月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第23話 期末試験があるらしい

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 王都に送った手紙の返事が届いた。国王に情報を届けるための手紙ではない。家族に宛てて送った、ように見せかけて部下に届けた、手紙の返事だ。ガスパー教官は異なる内容の手紙を、別の宛先に送っていたのだ。
 送られてきた手紙を眺めて、数字を紙に書きだす。ある法則を知った上で手紙を読むと、別のことが見えてくる。本当に伝えたいことを隠す為の暗号だ。長い文章は作れない。それでも、ある程度のことは伝えられる。分からなければ、手間ではあるが、また手紙を送れば良い。王都までは往復で六日。何か月もかかるやり取りにはならないのだ。
 数字から単語を見つける。その単語から相手の伝えたいことを読み取るのだ。自分の問いに対する答えであれば、案外、単語だけで正確に読み取れるものだ。

(実験、失敗……)

 ガスパー教官が部下に調べさせたのは特殊幼年学校について。今期入所には、その特殊幼年学校出身者が多くいる。まず間違いなく、例年よりも入所者が多いのも、特殊幼年学校出身者が影響している。
 では特殊幼年学校とは何なのか。ガスパー教官は知らなかった。さりげなく他の指導教官に聞いてみたが、得られた情報はほとんど価値がないもの。存在を知っている人はいても、何故、作られたのかまで知る人はいなかった。それをガスパー教官は部下に調べさせたのだ。

(実験的に作られたが失敗に終わったか? 失敗は何が失敗なのか? それが目的のはずだが……)

 それに当て嵌まりそうな単語を考える。悩む必要はなかった。悩むほど、単語の数がないのだ。

(霊力、だろうな……期待も答えの一部か? 霊力の強い守護霊を宿すことを期待して学校を実験的に作ったが、失敗に終わった)

 それが分かったから、わずか三年で特殊幼年学校は閉鎖された。話としては繋がっている。

(城は何だ? 城……ルークの一族が絡んでいるということか? それとも、そのまま城のことなのか?)

 城という単語がまだ残っている。その意味をガスパー教官は考えた。
 儀式もなく強力な宿霊者となったルークの一族の後継者と接することで、他にも同じような子供が出てくることを期待したが、そうはならなかった。閉校後に、従来は早過ぎるとされる年齢での儀式を試みてみたが、それも期待通りの結果にはならず、失敗。特別強力な宿霊者は生まれず、皆、見習い守護兵士候補として養成所に入所することになった。ルークの一族の後継者の奇跡を再現しようとした、藁にもすがるような実験的な試みは順当に失敗。二度と試みられることはなかった。
 これが全てを文字に起こした時の内容。だが、ここまでの内容を一回の手紙で盛り込むことなど不可能で、ガスパー教官に推測できるはずがない。さらに何度か、手紙を交わすことが必要になる。

(……ルークといえば、あいつも関わりがあるかもしれないのか)

 サーベラスの推薦人はルークの一族の当主。一族の関係者である可能性が濃厚だが、それ以上のことは分かっていない。分かっているのは、本人はどの家とも関係がないと言っているということ。それも本当かどうか分からない。

(不思議な男だ)

 サーベラスは明らかに他の見習い守護兵士とは違っている。自分を鍛える術を知っている。何人かは別の場所で訓練を受けていた形跡があるとガスパー教官は考えているが、その彼らとも違っている。誰もがある程度まで強くなる方法ではなく、自分が最大限に強くなる方法をサーベラスは考えているのだ。

(あの力はどう役立てるのが王国の為になるのか……役に立つかもわからんか)

 ガスパー教官は国王に仕えている。キングの一族の当主ではなく、国王に仕えているという意識のほうが強い。現国王であるアレクシス三世王はアストリンゲント王国の国王に相応しくないなどとは思っておらず、国を乱そうとする四家には強い憤りを覚えているが、優先すべきは「王国にとって一番良いのは何か」だと考えているのだ。

(霊力に救われている我が国が、人々の死を蔑ろにして良いはずがない)

 戦争で数えきれないほど多くの人が亡くなっている。多くの人を犠牲にしているのに、戦争は終わらない。今回の不戦条約は国内で争いを始めるための停戦で、それが終われば、また他国との戦争が始まる。
 アストリンゲント王国の有力者たちは誰も本気で戦争を終わらせようと考えていない。それがガスパー教官は空しい。多くの国民は何のために命を落としたのか。戦いの先に平和が訪れると信じたからだ。だが、その人たちが望んだ平和は遠ざかるばかり。この先も犠牲者を生み出すことになる。

(……人を批判する資格は私にはない)

 戦争を止める力は自分にはない。心の中で批判していても何も変わらない。自分も死者を、戦死した部下を裏切っている。ガスパー教官はこう思う。

(諦めないことだ、などと……どの口がそれを言うのだ)

 クリフォードに「諦めないことだ」などと告げた自分が恥ずかしい。ガスパー教官は諦めてしまっているのだ。この国の将来を。自分自身を。

 

 

◆◆◆

 本来、実地訓練は一年間の訓練の成果を試す為のものだった。それを、攻防同時の本格的な戦闘訓練を行うことなく、集団戦を学ばせることなく、強引に前倒しして実施してしまった。訓練そのものは、そんな事実に関係なく、予定通り進められている。実戦前に学ぶべきだったことを、今更、学んでいるのだ。今更だとしても、訓練を省略するわけにはいかない。実地訓練を生き残ったからといって、それで必要な知識、経験を得られたわけではない。訓練は必要なのだ。
 問題は、その訓練成果をどう確かめるのかということ。養成所にも、一応は、成績がある。その成績をつける為の期末試験を中間試験にしてしまったので、新たに期末試験となるものを設けることになったのだ。

「団体演習戦です」

「……中身は?」

 団体演習戦とだけ伝えられても、どのようなものかクリフォードには分からない。分かるのは、団体で演習する戦いだというくらい。分割しただけだ。

「今から伝えます。チーム対抗戦で個人戦と団体戦があります」

「チーム対抗で、個人戦?」

「だから、まだ説明の途中です。個人戦はチームから五人を選抜。一対一の戦いで五戦を行い、勝ち数を競います。団体戦は、これも五人選抜で、五対五の戦いになります」

 一人一人の技量を競うものと、集団戦の技量を競うもの。この二つが予定されている。

「五人選抜である理由はなんだ?」

「聞かなくても分かりますよね? 五人しかいないチームがいるからです」

 実地訓練で二人の仲間を失ったチームもある。今はチーム毎に数が違うのだ。

「うちから一人貸せば、それで全チーム六人だ」

 クリフォードもそんなことは分かっている。チームに拘らず、人を一人動かすだけで全員参加に出来ることを分かっていて、質問したのだ。

「確かにそうですね? どうしてでしょう?」

 試験としての意味があるのであれば、全員参加にするべき。クラリスもそう思った。今のチームが、将来的にも続くわけではない。卒業すればそれで解散。二年目になる時に変わってしまう可能性だってある。チームに拘る意味はないのだ。

「理由を考えても仕方がない。養成所がそう決めたのなら、それでやるしかないね」

「それは、そうですけど……」

 サムエルの言う通り、決められたルールで戦うしかない。それは分かっていても、納得できるわけではない。クラリスたちは七人。そこから二人を外すことが彼女は嫌なのだ。

「五人はどう決める?」

「それは最初から決まっているだろ?」

 クラリスの躊躇いを無視して、マイクとローランドが選抜を誰にするか話し始めた。彼らの考えは入所時の判定に従うというもの。これで押し切りたいのだ。

「そうだな。実力順だろうな。ただ、どうやって実力順を決める? まずはチーム内で対戦してみるか?」

 クリフォードは彼らとは違う。違うことが分かっていて、あえて否定することなく、決まっているのは選抜の方法であるという言い方をした。

「チーム内で対戦って……そんなことをしなくても結果は分かっている」

「そうか。意見が合っているなら、それでも良い」

 意見は合っていない。上位三人をあげるとなると、かなりバラバラになる可能性もある。クラリスとクリフォードまでは合うとしても、三番目が合わない。クリフォードはそこにサーベラスをあげる。三番目ではなく、一番を選ぶのでも同じだ。だがマイクとローランドは、そしてサムエルも、自分自身か三人の中の誰かをあげるはずだ。彼は自分たち三人とクラリス、クリフォードの五人にしたいのだ。

「……はっきりと誰が選抜かを話すことにしよう。俺は俺とクラリスとクリフォード、マイクとサムエルの五人が良いと思う」

 腹の探り合いは止め。ローランドは選抜を誰にするか、名前をあげて話すことにした。マイクとサムエルが同じ意見なのは間違いない。クリフォードには異見があるようだが、まだ三対一。勝ち目があるとは言えないが、早めの議論のほうが良いと考えたのだ。

「俺は俺とクラリス、それにサーベラスの三人が確定。あとは実力を試すのが良いと思う。別に全員で試すのでも構わない」

「なんか、その言い方は心外だね?」

 サムエルがクリフォードに文句を言ってきた。彼の言い方はサムエルたち三人はどうでも良いと言っているように聞こえなくもない。少なくともサムエルには、おそらくはマイクとローランドにも、そう聞こえたのだ。

「サーベラスよりも下だと評価されるのが心外だと?」

「そうは言っていない。自分とクラリス、サーベラスの三人以外はどうでも良いという考えが、心外だと言っている」

「どうでも良いとは言っていない。三人の実力は伯仲しているので、二人だけを選べないと言っているのだ」

 サーベラスを含めた上位三人の実力が抜けている、とはクリフォードは言わない。一応は、言葉を選んでいるのだ。気を使ってというより、このようなことで揉めるのが馬鹿馬鹿しいからだ。

「……クラリスはどう思う?」

「私は……」

 そもそも二人外すことにクラリスは納得していない。思っていることはあっても、口に出すことを躊躇った。

「本人は?」

 さらにサーベラスに問いを向けるサムエル。これはちょっとした賭けだ。だが、この時点で賭けに出ておく必要があった。

「……あっ、僕? そうですね……ローランドさんに賛成します」

「サーベラス! ふざけるな!」

 サーベラスが、自分が外れることを選んだことで、クリフォードは一気に頭に血が上っている。ここで自ら引くことが許せないのだ。

「ふざけてはいません。ちゃんと考えています」

 一年目の終わり。この時点での試験はサーベラスにはどうでも良い。他にやるべきことが沢山ある中、団体対抗戦の為に時間を取られるのは嫌だという理由もある。対抗戦のための練習は、今のサーベラスには必要がないと思えるものになりそうなのだ。

「強い者が出ると決まっている」

「そういう話はこれまで出ていません。出たい人が出るでも良いはず。養成所は訓練する場所です。それぞれが必要と思うことをすれば良いと思います」

 サムエルとマイク、ローランドの三人は出たいのだ。そうであれば出れば良いとサーベラスは思う。彼らが彼らにとって必要なことを行おうとしているのだから。

「……お前には必要のないことか?」

「どうしても出なくてはいけないとは思わない」

「そうか……では、仕方ないな」

 このクリフォードの言葉にサムエルは、マイクもローランドも驚いた。ここであっさりとクリフォードが引くとは思っていなかったのだ。ただ、驚いたがそれは嬉しい驚き。あっさり引き下がったことを否定する必要は、まったくない。

「クラリス。これで決まりで良いかな?」

 本人は拒否。クリフォードを含む四人が同意見になった。あとはリーダーであるクラリスが了承するか。それをサムエルは確認した。ここでまだ迷いを見せるようでも、押し切れると考えているのだ。

「……分かりました。では私たちのチームはそれで行きましょう。ただ、私はやっぱり全員が参加するべきだと思います。六人での対抗戦にしてもらえるようお願いするつもりです」

「それは……どうかな?」

 サムエルにとっては想定外の答え。メンバーを了承したのは良いことだが、チームを六人にしての対抗戦の実施は余計なことだ。

「……そうか。サーベラスが別チームに行けば、戦えるのか。それは有りだな」

「…………」

 サムエルが「余計なことを」と思う理由をクリフォードが説明してくれた。サーベラスが敵チームに回って、自分と対戦するようなことになったら。サムエルはこれを恐れている、負けた時の自分の評価を不安に思っているのだ。
 それはマイクとローランドも同じ。高い評価を得れば、それだけ待遇が良くなる。彼らは卒業したあとのことを考えているのだ。同じ卒業したあとを考えるのでも、別のことを考えるべきなのに。

 

 

◆◆◆

 陽の光が届くことのない深い深い闇の底。自分の存在さえ感じられなくなる漆黒の闇の中を、宛てもなくさまよっている。「何故自分はここにいるのか。ここに自分はいるのか?」。意識さえ闇に溶けてしまいそうになる。耳に届く何者かの声。それは意識を支える助けではない。自分を自分でなくしてしまう暗示の声。耳を塞いでも、声が途切れることはない。塞ごうにも塞ぐ耳がない。自分の存在が虚ろになる。自分が自分でなくなってしまう。そのほうが楽になれる。

(……違う)

 また別の声が聞こえてきた。

(……違う……違う……違う!)

 耳、ではなく心が痛くなる叫び。叫びの主が誰だか分かる。闇に溶けていた意識が輪郭を持ち始める。

(俺は……俺だ……自己を確立しろ……俺は……)

 叫んでいたのは自分自身。自分が自分を取り戻す為に叫んでいたのだ。

(お前に自己なんてものはない)

(嘘をつくな。俺は俺だ)

 そこに割り込んできた自分を惑わす声。そんなものには騙されない。自分はそんなに弱くない。

(お前は弱い)

(嘘だ。俺は強い)

(お前は弱い。だってお前は、自分の罪を認めようとしない。自分が犯した罪を、お前は知らない。お前の体は殺された人の血に沈んでいるというのに)

 足元が揺らぐ。沈んでく体。血の匂いが、良く知った匂いが鼻や口を、全身の穴を塞いでいく。息が出来ない。する必要がない。自分の存在を見失ってしまう。真っ赤な血の中に溶けてしまう自分を感じる。自分の罪の中で自分は死ぬ。それは正しいことだと、もうほとんど自分ではなくなった意識が受け入れている。あとわずか。それで完全に消える。

(……違う)

 まだ聞こえてきた声。これは自分の叫びではない。では誰の声なのか。

(貴方は生きなければなりません。罪を背負って生きることが貴方への罰なのです)

 聞き覚えのある声。もう聞くことなど出来るはずのない声。厳しいようで、とても優しい声。自分に優しさというものを教えてくれた人の声。

(私が貴方を受け入れます。貴方が生きることを許します。XXXXX、私も貴方の罪を背負い、先に――)

 最後の時が頭の中にフラッシュバックする。サーベラスにとっては、闇や血の記憶よりも、遥かに辛い記憶が。

「駄目だ! 死ぬな……あっ?」

 跳ね起きたサーベラスの目に入ったのは、闇は闇でも、わずかに月明りが差し込んでいる夜の闇。血の匂いなどまったくしない。鼻に届くのは自分の汗の匂い。全身を濡らす、汗の匂いだった。

「……悪夢でも見たか? 悪夢だとしても、もっと静かな夢を見ろ」

 同じ部屋で寝ているクリフォードを起こしてしまうほどの声。それだけの声を本当に出していたのだとサーベラスは知った。

「ごめん。気を付ける」

 気をつけることで見ないで済むなら、毎晩気をつける。最後の瞬間は、わずかな時間であっても、思い出したくないものなのだ。

(……大丈夫? なんか、すごく気分が悪そうだった)

 ルーも心配そうに声をかけてきた。ルーの場合は寝ていたのを邪魔されたわけではない。ずっと意識があって、なんとも嫌な感じをサーベラスから受け続けていたのだ。

(ああ……昔の嫌な思い出を夢で見た。どうしてだろ? こんなの死んでから初めてだ)

(疲れているのかもね? そういう話、何かで見た)

(ああ、そうかもな……もう一度寝る。嫌な夢見てそうだったら起こしてくれ)

(分かった)

 死んで、ルーの体に入ってから初めて見る夢、「どうしてだろう?」とルーには伝えたが、なんとなく理由は分かっている。きっかけは恐らく実地訓練。そこで流した血が必要のないものを呼び起こしたのだ。自分の死と共に消え去ったと思っていたものを。サーベラスはそう感じている。

(……早く体返さないとな……やっぱり、俺は生きていては駄目だと思う……ロレッタ、お前、嘘ついたな)

 ルーには伝わらない独り言。伝わって欲しい人はこの世にはいない。

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