月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第48話 二人が出会ったことの意味

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 特別士官学校での時間の多くはティファニー王女を鍛える為に費やされている。サーベラスとクリフォードが交代で鍛錬の相手を努め、彼女の相手をしていない時間で自分の鍛錬を行うというやり方だ。当然、サーベラスとクリフォードはそれでは満足しない。ティファニー王女の相手をすることで減る鍛錬時間は、授業時間が終わったあとでカバーすることにしている。すぐ隣の城に移動する時間も勿体ないという入寮する時に使った口実は、まったくの嘘ではないのだ。
 ティファニー王女もそれを知っている。だから二人に相手をしてもらっている時間、だけでなく城に帰ってからも真剣に鍛錬に取り組んでいる。彼女も鍛錬中心の毎日を送っているのだ。
 だが今日は帰城してからの鍛錬を邪魔する事態が起きている。それはサーベラスとクリフォードにとっても同じだ。

「……あの、言っている意味が分かりません」

「惚けないで頂きたい。そちらがなされたことは、このシミオン、全て知っているのです」

 授業が終わり、早々にそれぞれ城と寮に引き上げようとした三人を引き留めたのはシミオンだ。ただ、ティファニー王女には、シミオンが何を言いたいのか良く分からなかった。

「私は何を行ったのでしょうか?」

 シミオンは珍しく、怒りの感情をあからさまにしている。嫌味のこもった遠回しの言い方には聞こえないのだが、それでも彼が何を言いたいのかが、ティファニー王女には分からない。

「……本当にお分かりにならないのであれば、そこの下僕にお聞きになれば良い」

「下僕などおりません」

「……そこの狂犬のような部下にお聞きになるが良い」

 シミオンが文句を言いに来たのは、サーベラスに自家の間者を殺されたこと。襲撃をしかけたのはシミオンの側なので文句を言える立場ではないのだが、そんなことは彼には関係ない。怒りの感情をそのままぶつけに来たのだ。

「狂犬のような部下なんて……いえ、もう良いです。サーベラス?」

 ティファニー王女としては「狂犬」という表現も認めたくないのだが、それを否定するよりも何があったのかが気になる。シミオンに言われた通り、サーベラスに尋ねることにした。

「さあ? 私は何を行ったのでしょう?」

「サーベラス……」

 その問いに素直に答えるつもりはサーベラスにはない。ティファニー王女に対してではなく、シミオンがいる場で話す気がないということだ。

「ふん。もう結構。我々が行っているのは戦争。これについて、シミオンも良く理解しました。これをお伝えしたかっただけです」

 サーベラスの態度を見てシミオンは、騒ぎ立てている自分が恥ずかしくなった。サーベラスの言った通り、五家の争いは戦争。人が死んだからと騒ぐのは、それを理解していない愚か者の行為。そう思ったのだ。
 ただ怒りは完全には収まっていないようで、感情を地面にぶつけていると思えるくらい大きな足音を立てて、離れて行った。

「……サーベラス、何があったのです?」

 ティファニー王女の感情も平静とは言えない。サーベラスが何を行ってシミオンを怒らせたのか、ややきつめの口調で問いかけた。

「降りかかる火の粉を払っただけです」

「もっと具体的に」

「……ビショップの一族の間者に襲われましたので、返り討ちにしました。襲われた寮で二人。敵のアジトで二人。計四人です」

 指示された通り、彼なりの具体的で、説明するサーベラス。

「四人も殺したのですか……」

 ティファニー王女にとっても四人殺したという事実だけで十分。その表情に敵を討った喜びはない。沈痛な表情を見せている。

「一応、申しあげておきますが、仕掛けてきたのは相手のほうです」

 サーベラスにはティファニー王女の感情が完全には理解出来ない。人殺しを厭う性質であるのは、なんとなく分かっている。だが殺さなければ殺されるのだ。仕方がないことだと割り切るのが当然だと思う。

「どうしても殺さなければならなかったのですか? 貴方であれば生かして捕らえることも出来たのではないですか?」

 だがティファニー王女はサーベラスは思うように、気持ちを整理出来ない。甘い考えだと分かっていても、死ななくて済む命は助けたいと思ってしまう。

「……完全に実力が見切れるような相手であれば、次からはそうします。ご命令であれば、ですけど」

「命令なんて……私は貴方に……いえ、違いますね」

 サーベラスにも人の命を大切に思ってもらいたい。これを告げることをティファニー王女は止めた。戦争に巻き込んでおいて、こんなことを言うのは身勝手過ぎる。途中でこう思ったのだ。

「シミオン殿が愚かでなければ、しばらくは大人しくしているはずです。絶対とは言えませんが」

「……そうだと良いのですけど」

「これ以上なければ、寮に戻りたいのですが? 遅くなると日課が消化出来なくなります」

 その寮はすぐそこ。ティファニー王女はこの言葉を、これ以上話をしたくないという意思表示だと受け取った。

「……ありません」

「では、これで」

 ティファニー王女の許可を得て、寮に向かって歩き出すサーベラス。その足取りに、シミオンとは違って、感情は見えない。
 実際の心の中では「怒らせちゃったじゃないか」とルーが責め、「何でこれで怒る?」とサーベラスが返すという会話が行われているのだが。

「…………」

 サーベラスとルーの心の中でのやり取りなど感じ取れないティファニー王女は、去っていく彼の背中に視線を向けたまま、寂しそうな表情を見せている。彼女は彼女で、サーベラスを怒らせた。怒りではなくても呆れさせてしまったと思って、悔やんでいるのだ。

「……実際のところは良く分かりませんが、王女様とサーベラスが目指しているものは同じではないですか?」

 そのティファニー王女に、その場に残ったままだったクリフォードが話しかけてきた。

「同じというのは?」

「争いを終わらせたいという気持ちです。サーベラスは争いの愚かさを知らしめることで終わらせようとしている。王女様と方法が違うだけだと思います」

 サーベラスは人殺しを好んでいるわけではない。クリフォードはこう考えている。戦争の愚かさを、それがもたらす悲劇を知っている。こう感じている。

「……私は、方法を思いついてもいません。どうしたら良いかも分からず、ただ周囲の状況に流されているだけなのです。こんな私が彼を責めるなんて……」

 戦争を終わらせたい。この想いに揺らぎはない。だが、それに向けて具体的になにをどうすれば良いのか。ティファニー王女の頭の中に具体的な計画は何もないのだ。
 確たるものを持たない自分に他人のやり方を責める資格はない。ティファニー王女はこんな風に思ってしまう。

「……これも私の勝手な考えですが……責めているなんて思わないほうが良いです」

「でも……」

「サーベラスが言葉にしたような命令でもない。お願いすれば良いのではないですか?」

「お願い、ですか?」

 クリフォードの言葉の意図が、ティファニー王女はすぐに理解出来なかった。「お願い」という言葉は今の話の内容には軽い表現のように思ったのだ。だが、それがクリフォードの意図。

「私はこうしたい。これで良いのではないかと思います」

「ただの我儘に思われれます」

 確たるものがないのに自分の願いだけを伝える。それは子供の我儘と同じだとティファニー王女は考えた。

「サーベラスはそうは思いません。あいつには、あいつのことを完全に理解しているわけではないのですが、それで良いのではないでしょうか?」

 他の人に対して同じことを言えば、ただの我儘かもしれない。だが、相手がサーベラスであれば異なるものになる。こうクリフォードは感じているのだ。

「……どうしてそう思うのですか?」

 ティファニー王女もサーベラスのことは理解できていない。自分よりも長くサーベラスと行動を共にしているクリフォードが何故そう思うのか気になった。

「あいつは他人に関心がないくせに、何故か人の頼みを断りません。お人好しというのではなく、あいつには自分から何かしたいという思いがないのだと考えています」

「でも彼には何か目的があります」

「はい。でもそれも果たして自分の為なのか。はっきりとした理由はないのですが、そうではないように感じるのです」

 サーベラスからは欲を感じない。それどころか自分を捨てたようなところがある。自分の命を平気で危険に晒すとか、そういうことだけでなく、心が冷めきっている感じで、クリフォードには生きることに対する熱が感じられないのだ。

「……私には分かりません」

「私にも実際のところは分かりません。ただ、サーベラスはあれで人に頼られることを嫌がらないのは良く知っています。王女様に仕えると決めたからには、あいつなりにやるべきことをやっているように思えます」

 サーベラスは嫌がっていないわけではないが、頼られれば応えようとするのは事実。クリフォードにとって、もっともサーベラスを理解しがたい点のひとつだ。サーベラスとルー、二つの心が彼らの行動を決めているなんて分かるはずがない。

「……そうですね。無力な私が人に頼ることを恥じるなんて、間違っていますね」

 どうして良いか分からなければ、人に聞けば良い。こうしたいと思うことがあるのであれば、それを伝えれば良い。何もせずにじっとしていては何も始まらない。分かっていたはずのことだが、クリフォードと話したことで、改めて確認出来た。

「じゃあ、行ってきます」

「はい……って、どこに?」

 「行ってきます」の言葉を残して、ティファニー王女は駆けだしていった。城に向かう道とは反対方向に。

 

 

◆◆◆

 寮に戻ったサーベラスはすぐに鍛錬を始めた。ティファニー王女に向かって言った「遅くなると日課が消化出来ない」という言葉は本心なのだ。サーベラスはまだまだ自分の実力に満足していない。前世の自分には遠く及ばない、ということではない。すでに前世の自分を、どう比較するのかは難しいが、超えている面はある。それでは足りないと思うようになったのだ。前世の自分が生きていた世界、間者の立場から見える世界は極めて限られた範囲。そうであることを知ったのだ。

(……ということなのだから邪魔しないでもらえるか? ルーも俺の気持ちはとっくに分かっているだろ?)

(いや、邪魔するつもりはないけど……気になって……)

 大切な鍛錬の時間を、よりにもよってルーが邪魔している。サーベラスがサーベラスの意思に基づき体を動かしている鍛錬なので、言うほど邪魔ではないのだが、なんとなく気が散るのだ。

(初恋の人を傷つけたのは謝る。だから静かにしていてくれ)

(そういうことじゃないから)

(じゃあ、どういうこと?)

 ティファニー王女を落ち込ませてしまった自覚がサーベラスにはある。ルーはそれを気にして鍛錬の邪魔をしているのだと感じていたのだが、ルー本人はそれを否定してきた。ではルーから伝わってくる煩わしい感情は何のか。サーベラスには分からない。

(彼女とこの先、うまくやっていけるのか心配になって)

(それを決めるのは俺じゃない。ティファニー王女だ)

(サーベラスはうまくやっていけると思えるの?)

 人を殺すことに罪の意識を持たないサーベラスと、人殺しを忌み嫌うティファニー王女。この二人が一緒にやっていけるのか、ルーは不安だ。
 サーベラスの性質は、その言動だけでは極めて危険な人物と見られる可能性が高い。人殺しに対して罪の意識がないというのは悪ではない。悪いことだとは教わってこなかったので、必要であれば殺し、必要なければ殺さないという、子供のような無知がもたらすもの。サーベラスの感情を知るルーには、ある意味、純粋であるとも感じるそれが、他の人に伝わることはないのだ。

(……それも俺には分からない。ティファニー王女次第だ)

 人に恐れられることには慣れている。サーベラスの前世においては、そうでない人のほうが珍しかったくらいだ。生まれた時から。
 人に好かれるための演技は出来る。必要だと思えばそうする。だが今は必要だと思っていない。それだけのことだ。

(ええ……仲良くするには歩み寄らないと……)

(いや、それくらいは知っている)

 さりげなく接点を作り、良い人を演じ、相手を油断させる。そういう手法についてはサーベラスは、ルーよりも遥かに知っている。

(じゃあ、やってみて)

(……必要と思ったら)

 何をそんなに急いでいるのか。ティファニー王女は苦しそうな表情で駆け寄ってきている。ついさっき別れたばかりで、何があったのかとサーベラスは思ったのだが。

「あっ、はあ、はあ、はあ……えっと、はあ、はあ、はあ……その……」

「呼吸を整えてから話したほうが良いと思います」

「そ、そう、ですね……はあ……はあ……」
 
 吸って吐いてを繰り返すティファニー王女。はじめは短く、徐々にそれを長くして、最後は大きく深呼吸。それを三回繰り返した。

「はい。大丈夫です」

「何かありましたか?」

「何かというか……えっとですね……私は、戦争を終わらせたいと思っています!」

「知っています」

 大声で自分の望みをサーベラスに告げるティファニー王女。その意味がサーベラスには分からない。戦争を終わらせたいという思いは、すでに聞いているのだ。

「でも、その為にサーベラスの心が傷つくのは嫌です」

「心が傷つく……僕の?」

 何故、自分の心が傷つくことになるのか。これもサーベラスには分からない。

「人を傷つければ、自分の心も傷つきます。まして命を奪うなんてことを行えば……私は自分のせいで、サーベラスの心を傷つけてしまうのは嫌です」

 クリフォードに言われた通り、ただ自分の思うことをサーベラスに告げるティファニー王女。

「その心配はいりません。人を殺しても僕はなんとも感じません」

「えっ……?」

「そういう育てられ方をしたので。人の命の大切さを僕は知りません。だから、人を殺しても何も感じま、えっ!?」

 さらにサーベラスはティファニー王女のことが分からなくなる。今のやり取りで、彼女が自分に抱きついてくる理由が分からない。こういう反応をさせるような、やり取りではなかったはずなのだ。

「そんなの駄目です。そんなの悲しすぎます」

「えっと……だから僕は、なんとも感じていないと……」

「だから、それでは駄目です。人の死に心が動かないなんて、そんな生き方は、辛すぎます。寂しすぎます」

「…………」

 何故、心が動かないのに辛く感じるのか。心が動かないのだから何も感じないはずだ。何故、この人は泣いているのか。仮に自分の人生が辛くても、ティファニー王女の人生が辛くなるわけではないはずだ。何故この人は、こんなにも温かいのだろうか。女性と抱き合ったことなど何度もある。だがこんな風に温度を感じたのは……二度目だ。
 この人も、もしかすると動かない自分の心を動かせる人なのか。もしそうだとすれば、自分の心はどのように動くのか。また死を選ぶことになるのか。それとも……サーベラスには分からない。