月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

第44話 僧正の一族

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 特別士官学校は王城のすぐ隣、敷地の一部が城壁に接している位置にある。士官学校の敷地は広大と呼べるほどのものではない。五家の権力争いが始まる今でこそ、各家が人を送ってきて、それなりの人数が通っているが、通常は入学する生徒は毎年、数名程度。一人もいない年もあるほどだ。そもそも士官学校は必要なのかという議論も、何度か巻き起こったくらい普段の人数は少ないのだ。
 それでも特別士官学校が存続してきたのは、指導に大きな差が生まれないようにという理由がひとつ。優秀な指導役を得た一族だけが力をつけるという状況にならないように、実際は士官学校卒業後に差が出るとしても、という考えからだ。
 さらに、対外戦争となれば各家が共闘することになる。お互いにまったく知る人がいないというのは好ましくなく、交流の場としての存在理由もある。必ずしも仲良くなるわけではなく、対立を生む場合もあるとしても。
 そして今の特別士官学校は対立を生む、五家の対立が持ち込まれている場という言い方の方が正しいかもしれないが、となっている。

「これはこれは、王女殿下。しばらくお姿を見られなかったので、シミオン、心配しておりました」

 久しぶりに士官学校に登校したティファニー王女に絡んできたのはシミオン=モンクレール。ビショップ=僧正の一族の後継者候補だ。言葉使いは丁寧に聞こえるが、彼の感情が言葉通り、敬意がこもったものでないことは、ティファニー王女には分かっている。慇懃無礼という言葉がぴったりな男なのだ。

「心配させたのであれば、申し訳ありません。士官学校を休んでいたのは済ますべき用事があったから。体のほうは何ともありません」

 それでもティファニー王女は、不快感を一切表に出すことなく応対してみせる。こういったことは、幼い頃から慣れたものなのだ。

「それは良かった。王女殿下には元気な子をたくさん産んでもらわなければなりませんから」

「……数は別にして、子供が元気であることは良いことですね」

 だが、続くシミオンの言葉にはティファニー王女は愛想笑いを続けることが出来なかった。

「早く決断されれば、数も望む通りになると思いますが?」

「そもそも私はたくさんという言葉を使うほどの子供を望んでいません」

「お分かりでしょう? たくさんの子は王女殿下ではなく、このシミオンの望みです」

 シミオンが求めているのはティファニー王女との結婚。純粋な恋愛感情からの求めではない。結婚によってキングの一族と繋がりを作ろうという戦略結婚だ。当然、キングがビショップの下位につくという形での。

「それでしたら別のお相手を探したほうが良いと思います」

「誰を相手に選ぶかも、このシミオンが決めること。王女殿下はただ従うとお決めになれば良いだけです」

 シミオンにとってティファニー王女の気持ちなど重要ではない。結婚という形を取るだけで、ティファニー王女に敗北を受け入れて、膝を屈しろと要求しているだけだ。
 ティファニー王女の顔に怒りが浮かぶ。まだ何もしていない状況で、敗北を認めるなど出来るはずがない。シミオンは自分を見下している。今、初めて思ったことではないが、それが悔しいのだ。

「……この人、絶対に女の人にもてないね?」

「そんな問いを俺に向けるな」

「他に聞く相手がいない。他人に聞かなくても分かるけどね」

 そこに割り込んできたのはサーベラスとクリフォードの会話。何を話しているのかは、対象であるシミオンにも、はっきりと分かる。分かるようにサーベラスは話しているのだから、当然だ。

「おい。季節外れのセミが鳴いている。うるさいから黙らせてこい」

 悪口に対して、怒りで反応しなかったのは、さすがと言うべきなのか。シミオンは後ろに控えていた部下に話を向けた。

「……承知しました」

 命令を受けて、部下はサーベラスに向かって歩き出す、ことはしない。その場で、腰に下げていた剣を抜いて、上段の構えから振り下ろしただけだ。振り下ろしただけで、サーベラスの体は大きく後ろに吹き飛んだ。

「サーベラス!?」「大丈夫か!?」

 それを見て、ティファニー王女とクリフォードは慌てて地面に倒れているサーベラスに駆け寄った。

「……痛い」

「大丈夫、なのですか?」

 サーベラスが吹き飛んだのはシミオンの部下による攻撃、霊力による攻撃によって。それで「痛い」の一言で済むような怪我であったことにティファニー王女は安堵と、驚きを感じている。

「……おい?」

 同じようにサーベラスが無事であることを意外に思い、それに不満を感じているのは命令したシミオンだ。彼が命じた「黙らせろ」は、この程度の意味ではなかったのだ。

「申し訳ございません。霊力を使った私闘は禁じられておりますので、程々のところにしておく必要があると考えました」

「……そうだったな。まあ、良い。身の程をわきまえさせる方法は他にもある。行くぞ」

「はっ」

 ティファニー王女は自分の存在を忘れてしまっているかのよう。覚えていても、これ以上、まともに相手をする気はないはずだ。挨拶、という口実の嫌がらせはここまで。シミオンはそう判断して、その場を去ろうと歩き出した。
 その後に続く部下。その部下の足が止まった。後ろを振り返り、サーベラスたちに視線を向ける。

「……あれが噂の男か……大げさに伝わっているだけとは言えないようだな」

 サーベラスについては、すでに一族から情報が届いている。霊力は低いながらもその戦闘力は見習い守護兵士の中では突出しているという情報も。
 少しくらい実力があっても、所詮は見習い守護兵士の中でのこと。この考えは改めるべきだと男は考えた。サーベラスはそれを証明してみせたのだ。もしかすると面倒なことに、面白いとも言えるかもしれないが、なるかもしれない。そう思いながら男は、シミオンの後を追った。

「……あれは?」

 面倒なことになるのは最初から分かっていたが、予想以上かもしれないと思っているのはサーベラスだ。

「彼はシミオン、シミオン=モンクレール。ビショップの一族の後継者候補です」

「それは相手の言動で分かりました。私が聞いているのは攻撃してきた奴のことです」

 偉そうな様子とティファニー王女への攻撃的な態度から、シミオンが何者かはすぐに分かった。今、サーベラスが気になっているのは自分を攻撃してきた相手のことだ。

「ああ……ビショップの守護騎士見習いのバクスターです」

「バクスター。あれで見習いか……」

 剣を抜いたことで何かをしてくると予想出来ていた。そうでなければ咄嗟に反応出来ていたか。サーベラスは危ぶんでいる。その相手が見習いに過ぎないということもサーベラスは少しショックだった。

「見習いといってもそれは士官学校をまだ出ていないというだけで、実力ではビショップの若手の中で一番だという話です」

「それでも若手の中では、という条件付きですか……油断ならないな」

「私からすれば、油断ならないのは貴方も同じです。よく彼の攻撃を避けられましたね?」

 バクスターの実力は、ティファニー王女もある程度、理解している。今の自分では敵わないと評価している相手だ。そのバクスターの攻撃を、霊力の強弱では勝負にならないはずのサーベラスは避けてみせた。サーベラスの戦闘力を高く評価しているつもりのティファニー王女だったが、驚かないではいられなかった。

「霊力は色々とその性質を変化させられるみたいですが、基本は物理的な攻撃ですから」

「どういう意味ですか?」

「斬る、刺す、打つ、叩く。縛るとかもありましたか。とにかく基本的な攻撃は普通の武器によるものと、威力や範囲が異なるだけで、同じです」

 攻撃に変換された霊力は威力や範囲、大きさが普通の武器とは異なるだけで、それ以外は基本同じ。触れなければ良く、触れたとしてもその威力を完全に殺せられれば、自分が傷つくことはない。これはサーベラスが以前から思っていたことで、城の書物を調べていて、事実だと分かった情報だ。

「……自分から後ろに跳んだのですね?」

「正確には、自分から後ろに跳んで、さらに霊力の壁を蹴って射程外まで離れた、です。もっと正確に言えば、運良く射程外に出られた。あれ、もっと射程延ばせるでしょうから」

「どうすればそんな真似が出来るのですか?」

 サーベラスの口調にはまったく特別なことをしたという雰囲気はないが、咄嗟にそのように判断し、実際にやってみせることがどれだけ驚くべきことか。少なくとも自分には絶対に出来ないことだとティファニー王女は思っている。

「出来るようになるまで鍛錬すれば」

「……そうですね。では、そうしましょう。とりあえずここが当面の鍛錬の場。特別士官学校です」

「知っています」

「…………」

 

 

◆◆◆

 サーベラスとクリフォードの公式の立場はティファニー王女の護衛。守護騎士見習いとして特別士官学校に入学するわけではない。二人の実力に不安を覚え、恥をかくことになるのを恐れたティファニー王女の父、アレクシス三世王がそう決めたのだ。
 二人にとってはそれほど支障はない。特別士官学校における授業のほとんどは自主鍛錬を行っているだけ。指導教官の助言が必要であれば求め、立ち合いの相手をしてもらいたければそれを求める。定期的に行われる実力試験などの時を除けば、ほぼ自由行動というのが特別士官学校のやり方だった。

(なるほどね。これじゃあ、偵察に来ても、参考にならないか)

(でしょ?)

 守護兵士養成所に入所する直前、ルーは何度か士官学校を偵察に訪れている。守護騎士見習いがどのようなことを学んでいるのか知る為だ。だが、その成果はほとんどなかった。その理由が、指導教官から学んでいるのは一部の人だけで、それも毎日ではないからだというのが、今になってサーベラスにも分かった。

(指導教官はかなり優秀だという話だけど……それほど利点はないかな?)

 守護騎士見習いではないサーベラスは教官の指導を受けることが出来ない。せいぜい他の人を指導している様子を見て、参考になる点があれば、それを自分の鍛錬に組み込むくらいだ。

(教官の実力を調べる前にやることがあるしね?)

 参考にすべき指導教官は誰かを見極める前に、サーベラスにはやるべきことがある。ティファニー王女の鍛錬方法を考えることだ。

(……入学したばかりの守護兵士見習いよりは、かなりマシだ)

 これまで何度か鍛錬を一緒に行った上でのティファニー王女への評価。こんな言い方でも評価として高いほうだ。鍛錬を初めて見るまでは、ド素人である可能性も、サーベラスは考えていたのだ

(そうじゃないと問題でしょ?)

 ティファニー王女はキングの一族の代表。他家との争いの前面に立つ身で、彼女の実力がキングの一族の評価大いに影響を与える。総合力では劣っているとすでに評価されているキングの一族なのだ。これでティファニー王女の実力も評価に値しないとなれば、勝負は決したも同然だ。

(キングの一族にとっては。俺たちにとっては、大きな問題にならない)

(そうなの? 仕える相手が弱いと勝てないよ?)

(生き残ることを優先するのであれば、戦わずして負けたほうが良いという考え方もある。中途半端に強いと他家との争いが長く、激しくなって、危険が増えるからな)

 サーベラスにとって大切なのは死なないこと。生きて、ルーに体を返すこと。キングの一族の勝ち負けなどどうでも良いのだ。

(そうだけど……頑張っているのを知っているから、少し可哀そうだね?)

(俺が言っているのはティファニー王女が弱いことが、俺たちにとって問題になるかどうか)

(強くなるかな?)

 強くなる可能性はある。そのことはルーも知っている。だが、まだ可能性だ。戦いに勝ち抜く強さをすでに身につけているわけではない。身につけられるかどうかは。

(彼女の努力次第だな)

(それとサーベラスの指導次第)

(……王女様に対して、どこまで厳しくして良いのだろうな?)

 明らかに出遅れているティファニー王女が周囲に追いつくには、他の人の何倍もの厳しい鍛錬が必要になる。一国の王女にどこまで厳しい鍛錬を課して良いのか。サーベラスは判断出来ないでいる。

(養成所での鍛錬くらいなら平気だと思うけどね?)

(それじゃあ周りに追いつけない。ティファニー王女が追いつかなくてはいけないのは守護騎士。それも実力最上位の守護騎士だ)

 守護騎士の実力についてはすでに思い知らされている。サムエルとは明らかにレベルが違う守護騎士、正しくは見習い、の実力を。そう思わせたバクスターもティファニー王女の話では「若手の中では」という条件付きの強さなのだ。

(鍛錬を始めるのが遅かったのは、やっぱり不利?)

 元々、後継者とは考えられていなかったティファニー王女が本格的な戦闘訓練を始めたのは四年ほど前。他家の後継者、もしくは後継者候補に比べるとかなり短いはずだ。ルークの後継者候補であったルーは幼い頃にすでに、まだ厳しいものではなかったが、訓練を始めていたのだ。

(それはそうだろうな。霊力を武器にした戦いだとしても、体の動きや相手の攻撃を見切る力なんかは普通の戦闘と変わらない。すくなくとも今まではそうだった)

 そうだからサーベラスはこれまでなんとかなってきた。霊力の弱さを一般的な戦闘能力の高さでカバーしてきたのだ。

(そうだよね……頑張って強くしてあげないとだね?)

(……頑張るのは王女様だ)

(その頑張る王女様を応援してあげるのはサーベラスの役目)

 ティファニー王女の頑張りを他人事にルーはしない。彼女を全力で支えるのがサーベラスの役目だと思っている。サーベラスはルーに体を返すことを最優先に考えているが、そう思わせているルーは、もちろん戻りたいという気持ちはあるが、優先度は違う。サーベラスには自分が出来ないことが出来る。その力を活かして欲しいという思いが、ルーにはあるのだ。

(応援……ティファニー王女は応援されているとは受け取れないと思うけど……)

 本気で強くしようとすれば、かなり厳しい鍛錬を課すことになる。応援されていると思うどころか、自分を恨むことになるかもしれない。サーベラスはそう思う。

(……それはどうだろうね? 僕はティファニー王女ならサーベラスに付いてきてくれると思うよ)

(それって……どういう意味?)

(言葉通りの意味。根拠はない。ないけど、なんとなくそう思うだけさ)

 ティファニー王女との出会いは運命かもしれない。彼女に恋をした自分ではなく、サーベラスにとって。そんな風にルーは思っている。そう思う理由は何かと聞かれても、答えはない。ただ、なんとなくそう思えるのだ。

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