月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第19話 訓練はやっぱり訓練

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 実地訓練に出発したクラリスたちのチーム。出発前にブリジットは大変だと文句を言っていたが、実際に移動してみるとそれほどでもなかった。養成所施設から繋がる山は、訓練で何度も登っている。走れば半日で頂上まで行って帰ってこられる。それをサーベラスに説明されて、クラリスたちは走ることにしたのだ。移動中でも訓練は怠らない。これはすでに皆が意識していること。反対はなかった。
 一日で最初の山を越えて、そこで夜営。次の山は道も整っておらず、標高も高い。さすがに一日では無理だが、それでも何十倍もかかるほどではない。結果として五日目で目的地の近くまでたどり着いた。
 守護兵士養成所から五日のところに山賊がアジトを作るはずがない。すでにサーベラスには分かっていたことで、それを皆に伝えることでもない。味方が山賊を装っているだけなどと思いこまれて、油断されても困るのだ。そうでないことをサーベラスは知っているのだ。

「壁が高くて中が見えませんね?」

 ここまでの移動は順調。だが現地に到着して、サーベラス以外の人たちにとっては、計算違いがあった。アジトを囲む壁が高くて、中の様子が見えないのだ。

「ずっとアジトの中でこもっているとは思えません。何日か様子を見ても良いのではないですか?」

 本当は「守護霊に調べてもらいますから少しだけ待ってください」と言いたいのだが、それは言えない。守護兵士が宿す霊には、そういうことは出来ない。守護騎士であっても、力のある守護霊でなければ無理であることを、サーベラスは養成所の講義で知ってしまったのだ。当然、他の人たちも知っている。「何を馬鹿なことを」と言われるか、疑いを持たれるだけだ。

「そうですね……」

「そんなこと他のチームはしないよ。僕たちだけ帰還が遅れたら、指導教官たちにどう思われるかな?」

 ここでサムエルが異見を唱えてきた。他のチームと比べられて、低い評価を与えられたくないという意見だ。

「それはありますね……でも慎重であることは悪いことではないわ」

 クラリスはすぐにその意見を受け入れようとしなかった。性格として、慎重を好むという面がある。それだけが理由ではないが。

「クラリスは評価がどうなっても良いの? この実地訓練は本当は一年のしめくくりとなる訓練らしいよ。つまり、これの成績が一年の評価を決めるってことだよ」

 サムエルはもうひとつの理由を突いてきた。分かってのことかは、サーベラスには判断できない。ただサムエルも色付きであると思っていたので、クラリスと異なる考えを持っていることは意外だった。

「……評価を気にしていないわけではありません。失敗をして評価を落とすこと気にしているのです」

 評価に関係なくどこの家に仕えるかは決まっている、なんてことは口にしない。これはクラリスだけではなく、他の人も同じ。五家との繋がりを明らかにしないことは養成所の規則、指導教官に対するものだが、にもあるのだ。

「油断しているわけではないけど、失敗はないと思うよ。霊力を使えない、それも山賊だ。戦い方もきちんと教わっている。それこそ油断しなければ、不覚をとることなんてない」

 普通に考えればサムエルの評価は正しい。だが、それは手に入れている情報が正確であるという前提。それを信じ込むことは正しくないから現地でも調べると、出発前に決めたのだ。それをサムエルは覆そうとしている。

「まあ、冷静に考えればそうだな」

「他のチームに負けるのは悔しいしね」

 サムエルの意見にマイクとローランドが同調してきた。七人のうち、三人。これでクラリスの考えも変わる。そう考えたのだが。

「……サーベラス。どう思いますか?」

 クラリスはサーベラスに顔を向けて、意見を求めた。調査を行うべきと主張しているサーベラスに。その対応に、調査に時間をかけることを反対した三人は戸惑い、彼らもサーベラスに視線を向けた。戸惑いの視線ではない。

(……怒ってる? あれ、怒ってるよな?)

(それは怒るよね)

 おそらく三人は、間違いなくマイクとローランドはクラリスに好意を向けている。そのクラリスが自分よりもサーベラスを信頼していると知れば、不満に思うに決まっているとルーは思う。要は嫉妬だと。

(……それはないだろ?)

 サーベラスはクラリスに対して、何の働きかけもしていない。彼女を利用する為に、気持ちを自分に向けさせるような真似をした覚えは一切ない。それどころか、そういうことを平気で出来る自分とは遠い位置にいるだろうルーを意識して行動してきたつもりだ。

(ああ、つまり、彼女はルーが好きってことか)

(えっ……えへ、えへへへへ)

 だらしなく笑う顔が頭に浮かぶくらいに、はっきりと、ルーの緩み切った感情が伝わってくる。人への好意から派生する異なる感情。こういう複数の感情が絡む状況を、サーベラスは物珍しく感じていた。

「サーベラス? 意見はありませんか?」

「あっ、はい。クラリスさんの判断にお任せします」

「……はい。判断するのは私ですけど」

 その判断をする上でサーベラスの意見をもう一度聞きたいのだ。もっとも的確な意見を述べてくれると信じているから。ここまでの言葉を口にすることは、クラリスはしなかった。

「責任逃れのつもりはありません。戦闘になった時、僕は皆さんより役に立ちません。頑張ることになる人たちの意見は大切だと思っているからです」 

 これを話すサーベラスに、ルーが軽く文句を言っている。サーベラスは、「選択を誤って死ぬことになっても自業自得。勝手にすれば良い」と言っているのだ。

「そう……分かりました。では今日の内に行動に移りましょう」

 結果、クラリスは調査を行う前に襲撃をかけることに決めた。サーベラスが主張を引っ込めてしまえば、三人の意見に反対する理由はなくなる。選択肢は、クラリスには、一つしかなくなったのだ。
 今日中に実地訓練が始まることになる。それを戦闘、殺し合いだと認識している人が、この時点で何人いるのか。

 

 

◆◆◆

 今日中に行動に移す。その時はすぐに訪れた。「負けることはないが、敵の不意を突くことくらいはしておこう」とサムエルが夜襲を提案し、またマイクとローランドも同調したのだが、それに対してはサーベラスは強硬に反対した。三対一という状況でも引くことはしない。さらに「味方がどこにいるか分からなくなるような状況では怖くて戦うことなんて出来ません。ブリジットさんもそうですよね?」とブリジットに問いを向けたことで、三対二という状況に持ち込んだ。それでも数の上では劣勢、なんてことは関係ない。不満を言い始めたブリジットを説得できる能力を、サムエルたち三人は持っていないのだ。それが出来るのは、ブリジットを味方に引き込んだサーベラスくらいだ。
 結果、根負けをしたサムエルたちが提案を下ろし、明るいうちに山賊のアジトを襲撃することになった。だからといって正面から正々堂々と乗り込む必要はない。見張りを、外からではどこにいるかも分からないのだが、警戒しながら静かに忍び寄り。

「……開けます。準備は良いですか?」

「え、ええ」

 サーベラスが閉ざされていた入口を、どうやってか周りが理解する間もなく、開けて、建物の中に突入した。

「敵だ! 侵入されたぞ!」

 気づかれなくて済んだのはそこまで。中に入るとすぐに発見されることとなった。仲間の警告の声を聞いて、集まってくる山賊、には見えない者たち。

「意外と強そうじゃない?」

 後衛の位置、というより味方に守られる形で後ろに下がって見ているブリジットは、今のところは、冷静だ。

「山賊ではなく、騎士みたいですからね? どこの騎士だろう?」

 サーベラスも同じ位置。霊力の低い見習い守護兵士はこの位置に置くというのが、教わった陣形なのだ。

「騎士? えっ? 騎士を相手に戦うの?」

「山賊になった元騎士かもしれません。とにかく敵です」

 相手が何者であるかは今、それほど重要ではない。山賊に比べれば戦い方を知っている敵だという事実だけが重要なのだ。そして、数も聞いていた以上であることも。次々と姿を表す山賊、だかなんだか分からない敵。その数は十人を軽く超えている。

「固まろう! 守りを固めるんだ!」

 この事態に前衛は落ち着いている様子だ。距離を縮めて、守りを固めようとしている。

「……大丈夫かしら?」

 ブリジットは逆に、予定外に敵の数が多いことに不安を感じて、落ち着かない様子だ。

「霊力の盾を打ち破れる強者が敵にいると問題ですけど……大丈夫ではないですか? それに敵の守りは貧弱です」

 山賊には見えないが、鎧兜を身につけているわけではない。盾も見えない。それでは霊力を使った攻撃は防ぎきれないだろうとサーベラスは思う。

「じゃあ、平気ね?」

「ちゃんと戦えれば」

 敵の攻撃は味方を傷つけることが出来ない。敵の守りは味方の攻撃を防ぐことが出来ない。負けることは考えられない。だが、必ず勝てるとも、この時点では言えない。

「クラリス! 早く!」

 クラリスは中盤の位置にいる。弓型を扱えるので、敵と距離を取っているのだ。前衛が守りを固めて敵の攻撃を防ぐ。動きを止めた敵を、中距離からクラリスが討つという作戦だ。リスクの少ない安全な戦い方。出発前にこの戦法を教わった時には、皆、そう思った。

「何をしている! 早く撃て!」

 なかなかクラリスが攻撃を始めない。群がる敵をなんとか押しとどめている前衛に少し焦りが出始めた。

「何しているの!? 早く倒しなさいよ!」

 後ろで見ているブリジットも焦れてきた。味方の要求に応えようとしないクラリスの意図がまったく分からないのだ。

「これは駄目かな? ちょっとクラリスさんの様子を見てきます。一人になりますので、油断しないように」

「……ええ、分かった」

 一人になるのは少し怖い。だが前線に近づくのも嫌。悩んだブリジットは何もしないことを選んだ。
 ブリジットを残して、クラリスのところに向かったサーベラス。クラリスは弓を構えたまま、固まってしまっていた。

「敵を殺すか、味方を殺すかの選択だと思います」

「えっ……あっ、サーベラス」

 サーベラスに声をかけられて、クラリスは構えを解いた。解けるようになったのだ。

「もう一度言います。このまま何もしなければ味方が死にます。守ろうと思えば、敵を殺すことです」

「……そうね。その通りね……分かっている。分かっているの」

 頭では分かっている。だが、いざ、矢を放とうとすると指が動かなくなってしまう。視線の先にいる敵、人に向けて矢を放てないのだ。

「……もう一度構えてください」

「でも」

 構えても同じ。クラリスの覚悟はまだ定まっていない。人を殺す覚悟が定まらない。

「いいから。腕伸ばして」

「えっ、ちょっと」

 サーベラスはクラリスの背後に回って、無理やり構えを取らせようとしている。クラリスの腕を無理やり伸ばして自分の手で支えると、もう片方の手を前に回して、彼女の顔の前に持って行く。

「……弓、出してもらえますか? ただ後ろからクラリスさんを抱えているだけだと、敵よりも先に僕が殺されそうです」

 今の状態は、腕を伸ばしているのは少し違うが、ただサーベラスがクラリスを後ろから抱きしめているだけ。前線で苦戦しているマイクたちが見れば、怒り狂いそうな状況だ。

「あっ、はい」

 霊力を変換して弓矢の型を作り出すクラリス。

「狙いはこれくらいかな? はい! 離して!」

「えっ! はい!」

 いきなり耳元でサーベラスに大声で指示されたクラリス。何も考えることなく、咄嗟に指示に従って、矢を放った。

「はい。死にました」

「えっ……」

「まだ僕の指示で続けます? 時間がかかるので、今の状況では、何も考えずに射続けることをお勧めしますけど」

 一人一人、手寧に狙いを定めている場合ではない。今必要なのは前衛に群がる敵を少しでも減らすことだ。即死させる必要はなく、動けなくする、そこまでも行かなくても戦闘力を落とせればそれで良いとサーベラスは考えている。

「……分かりました」

 一人殺してしまったのだから、もう躊躇うことはない。ここまでクラリスは割り切れているわけではない。味方を守る為には敵に向かって矢を放たなければならない。サーベラスに言われた通り、あまり考えずにそれを行うとしているだけだ。

「前衛は……悩む余裕なんてないか。彼らは終わってからだな」

 前衛の四人に人殺しを躊躇う余裕はない。殺さなければ殺される。そういう状況の中で、相手に武器を向けている。人を殺したことを、はっきりと自覚し、苦しむのは戦いが終わって、冷静になったあと。サーベラスはこう考えている。

「だ、誰か!? 助けて!」

 だが戦いの終わりはまだ少し先だ。事態はクラリスたちにとって、さらに悪化した。

「そんな……まだ、あんなに……」

 どこに隠れていたのか、後方からも敵が現れた。その数はおよそ二十。先に現れた敵とほぼ同数だ。しかも、現れたのは後方から。そこにいるのはブリジットだけだ。

「誰か! クリフォード、下がって!」

 前衛から一人、後方に回すことをクラリスは考えた。悪い判断ではない。それで間に合うのであれば。

「……駄目、間に合わない。ブリジットさん! 下がって!」

 矢を放ちながらブリジットに逃げるように指示を出す。だが、ブリジットが指示されなくても、そのつもりだ。群がる二十人もの敵から、懸命に逃げようとしている。

「だ、駄目……し、死ぬ……」

 すぐ背後に近づいている人の気配。逃げ切ることに失敗したブリジットは、死を覚悟した。頭を抱えて、その場にしゃがみ込む。そんな行動は生きる為には何の意味もない、逆効果でしかないというのに。

「………えっ?」

 だが幸いにも、ブリジットの意識は途切れることがなかった。敵の刃を身に受けなくて済んだのだ。

「下がっていてもらえますか?」

「サーベラス?」

 ブリジットを救ったのはサーベラス。背中を向けたままのブリジットには見えていないが、彼女を殺そうとした敵は、すぐ後ろで仰向けに倒れている。その首筋から血を吹き出して。

「はい。ここは大丈夫ですから、クラリスさんのところまで逃げてください」

「……わ、分かった。ありがとう!」

 サーベラスは大丈夫なのか。これを考える余裕は今のブリジットにはない。死にたくない。逃げなくてはいけないという思いだけで行動している。生き延びようというのであれば、それで正解だ。この場に残っても足手まといにしかならないのだから。

(……行く)

(了解)

 倒した敵はまだたった一人。まだ二十人ちかくの敵がいる。だが、サーベラスは少しも躊躇うことなく、前に進み出た。振るわれてきた剣。それを一瞬で奪うと、さらに瞬きする前に、敵の胸に突き立てている。

「……ん?」

 頬についた返り血。指で拭ったそれを、サーベラスは唇に塗るかのような仕草で舐め取る。

「まだまだだな。でも、君たちの相手をするには十分かな?」

 不敵な笑み。明らかに普段とは異なる雰囲気を放っているサーベラス。初めて会う敵には普段との違いなど分からない。分かるのは、決して甘く見てはならない相手だということだ。

「……気を付けろ。こいつはヤバい」

 仲間に注意を促す声。だが、そんなものは何の意味もない。気を付けて、どうにかなる相手ではないのだ。
 サーベラスが動く。腕が振るわれるとほぼ同時に血しぶきが宙を舞う。反撃する間などない。目の前に来たと思った時には、痛みを感じるよりも先に血を吹いて、倒れることになるのだ。

「…………」

 前衛から下がってきたクリフォードも、参戦する隙を見つけられないでいた。呆然と、サーベラスの動きを見つめているしか出来なかった。それもそれほど長い時間ではない。二十人の敵はサーベラス一人に一方的にやられて、終わることになった。

「……終わり?」

 近づいてきたサーベラスに、ブリジットは問いを向けた。すでにサーベラスは、いつものサーベラスの雰囲気に戻っている。声をかけることを躊躇うような状態ではなかった。

「僕の仕事は。ブリジットさんの分はまだ残っています」

「残っているって何? 私にやることなんてないでしょ?」

「あります。付いてきてください」

 後ろを向いて歩きだすサーベラス。何をさせられるのか、嫌な予感しかしないがブリジットだが、大人しくその後をついていく。良い勘だ。

「この人にトドメをさしてください」

「えっ……」

「この訓練の目的は人殺しに慣れる、慣れるはないですね? 人殺しを経験させることです」

 目的はこれだけではないとサーベラスは考えている。養成所で教わった戦い方をしていたら、もっとも弱いところを突かれることになった。それも明らかに敵は最初からそのつもりだった。これも計画通りであるなら、この訓練は人を殺すだけでなく、殺される訓練でもある。殺された人はそこで終わりだが。

「……無理、そんなの出来ない」

「人殺しを嫌がるのは普通の反応です。でも、戦場に出てから、それを躊躇っていてはブリジットさんが殺されることになります」

「言っていることは分かる気もするけど、でも、出来ないものは出来ない」

 「さあ、目の前の人を殺せ」と言われても、「それが必要なのだ」と言われても、簡単には「分かりました」なんて言えない。覚悟は決まらない。

「……では考え方を変えましょう。この人は放っておいても死にます。このまま苦しみ続けて死ぬよりは、楽にしてあげたほうが良いと思いませんか?」

「楽にって……」

「ちゃんと見てあげてください。彼の思いを読み取ってあげてください」

「…………」

 嫌々ながらもすぐ目の前で倒れている人に視線を向ける。首を斬られているその人は、サーベラスの言う通り、かなり苦しそうだ。口や鼻、ではなく喉から苦しそうな音が聞こえてくる。楽にしてあげるほうが良いのか。ようやくこの思いがブリジットの頭に浮かんだ。声にならない声が聞こえた気がした。

「意識を切るには首を落とすのが良いと思います」

「首……ええ……」

 生々しい表現にまたブリジットの心は怯む。その怯む心を励ましたのは、わずかに動いたその人の顎。死を受け入れている、殺されることを望んでいるようにブリジットには思えた。
 ゆっくりと、膝をついて、倒れている人の横に移動するブリジット。

「…………ああああああっ!!」

 叫び声をあげながら、剣型にした霊力を首に落とした。

「……あっ……んあ……んっ……」

「……堪えないほうが良いと思います。泣きたいなら泣いて、吐きたいなら吐いて、嫌な思いを少しでも流してください」

 これを告げて、サーベラスはブリジットから離れていく。これ以上、自分が何かをする必要はない。そうしないほうが良いと考えたのだ。

「……お前は平気なのだな?」

 そのサーベラスに声をかけて来たのは、一部始終を見ていたクリフォードだ。彼も人を殺したことで心が酷く揺らいでいる。だが、それよりもサーベラスのことが気になったのだ。人殺しをなんとも感じていない様子のサーベラスが。

「僕は生まれた時から人殺しですから」

「えっ……?」

「母を……僕を生んで母が亡くなったという話です。特別なことではありません」

「……そうか。悪かった」

 それで人殺しの罪悪感が消えるはずがない。これを追求することはクリフォードには出来なかった。サーベラスの、初めて見るサーベラスの寂し気な雰囲気が、それをさせる気にさせなかったのだ。

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