月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

第43話 残り火

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 何故、自分はここにいるのか。時々、こんな思いが頭に浮かんでしまう。年に一度、役人が街にやってきて行われる宿霊の儀式。その年はいよいよ自分たちの代が儀式を受ける番。かすかな希望を胸に抱いて参加した儀式で、クリフォードは宿霊者となった。
 街にとっては二十年ぶりに現れた宿霊者。名誉なこととされ、クリフォードは多くの人にその偉業を称えられた。本人の気持ちとは大きくかけ離れた称賛を与えられることになった。まったく嬉しくなかったわけではない。だが、宿した霊力がそれほど強いものではないことは、すぐに教えられた。守護兵士養成所行きがそれを教えてくれた。
 果たして宿霊を喜ぶべきなのだろうか。クリフォードは分からなくなった。生まれ育った街を離れなければならない。その寂しさのほうが強くなっていった。だが、養成所に行かないという選択肢はない。そんなことは許されない。
 春になる前に出発。その日は確実に近づいてくる。街を離れるという事実が、次はいつ戻ってこられるのだろうか、その日は来るのだろうかという思いがクリフォードを苦しめる。このまま街を去って良いのかという想いが募ってくる。
 もう二度と会えないかもしれない。そうであれば、ずっと秘めていた想いを伝えたい。こんな風に思うようになった。実際にそれを実行しようとした。
 だが、それは叶わなかった。きちんと告白する前に相手はクリフォードの想いを察し、避けるようになった。これまでとは異なる苦しみがクリフォードを襲うようになった。周囲の視線に怯えるようになった。自分の秘密を知った人々は、実際に知ったかなど分からないのに、どう思っているのかを恐れるようになった。早く街を離れたい。こう思うようになった。
 多くの人が門出を祝ってくれる中、本人は逃れるような気持ちで街を出た。少し気持ちが落ち着いた。
 その気持ちがまた騒めいたのは、養成所初日。同じチームになったサーベラスを見た瞬間、こいつはヤバいとクリフォードは直感的に思った。今思えば、思いたくないが、一目惚れだったのかもしれない。
 それを認めたくなくて、徹底的にサーベラスを否定したつもりだった。だが、サーベラスから気持ちを逸らすことが出来ない。外見に、言動に、その強さに心惹かれた。自分の想いを否定出来なくなった。

(……魔性か)

 何故、これほどサーベラスに心惹かれるのか。サムエルの「クラリスがおかしくなっているのは、サーベラスに取りついている悪霊のせいだ」という言葉に一度は納得した。だが、そうではないという思いが徐々に強くなる。自分でも何故だか分からなかった。
 悪霊のせいにしたほうが気持ちは楽になる。そういう思いはあるのに、それを否定する自分がいた。自分の想いはそういうものではないと否定する自分に驚いた。

(報われないのに……)

 同性を愛してしまう自分を否定してきた。そうであるのにサーベラスへの想いを否定したくない。抱いてはいけない想いを悪霊のせいに出来ない。そんな自分が分からない。
 クラリスの死に際して、サーベラスは「彼女は自分のことをどう思っていたのかな? 最後にこれを聞きたかった」と言った。クリフォードも同じ気持ちだ。クラリスは自分の想いを悪霊のせいに出来た。どうしてそれが出来たのだろうとクリフォードは知りたかった。

(……また怒らせてしまうな)

 勝手に推測しては、クラリスを怒らせてしまう。だからこそ、彼女の口から聞きたかったのだ。自分に本音を話してくれるかは、かなり怪しいと思っているが。

(何故、俺はここにいる?)

 死ぬはずだった自分は生きてここにいる。サーベラスと共に、本来はいられるはずのない王城にいる。目通りが叶うはずのない相手と、毎日会い、普通に会話まで出来ている。
 不思議だが、それはまだ良い。クリフォードにとって重要なのは、サーベラスの側にいるという事実。その位置で、果たして自分に何が出来るのかという不安だ。
 今の自分には、何一つサーベラスに優るものがない。そんな自分がサーベラスの側にいる意味。そもそもいる意味があるのかと思ってしまう。

(強くなる……だが、どうやって?)

 強くならなければならない。今よりも遥かに強く。だが、どれだけ頑張っても、自分の努力がサーベラスのそれに勝るとはクリフォードには思えない。サーベラスは少しも立ち止まってくれない。全力で追いかけても、その背中は遠ざかる一方に思えてしまう。それがクリフォードは怖ろしい。自分の存在価値を見つけられないのだ。

 

 

「世の中のほとんどは凡人だ。それを思い悩むことに意味はないと思うがな」

「……ガスパー将軍」

 誰もいなかったはずの鍛錬場に、いつの間にかガスパー将軍が来ていた。それに気づかなかった自分をクリフォードは恥じることになる。

「お前の気持ちは分かる。私も自分の凡才を嘆いていた。だが嘆いていても、何も変わらないことも知っている」

「…………」

 自分を慰めようとしている。ガスパー将軍の言葉をクリフォードはそう受け取った。ありがたく思う気持ちがないわけではないが、実際に慰めになるかとなるとそうではない。クリフォードは強くなりたいのであって、苦しみを癒したいわけではないのだ。

「守護騎士に、それも将軍なんて肩書をもらった私の言葉では響かないか。だが、そんな私も世の中を変えるような特別な人間ではないことは間違いのない事実だ」

「……そういった慰めを必要とするほど、絶望しているわけではありません。凡人であっても努力次第で、思っていた以上の高みに登れることは知っていますから」

 サーベラスがそれを教えてくれた。頑張っているつもりだった自分の努力は、まだまだだったことを。量を増やすだけではなく、質を高めることで、一段も二段も上に行けることをクリフォードは教えてもらっているのだ。

「そうか……私の勘違いだったな」

「いえ、悩みがないわけではありません。誰よりも努力を怠ることのない天才の側にいる凡才は、どうすれば良いのかを悩んでいます」

「なるほど。目指す背中は遥か先ということか……難しい問題だな」

 クリフォードが目指す高みは、ガスパー将軍が思っていたよりも遥かに上。凡人ではたどり着けないだろう場所だ。難しいのはそれ自体ではなく、どうクリフォードに話せば良いのか。届くはずのない目標は諦めろ、とはさすがに言えない。

「正直、届かないとは思っています。ただ、共に戦う意味を求めているのです」

 どれだけ頑張ってもサーベラスには追いつけない。これをクリフォードは認めないではいられない。ガスパー将軍が知らないサーベラスの力をクリフォードは知っている。たった一度見ただけだが、自分が勝てる相手ではないと分かってしまった。

「……おそらく私は正しい答えを持たない。だが、思うところは言わせてくれ。何も考えることなく、追い続ければ良いのではないか? 決して諦めることなく、あとを追い続ける。それが出来る者は特別な存在ではないかと私は思う」

 もしサーベラスが選ばれた存在であるとすれば、その彼と共に生きる人たちも選ばれた存在。ただこれは側にいて、生きていられればの話。それが分かっているガスパー将軍は、これを正しい答えとは思えなかった。

「そうですね。その覚悟は出来ているつもりです」

「そうか……」

 クリフォードはガスパー将軍の想いを理解している。サーベラスと共にいるというのは特別なこと。それが許されない人たちに待つのは、容赦のない死だ。このことを彼は目の当たりにして、知っているつもりだ。

「別のことを聞いても良いですか?」

「答えられることであれば」

「どうしてティファニー様の下にサーベラスを置こうと考えたのですか?」

 ティファニー王女にその資格がなければ、彼女もまた死ぬことになる。ガスパー将軍はそれが分かっているはずなのに、サーベラスを彼女に仕えさせた。その理由がクリフォードは気になった。

「……贔屓目かもしれないが、王女殿下も特別な存在だと私は考えている。だが、事は王女殿下一人でどうかなるものではない。歴史を変えようと言うのだからな」

「歴史……そこまでの問題なのですか?」

 王国内の権力争い。それに勝つことがティファニー王女の目的だとクリフォードは思っていた。確かに王国の歴史書に残る出来事になるかもしれないが、ガスパー将軍の言う「歴史を変える」という言葉の重みは、その程度のことではないとクリフォードに感じさせる。

「百年以上続く戦争を完全に終わらせる。ティファニー王女が求めているのは、そういうことだ。そしてそれは私自身が強く求めていることでもある」

「本気で戦争を……」

「凡人が見る愚かな夢かもしれない。それでも私は諦められない。だが、私にはもう奇跡に縋る以外の方法を思いつかないのだ」

 勝てば戦争は終わると思っていた。その為に頑張ってきたつもりだった。だが、その努力が報われることはない。戦争は続き、さらなる犠牲を求めている。ガスパー将軍は自分には戦争を終わらせる力がないことを思い知らされている。

「サーベラスならその奇跡を起こせると考えているのですか?」

「いや、彼では無理だと思っている」

「……自分には分かりません。ガスパー将軍はサーベラスに何を求めているのですか?」

 ガスパー将軍はサーベラスが戦争を終わらせてくれると信じているわけではない。では何故、サーベラスをティファニー王女の下に置いたのか。クリフォードはまた同じ疑問を頭に浮かべることになった。

「サーベラスには導き手が必要だ。彼は、何か目的を持っているようだが、それが戦争を終わらせるというようなものではないことは明らかだ。彼自身の意思では、私が望む行動に向くことはない」

「……ティファニー様であれば導けると?」

 クリフォードもガスパー将軍の言う通りだと思う。戦争を終わらせるなんて目的を、今のサーベラスが持つとは思えない。彼には彼の、自分には分からない、価値観があると思っている。それに従うだけだと。
 では、ティファニー王女であればサーベラスを望む道に導けるのか。クリフォードはそれも難しいと思う。

「……どうだろうな? 私自身それが出来る可能性があるとすれば王女殿下だと思っているに過ぎん。必ず出来るとは思っていない」

「そうですか……」

 やはり、クリフォードにはガスパー将軍の考えが理解出来ない。理解出来るはずがない。彼はまだ、ガスパー将軍の苦悩の、その欠片さえも知らないのだから。

「お前に頼みがある。王女殿下とサーベラスの間を上手く繋いで欲しい。二人は正反対の位置にいると思っている。水と油のようでは混じり合うのは難しいだろう」

「……水と油を混ぜることなど、自分には出来ません」

「絶対に出来るはずがないことが実現するから奇跡というのだ」

「そうだとして、どうして自分が」

 そんな力は自分にはない。サーベラスに付いていくことさえ難しい自分に、ガスパー将軍が言う奇跡を起こせるはずがないとクリフォードは思う。

「お前が凡人だからだ」

「……どういう意味ですか?」

「戦争では数えきれないほどの理不尽な死が生まれる。何の意味もない無駄な死だ。その犠牲となるのは名もなき人々。英雄というのは、多くの名もなき凡人たちの犠牲の上に生まれるものだと私は思っている」

 その多くの理不尽な死をガスパー将軍は作り出してきた。敗色濃厚の中、仲間を救う為という大義を与え、殿となって死んでいった部下たちがいる。だが、その彼らの犠牲によって救われた命が、次の戦いであっけなく散っていく。自分は無駄死を命じているだけ。そんな権利が自分にあるのか。戦争を終わらせることの出来ない凡人である自分に。ガスパー将軍はそんな想いを重ねてきたのだ。

「自分にも犠牲になれということですか」

「そうではない。奇跡が天才の手だけで実現されるのでは、犠牲となった者たちが哀れだ。私は、本当は凡人たちだけで夢を実現して欲しいのだ」

「……お気持ちは少し理解出来ました。でも、お約束は出来ません。自分にはその力はありません」

 ガスパー将軍の想いの一端は、クリフォードにも理解出来た。だからこそ、安易に引き受けられないと思った。クリフォード自身が戦争を終わらせるという強い意思を持てていないのだ。まだ彼は、ガスパー将軍ほど戦争の理不尽さを経験していないのだ。

「誰からがやらなければならないことだ。王女殿下と異なる道にサーベラスが歩み始めた時、彼は英雄どころか災厄になってしまうかもしれない」

「…………」

 クリフォードの顔がわずかにしかめられる。ガスパー将軍はサーベラスについてどこまでのことを知っているのかと思ったのだ。サーベラスを災厄と見るくらい、彼について知っているのではないかと。自分が隠している秘密をすでに知っているのかと。

「そうなった時、誰かが止めなければならない」

「……無理です。自分には出来ません」

「分かっている。私が求めているのは、彼が正しい道を歩むように手助けをして欲しいということだ」

 クリフォードにはサーベラスを殺すことは出来ない。彼のサーベラスへの想いを知らなくても、実力を比べれば、そう思う。それでもあえて、この様なことをクリフォードに伝えたのは、やれるだけのことは全て行っておこうと考えたから。怠って、さらなる後悔を重ねることのないようにと考えたからだ。

「……ガスパー将軍はサーベラスの何を恐れているのですか?」

 ガスパー将軍はサーベラスの何を知っているのか。それをクリフォードは確かめようと思った。

「何を……お前のほうが良く分かっているのではないか?」

「……私は特別なことは何も」

 ガスパー将軍の問いは鎌をかけているだけ。そう疑って、クリフォードは答えを返すことを避けた。だが、これは間違い。ガスパー将軍は本気でクリフォードのほうが、サーベラスの問題を知っていると考えている。

「彼にとっては特別なことではない。それが問題なのだ。襲撃された時、サーベラスは仲間を殺すことを躊躇ったか?」

「……すぐには反撃しませんでした」

「そうか……それでも彼は自分を襲った相手を一人残らず殺した。お前の、襲撃には参加していないという証言が事実であれば、だが」

 サーベラスの実力であれば戦闘不能でとどめておくことも出来たのではないか。ガスパー将軍はそうしなければならないと考えているわけではない。相手が誰であろうと敵となれば殺す非情さを、普通ではないと考えているのだ。

「将軍が考えているより、サーベラスは苦戦していました。手加減する余裕はなかったのだと思います」

「それは、サムエルが本気を出したからか?」

「知っていたのですか!?」

 サムエルは守護騎士。この事実をガスパー将軍が知っていたことに、クリフォードは驚いた。驚いて、何も考えずに、素直に反応してしまった。今度こそ、鎌をかけられたことに気づけなかった。

「なるほど。サムエルの正体を知っているのだな? 彼は何者だ?」

 ガスパー将軍は、ただサムエルが本当の実力を隠していると見抜いていただけ。訓練時のサーベラスの実力は、実戦とは違うと見抜いたのと同じようなことだ。

「…………」

「隠すことに意味はない。どうせ、レンブラント教官と繋がりがあるのだろう? その繋がりを調べれば、正体は分かる。時間がかかるのと王国の組織を動かす手間はあるがな」

「……守護騎士です。おそらくはルークの」

 ガスパー将軍の言う通り、調べれば分かるだろうとクリフォードは思った。サムエルがただの見習い守護兵士ではないと気づかれた時点で、隠せることではないのだ。だが真実が明らかになることがサーベラスにとって良いこととは、クリフォードは思えない。レンブラント教官殺害も明らかになる可能性があるのだ。

「つまり、サーベラスの命を狙っているのは実家か……中立であるルークを敵に回すことになるな」

 サーベラスが、その実力の程は不明だが、守護騎士と戦い、勝つ実力があることは確かめられた。さらに彼が排除しなければならないと言っていた相手も。

「問題なのですか?」

「私自身は大きな問題とは思わない。ただのパワーバランスで国内の争いを終わらせても、戦争は終結しないと分かっているからな。ただ、問題視する人はいる。公には出来ないな。する必要もないが」

 国内の玉座をめぐる争いは、次の戦争の為の準備に過ぎない。国王を代えて、また戦争を始めるだけだ。それが勝利に結びつき、隣国との戦いに終止符を打てるのであれば良い。だが、ガスパー将軍はそうはならないと考えているのだ。

「……どうすれば戦争は終わるのですか?」

「私には分からない。分からないから人に頼るのだ。それがわずかな可能性だとしても」

 ティファニー王女とサーベラスを組み合わせることで、本当に戦争が終わるかなど、ガスパー将軍にも分からない。それが分かる能力があるのであれば、もっと何か出来ていた。だが現実として、状況は何も変わっていない。ガスパー将軍がどれだけ足掻いていも、悔やんでも、何も変わらない。自分自身の力では何も出来ない。ガスパー将軍はもう諦めているのだ。
 だが諦めたのは自分の手で事を成し遂げること。戦争を終わらせることまで諦めたわけではない。すでに残り火程度の想いになってしまっているとしても、心の火は残っている。その火を大きく燃えがらせることが出来る人に繋ぐこと。ガスパー将軍はそれが自分に残された最後の使命だと考えているのだ。

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