月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第25話 他人の気持ちを推し量ってみる

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 養成所の訓練は団体対抗戦に向けてのものに、内容が変わっている。養成所のカリキュラムが変わったわけではない。自由行動の時間が増えて、チーム毎にどのような訓練を行うか、自由に決められるようになったのだ。いかに当日までに万全の準備を整えることが出来るか。これも勝敗を決める重要な要素だと考えられた結果だ。サーベラスにとっては願ってもない状況。自由時間を自分の鍛錬だけに当てられるのであれば。

「どういう組み合わせにしようと勝敗は、相手の防御を破るか相手の攻撃を防ぎきるかで決まるわけです。これは良いですね?」

 当然、自分の鍛錬に使えるはずがない。チームとして勝つためにどうするかを考えるのが、サーベラスの役目なのだ。

「もちろんだ」

「では、相手の攻撃を破る。相手の攻撃を防ぐ。まずはこの二点を考える必要があります」

「まずは、ということは先にもあるのだな?」

「それを今、考える必要ありますか?」

 フェリックスを軽く睨むサーベラス。限られた時間の中で、出来れば教える時間は短くして自分の時間を作りたいと考えているサーベラスにとって、フェリックスの質問は進行を邪魔する余計なものでしかないのだ。

「すまない。ちょっと基本的なこと過ぎて」

 サーベラスは分かりきったことを説明している。フェリックスはフェリックスで、時間が勿体ないと思っていたのだ。

「本当に基本的なことですか? では、同量の霊力で攻撃側が相手の防御を破るにはどうすれば良いのでしょう?」

「……霊力の質を……いや、質をあげるのは無理か……どうする?」

 霊力の強弱は宿している守護霊で決まる。サーベラスの問いの答えをフェリックスは見つけられなかった。質問の意図を正しく理解出来ているとも言える。

「では質問を変えます。幅も厚みも同じ木があります。そのままと、いくつかに切って重ねて厚みを増したもの。どちらが剣で貫くのは大変ですか?」

「重ねたものだ」

 すぐに分かる答え。そのすぐに分かる答えが、質問の仕方によって分からなくなる。

「霊力も同じです。同じ量でも一点に集中させれば、そうでない時よりも強固になる。それを破るには攻撃側も一点に絞り込む必要が出てきます」

 これはクラリスたちには、かなり前に教えているもの。フェリックスたちにも訓練について相談されたことは何度もあるが、同じことを質問されたことはなく、これについて教えたことはなかった。サーベラスは親切にしているようで、実際は必要最小限のことしかしていないのだ。

「……霊力を集中させる。理屈は分かるが、実際にはどうやる?」

「皆さんはすでに出来ています。出来ていることを分かっていないだけです」

「出来ていると言われても……」

 何が出来ているのか分からない。それが、サーベラスが言う「出来ていることを分かっていない」ということだ。

「防御を展開する時にどうしていますか?」

「展開する場所に意識を向けて……場所をもっと狭めろということか」

 前後左右上下。実際はもう少し展開範囲は狭まっているが、意識としてはその程度だ。これは霊力が強いと判定された人ほどそう。霊力に余裕があるので、広範囲に展開してしまうのだ。

「同量のままであれば、狭くすれば狭くするほど防御は厚くなります。その代わり、正確に展開しないと敵の攻撃を受けることになる。簡単に言うと、こういう方法です」

「サーベラスはそれが出来るのか?」

「その質問の答えは難しいです。どこまで出来れば、出来ていると言えるのかが分かりません。ここで行っているのは訓練。指導教官も本気ではありませんから」

 今のルーの霊力で、どこまでの攻撃が防げるか、サーベラスとルーは分かっていない。それを測れる相手がいないのだ。

「つまり、お前は指導教官の攻撃を防ごうとしているのだな?」

「そういう訓練ですよね?」

 そういう訓練ではない。指導教官は守護騎士。見習い守護兵士は、見習いではない守護兵士でも防げるはずがない。これが常識なのだ。霊力の強弱が勝敗を決める。だから養成所の訓練は霊力同士の正面からのぶつけ合いになっている。そうであれば尚更、正面からのぶつけ合いを避けて、勝つ方法を教えるべきだとサーベラスは思うが、現実はそうなっていないのだ。

「これを聞くのはどうかと思うが……出来るのか?」

「こちらの霊力を一点に集中しても打ち破れない防御を、全身に展開出来る相手だと無理です」

「そんなのは……でも、そうか」

 そんな強力な霊力を持つのは各家の当主クラスか、それに次ぐような実力者。サーベラスのように極端に低い霊力であれば、もっと通用しない相手は多くなるだろうが、自分であればそれくらいではないかとフェリックスは考えた。守護騎士に勝てる可能性を、フェリックスは初めて考えたのだ。

「相手が同じことを出来ないのであれば、出来るこちらのほうが有利になります。同等の判定を受けた相手でも、勝利の可能性がより高くなるということです」

 勝負が分かっている組み合わせは良しとしない。そうであれば、同レベルと思われる相手を上回る力を、対抗戦までに身につける必要がある。これはその一つで、もっとも重要なことだとサーベラスは考えている。

「やるべきことは分かった。具体的にはどうすれば良い?」

「それは人それぞれみたいです。弓矢型を作れるクラリスさんは、矢を作る延長でイメージを作れました。ブリジットさんは霊力を注ぎ込む型を先に考えるという方法が分かりやすかったみたいです」

「そうか。彼女たちはすでにそれをやっているのか」

 サーベラスが本来、所属しているチームの人たちは、当然、すでにこれを知っている。すでに先に行かれているのだとフェリックスは考えた。

「どうでしょう? 教えてはいますが、どこまで身につけているかは知りません。守護霊の霊力が全てなんて考えているのであれば、真面目にやっていないでしょう」

 チーム全員が本気でこれに取り組んでいるとサーベラスは思っていない。その気配がないのだ。他のことに時間を費やしているのか、そもそもやる気がないのかは知らないし、どうでも良い。事実として、訓練中にそれを試みている様子がないことを知っているというだけだ。

「霊力が全て……正直、俺はそう考えていた。いや、今もそう思っているだな」

「これに限らず、ずっと信じてきたことを、いきなり否定されても考えが変わるはずがありません。ただ、常識を常識だと思い込んでいる限り、その常識を打ち破ることは出来ません」

 ずっと信じ込まされていたことを、いきなり捨てることなど出来ない。サーベラスはそれを、誰よりも知っているつもりだ。だが、疑いを持たないことが間違いであることも知っている。それによって真実が見えなくなることで、不幸が生まれることも知っている。

「常識を常識だと思っている限り、常識は打ち破れないか……」

 自分とサーベラスの違いのひとつをフェリックスは知った。一族追放を、それほど気にしていないサーベラスと、それを恐れ、怯えている自分との違いを。少し勘違いが混ざっているが、それはフェリックスには分からない。

「まずは防御の展開範囲を狭めることから始めてください。それがある程度出来たら、今度はその狭い防御で敵の攻撃を防ぐ訓練に移ります。これは指導教官との訓練中にも出来ることです」

「確かにそうだ」

 そして、きっとサーベラスは以前からそれを行っている。サーベラスの個人としての力量も、自分たちは見誤っているのではないか。フェリックスはこう思った。
 サーベラスは自分とは違う。他の誰とも違う。もしサーベラスが病を患うことなく、元の霊力をそのまま保持していたら、どのような存在になっていたのか。ルークの一族は、ナイトの一族は、残りの三家もどのような決断をしたのか。フェリックスはこれも考えた。
 意味のないことだ。サーベラスはサーベラス。ルークではないのだ。</p  

 

◆◆◆

 夕食の時間も、真面目な話だけではつまらないとジェイクが雑談を交えてきながらも、話題の中心は対抗戦について。自分たちがいかにして強くなるかだ。これについては、確かに結果が見えている戦いの準備に比べれば、遥かに面白いとサーベラスも思う。フェリックスのチームはクラリスのチームとはまとまりが違う。皆が一つの意思で動いていると感じる。それが、二人の仲間を死なせてしまったことへの後悔からきているのだとすれば、わずかだが、死も意味があったのかもしれないとサーベラスは思うようになった。意図して作られた死など認められないとルーは言い、確かにその通りだと思うが、まったくの無駄死によりは良いのではないかと思うのだ。
 質問を受け、それに対する意見を言う。また質問を受ける。当初思っていたよりは、これは自分の為になるとサーベラスは考えるようになった。どうして彼が、彼女がそう思うのか、理解出来ないのかを考えることで、新しい気づきが生まれることもある。人に分かりやすく教えるには、自分自身も明確にそれを理解していなければならない。こういう点も勉強だ。嫌々だった対抗戦への参加がサーベラスの中で意味を持つようになった。そうなると、さらに真剣に、サーベラスはやるとなったら常に真剣だが、打ち込むようになる。

「頭で考えるだけで鍛錬になるの?」

 夕食のあともサーベラスはチームの人の相手をしている。自分の鍛錬の時間なので、それをやりながらも、他人の相手を続けているところは以前とは違っているのだ。

「具体的に考えることが出来たら。メイプルさんはやったことがないのですか?」

「ない。どうやるの?」

「対象は具体的なほうが良いです。最初はその日の担当指導教官を考えるのが良いと思います。その日に行った訓練を正確に思い浮かべる。違いは失敗したところを正すこと。どう動けば良かったかを考え、頭の中で試してみるのです」

 サーベラスの場合は、ルーがこれを行っている。ルーがイメージし、それをサーベラスが正す。相手もサーベラスだ。お互いにイメージを伝え合って、対戦するのだ。

「その日の復習ね。それはやっている。何が違うの?」

「全ての動きを正確になぞる。自分よりも強い相手のそれが出来るようになると違ってきます。正確に、というのが大事なところで、それが出来ると負け続けることになるはずです。正確に負けるべきところで負ける。実際の動きと頭の中の動きのズレをなくす。そこまで出来るとただの復習とは別物になります」

 さらに様々な、実際に対戦した相手ではなくても、戦闘を頭の中で正確になぞることが出来るようになると、実際の動きにもバリエーションが生まれる。考える通りに動けるようになることが必要なるが、それが出来れば一段上がったことになる。この繰り返しだ。

「……立ち合いしてもらっても良い? 霊力なし、武器なしで」

「良いですけど……それだと僕も少し自信ありますよ?」

「だからお願いしているの」

 サーベラスは強い。指導教官との訓練では見えずらい強さがある。それにメイプルも気が付いた。なんとなく感じていたのだ。サーベラスの助言は実践的だと思っていた。裏付けのある意見だと。その裏付けをメイプルは確かめたくなったのだ。その結果は――

「……強い」

 予想通り、まったく歯が立たなかった。息を切らして地面に座り込み、サーベラスを見上げているメイプル。

「霊力なしの戦いですから」

 サーベラスも地面に腰を下ろし、メイプルに視線を合わせる。
 霊力なしの戦闘でメイプルがサーベラスに敵うはずがない。もとの資質もそうだが、鍛錬の量と質が違っている。二年目以降、霊力を使わない鍛錬も増えてくるのだが、それを経験してもサーベラスに並ぶことは容易ではないだろう。守護兵士に求められるものとサーベラスが目指すものは違うのだ。

「……ひとつ聞いて良い?」

「これまでいくつも質問を受けてきたつもりですけど?」

「そうね……私たちは強くなれるかしら?」

「その為に訓練しているのだと思いますけど?」

 メイプルが聞いているのは、こういうことではないとサーベラスも分かっている。だが、軽々しく答えるのも違うと思って、あえて答えをずらして返したのだ。

「……サーベラスは覚えていないだろうけど、私も幼年学校にいたの」

「知っています」

 特殊幼年学校にいた見習い守護兵士は全員を把握している。先に把握して、自分への態度を注視していたのだ。マーティンに不意打ちを食らった形になったので、失敗という結果となったが。

「……そう。貴方がいなくなった後に、自分たちが何者かを教えられた。凄い守護戦士になれると思って、その時は舞い上がったの。でも、私たちはここにいる」

 自分たちは特別だと思った。選ばれた人間だと思った。英雄王と四人の勇士たちのようになるのだと思った。だが、その期待は裏切られた。守護戦士は守護戦士でも兵士=ボーン。思っていたのとは大きく違っていた。

「別に、今更叶わない夢を見るつもりはないけど、使い捨てにされるのは納得がいかない」

「……もしかして、実地訓練について知っています?」

 使い捨てという言葉の意味。それを今、メイプルが使う意図をサーベラスは考えた。

「それを言う貴方も知っているのね? そうか、ルークだものね?」

 メイプルはフェリックスから聞いたのだ、フェリックスはナイトの一族の守護騎士、指導教官から聞き出した。メープルの問いを聞いて、サーベラスはそれを知った。

「元です。それに、信じてもらえるか分かりませんが、人に聞いたのではなく自分で気づきました」

「……貴方がいてくれたらと思うのは、愚かなことね?」

 クラリスのチームは誰も亡くなっていない。それはサーベラスがいたおかげ。そうメイプルは考えた。間違いではない。サーベラスが二十人の山賊役を一人で殺したことまでは、想像も出来ていないとしても。

「貴方たちは前に進もうとしている。それは凄いことだと思います」

 実地訓練の真実を知っても、メイプルたちは対抗戦に向けて、頑張ろうとしている。それは凄いことだとサーベラスは思う。サーベラスにとっては普通のことでも、自分とは異なる生き方をしてきた人たちにとってはそうではないことを、サーベラスはルーから教わったのだ。

「ただの意地。それに、何かをしないではいられないの」

「……それで良いと思います。辛い思いを一時でも忘れる為に、何かに夢中になろうという気持ちは僕でも分かります」

「そう……そうなのね」

 サーベラスはルークの一族を追放された。彼の今の頑張りはその悔しさを忘れる為。メイプルはそう誤解した。

「それでどうします? 泣きます? 泣くなら一人が良いですか? それとも、側にいたほうが良いですか?」

「……貴方はこんなことまで分かってしまうのね? じゃあ、背中を貸して。皆には頼めなかったの」

 仲間の死に涙は流した。だが、皆が同じ辛い気持ちを味わっている中、誰かに頼るなんてことは、甘えるなんてことは出来なかった。ただただ自分の悲しみだけに忠実に、周囲に気を使うことなく、泣くことは許されなかったのだ。
 後ろを向いたサーベラスの背中に、メイプルは体を預ける。すぐに聞こえて来た嗚咽。それはすぐに、はっきりと分かる泣き声に変わった。

(……あれがブリジットさんが言っていた隙なのかしら?)

 そうなるともう、話しかける機会をうかがっていたクラリスも、割り込むことは出来なくなる。

(馬鹿……私は何を考えているの?)

 メイプルはただ悲しんでいるだけ。サーベラスはその気持ちに寄り添っているだけ。それだけのことだとクラリスは自分に言い聞かせる。そう思い込もうとしていること自体が、おかしなことであると気づいていない。

www.tsukinolibraly.com