期末試験という位置づけの団体対抗戦のルールが変わった。ひとチーム五人から六人に変更。人数が足りないチームは、他チームから一時的に貸し出すという内容だ。クラリスの要望が通ったのだ。
もともと多くの指導教官は、五人という数に拘りがあったわけではない。拘りがないので、低判定の見習い守護兵士が除かれる結果になる五人で話が進んでいても何も言わなかっただけだ。だが今回、見習い守護兵士の側から、全員参加を可能にして欲しいという要望があがってきた。全員が試験に参加するのは普通のこと。ほとんどの指導教官は拒否する理由を持たなかったのだ。
結果、クラリスのチームから一名が、対抗戦が終わるまで別チームに移動することになった。準備もあるので、当日だけというわけにはいかないのだ。
「ということで、明日から一緒に訓練することになったサーベラスだ」
夕食の席で紹介されているのはクラリスのチームから移動することになったサーベラス。移動先のチームから強く求められた結果だ。対抗戦メンバーから外れていたサーベラスとブリジットのうち、どちらを選ぶかとなれば、当然、サーベラスを選ぶ。移動先チームのリーダーであるフェリックスの要求に、クラリスが押し切られた結果だ。
「サーベラスです。よろしくお願いします……はあ……」
挨拶に続いて、ため息を漏らすサーベラス。
「そんな嫌そうにするなよ。俺たちがお前を選んだのは高く評価しているからだ。これは喜んでくれても良くないか?」
「皆さんのチームに来ることを嫌がっているわけではありません。対抗戦に参加することを嫌がっているのです」
今日から団体対抗戦に向けての訓練を行うことになる。それに時間を取られることがサーベラスは嫌なのだ。
「どうして? 対抗戦って、なんか燃えない?」
サーベラスが対抗戦を嫌がっていると聞いて、フェリックスの隣に座っていたジェイクが理由を訪ねてきた。彼には対抗戦を嫌がる理由はない。実施を喜んでいるのだ。
「対抗戦で燃える……どういう戦いをすれば燃えるのですか?」
「どういう? なんというか……こう、ぎりぎりの戦いをなんとかしのいで、逆転勝利とか?」
具体的に聞かれてもジェイクは困ってしまう。今の気持ちを、何も考えずに口にしただけなのだ。
「逆転勝利すると燃えるのですか……僕は燃えたくありません」
「……あのさ、サーベラス。ジェイクは、体が燃えるとか、そういうことを言っているのではないわ。気持ちが熱く……簡単に言うと、やる気満々ってことよ」
話がかみ合っていないことに気が付いたのはメイプル。このチームでは唯一の女性だ。
「そういうことですか。やる気がある……僕はそのやる気がないのですけど?」
「その理由をジェイクは聞いているの。どうしてサーベラスは、やる気がないの? 訓練の成果を試せる機会だと思って、頑張れないの?」
「それです。訓練の成果を試す機会にならないから。その為に時間を取られるのが嫌なのです」
サーベラスはメイプルとは違う考えを持っている。団体対抗戦は、サーベラスにとっては、訓練の成果を確かめることが出来ない、あまり意味のないイベントなのだ。
「どうして成果を試せないと思うの?」
はっきりとサーベラスは成果を試せないと言った。その理由がメイプルは気になる。彼女だけではない。この場にいる全員が同じ気持ちだ。
「養成所は、霊力と霊力を正面からぶつけ合うことを基本としています。対抗戦のルールもそうです。霊力の攻撃で相手の霊力の守りを打ち破ればポイント。守り切ると守った側のポイント。守られていない場所を攻めることは許されていません」
「それは……万一があったら困るから。無防備で攻撃を受けては死ぬこともあるもの」
霊力で守られていない場所を霊力で攻撃すれば、死ぬこともある。死なない程度に力を制御して、なんて真似が完璧に出来るほどの技量を、皆が持っているわけではないのだ。
「はい。それは分かっています。でも理由がなんであろうと、ルールがそうであることに変わりはなく、その結果、勝つために必要なのは、敵よりも上のカードを切る回数をいかに増やすかになりました」
「その勝つために必要な何かを、俺たちはお前から聞きたかった。お前はもうそれを見つけているということか?」
フェリックスたちがサーベラスに期待しているのは、個としての戦闘力ではなく、指導力。仲間の欠点を見抜き、それを克服する方法を教えてくれることだ。その力があることを彼らは知っている。自分自身で確かめている。
「今言った通りです。メンバーは六人。三回、相手よりも霊力で上回る味方を当てられれば、それで五分。あとの三回のうち一回、引き分け以上であれば、それで個人戦は勝ちです。団体戦は少し複雑ですけど、考え方は同じ」
「組み合わせを考えるだけと言うのか?」
霊力と霊力の正面からのぶつかり合いであれば、番狂わせはまず起こらない。確実に勝ち越せるように、対戦の組み合わせを考えるだけで良い。この理屈はフェリックスにも分かった。
「そういうことです」
「……それでは面白くないと言ったら?」
「殺し合いに面白さが必要ですか? 勝って、生き残ることが全てだと思います」
優先すべきは生き残ること、その上で勝利を掴むこと。面白いかどうかなどは考える必要のないことだとサーベラスは思う。
「なるほどな。それは否定しない。ただ、養成所で行われるものである以上、対抗戦は殺し合いではなく訓練だ。勝つことが分かっている訓練を行っても、あれだ……燃えない」
「……わざわざ、ぎりぎりの戦いにして、それで勝ちたいと……訓練だと位置付ければ、それも有りですか。それに、どうするかは皆さんが決めることです」
訓練であれば勝利に拘る必要はない。訓練を楽しむ為に負けてもかまわないと皆が思っているのであれば、そうするべきだとサーベラスは思う。
「ぎりぎりの戦いになっても、勝ちを諦めるつもりはない。勝つために協力して欲しい」
フェリックスは負けてもかまわないと思っているわけではない。どういう戦い方であっても勝ちにこだわるつもりだ。
「……それが僕の仕事であれば、僕はそれをするだけです」
「では、やってくれ。俺たちは必ず、最高の戦いにした上で、勝つ。この仲間で一番になる。その為には何でもやるつもりだ」
「それは実際の行動で示してください。言葉だけで勝てるなら、きつい訓練に耐える必要はありません」
「……ああ、そうだな。俺たちの本気は行動で見てもらうしかない」
きつい鍛錬に耐えることが出来たなら、対抗戦で勝利出来る。フェリックスには、サーベラスはこう言っているように聞こえた。そうなのだと信じられる気がした。
「おお! やっぱり、燃えてきたじゃないか!」
「僕は燃えていません」
サーベラスはジェイクと違って冷静だ。ジェイクだけでなく、自分を含む五人と違って。フェリックスは対抗戦に向けて、心が熱くなっているのを感じている。仲間を失ってから、それ以前より遥かに頑張ってきたつもりだ。だが、それは悲壮感のようなものが漂ってる中での頑張りだった。皆が何かに追い詰められていた。頑張っても頑張っても心は冷えていくばかりだった。
その皆の心に、久しぶりに火が灯っている。まだ小さな火かもしれないが、確かにそれはある。フェリックスは自分の心の内にそれを感じているのだ。
「あ、あのさ、前から気になっていたことがあるのだけど良いかな?」
「マーティン。やってやるぜって盛り上がっている時に、何だよ?」
対抗戦の話でもっと盛り上がろうとしていた、自分が勝手に決めていることだが、時に別の話題を持ち込もうとしているマーティンに、ジェイクは不満そうな顔を見せている。
「僕だってやる気はある。だからこそ、はっきりさせておきたくて」
「……何を?」
そんな風に言われると黙っていろとはジェイクも言えない。それどころかマーティンが何を知りたいのか気になった。
「サーベラス。僕と君は前に会ったことがないかな? その、なんというか、君は別の名で……」
マーティンは特殊幼年学校にいた。幼年学校にいて、その当時のサーベラス、ではなくルークの顔を覚えているのだ。当時に比べれば幼さは抜けているが、別人とは思えないほど似ていると、ずっと思っていたのだ、
「……ああ、虐めっ子のマーティン」
ルーにもマーティンの記憶はある。特殊幼年学校出身だと聞いている見習い守護兵士に関しては、ほぼ思い出しているのだ。ルーにとっては、思い出と言えるようなものではないが。
「何!?」「マーティンが虐め!?」
「ち、違うから! 僕は虐めなんてしていない! 確かにちょっと、避けてたことはあったけど、それは何も知らなくて」
マーティンに当時のルークを虐めていた覚えはない。ただ怖くて避けていただけのつもりだった。マーティンはそうかもしれない。だが当時のルークにとっては、周り全員に嫌われて、無視されているという状況なので、虐められていた認識なのだ。
「どういうことだ? きちんと説明してくれ」
これから一緒に頑張ろうという状況で、過去とはいえ、実際に虐めがあったのであれば無視できない。フェリックスはきちんとした説明をマーティンに求めた。
「特殊幼年学校の目的はもう話したよね? 守護戦士になれる素質のある子を見つけること。でも学校にいた頃の僕たちは何も知らされていなくて、ルーくんの守護霊を、ただのお化けとしか思っていなかった」
「ルーくんの守護霊? ルーくんというのは……おい? まさか、ルークの一族の?」
「ルークの一族? えっ、そうなの?」
マーティンは当時のルークのことは知っていても、彼がルークの一族の後継者であることまでは知らなかった。そういうことも教えられていなかったのだ。真実を知っているのは、この場ではサーベラス一人。そのサーベラスに皆の視線が集まる。
「……公言して良いことじゃないのだけどね? 確かに、当時の僕はルークの一族でした」
サーベラスもここで当時のルークと、ルークの一族を結び付けられるとは思っていなかった。さりげなく探った感じでは、クラリスたちは当時のルークの素性に気づいていない様子だったのだ。
「……当時の、というのは?」
「重い病気になって、ずっと寝たきりでした。いつ死んでもおかしくない状態で、奇跡的にこうして動けるようにはなったけど、霊力は皆が知っている通り。こんな僕は一族には相応しくないということで、追放されました」
「追放……そんな……」
「そんな落ち込む?」
フェリックスの動揺は、サーベラスがルーの父親から追放を言い渡された時よりも、酷い。それを聞いていた本人であるルーよりも。他人の話でそこまで動揺する理由が、サーベラスには分からない。
「……俺は……ナイトの一族だ。一応、今も」
フェリックスがひどく動揺したのは、自分の境遇と重ねたから。フェリックスはナイトの一族、しかも直系なのだ。直系であるのに、守護兵士養成所に送られるような宿霊者にしかなれなかった。一族から追放されたサーベラスの境遇を、将来の自分の姿だと思ったのだ。
「そう……それでも落ち込む必要はないと思うけど……僕が決めるとではないですね」
「どうして? お前は平気だったのか?」
落ち込むかどうかは自分が決めることと言われても、サーベラスの気持ちがフェリックスは気になる。何故、落ち込む必要はないと言えるのか、知りたいと思った。
「平気というか、変に縛られるよりは今のほうが良いと思っているだけ。戻りたいという気持ちはあります。ありますけど、それも自分で決めることだと思っています」
いつかルーに体を返し、一族に戻してやりたいとサーベラスは思っている。だが、体を返すのは当然だが、一族に戻るかどうかはルーが決めることだと思っている。ルーもそのつもりだ。自分を追放した一族に、頭を下げてまで戻るつもりはない。そう思っているのだ。
「自分で決める……か」
「その反応だと、簡単ではないってことですね? じゃあ、やっぱり、僕は平気です」
「つまり、こういうこと? 俺たちのチームにはナイトとルークがいる? それって、すでに最強じゃないか!?」
暗くなった雰囲気をジェイクは盛り上げようとしている。彼はフェリックスの苦悩を知っている。フェリックスは自分が一族の落ちこぼれであることを仲間たちに隠さなかったのだ。
「そういうことではないと思うけど、今は良いか。そいうことにしましょ」
「よし! じゃあ、お祝いだ! 皆、グラスを持て!」
「ちょっと待て。俺はまだ一言も話をしていない」
もう一人のチームメイト、スティーブが乾杯に持って行こうとするジェイクを止めに入ってきた。普段も悪乗りするジェイクを止めに入るのはスティーブの役目なのだが、今日はタイミングを逃していたのだ。
「話はこれから沢山すれば良い。対抗戦までは時間がある。訓練の時間としては少なくても、俺たちがお互いを知り合うには十分なはずだ」
そして最後にまとめるのは、やはり、リーダーであるフェリックスの役目。
「ようこそ、チーム「成り上がり」に」
「成り上がり?」
チーム名にしては、おかしなもの。過去に使ったことのない名称を選んだにしても、もう少し何かあったのではないかとサーベラスは思った。
「どうしても……どうしても譲らないメンバーがいて」
「そうですか」
生まれた間は、そのメンバーの名を言葉にすることを躊躇ったから。亡くなった二人のうちのどちらかで、その名を口に出すことを躊躇うほどの想いが、フェリックスにあることをサーベラスは知った。
「最初なんだから、もっと明るく行こうぜ! そういうことで、乾杯!!」
「「「かんぱ~いっ!!」」」
手に持ったグラスを、見習い守護兵士は飲酒禁止なので中身は水だが、交わし合うフェリックスたち。近頃の食堂では見ることのない光景。その様子は他のチームも気になる。まして、サーベラスを送り出した側のクラリスたちは。
「盛り上がっているわね?」
「そうだな。最近はなかった盛り上がりだな」
話しているのはブリジットとクリフォード。サーベラスを貸し出すことを認めてしまったクラリス、そして元々サーベラスを対抗戦メンバーから外そうと画策していた三人は、気まずさを感じていて、話題にしづらいのだ。
「サーベラスが行ったからね?」
「彼らのところは、もともとあんな感じだ。最近はあれだったけどな」
もともと他チームと比べて、フェリックスたちは仲間内で盛り上がることが多かった。それが近頃、沈んでいたのは二人の仲間を失ったから。それをクリフォードも知っているのだ。
「復活のきっかけはサーベラスでしょ?」
「あの無愛想に盛り上げ役など出来るはずがない」
「無愛想なのはクリフォードが相手だからでしょ? 口数は少ないけど、サーベラスは人をやる気にさせるのが上手よ」
「それもブリジット相手だからだろ?」
ブリジットをやる気にさせることにかけて、このチームにサーベラスに並ぶ者はいない。クリフォードを怒らすことに関しても。
「そうだと良いけど、そうじゃないのよね。やっぱり、私が立候補すれば良かったかな?」
「どういうことだ?」
「あのメイプルって女。曲者な感じがするのよね。誰かさんと違って、隙を感じさせるの。そう考えるとサーベラスを残して、私が行ったほうが良かった。誰かさんが焦って隙をさらけ出すこともないだろうし」
ブリジットが警戒しているのは、メイプルがサーベラスとの距離を縮めること。もともとはクラリスを警戒していたのだが、彼女は真面目さが表に出ていて、本人もそれを意識していて、異性と特別な関係になるような隙がないことに気づいている。これはマイク、ローランドも同じ意見だろう。
「……ブリジットはサーベラスが好きなのか?」
「ええ、好きよ。外見はかなり良い。あれで結構、優しい。将来性に不安を感じていたけど、最近はかなり薄れてきた。上位候補にするのも当然でしょ?」
「上位候補ということは……他にも?」
サーベラスは何人かいる候補者の一人。そうであるのに「好き」と言い切るブリジットの感覚は、クリフォードには、理解出来ない。
「ええ。今のところは、サーベラスが行ったチームのフェリックスが本命。将来性でサーベラスを超えているわ」
フェリックスがナイトの一族であることをブリジットは知っている。守護兵士養成所にいるということも減点にはならない。そうでなければ、そもそもブリジットは近づくことも出来ない。本人は、自分なりに分相応な相手を選んでいるつもりなのだ。
「それでどうして立候補しなかった?」
「失敗して嫌われたくないもの。それに……面白いのが私は一番だから」
「面白い……」
ブリジットが何を面白いと思っているのか。クリフォードには、分かる。サーベラスと移動先のチームのメイプルが近づくことを警戒する話も、面白くしたいからだ。ブリジットが、クラリスの心を揺らして嫉妬心を煽ろうとしていることに、クリフォードは気づいている。分からないのは、そんなことに労力を割く気持ち。女性の嫉妬というものが、どういうものか理解出来ない自分を、クリフォードは知った。