月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第41話 ようやく恵まれた環境になったのに……

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 襲撃事件はレンブラント教官の私怨によるもの。以前からクラリスに想いを寄せていたレンブラント教官が、彼女の気持ちがサーベラスに向いたことを知って、異常な嫉妬心を燃やして企んだこと。悪霊に取りつかれているなどという荒唐無稽な作り話は、クラリスが本気でサーベラスを好きになるはずがないというレンブラント教官の思い込みが作り出した妄想で、彼女自身に殺させようとしたのはそれだけサーベラスへの恨みが深かったから。そういうことだ、とされた。
 これこそ荒唐無稽な作り話なのだが、事件と五家との関係に対する疑いを完全に消し去るには、これくらい突飛な話にする必要があったということだ。どのような作り話であろうと、五家がそれは真実だと受け入れれば、それが公式な記録になる。今のアストリンゲント王国はそういう国なのだ。
 とにかくサーベラスは無実となった。クリフォードも、騙されていたことと現場で襲撃に加担していなかったというサーベラスの証言を受けて、無罪。二人は自由の身になった。
 大変だったのはそれからだ。二人を引き取るというティファニー王女の主張は、そう簡単には通らない。実戦で五人を返り討ちにしたことで、サーベラスの評価はまた一段とあがった。その力を認め、自家に引き込みたいと思う者は当然、キングの一族が引き取ることなど簡単には認めない。害意を持つ者も、養成所に残らせたほうが都合が良い。キングの一族の関係者、といってもガスパー教官だけで、それに立ち向かうことになったのだが、それで勝目があるはずがなかった。
 キングの一族側の意思で、交渉は養成所を離れて、五家が直接行うことになったのだ。

「……いや、自分で自分を褒めてあげたい気分だよ」

「お疲れ様です。兄上」

 キングの交渉窓口はウイリアム王子が担った。国王自らが交渉を行うわけにはいかない。この件は国の問題ではなく、五家の問題、というのがそうなった理由だ。結果として、それはキング、というより、ティファニー王女に良い結果をもたらすことになる。

「指導教官は全員引き上げ。今後、三年間は新たに送り出すことも出来ない。これは問題ない。ガスパーが問題ないと言っているだけで、実際にどうかは知らないけどね?」

「三年間ですか……」

 指導教官の勧誘は禁じられている、といってもそれは建前。優秀な見習い守護兵士と訓練以外では、まったく接触しないなんてことはない。三期目になれば、密かな勧誘はかなり積極的に行われるようになる。特殊幼年学校出身者がいるサーベラスたちの期が特別なだけで、他の期は入所前の五家との繋がりはそれほど強くないのだ。指導教官による勧誘は、進路にかなりの影響を与えることになる。
 キングはその影響力を与えられないというペナルティを受けることになった。

「二人の、実際に制限をかけたいのはサーベラスだけらしいけど、配属も本来の卒業年以前は禁止」

「配属が禁止……どうしてそのような制限がかけられたのですか?」

「ガスパーの話では、彼は同期の指導係のような立場だったそうだ。どういうところを鍛えるべきか、その為にはどういう訓練をすれば良いかの助言を行っていたらしい」

 指導教官たちがサーベラスを評価していた一番の点は、その指導力だ。サーベラス個人の実力よりも、そのほうが評価されており、それが他チームの訓練に参加させるという形に繋がっている。その最大の能力を、キングの一族だけで活かさせるわけにはいかない。いずれはそうなるとしても、先延ばしにしたい。他家がそう考えた結果だ。

「そんなことを……」

「大丈夫か? 父上ほどではないけど、彼は譲歩したものに勝る価値があるのか、私も不安になってきた」

 ティファニー王女も、サーベラスの能力を詳しく知っているわけではない。それをウイリアム王子は分かっている。どこまで他家の条件を受け入れて良いのかの判断は、かなり難しかったのだ。

「正直、分かりません。でも……彼には他の人が持たない何かがある。これは間違いないと思います」

「それはティファニーの勘? それとも……?」

「それも分かりません」

 何故、そう思うのか。ティファニー王女自身も分からない。人生を台無しにしてしまった償いとしてサーベラスを守ろうと、どう守るのかなど考えることなく、守護兵士養成所に向かった。そうであったはずなのに、自分の口から出たのは、「私に力を貸してください」だった。ウイリアム王子が不安に思う通り、戦士としてのサーベラスの実力などほとんど知らないというのに。

「……今更か。あとは養成所運営金の負担増。養成所規則を破ったことに対する謝罪文書。これは我々の規則破りを知らしめる為の嫌がらせだね」

 この程度で済んだということを喜ぶべきかも分からない。キングの一族はこれから三年間、守護兵士の補充が出来ない可能性が高い。ただでさえ、守護騎士で戦力不足であるのに、守護兵士でもさらに他家に差を付けられてしまう。もしかすると、これで勝利の可能性を完全に失ったかもしれないのだ。
 サーベラスの実力を把握していないから、こう思ってしまうのだが。

「あとは……まあ、まだあるけど、たちまちどうこうというものではない。当面は今言った点だね」

「ごめんなさい」

「謝る必要はないよ。ティファニーが信じる道を進めば良い。それが許される責任を僕は負わせてしまっているのだから」

 一族の命運をかけた戦いをティファニー王女に背負わせることになってしまった。それをウイリアム王子は申し訳なく思っている。もともと勝ち目の薄い戦いなのだ。彼女の好きにすれば良いと考えていた。

「……彼ら二人をこの先どうすれば良いと兄上は思いますか? 鍛錬だけの毎日で、きっと彼らはそれで満足だと思うのですけど。配属までの二年近くですか……それだけで良いのかと不安に思います」

 正式な守護兵士としての働きは出来ない。それでは何も戦力にならないに等しい。本来、彼らが学ぶはずだった期間であるので、鍛錬に専念させるのは間違いではないとは思う。だが、それだけで終わらせて良いのかともティファニー王女は考えてしまうのだ。

「その彼らは?」

「鍛錬場にいます。お城に来てから、調べものをすることと、食事と睡眠時間以外はずっと鍛えています」

「なるほど。放っておくと一生鍛錬で終わってしまうのかな? さすがにそれは問題だね?」

「兄上、それはないわ」

 ずっと暗い表情だったティファニー王女の顔に笑みが浮かんだ。ウイリアム王子としては、つまらない冗談を口にした甲斐があったというものだ。彼女には笑顔が似合う。この先、厳しい状況に置かれるとしても、出来るだけ笑っていて欲しいとウイリアム王子は思っている。

「実力を見てみたいな、私でどこまで測れるか分からないけど、とにかく一度、見てみたい」

「では一緒に鍛錬場に行きましょう。私も今日、初めて彼らと一緒に鍛錬する予定でした」

「そうか。ではティファニーの感想も聞けるね? 行こう」

 連れ立ってサーベラスたちが鍛錬を行っている場所に向かうことになった二人。ようやく彼らはサーベラスの実力の一端を知ることになる。それで全ての不安が消えることにはならないだろうが。

 

 

◆◆◆

 王城には鍛錬出来る場所がいくつかある。王国軍施設としての一般訓練場が二つ、守護戦士が使う訓練場はまた別に。そしてサーベラスたちが鍛錬を行っている城の奥にある、他に比べればかなり狭いが、少人数用の鍛錬場だ。この場所を選んだのはガスパー教官。今はガスパー将軍と呼ぶべき立場だ。
 他にこの場所を使う人はいない。そういう風にガスパー将軍が手配したのだ。元々、王家の人たちがたまに使う程度の場所だ。そこを見習い守護兵士という身分の二人に使わせて良いのかという点は別にして、占有しても問題はない。
 サーベラスたちにとってもありがたいことだ。守護兵士養成所よりも、邪魔が入ることがなく、鍛錬に専念出来るのだから。さらにサーベラスにとって良い点がある。ガスパー将軍が指導してくれるという点だ。

「……なるほど。兵士の動きではないな。騎士だと、どのレベルだろう? ガスパーが本気でないのは分かるけど」

 今もサーベラスはガスパー将軍と立ち合い稽古を行っている。その様子を見てウイリアム王子は、サーベラスの実力を見極めようと思ったのだが、ひとめで判断出来るものではない。ガスパーがどの程度、本気を出しているか分からないのだ。

「そうですね……」

 ティファニー王女も同じ。少し見ただけで、相手の実力を見切るほどの目は持っていない。ただ、サーベラスの動きが驚くほどのものではないことは分かる。それを知って、少し気持ちが沈んだ。自分のわがままで、自家に迷惑をかけてしまった。そう思ったのだ。

「何かありましたかな?」

 ウイリアム王子とティファニー王女が現れたことに気づいたガスパー将軍が声をかけてきた。ティファニー王女だけであれば鍛錬を行いに来たと思うだけだが、ウイリアム王子まで同行してきたことで何か特別な用があるのかと考えたのだ。

「私はただの見学だよ」

「そうですか……王女殿下はすぐに鍛錬に入りますか?」

 言葉にした通り、見学なのだろうとガスパー将軍は考えた。ただその見学の目的はサーベラス。彼の実力がどの程度のものか知りたくて、やってきたことも分かっている。それはティファニー王女も同じだろうと。

「ええ。あっ、そうだ。まずはこれを」

 すぐに鍛錬を始めようとしたティファニー王女だったが、その前に済ませておく用事を思い出した。彼女が取り出したのは、少し変わった形の短剣、のようなものが二つ。普通の剣の尖端を切り落として、持ち手を付けただけのような武器。持ち手には穴まで空いている。

「……ああ、僕の? 早いですね? もう出来上がったのですか?」

 サーベラスの武器だ。

「はい。急いでくれたみたいです」

 王家からの依頼だ。それは最優先で取り組むことだろう。

「ありがとうございます。へえ……なかなか……」

 ティファニー王女から受け取った武器を確かめるサーベラス。重さを確かめるような素振りを見せたかと思うと、穴に指を入れて、くるくると回し始めた。持ち手を握り、回し、逆に握り、また回して元に戻す。何の意味があるのか、見ている人たちには分からないが、かなり手慣れた様子だ。

「それは?」

 ガスパー将軍は黙って見ているだけでは我慢が出来ず、武器について訪ねてきた。

「養成所で作ったものと同じです。ただ養成所のは軽すぎて感覚が合わなくて。これはかなり良い感じです」

 形としては養成所の工房で作った物とほぼ同じ。それをさらにサーベラスが求める感覚に合わせるように作られた物だ。口頭で説明しただけで作られたものだが、それでも養成所のそれよりは、かなり良い物が出来上がったと、少し扱っただけでサーベラスは感じている。

「……それで立ち合うか?」

「これ、刃が潰れていませんけど?」

「その武器だと私の霊力防御を突破出来るのか?」

「……確かに。分かりました」

 通常武器で霊力防御を打ち破るのは、出来ないわけではないが、かなり難しい。ガスパー将軍の防御であれば、尚更だ。ということよりも、サーベラスも新しく作ってもらった武器を試したかった。
 向かい合う二人。サーベラスのほうは、まだ両手に持った武器をくるくると回している。感触を確かめているのではない。周囲には分からないが、これがサーベラスにとって戦闘態勢のひとつの形なのだ。

「えっ?」「なっ?」

 実際にサーベラスはその状況から、一瞬でガスパー将軍の間合いに飛び込んだ。武器ではなく、自分自身の体を回転させて。その回転の勢いのまま、まっすぐに伸びるサーベラスの腕。その先に伸びた短剣が、ガスパー将軍の展開した防御に阻まれる。
 そこからサーベラスは反転。逆の腕がガスパー将軍に伸びていく。その攻撃をガスパー将軍は霊力防御で防ぐのではなく、体を沈めて躱し、そこから伸びあがるようにして剣を斬り上げた。
 のけ反ってそれを躱したサーベラス。ガスパー将軍は剣を切り返して、そのサーベラスに向かって、剣を振り下ろした。躱しきれない。見ているウイリアム王子たちが、そう考えた時。

「……け、蹴った?」

 上半身を大きくのけ反らせた姿勢からサーベラスは、強引に体を回転させて、振り下ろされてくる剣に真横から蹴りを放ってみせた。剣の軌道を大きく逸らされ、その勢いに逆らえきれずに、前のめりになるガスパー将軍。
 そこにサーベラスの攻撃が襲う。咄嗟に霊力防御を展開して、それを防ぐガスパー将軍。お互いに体勢を整えて、また二人は向かい合った。

「これがお前の本当の戦い方か?」

 養成所でもその片鱗は見せていた。相手の攻撃を見切る能力。それに反応出来る身体能力。防御に関しては、サーベラスには、霊力の強弱など関係ない。

「まだまだです。もっと鍛えるべきところを鍛えないと」

 サーベラスはまだ自分の動きに満足していない。かつての自分よりも筋力を鍛え、力は強くなった。だが、体の重みが増した分、動きそのものは遅くなっているとサーベラスは感じている。実際にどうかは別にして、感覚と体の動きにギャップがあることを感じているのだ。

「そうか……今日はここまでだ。替われ」

「はい」

 短い時間ではあったが、サーベラスもそれなりに手応えを感じている。作ってもらった武器は、思っていた以上に、自分の動きに合った良い出来だ。これが分かっただけでも今日は満足出来る。
 今の立ち合いを顧みて、改善すべき点を考える。サーベラスはそうする為に、ガスパー将軍に背を向けて、歩き出した。

「……そういえば、一つ聞いておきたいことがあった。教えてもらえるか?」

 その背中に問いを向けるガスパー将軍。

「何ですか?」

「レンブラント教官はどうだった?」

 レンブラント教官は行方不明になった。それは事実ではないとガスパー将軍は考えていた。まだ何も明らかになっていない、サーベラスが戻ってきて、チームメイトに襲われたと証言しただけの状況で、逃げる必要があったとは思えないのだ。

「……良い教官という評判でした。僕には分かりませんけど」

「そうか……」

 サーベラスからは思っていたような反応は返ってこない。それでもガスパー将軍の考えは変わらない。変える意味はない。すでにサーベラスを引き込むという決断をしているのだ。
 離れていくサーベラスの背を見送って、ガスパー将軍はウイリアム王子とティファニー王女に近づいていく。

「……最後の問いは何かな?」

「答えがあれでは意味はありません。それよりも、あの二人を士官学校に入学させることは出来ますかな?」

「また難題を……いや、難題というほどではないか。でも、士官学校で通用するのか? 守護兵士養成所とは比べものにならない強者がいる場所だ」

 士官学校に入学させるのは難しいことではない。自家の守護騎士候補として送り出せば良いのだ。ただ問題は、サーベラスとクリフォードが士官学校で通用するのかということ。キングの一族が、ティファニー王女が恥をかく結果になっては、ウイリアム王子としては困るのだ。

「クリフォードは難しいでしょうな」

「つまり、サーベラスは通用すると?」

「実戦であれば、ほぼ間違いなく。訓練だと、あれは勝敗ではなく、自分を鍛えることを優先させるでしょうな」

「そう……前向きに検討する」

 ガスパー将軍が通用するというのであれば、通用するのだ。ウイリアム王子としては、そう考えるしかない。ティファニー王女に視線を送り、彼女も二人の入学を望んでいることを確認したウイリアム王子は、その手続きを進めることにした。「検討する」という言い方は、父であるアレクシス三世王が、反対した時のことを考えてのことだ。
 実際にアレクシス三世王は難色を示すことになる。だが、ティファニー王女がそれを望んでいるとなると反対し続けることも出来ない。士官学校に通うことについては、認めることになった。