月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第34話 騎士の一族

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 現時点において、五家の争いは表面には浮かんできていない。これは想定通りのこと。隣国ノイガストフォーフ王国との不戦条約が結ばれたからといって、それが絶対に守られる保証はない。守られると信じられるような関係には二国はない。百年以上も戦争を続けているような相手なのだ。両国とも相手の国内情勢を注視し、自国に攻め入る余裕がないと判断出来るまでは大きな動きは出来ない。両すくみの状態になっているのだ。
 だからといっていつまでもこのままという訳にはいかない。奇跡的な不戦条約が成立した今、自国の力を高める為に変革を行わなければならない。相手国に先にそれを行われるわけにはいかないのだ。
 では、どうするか。これに各家は悩み、他家の動向に目を光らせている。結局、自国内でも動けなくなっているのだ、あくまでも大きな動きは出来ないというだけだが。

「……守護兵士養成所の争いは活発化しているということでしょうか?」

 ガスパーからの報告についての分析結果を聞いて、ウイリアム王子はこう考えた。激しいものではないが、自家の利益を考えた言動が多くなっているように思えたのだ。

「まだ末端の争いが始まったばかりとも言える」

 アレクシス三世王は、それほど守護兵士養成所の情報を重要視していない。所詮は末端の兵士たち。それを奪いあったからといって、情勢が大きく変化するわけではないと考えているのだ。アレクシス三世王だけの特別な考えではない。守護兵士が束になって掛かっても守護騎士一人に敵わない。これが常識なのだ。

「ですが、以前にも聞いた男はルークの元後継者だったのですよね?」

 ガスパーが知りたかったサーベラスの素性。それをキングの一族は掴んだ。表面的な情報に過ぎないが。

「それが気になるのか?」

「ナイトの、彼は後継者候補で終わったみたいですが、直系もいる。中立を宣言しているルークとナイトが守護兵士養成所にいることになります」

 これが偶然なのかとウイリアム王子は疑っている。偶然なのかもしれない。そうであっても二人が揃った意味が何かあるのではないかと。

「……何か意図があるのであれば、それを探り出すのがガスパーの仕事だ」

「探り出したのではありませんか? だからガスパーは何度も彼について伝えてくるのでは?」

 アレクシス三世王が守護兵士養成所を軽く見るのは、それを伝えてきているのがガスパーだから。この可能性を考えて、ウイリアム王子の顔に苦笑いが浮かぶ。父は悪い王ではないと思っているが、ガスパーとの相性の悪さはなんとかしてもらいたいところなのだ。

「見習い守護兵士にしては強い。これ以上のことは報告されていない」

「それとルークとの関係について詳しく知りたいということも伝えてきました。その結果、その彼は元ルークの後継者であることが分かったのです。ルークの元後継者といえば、あの彼ですよ?」

「その力は失われていると報告にある」

 アレクシス三世王は頑なだ。わざとそうしている面もある。ウイリアム王子と意見を異にすることで、議論を深めようという意図も、わずかだが、含まれているのだ。

「力を失っているのに強いのです。普通に考えておかしいと思いませんか?」

「一般兵士としてどれだけ強くても、守護兵士には敵わない」

 戦闘力がどれだけあっても霊力の防御を破れなければ守護兵士には勝てない。実際にサーベラスの戦いを見ていなければ、常識で考えてしまう。

「そうではありません。ルークの元後継者は八歳で病にかかり、その後ずっと昏睡状態だったと聞いています」

「えっ?」

 割り込んできた驚きの声はティファニー王女のもの。国内情勢など、まだほとんど知らないので、それを学ぶ場として父と兄の話し合いの場に同席するようになったのだ。

「どうした?」

「……なんでもありません。八歳で倒れてからずっと昏睡状態だったと聞いて、驚いただけです」

「そう。目覚めたのは養成所に入所する少し前ということになっている。事実だとすると六、七年間、昏睡状態だったことになる」

 ウイリアム王子はこの情報は事実ではないと思っている。つじつまが合わないところがあるのだ。

「事実ではないと?」

 アレクシス三世王はウイリアム王子の言い方に気が付いた。

「まず、人は七年間も昏睡状態のまま生きていられるものでしょうか? 仮に生きていられたとして、彼はガスパーが評価するような戦闘力をいつ、どのようにして身につけたのでしょうか?」

「なるほど。おかしいな。つまり、別人だ」

「そう考えるべきなのですが……では彼は何者なのか。十五、六で、かなり高いレベルの戦闘力を身につけられる人物となると、やはり一族の直系ではないかと思うのですが」

 確かに別人ではあるが、中身だけが別人。こんなことは考えてもなかなか思いつくことではない。ウイリアム王子の思考は間違った方向に進んでしまっている。

「……確か、士官学校に入学したのは二人だったな?」

 そのウイリアム王子の思考に引きずられて、アレクシス三世王も間違った方向に進んでしまった。

「はい。弟と従兄……入れ替わっているということですか? しかし、何のために?」

「分からん。可能性として考えただけだ。一人は弟の息子、確か弟はルークの諜報組織の長だったはずだ」

「……間者として訓練を受けていた可能性ですか。戦闘力については説明がつきます。ただ、わざわざ入れ替える理由が……他家を油断させる為……中立も嘘ですか……」

 中立も、優秀な後継者を失ったという情報も全て他家を油断させる為。あり得ない話ではないとウイリアム王子は思った。間違っているが。

「……違うと思います」

「えっ? ティファニーは何が違うと思った?」

「それは……入学した二人は、まだ儀式を終えていません。これも嘘である可能性はないと思います。彼らからは守護霊の存在を感じません」

 ティファニー王女はルークの後継者候補二人に会っている。特別士官学校に同時に入学しているのだ。守護霊の存在を感じないという話も信用出来るものだ。

「二人のどちらかが元後継者である可能性はないか……」

「それはまだ分からん。大病を患ったのは事実だろう。そんな嘘をつく理由がない。それにより、元の力を失ったという情報は、実は守護霊そのものを失ったということではないのか?」

「そんなことが、いえ、仮設を否定する意味はありませんね。そうだとして、儀式を二回も、彼の場合は初めてになるのか……もう一度、宿霊出来るとルークは思っているのかもしれない」

 当時のルーク、今のルーは儀式を行わないままにサーベラスを宿した。儀式を行っていないのだから、行えば、また宿霊出来るかもしれない。そうルークの一族が考えた可能性をウイリアム王子は思いついた。あり得そうな話だが、間違いだ。この時点でウイリアム王子が間違いだと気づくことはないが。

「士官学校のほうを調べたほうが良いな。ティファニー、といっても調べる手駒がいないか。気にしておいてくれ。詳しい調査は別で手配する」

 ティファニー王女には今のところ、部下と呼べるような者たちはいない。他家の情報を確認しながら、キングの一族の力を示せるだけの部下を選抜しているところだ。ただ争いの場は士官学校だけではない。士官学校だけに注力は出来ない。戦力の差が序盤から、まだ小さいが、悪影響を与えているのだ。

「……分かりました。分かりましたけど……ガスパーと連絡を取る方法はありませんか?」

「時間はかかるが書簡のやり取りをすれば良い。ガスパーもそうして情報を送ってきている。だが、何を伝えるのだ?」

「私もその彼のことが気になっています。もう少し情報を得られないか、ガスパーに頼みたくて」

「そうか……伝えたい情報を担当者に渡せば、内容が分からないようにして送ってくれる。ウイリアム、教えてやれ」

 アレクシス三世王の表情が不機嫌なものに変わる。ティファニー王女は、自分と違ってガスパーと相性が良い、というか信頼関係が強い。まだ若いティファニー王女に対してはガスパーも向ける顔の厳しさが違う。ティファニー王女も少々の厳しさは嫌がらずに受け入れ、彼に信頼向けているのだが、それが気に入らないのだ。
 娘が、自分ではなくガスパーを頼ることが寂しいだけだ。ティファニー王女なりに大変そうな父親を気遣ってのことだと分かっているが、そういう優しい娘だからこそなおさら、他の誰かに頼られるのが寂しい。たんなる親バカだ。

 

 

◆◆◆

 騎士=ナイトの一族の現当主はダライアス=ノーフォーク。フェリックスにとっては祖父にあたる人物だ。後継者はフェリックスの父、カーティス。さらに次々代の後継者候補となっているのがヒューゴー。フェリックスの兄だ。
 この三人は今、揃って王都ファーストヒルにいる。今後の情勢について話し合う為に集まっているのだ。

「馬鹿みたいに強い守護兵士、それもルークの一族ですか。フェリックスの馬鹿は養成所でも恥を晒しているのですね?」

 今、話しているのは守護兵士養成所からの情報、サーベラスについてだ。サーベラスについての情報が、フェリックスの兄であるヒューゴーにかかると、こういう受け取り方になる。意識してフェリックスを貶めているのだ。

「今はフェリックスは関係ない。ルークの一族について話をしているのだ」

「ですが父上。もたらされた情報では、フェリックスはその男に上を行かれているわけです。我が一族はルークに劣ると見られているのです」

 父であるカーティスがたしなめても、ヒューゴーはフェリックスを貶めることを止めない。彼は父ではなく祖父、現当主であるダライアスに聞かせたいのだ。

「……フェリックスがどこでどう思われようと我が一族には関係ない。それよりも、その男がルークの一族であることに間違いはないのだな? アルゴスは何と言っていた?」

 ダライアスも、これはヒューゴーが望む態度で、フェリックスについてはこれ以上、話すことを許さなかった。

「本人が認めたということのようです。ただ、アルゴス殿は認めておりません。息子は死んだと言い張っております」

 カーティスはルークの当主、ルーの父であるアルゴスに直接会って、事実を確認した。年が近いこともあって、それくらいのことは出来る関係性を築いているのだ。だが、アルゴスはサーベラスを息子とは認めなかった。嘘をついたわけではない。正直に話しているのだが、そうであることがカーティスには伝わっていないのだ。

「死んだ……」

「一族から追放されているという情報も届いております。その事実を、そのように表現した可能性もあります」

 ルーは一族から追放されている。この情報を先に得ていたことが、カーティスが真実を見抜けなかった原因でもある。アルゴスは口数が少ない男であるという原因のほうが大きいかもしれないが。

「追放……強いというのは、どの程度の強さなのだ?」

 守護霊の霊力が弱くても、ある程度の戦闘力を持っているのであれば、わざわざ追放する必要はないとダライアスは思う。実際にダライアスは、フェリックスを守護兵士として自家にとどめておくことを選択しているのだ。

「詳しいところまでは。訓練で相手を圧倒したということと、フェリックスが自分より上だと認めているという情報だけです」

「そうか……」

 フェリックスが自分と同程度か、以下という評価をしてくれれば判断も出来るが、上となると難しい。何かを考える材料としては不十分だ。

「守護兵士としてどれだけ強くても一族とは認めないなんて、ルークの一族は厳しいですね?」

 ダライアスが思考に入ったことで生まれた間に、ヒューゴーが割って入ってきた。フェリックスも同じように一族が追放すべきと言いたいのだ。彼にとってフェリックスは弟というよりも競争相手。彼にとっては運よく後継者候補の座が巡ってきたが、それだけではまだ不満なのだ。

「追放が事実であればだ。今はまだ戻る可能性は残されている」

「……それはどうでしょう?」

 ヒューゴーの表情が苦々しいものに変わる。カーティスの「まだ戻る可能性は残されている」という言葉を、自分へのけん制だと受け取ったのだ。後継者候補はあくまでも候補であって、決まったわけではないという意味が込められているものだと。

「我が家の事情をアンガスに話していたか?」

 ヒューゴーの問いを無視して、ダライアスがカーティスに問いかけてきた。もともとカーティスにはヒューゴーの問いに答えを返すつもりなどなかったが。

「それがフェリックスに関わることであれば、何も話しておりません。フェリックスがいるから養成所に息子を送りこんだとお考えですか?」

 ダライアスが考えていたのは何故、アンガスは息子を、一族から追放したという形にして、養成所に送り込んだのかということ。実は自家の事情が絡んでいるのではないかと思ったのだ。

「……それを行う理由がないか。どうにもアンガスは読めない男だな」

「単純な男だと思いますが……何を考えているか分からないところはありますか」

「何かを判断するには情報が足りなすぎるな。また機会をみて、アンガスと話しをしてこい」

「そのつもりです。ただ……家族の話だけでよろしいのですか?」

 アンガスからはまた話を聞きたいとカーティスも思っていた。だが、話し合うべきことはそれだけではない。共に中立を宣言した両家が、今後どうしていくか。この件のほうが重要だとカーティスは考えている。だが、話し合うにもまだ自家の方針がはっきりと定まっていないのだ。

「特別士官学校の状況については何か聞いているか?」

「ビショップはやる気満々のようですが、キングのほうの準備が出来ていないようです。ティファニー王女一人を入学させただけですので」

 最初の争い、といっても小競り合いも小競り合いで終わる可能性が高いが、は士官学校で起きる可能性が高い。僧正=ビショップの一族が王=キングの一族を相手にその実力を見せつけるという形での争いが。

「一人で十分というわけではないのだな?」

「それは分かりません。ティファニー王女は宿霊して、そう時が経っておらず、実力を示す機会はまだ訪れておりません」

「まさかの展開になれば面白いが、さすがに無理か。それに、我が一族は傍観者でしかいられない」

 ダライアスの視線がヒューゴーに向く。厳しい、というより、冷たい視線だ。

「わ、私はすでに卒業しておりますので……残念です」

 ヒューゴーはすでに士官学校を卒業している。入学してキングとビショップの争いに絡むことは出来ない。ただこれはヒューゴーにとって救い。争いに巻き込まれて、恥をかかないで済む。
 ヒューゴーが後継者候補でいられるのはフェリックスが宿霊に、ダライアスから見て、失敗したから。素の戦闘力や家臣からの信望において、後継者候補に相応しいのは、ずっとフェリックスのほうだと思われていたのだ、それをヒューゴー本人もよく知っている。知っているから、出来ることなら、フェリックスを一族から追い出してしまいたいのだ、

「アンガスの判断に頼ることになる。ただ、頼れる判断になるかどうかはキング次第だな」

 ルークは後継者候補二人を士官学校に送っている。キングとビショップの争いを間近で見ていられる。必要に応じて介入も出来るかもしれない。そのルークからの情報は、ナイトの一族にとっては貴重なもの、ビショップの実力を知ることで、この先の判断に大きな影響を与えることになるとダライアスは考えている。
 ただしそれは、ビショップの実力をきちんと測れたらの話。その為にはキングの側がそれなりに善戦してもらわなければならない。それが可能か。まだダライアスには分からないことだ。

www.tsukinolibraly.com