月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第26話 我が道を進むのは簡単ではない

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 団体対抗戦はポイント制。敵の攻撃を完璧に防げばポイントが付き、防御が破られれば攻撃側にポイントが付く。防御を完全に破砕するようなダメージを与えると高ポイント。一撃で粉砕してクリティカルヒットと判定されれば、それだけで勝利が決まることになる。団体戦も同じようなルール。ダメージに応じてポイントが減らされ、持ち点がなくなると退場。試合時間三十分の間に敵チームを全員退場させるか、試合終了時点でポイントが多いほうが勝ちとなる。
 いずれにしても霊力を展開して作った防御のダメージに対するポイント加減算。無防備な部分に攻撃を受けて大怪我をしないように配慮されたルールだが、これには重大な欠陥がある。

「攻撃側は正確に敵の防御範囲に攻撃を当てなければいけません」

 この点だ。本来は敵の防御をかいくぐって攻撃を当てるのが正解であるはず。だが、それをしては反則になる。一対一の個人戦であれば負け。団体戦であれば一発退場だ。

「確かにそうだな。攻撃側のほうが難しい」

 自分が狙った場所に相手が防御を展開出来なければ、体に当たる前に止めなくてはならない。それが出来るだけの速さに抑えて、攻撃を行う必要がある。サーベラスの話を聞いて、フェリックスは攻撃側の制約はかなり厳しいと思った。

「攻撃を体に当てさえしなければ、三回で優勢勝ちになるそうです。わざと防御を展開しない場合や、実力差により遅れてしまう場合を考えてのルールということです」

 これはルールの抜け穴を突かれることを塞ぐ為のもの。防御を展開しなければ、相手は攻撃が出来なくなる。それでは永遠に決着がつかない。こういった事態を避ける為の追加ルールだ。

「当てなければというのは、霊力の攻撃を当てなければということで良いのかな?」

「はい。その点も確認しています。ただし、霊力の攻撃が当たっていたと判断される位置で攻撃を止めるか、攻撃型を消す必要があります。判断基準も聞いてみましたけど曖昧です。審判次第ということですね」

 何センチ以内などという具体的な数値基準を作っても、動きの中で測ることなど出来ない。結局、審判が見た感じで判断するしかないのだ。

「防御展開を狭めるのは強度を高めるだけでなく、このルールにも合っている。ただ……攻撃はどうする?」

 守りの強度を高める為に霊力の展開範囲を狭める試みは、すでに鍛錬を始めている。団体対抗戦のルールにも合致する試みであることも分かった。だが攻撃を正確に当てるという点については、どうするか。これはまだ何の方針も決めていない。

「どうするというのは、限られた時間の中で攻撃まで対応するのか、という意味ですか? それとも、どうやって鍛えるかですか?」

「当然、後者だ」

 やれることは全て行う。そう決めている。時間がないから諦めるという選択はないのだ。

「補足しますと、養成所で習う防御型は基本、最初から展開しています。これまでの訓練を見ている限りでは盾型が多く、霊力の高い人のものほど簡単に当てられます。簡単なのは当てるという点だけですけど」

 防御を集約するというのは、もともと霊力が低いサーベラスが考えた工夫。敵の攻撃を受けきれる霊力があるのであれば無用なことで、多くの見習い守護騎士は、霊力による大小はあっても、イメージしやすい盾型を使っている。攻撃を当てるのは難しいことではないのだ。

「……だがクラリスたちは集約することの利点を知っている。それが今回のルールに合っていることにも気づくと考えるべきだろう」

「分かりました。では追加で。必要なのは、これまで話した通り、攻撃を正確に当てること。当然、動きの中で出来なければいけません。それと反応速度。相手が間に合っていないことを素早く判断し、動きを止めるか、攻撃型を消す。この二つを鍛える必要があります」

「具体的な方法は考えてあるのかな? まだなら、この場で皆の考えを出し合おう」

 だれか一人に頼り切りという状態には、フェリックスは抵抗がある。出来るだけ皆で協力して、結果を出したいのだ。

「最初の訓練は考えました。すでにメイプルさんに実際にやってもらっていて、悪い方法ではないと考えています」

「そうなのか? それはどういう方法なのかな?」

 サーベラスがすでに訓練方法を考えていたことは予想していたが、それにメイプルが協力していたのはフェリックスは意外だった。メイプルが協力したことではなく、それをサーベラスがお願いしただろうことだ。サーベラスは人に頼ろうとしない。短い付き合いでも、もう分かっているのだ。

「メイプルさん、お願いします」

「分かった」

 サーベラスに言われて、メイプルは用意していたものを、テーブルの上に広げた。

「……石?」

 テーブルの上にあるのは沢山の小石。これだけでは何をどうするのか、フェリックスは分からなかった。

「良く見て。小石は二種類あるの。黒っぽいのと白っぽいの」

「……ああ、確かに」

 言われて良く見てみれば、自然の色なので石によって違いはあるが、黒と白におおよそ分けられる。それは分かったが、これをどうするのかは説明待ちだ。

「少し離れた場所からこの小石を鍛錬する人に投げるの。投げられた人は白なら普通に攻撃、黒なら当てないで止める」

「なるほど。瞬時に色を見分けて、どうするか判断する訓練か」

 メイプルに説明を聞いてフェリックスも他のメンバーも、どういう鍛錬か理解出来た。

「それだけじゃなくって、小石に当てるのも訓練。サーベラスがさっき言った正確性と反応速度の両方を同時に訓練するの」

「なるほどな」

「まずは受け身な訓練から。問題なく出来るようになったら次の段階に移ります。といっても武器を鍛錬用のものに替えて、立ち合い訓練をするだけです」

 サーベラスが補足説明をしてくる。待ち受ける体勢でミスなくこなせるようになったら、次は自ら動く中で同じように正確に攻撃し、当てて良いかの可否を判断出来るようになる為の訓練に移る。これは普通に立ち合いを行うのが良いとサーベラスは考えている。改めて考えたのではなく、もともとサーベラスが指導教官相手に行っていたことなのだ。ただ怪我をしないように模擬剣などを使うことにした。

「分かった。楽しい鍛錬になりそうだ。すぐに始めよう」

「その前に、六人で行うとなると小石が足りません。まずは小石を集めることから始める必要があります」

「ああ……必要ならやるしかない。皆で集めれば、すぐだろ?」

 やる気満々にさせられたところで気持ちをくじかれた感じだが、小石を集めるくらいのことは文句を言うようなものではない。とフェリックスは思ったのだが。

「はい。小石がたくさん落ちている場所まで行けばすぐです」

「……ちなみに、その場所は?」

 その場所まで行けば、という前提がフェリックスは気になった。サーベラスのこういう言い方にも、かなり慣れてきたのだ。

「裏山。走れば往復二時間くらいです。すぐですね?」

「……すぐだな」

「よし! じゃあ、まずは走り込みからだな! 話を聞いているだけだと、体がうずうずしてたからな! 丁度良い!」

 やると決まれば、盛り上げ役であるジェイクの出番。なんだかよく分からない理由で、前向きな言い方をした。

「うずうず? うずうずって何ですか?」

 そのなんだか分からない理由を追求しようとするサーベラス。

「うずうずはうずうず! なんでも良いから行くぞ!」

 答えになっていない答えを返して席を立つジェイク。他の皆も、笑みを浮かべながら、立ち上がる。前向きになるのに理由なんでどうでも良い。理由などなくても、気持ちは前向きなのだ。皆、前を向いて進もうとしているのだ。

 

 

◆◆◆

 入所時の霊力判定は最低評価。ただの最低評価ではない。判定官に「本当に入所させるのか?」と言わせるほどの低評価だ。だが、入所後のサーベラスを見ていると、「あの評価はなんだったのだろう?」とフェリックスは思うようになった。
 確かに霊力が低いというのは、訓練をしている様子からも分かった。当初は評価通りの実力だと思っていた。だが基礎訓練が終わり、実戦的な内容に変わっていくにつれて、霊力以外の部分では、かなり優秀といえる能力を持っているのではないかと思うようになった。他チームでも気になる存在になった。
 サーベラスに対する興味がさらに強くなったのは、実地訓練から生きて帰って来たと知った時。仲間を死なせてしまった悲しみの中で、クラリスのチームは全員が無事に生き延びた。自分たちとの差はどこにあるのか知りたくなった。情報はなかなか得られなかった。クラリスのチームは皆、口が固かった。それは何かを隠している証拠だとフェリックスは思った。その秘密の一端が見えたのは、たまたま聞こえてきた会話。サーベラスとブリジットの会話だ。自分を助けてくれたことに感謝するブリジットの言葉だった。絶体絶命だったブリジットをサーベラスが救った。分かったのはこれだけだったが、それでも考えることは多かった。
 殺された仲間二人は後方に待機していた。そういう形が良いと出発前に教えられ、それに従った。だが、敵はその後方から不意打ちをかけてきた。助けに向かう余裕もないままに仲間は殺されてしまった。仲間を死なせてしまった悲しみ、助けられなかった自分を不甲斐なく思う気持ちから、フェリックスは知った顔の指導教官を責め立ててしまった。やってはいけないことだったのに気持ちを抑えきれなかった。その結果知った秘密は、さらにフェリックスを苦しめることになった。仲間を犠牲にしてまで守護兵士になる意味があるのかと思うようになった。
 サーベラスとブリジットの会話を聞いて、フェリックスは、ふと思った。おそらくはクラリスのチームも奇襲を受けたはず。二人は後方にいて、仲間が救援にいけない状況で敵に襲われたはず。十人の、実際にサーベラスたちを襲ってきたのは二十人だが、敵の不意打ちを。どうやって戦い、生き延びたのか。サーベラスはどのような状況でブリジットを助けたのか。考えても答えは見つからない。サーベラスには、やはり何かがあるのだと思うだけだった。
 団体対抗戦の開催が決まり、しかもクラリスのチームから一人、借りられることになった。サーベラス以外の選択肢は考えなかった。クラリスに強く求め、受け入れてもらえた。サーベラスはフェリックスたちのチームにやってきた。
 初日に、思いがけない形で知ったサーベラスの秘密は、彼がルークの一族であるということ。しかも、子供の自分でも話に聞いていた百年に一人の天才と言われるような宿霊者であったこと。その彼が、その力を失い、一族を追放されていたということ。実地訓練のことよりも、その事実のほうがフェリックスの心を占めるようになった。
 ゆっくりと話したかった。だが対抗戦に向けて、忙しくしている中、その機会は見つけられなかった。仲間たちもサーベラスと話したいのだ。何度も先を越された。そして今日、ようやくフェリックスの番が回ってきた。

「……なんか人気者ですね? 生まれて初めての経験なので戸惑います」

「ああ、そうか。避けられていたのだった」

「そのまま寝たきり生活だったので」

 これはルーとしての話。ただサーベラスも、自分と話したいという人が何人もいるなんて状況は経験していない。他人とは限られた接触しかなかったのだ。

「……実は話したい内容は、あまり良いものじゃない。一族の話だ」

「僕が追放されたことについてですか? だったら、僕は平気……ああ、気が重くなるのはフェリックスさんのほうですか」

「……そろそろ敬語は止めないか? 距離を感じる」

 そもそも敬語を使われる理由がない。見習い守護兵士に上下関係などないのだ。

「その距離を置く為なのですけど……じゃあ、今は少しだけ崩す。そのほうが話しやすいってことでしょ?」

 サーベラスが敬語を使うのは、フェリックスが嫌がっている距離を感じさせる為だ。ただ本人としては悪い意味ではない。サーベラスは簡単には人を信用しない。他人に馴れ馴れしい態度を見せるとすれば、それは相手を騙す時。騙すつもりはないので、正直に心の距離を示しているのだ。

「距離を置くって……まあ、今は良いか。俺がナイトの一族であることは教えた通り。でも全てを伝えているわけじゃない」

「本来は後継者になるはずの立場だった?」

 聞かなくても分かる。サーベラスが追放されたことを気にするということは、同じような立場だということなのだ。

「……その通りだ。だが儀式に失敗し、霊力が低い守護霊を宿すことになった」

「儀式のことは知らないけど、失敗という表現はどうかな? 君の守護霊は、求められ、君に宿った。それだけのことだと思うよ」

「……そうだな。儀式が悪いわけでも、守護霊が悪いわけでもない」

「君が悪いわけでもない。悪いのは霊力の強弱だけで事を判断するこの国の仕組みだ」

 サーベラスは、霊力を絶対視するような考えは間違っていると思っている。それが通用するのは、この国だけで、外に出れば霊力が強いというだけで通用するはずがないと考えている。

「そこまで言うか……」

 霊力の否定はこの国では許されない。王家を含む有力五家の力の背景は霊力なのだ。霊力の否定は、この国の成り立ちを否定することにもなる。

「本当に霊力が絶対のものであるなら、この国はもっと大国になっているはずで、そうなっていないということは、霊力と並ぶか超える力が存在しているということ。この考え方のほうが正しい」

「……同意しづらいが、言っていることは良く理解出来る」

 霊力が絶対であるなら、何故、隣国と百年以上も戦争が続いているのか。隣国を亡ぼすほどの力はないのだ。この事実はフェリックスも否定できない。だからといって霊力否定を口にすることは躊躇わないではいられない。

「この国にとって霊力は国を守る要で、だから霊力の強い人を重宝するのは、僕も理解出来る。でも戦争を数人の霊力が強い人だけで戦えるはずがない。様々な戦力が必要になるはずだ」

「……サーベラス。それも口に出すのは今だけにしておけ」

「どうして?」

 またサーベラスは問題発言を行った。だが本人には何が悪いのか分からない。

「今のは英雄王と四勇士を否定している」

「……そうなるのか。気を付ける。でも、歴史は勝者に都合の良いように書き換えられるものだよ?」

「お前な……いや、良い。話したいと言ったのは俺だ。俺が誰にも言わなければ良いだけだ。それにお前が何故、強いのかも分かった。お前は霊力を絶対のものだと考えていない。否定というより、他にも強くなれる方法があると考えているのだな?」

 サーベラスの発想の基。それがフェリックスは分かった気がした。霊力が低いのであれば、他で補えば良い。当たり前のことだが、それに真剣に取り組んでいる守護戦士がどれだけいるか。霊力が低いということで、自分の限界を定めてしまっている人のほうが大多数だとフェリックスは思う。自分もそうなのだ。

「実際になれる。無敵になれるとは言わないよ? 前にも話したと思うけど、全身を鉄壁の防御で囲われたら、それを崩すのは簡単じゃないからね。でも、隙間があれば、そこを狙えば良い。隙間だから霊力の強弱なんて関係ない。刃で首や胸を刺されれば、どれほど霊力の強い守護霊を宿していても死ぬはずだ」

「それに、どんな攻撃も当たらなければ意味はない?」

「その通り。僕はそういう戦い方を身につけなければならない。そう考えて鍛錬している。君はどうする?」

「俺は……俺は……」

 俺も同じやり方をする、とはフェリックスはすぐに口に出せなかった。そういう戦いを身につけても、自分の評価は変わらない。下手をすると、今よりも低くなるかもしれない。こう思ってしまうのだ。

「これも前に話したね? 僕は僕のやり方で強くなる。一族にそれを否定されても関係ない。否定するような一族を、僕は認めない……は、ちょっと言い過ぎた。要は他に方法がないのだから、それを選ぶしかないってこと」

 価値観を押し付けるような一族は認めない。言い直したのは、ルーを一族に戻すという約束があるからで、これがサーベラスの本心だ。個の意思を殺し、いいなりになる人間を作るような組織を、サーベラスは許すつもりはない。

「……強くなりたければ、か。そうだな。お前に比べると、俺は欲張りなのだな」

 強くなりたい。守護騎士になれるような霊力でなくても、守護騎士のように強くなりたい。そして自分の一族に認められたい。サーベラスの話を聞いて、自分のこの想いは欲張りなのだとフェリックスは思った。強くなりたいのであれば、全てを捨てて、それに打ち込めば良い。一族に認められたいのであれば、我を押し殺し、一族が言うがままでいれば良い。両方を求めるのは欲張りなのだと。

「欲は必要。それは人を動かす力になる。でも様々な欲の中には捨てなければいけないものも沢山あるということ、だと思うよ」

「そうだな。何を求め、何を捨てるかを選ばなければならない」

 自分は何を選び、何を捨てるのか。今この場で決めようとはフェリックス思わない。そんな簡単なことではないと分かっているのだ。簡単に捨てられるのであれば、悩むことなどないのだ。
 これがサーベラスとの大きな違い。サーベラスには捨てるものがない。選んでいるのはルーの為に必要なこと。悩むことなく進めるのだ。悩む必要がないから、フェリックスよりもサーベラスのほうが良い境遇だとは、決して言えないが。

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