月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第33話 不協和音は消えない

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 二年目に入ったサーベラスは忙しい。養成所からは自チームだけでなく、他チームの訓練にも参加するように言われている。団体対抗戦でのサーベラスの活躍が認められた結果、ということになっているが、サーベラスにとっては迷惑な話だ。訓練時間の多くは他の人への指導に費やされていて、自分の訓練を行える時間はわずかだ。そうであれば睡眠時間を削ることで自由時間を増やし、自分の鍛錬に使おうとしたのだが、早朝から深夜までクラリスがしつこくつきまとってくる。本人に鍛錬を邪魔するつもりはなく、はっきりと「時間がない」と言えば、放っておいてくれるのだが、すぐ横でじっと見つめられていては、さすがのサーベラスも完全に集中出来ないのだ。

(……こういう場合は体で大人しくさせるのも一つの方法だけどな)

(か、体で大人しくさせるって?)

(……ルーが怒るから使えないか)

 つまりは、ルーが想像した通りのこと。怒るだろうと考えているのに、あえて、こういうことを考えてしまうのは、それだけサーベラスもイライラしているということだ。今のサーベラスは、自分を鍛えることが楽しくして仕方がない。彼にとって、唯一と言える楽しみを邪魔されているのが嫌なのだ。

(あのさ、僕のことは気にしないで、普通にクラリスさんの気持ちを受け入れてあげることは出来ないのかな?)

 サーベラスは自分を気にして、クラリスを拒絶しているのではないかとルーは思っていた。それでは自分はただの邪魔者。クラリスにもサーベラスにも申し訳ないと思ってしまう。

(何度も言っているけど、彼女のあれは錯覚だから。体でなんて言ったけど、ルーに関係なく、そんな真似をするわけにはいかない。彼女が不幸になるだけだ)

(不幸になるとは決まっていない)

(いや、なる。どう説明すれば良いのかな……? 簡単に言うと、俺の中には魔物のようなものが潜んでいて、そいつが人を誑かす。誑かして、引き寄せて、生贄にするんだ。不幸だろ?)

(…………)

 全然簡単ではない。サーベラスが何を言っているのか、ルーにはまったく分からない。

(あれ? 伝わらない?)

(伝わらないというか……理解出来ない? 魔物って何?)

 魔物の存在など今初めて聞いた。そんな情報は伝わってきていない。存在を感じたこともない。

(魔物は例え。実際は俺も詳しく知らなくて、生まれる前から持っていた力らしい。生まれた瞬間なのかな? とにかく俺はその力で母親の腹を食い破って生まれてきた。最初の犠牲者が母親だ)

(…………)

(あっ、食い破っても例えだから。そんな風に思ってしまう生まれ方だったってこと)

(そうじゃなくて……ええっと……何から突っ込めば良いのかな?)

 生まれた時に母親が死んだ。不幸な出来事だとルーは思う。思うのだが、サーベラスがそれをどう感じているのかが分からない。なんとも感じていない雰囲気もあって、どう話すのが正しいか分からないのだ。

(詳しく聞かれても分からない。生まれた時の記憶なんてないからな)

(それはそうだね。えっと……その力はそのあとも?)

 とりあえず母親の話は避けることにした。サーベラスが人とかなり変わっているのは、母親の死が関係しているのかもしれない。そう思うとルーは、深く突っ込めなくなったのだ。

(ずっと。そんな生まれ方をした俺がその場で殺されなかったのは、その力のおかげでもある。力がなければ殺されるかもしれない事態にはならなかっただろうから、まったく感謝していないけどな)

(つまり、今も?)

(はっきりとは分からない。死んでから、まったく感じなくなっていたのだけど、あの、訓練で人を殺したあとに、かすかに気配を感じた。その時は気のせいかもしれないとも思ったのだけど、クラリスさんがこんなになったからな)

 クラリスがおかしくなっているのはその力のせい。本当に自分のことを好きになったのではないとサーベラスは思っている。錯覚という言い方は、これを示していたのだ。

(仮に……仮にだけど、その力が今もあったら、サーベラスはどうなるの?)

 なんだか分からないが、とにかく危険そうな力。それがサーベラスに悪影響を与えるではないかとルーは心配になった。

(どうなる……俺は俺だ。今と変わらない)

(あっ、そうなの?)

 だがサーベラスから返ってきた答えは、不安を覚える必要などないようなもの。ルーにはそれが意外だった。

(生まれた時から持っていた力だって言っただろ? おかしくなるのなら、まあ、死ぬ前は今よりも人としておかしかったのだろうと思うけど、死ぬわけでも、理由もなく人を殺しまくるわけでもない。殺される側にとっては納得出来ない理由だとしても)

 サーベラスは前世で多くの人を殺している。殺したくて殺したわけではない。殺したくないのに殺したわけでもない。「殺す必要があるから殺せ」と言われたから殺したのだ。前世のサーベラスにとって他人とはそういう存在だったのだ。

(人を殺して良い理由……そんなのあるのかな?)

(ルーのその考えは正しいと俺も思う。思うけど、現実には人は様々な理由で殺されている)

(そうだね……なんか話が重くなったね?)

 元々はクラリスを抱く抱かないで始まった話だ。それが人を殺すことについて考えることになった。理想は語れたとしても、現実の答えは出ない話題に。

(クラリスさんの話も軽いわけじゃない。彼女にとっては大問題だ)

(そう思うなら、向き合ってあげれば? その、関係を持つ持たないじゃなくって、彼女に何をしてあげるのが正しいのかを考えてあげるってこと。そっぽを向いていたら、何も解決しそうにないよ)

(向き合う……何が正しいのか俺には分からない)

 おかしくなってしまった相手に、どう接するのが正しいことなのか、サーベラスには分からない。不幸にした記憶しかないのだ。

(答えが見つかるまで向き合ってあげれば良い。そのほうが彼女は救われると僕は思う)

(まずは向き合うことが正しいことか……)

 今もクラリスは少し離れたところに座って、じっとサーベラスを見ている。彼女が何を考えて、この時を過ごしているのかサーベラスには分からない。退屈、ということではないのだろうという以外には。

(……間違ったことしそうになったら教えて)

(分かった)

 了承を伝えたが、ルーも何が正しいかなんて分からない。ただ、今のままではクラリスが可哀そうだと思っているだけだ。今のままの彼女でいては、駄目だと思っているだけだ。

「……終わったの?」

 近づいてきたサーベラスにクラリスが声をかけてきた。喜びの中に、躊躇いも含まれている。しつこくつきまとっている彼女の心の中にも遠慮がある。それをサーベラスは知った。

「ずっとそうしていると退屈ではないですか?」

「そんなことない。サーベラスの鍛錬は見ているだけで参考になる。私に足りないのは何かを考えながら見ていると、時間を忘れる」

「そう……じゃあ、ご褒美をあげます」

「えっ?」

 何を言われたのか分からないまま、サーベラスに地面に押し倒されたクラリス。押し倒されてからようやく言葉の意味が分かった。サーベラスの手が頬を撫で、首筋に下りる。さらに下がったその手は、クラリスの胸に置かれた。

「……体が強張っています。嫌なら嫌というべきです」

「私は……サーベラスが望むなら」

「僕が望んだら何でもしてくれるのですか? 今ここで、もしかすると誰か来るかもしれないここでも? 恥ずかしい姿を見られますよ?」

「貴方が……貴方がそれを望むなら」

 躊躇いを見せながらも、クラリスはサーベラスの要求を受け入れる。全てを差し出す覚悟を決めた。ゆっくりと目を閉じて、サーベラスを待つクラリス。

「……僕が望むなら……じゃあ、クラリスさんは何を望んでいるのですか?」

「えっ?」

 サーベラスはさらに問いを重ねてきた。クラリスが予想していなかった問いを。

「クラリスさん、貴方が貴方であることを捨ててまで、僕に尽くそうとしてくれたとして、僕は誰を受け入れれば良いのですか? 貴方を捨てた貴方は、貴方ではありません」

「私は」

「答えを急がないでください。急ぐ必要はないのです。自分はこうしなければ、ではなく、こうしたいを。こうであるべきではなく、こうありたいを考えてください。そのほうがクラリスさんは素敵でいられると思います」

「サーベラス……」

 クラリスの瞳が潤む。それが本心からの涙なのかはサーベラスには分からない。自分の言葉をクラリスがどう受け取ったかも分からない。これでもう解決だとは、まったく考えていない。ルーに言われた通り、ちゃんと向き合おうと決め、今はその最初なのだ。

「僕も今日はこれで引き揚げます。クラリスさんも休んでください」

「……ええ」

 伸ばされたサーベラスの手を握って、立ち上がるクラリス。少し寂し気な雰囲気を出しているが、何も言うことなく、サーベラスの横を歩き出した。

(……クラリスさんは、自分の感情のままに動いていたのではないの?)

 クラリスが静かだとみて、ルーが問いかけて来た。サーベラスがクラリスに掛けた言葉の意図が分からなかったのだ。

(本当にそうなのであれば別に良い。俺が心配しているのは、なんというか、強迫観念みたいなものに突き動かされて行動していることだから)

(ああ、そういうこと)

 クラリスが本心から自分のことを好きであるのなら、受け入れるかどうかは別にして、それを止める必要はないとサーベラスは考えている。人の気持ちをどうこうする権利は自分にはないと思っている。クラリスへの言葉には、そういう意味が込められていることをルーは知った。

(自分の本当の気持ちに向き合う必要がある。そうしないと駄目なのだと思う)

 サーベラスが防ごうとしているのは、クラリスが自分の意思とは異なるものに突き動かされている状況。それを自分自身で確かめてもらいたいのだ。

(……自己を確立しろ?)

(ああ……まあ、そんな感じ。自分が自分でいることって難しいから。そうでいられることを大切にするべきだと思う)

(自分が自分でいること、か……)

 自分はどうなのだろうとルーは思う。自己を確立することが霊力向上に繋がればと思ってきた。だがきっとそれは実現出来ていない。では、サーベラスはどうなのか。これまで聞いた彼の話から考えると、そもそもサーベラスには自分というものがあったのだろうかと思う。なかったから、こんなことを思うのかもしれないと。
 自分たちには、クラリスにどうこう言う資格はない。自分たちも自分というものを見失っている、もしくは見出せないでいるのだ。だからサーベラスは、クラリスに自分で考えるように告げた。自分たちもそうしなければならないのだと分かっているから。

 

 

◆◆◆

 養成所二年目の訓練は守護兵士というより、一般兵士向けのような内容だ。実物の、といっても刃を潰した訓練用だが、剣などを使っての戦闘訓練と集団行動の訓練が主なもの。二年目も後半になると、より実戦的な部隊戦闘訓練に移っていく。個の力を高めることから、徐々に集団での戦いを身につけることに変わっていくのだ。
 それが分かっているからこそ、見習い守護兵士たちは個人の戦闘訓練に熱を入れている。先に行けば、個の力を高める為の時間が取りづらくなる。今のうちにということだ。まだまだ彼らは兵士という意識が乏しい。個人の武勇で戦争を戦おうと思っているのだ。
 剣と剣、剣と盾が打ち合う音が響いている。見習い守護兵士同士での立ち合い訓練が行われているのだ。

「どう判断すれば良いのでしょう? 普通に考えればクラリスさんには、その盾は大きすぎると思います」

「普通に考えればというのは?」

「霊力の盾であれば重くない。訓練でこれをどう考えるかに悩んでいます」

 訓練用の剣や盾を使った訓練は、動きを覚える為。実際の戦闘は霊力で作った武器で戦うことになる。大きい訓練用の盾は重い。その重さがクラリスの動きを鈍らせている。では軽いものに替えるかとなると、霊力の盾を使った時との大きさの違いが生まれる。この点をどう考えるべきかにサーベラスは悩んでいる。

「まだ始まったばかりだから、重い盾を扱えるくらいの体力をつけるつもりで良くないかしら?」

「クラリスさんがそのつもりなら」

「私はそうしたいと思う」

 クラリスはわざとこういう言い方を使っている。自分がどうしたいのか。これをはっきりさせることをサーベラスは求めている。これを意識してのことだ。

「では、続けましょう」

「サーベラスは良いの? 短剣で戦うと言っていなかった?」

 サーベラスも普通の大きさの剣と盾を持っている。聞いていた戦い方と違うのだ。

「剣と盾を使った戦い方も覚えようと思いまして。敵の戦い方を知るという意味です」

 サーベラスが本来の戦い方と異なるやり方で訓練しているのは、様々な戦い方を覚えようと考えたから。サーベラスだけでなく、ルーが学ぶためだ。

「そう……では私が強くなれば、サーベラスも助かるのね?」

「……そうですね。強い相手と戦うと訓練の質が高まります」

 サーベラスの為に。これを言葉にすることにクラリスは躊躇わない。この点はサーベラスが戸惑うところだ。

「大剣はクリフォードに任せるとして、あとはどういう戦法があるかしら?」

 ただ少し前に比べれば、かなり状況は良い。訓練を疎かにすることはなく、チームのことも考えるようになった。この部分はかつてのクラリスに戻っているのだ。

「両手で剣、は僕がある程度は出来ます。槍がいないですね?」

「強制は出来ないから」

 訓練用の武器で槍を選んだメンバーはいない。霊力で槍型を使うメンバーがいないのだ。身につける必要のない戦法を訓練する余裕などないのだ。

「たまにフェリックスさんに相手してもらいますか? 強さという点でもまったく問題ありません」

「フェリックス……そうね。たまに頼むのは良いわ」

 フェリックスの側にはメイプルがいるので頻繁に会うのは嫌だ。この気持ちがにじみ出ている。意識はしているが、まだこういう気持ちは抑えきれていない。本人は無意識なようなので、サーベラスも何も言わない。クラリスとの接触時間を増やしたことで、意識させるほうが良くないことが分かり始めたのだ。

「では続けましょうか?」

「ええ」

 武器を構えて向き合う二人。剣と剣、剣と盾が打ち合う音が響き始める。

「……かなり落ち着いたようだな」

 最近の二人の様子を見て、クリフォードも少し安堵している。クラリスはチームを放ったらかしにすることがなくなった。メンバーとの会話も増えている。サーベラスとの時間は、他のメンバーよりもかなり多いが、それでも訓練に支障はない。チームの雰囲気も、まだ恐る恐るな感じは残っているが、確実に良くなってきている。

「落ち着いたからといって、解決したわけではないのでは?」

 サムエルはクリフォードと異なる考えを持っている。今の状況にも納得していない様子だ。

「解決に向かっているということだ」

「サーベラスの噂の真相はまだ分からない。クラリスは今も心を操られているのかもしれない。少なくとも気持ちは奪われたままだよ?」

「……今の状況であれば、指導教官に任せることが出来る。俺たちにとっての緊急の問題はない」

「クリフォードは意外とサーベラスに甘いね?」

 クリフォードとサーベラスは仲が悪い。クリフォードが一方的に絡んでいる状況だが、サーベラスが唯一、不快感を露わにする相手だ。そのクリフォードがサーベラスを庇うような言い方をすることが、サムエルは意外だった。

「前に言った通りだ。俺は訓練の邪魔さえされなければ良い。問題を指導教官が解決してくれるのであれば、無駄な時間を奪われなくて済む」

「ああ……納得。確かにそうなると良いね」

「お前も意外だな。人当たりが良い奴だと思っていたが、サーベラスには敵意を向けるのだな」

 サムエルは、性格が良いとはクリフォードはまったく思わないが、人当たりは良い。大きな揉め事を作ることを避ける穏やかな顔を持っている。そのサムエルが、サーベラスへの敵意を隠すことなく露わにしている。それがクリフォードには意外だった。

「敵意なんて……嫉妬はあるかな? 表に出ているのなら気を付けよ。嫉妬に狂う男と思わるのは嫌だからね」

「別に気にしない」

「訓練の邪魔さえしなければ? 分かった。もう邪魔はしないから」

 小さく手を振って、その場から離れていくサムエル。彼のこういうところが、嫌味に感じて、クリフォードは嫌いだ。それを正面から言うのは大人げないと思って、黙っているが。
 結局、チームの雰囲気が良くなってきているといっても、限界はある。元々、ひとつにまとまっていたチームではないのだ。そうであることをクリフォードは思い出した。

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