職務を全うできた」

 家庭教師と認めても、その者の話を聞く為に時間を費やすつもりは彼にはない。日課の鍛錬メニューを消化する為に、出掛けようとした。

「お待ちください。私が父上に言われたのは、御曹司に辺境伯家の子として恥ずかしくない教養を身につけさせるようにというもの。家庭教師と認められただけでは職務を全うしたとは言えません」

「……そうであれば、すぐに契約を解除したほうが良い。俺は自分を恥ずかしいと思ったことはない。父上の望むような人間になる気もない。だから、お前は結果を出せない」

 辺境伯家の子として、なんてものは彼にとってまったく価値のないものだ。彼にはそんなものを捨てても、叶えたい夢がある。今、優先すべきはそれを実現する為の鍛錬や勉強なのだ。

「ふむ……では御曹司が求めるものとは、どのようなものですかな?」

「…………運命を変える力」

「ほう」

 十歳の子供の口から出てくるような言葉ではない。彼の言葉は憧れとか、そういう陽の感情からのものではない。もっと切迫した、簡単には説明出来ない複雑な感情からの言葉だと家庭教師には感じられたのだ。

「だが、これを知る者はいないことを俺は知っている」

「そうでしょうな……しかし、何かを成し遂げるのに知識は間違いなく役に立ちます。それを得る努力は必要なのではないですかな?」

「……分かっている」

 もともと家庭教師を欲したのは彼だ。自分一人の力では得られないものは多くある。それを彼は知っている。今、反発しているのは家庭教師の第一印象が悪かったから。それと父親が学ばせようとしているものは、自分が求める知識とは正反対のもの。こう思っているからだ。

「今日のところはこれで引き揚げます。ただ、明日、いえ、明後日はお時間をいただけますかな? 御曹司が求める知識を私が伝えることが出来るか。話を聞いて、判断してください」

「……分かった。良いだろう」

 家庭教師は自分が求める知識を提供する、とは分からないが、そうしようという意識は少しはある。こう感じた彼は申し出を受け入れることにした。
 これも小さな変化。だがこの変化は過去の人生経験がもたらしたものではない。仇敵であっても自分が求める知識を持っていることがある。これを最近、知ったからだ。

(さてさて、運命を変える力とは……こんなことを考える若者がいるのだな。運命など変えられるはずがない。変えられるのであれば私は……)

 自分の運命を変えている。だがそれは出来なかった。

(期待を持つな。最後の瞬間が辛くなるだけだ)

 世界は小さく変化している。その変化は彼だけにもたらされたものではない。世界全体が、そこで生きる人々が変化しているのだ。それに気づく者は誰もいない、今はまだ。

 

 

◆◆◆

 王都と定められている地域はかなり広い。中央付近に王城があり城壁の周辺に王国軍施設が配置されている。軍施設を囲む壁と堀、そのさらに外側に貴族家の屋敷が立ち並び、さらにその外に平民が暮らす住宅地、そして商業地域がある。ここまでを一般的には、王都と呼ぶ。だが公式にはその王都を囲む壁は内壁と呼ばれていて、その内壁の外も王都。国の施設も点在しているが、それ以外の土地の多くは農地もしくは農地にする予定の開墾予定地、そしてそこで働く農民などが暮らす場所となっている。その広大な土地を、長大な外壁が囲んでおり、そこまでが王都と定められているのだ。
 内壁の内と外では様子がまったく違う。建物が密集している内壁の内とほぼ農地かまだ農地にもなっていない野原が大半を占める内壁の外を同じ王都ととらえるのは感覚的に無理がある。そのせいで普段、人々が王都と呼ぶ時は内壁の内側を指している。内壁の外で暮らす人などは、ほぼ百パーセントそうで、内壁の内側に行く時は「王都に行く」と言っているのだ。
 何故、そのようなことになったのか。それは、農地やそこで働く人々を守るために、あとから長大な外壁を作ったから、とされている。外壁を作ったあとに書類上、その外壁までを王都に変えた。そんな風なので、人々の認識が変わるはずはない。
 では何故、外壁をあとから追加したのか。当たり前だが、危険を避ける為だ。この世界には様々な危険がある。治安も、この世界で生きる人たちには比較する対象などないが、悪い。城を攻められた時の備えだけではなく、野盗などから、王都の人々の生活を支える食料を守る為に外壁は作られたのだ。
 そして農作物や農民たちにとって危険な存在は野盗だけではない。この世界の野獣は人間にとって、かなり危険な存在だ。その上位種である魔獣ともなると、掃討のために軍を出すなど当たり前なくらいだ。その危険な野獣の侵入を防ぐ目的も外壁にはある。完璧にその目的を果たしているとは言い切れないが。

「きゃあ~、可愛い! 何、子犬を飼っているの?」

 また女の子は彼が鍛錬しているところにやってきた。その彼女の第一声がこれ。彼のすぐそばで何かにかじりついている子犬を見ての反応だ。

「はっ? お前には俺が羊飼いに見えるのか?」

「見えない。というか、そんなこと言っていないでしょ? その子犬は君のペットなのかと聞いたの」

「ぺっとって何だ?」

 この世界の人にペットを飼う習慣はない。そんな贅沢が出来るほど、人々の暮らしは豊かではない。彼の家のような裕福な家でもペットは飼わない。作者はペットなんて要素を必要としなかったのだ。

「……えっと、その子犬は?」

 彼の問いで女の子もそれに気が付いた。この世界にどうやらない「ペット」という言葉を使ってしまったことに、内心ではかなり焦っている。

「上流から流れてきた、のだと思う」

「ああ、助けてあげたのね?」

「いや、気が付いたら俺の体の上に乗っていた。一緒にここまで流れてきて、岸に上がる時にも俺の服にかじりついて離れようとしないから、仕方なく」

 いつものように体力がかなり限界まで近づいたところで、流れに身を任せていた。子犬は仰向けで流れている彼の上に、勝手に乗っかて来たのだ。わざわざ体の上に乗る為に川に入ってきたとは思えないので、子犬は流されてきたのだと彼は考えている。彼のように自ら望んでではなく。

「……まあ、それも助けたってことね」

 そこは「助けた」ってことで良いだろ、という言葉は飲み込んでおいた。突っ込んでもボケてくれないのは明らか。下手すると怒ってしまうと考えたからだ。

「ということでお前のパンはない」

「えっ……?」

「こいつがかじったので良ければ食べればいい」

 持ってきたパンは子犬にあげてしまった。正確には、子犬が勝手にくわえてしまったのだ。

「……子犬から奪えと?」

 お腹は減っているが、さすがにそれには抵抗がある。子犬が可哀そうというだけでなく、子犬とパンを奪い合う自分を想像すると情けなくなるからだ。

「他に方法があるか?」

「あるでしょ? 君の分があるじゃない?」

「子犬から奪うのは駄目で、俺から奪うのは問題ないのか?」

 「分かった。仕方ないな」なんて素直に受け入れる彼ではない。女の子はそういう相手ではない。

「子犬は困るけど君は困らないから」

「……困らなくはない。栄養が足りなくて成長が遅れるのは困る」

 女の子の言う通り、今この場でもっともパンに対する欲求が少ないのは彼だ。それは彼もそう思うが、簡単に認めるのはちょっと悔しかった。

「仕方がない。じゃあ、今日も半分」

「譲歩したような言い方しているけど、もともとお前には何の権利もないのだからな」

 女の子の言い分にまた文句を言いながらも、彼はパンを半分にちぎっている。これ以上、意地を張るのもみっともないと思って、何を言われても譲ろうと思っていたのだ。

「旦那様、お恵みありがとうございます」

「なんだ、それ?」

「お礼。ちょっと悪趣味だったかな? 貧しい人を馬鹿にしているようで駄目ね。取り消し」

「分からない」

 彼には女の子が口にしたお礼が、どうして貧しい人を馬鹿にすることになるのか分からない。彼女の口にしたお礼を聞いたのも初めてなのだ。

「そっか。お金持ちだからって貧しい人に施しをするとは限らないか」

「寄付ならしている。俺ではなく、家がやっていることだが」

「ここまでは……表中央大通りか。それじゃあ、分からないか。仕方がないね」

 彼はきっと本当に貧しい、その日の暮らしにも困るような人を見たことがない。城の表玄関に通じる表中央大通りには、そういう人はいない。王都の闇が見えないように、厳しく取り締まられているのだ。

「俺は何を知らない?」

「う~ん、一言にすると貧困。この半分のパンさえ、手に入れることが出来ない人のこと。今日を生きられるか分からない不安を抱きながら毎日を迎えている人、迎えられなかった人のこと」

「……知識としては知っているつもりだ。だが現実の厳しさは文字だけで分かるはずはないか」

 豊かな街である王都にも貧しい人々がいる。これは彼も知っている。だが、存在を知っているだけで、現実にその人たちがどのような暮らしをしているかまでは知らない。そんな知識は役に立たないはずだ。

「暗くなったね。違う話をしよう……そうだ! 猛獣使いって知ってる?」

「どうして、いきなり猛獣使いの話になる?」

 猛獣使いそのものは彼も知っている。これも文字での知識。自分には必要のない知識だと考えたので、これまで深く調べることはしてこなかった。

「いきなりではないわ。子犬の話に戻したの」

「……お前、俺に見世物小屋で働けというつもりか?」

 女の子は子犬を従えろと言っているのだと思った。だが、それは彼にとっては侮辱だ。猛獣使いの能力は、見世物小屋で働くくらししか役に立たないと思っているのだ。

「そうは言っていない。ただなついているみたいだから、向いているのかもと思っただけ」

「それが……いや、良い。猛獣使いになる為の訓練をしている暇なんて、俺にはない」

 猛獣使いに向いているなんてのは侮辱にしか聞こえない。だが、文句は一度で止めておくことにした。彼女との会話は自分にヒントを与えてくれる。意味のない話であっても拒絶は止めようと決めていたのだ。

「そっか。そういえば、君はどうしてその年でこんなに熱心に自分を鍛えているの?」

「はあ? それをお前が言うか?」

 鍛錬を行っているのは彼女も同じ。自分の鍛錬に疑問を持つのはおかしいと彼は思う。

「自分が変わっているって自覚があるから聞いているの。私は今の暮らしから抜け出したいという気持ちから。君は?」

「……俺が熱心に見えるとすれば、それはこれまでが熱心ではなかったからだ。小さな頃から家庭教師をつけられて勉強していたが、その頃の俺は真面目に取り組むことなんでなく、怠けてばかりだった」

 これは彼自身の記憶にはないこと。もしその時から始められるのであれば、と何度も思ったものだ。

「家庭教師か……やっぱり住む世界が違う」

 彼が身に着けているものなどからお金持ちであることは分かっていた。だが、子供のころから家庭教師を雇うなど、お金持ちの中でもさらに別世界の人だと彼女は思った。

「……お前にとってはそうかもしれない。だが同じ世界に住む者もいる。そいつらに俺は遥かに及ばない」

 数年後に競争相手となる者たち。彼にはない豊かな才能を持ち、幼い頃から努力を続けてきた彼らに、スタート時点で大きく差をつけられることになる。そして彼女にも。

「そっか。世の中にはすごい人がいるものね?」

「無駄にした時間を少しでも取り戻したい。そう思っている」

「努力は報われるなんて綺麗事は言わない。でも、君なら大丈夫」

 努力は報われるなんて信じていない。これまで報われた経験がない。だが諦めなかった。諦められなかった。その結果が今。挑戦する機会を得られたと彼女は考えている。

「……鍛錬に戻る」

 君なら大丈夫。なんの根拠もない言葉であることは分かっている。分かっているが、心に響いた。心に響いたことに恐れを抱いた。彼女は仇敵。それを忘れてはならないのだ。

「じゃあ、私も戻ろう。じゃあ」

「ああ、じゃあ」

 軽い挨拶をして彼女は歩き出す。

(……転生者ではない、かな? ペットも知らなかったし……演技だったりして。そうだとしたら人間不信になりそう)

 自分と同じように鍛錬を行っている彼を、彼女は転生者ではないかと疑っていた。普通に会話しながらも、彼が発する言葉のひとつひとつを気にして聞いていた。結果は、白に近い灰色。同じ世界の人間とは思えなかった。
 それでも灰色なのは、決めつけてはいけないという思いがあるからだ。同じ世界に生まれたからといって味方とは限らない。警戒を緩めるわけにはいかないと思っているからだ。

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