月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第7話 別れの時が訪れた

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 守護兵士養成所に向かって出発するまでの三日間。ルーの仕事は観光名所を調べる、ではなく、士官学校を調査することになった。そこでどのような教育が行われているのかを知ることが目的だ。たった三日で何が分かるのだろうとルーは思ったが、サーベラスの頼みを断ることは出来なかった。それも自分の為だと分かったからだ。サーベラスはルーを一族に戻すことを諦めていない。その日が来た時の為に、学んでおくべきことは何かを知ろうとしているのだ。ルークの一族の軍団長として、それが無理でも将校として身につけておくべき知識を。
 たった三日で調べたことが役に立つのかという思いもルーにはある。だが、それを役に立つものにしてくれるのがサーベラスだ。それを信じて、一族に戻れる日が来ることを信じて、ルーは調査を開始した。
 その間、サーベラスはこれまでと変わらず、鍛錬を行っている。守護兵士養成所に入所すれば嫌でも鍛えることになるのだが、そんなことは関係ない。満足できる状態ではないのだから、サボってはいられないという考えだ。満足できる日が来るのだろうかと、ルーは思ってしまうが。
 ルーが調査から戻ると、サーベラスはミアと二人で熱のこもった鍛錬を行っていた。いつもであれば終わっていてもおかしくない時間。二人に残された時間は少ない。その時を大切にしているのだろうとルーは思った。
 どうやら今日は寝技の訓練。珍しくサーベラスが優勢だ。立ち技よりも寝技のほうが得意なのだろうかとルーは考えた。サーベラスは上になり、ミアの両腕を押さえつけて、露わになっている白い、形の良い胸に唇を当てている。

(……ん?)

 何故、寝技の訓練でミアの肌が露わになっているのか。それは寝技の訓練ではないからだ。二人の手が重なる。絡まる指。絡んでいるのは二人の指だけではない。すらりとしたミアの足も、サーベラスの腰に絡んでいる。

(……もう少し調べてこようかな)

 ルーはこの場を離れることにした。距離を保とうとしていた二人が、最後の時を目の前にして、素直になった結果が今。それを邪魔するわけにはいかない。

(……綺麗だったな。ああいう時の女性って純粋に美しいんだな)

 部屋を抜け出て、思わず気持ちを漏らすルー。サーベラスと絡み合うミアには、一度感じた卑猥な雰囲気がまったくなかった。ただ綺麗だと思った。それは自分に体がないからだとルーは思わない。以前は、男性としての本能を刺激されたのだ。

(でも、二人が結ばれることはない。う~ん。これを考えると自分が嫌いになりそうだ)

 仮にミアが間者でなくても二人は結ばれない。サーベラスが守護兵士傭兵所に行くことがなくても同じだ。サーベラスは死ぬ。ルーの為に。では、今のままでいれば良いのだが、それを受け入れることがルーには出来ない。二人のような恋を自分もしてみたい。そう思ってしまうのだ。

(二人とも生き返れる方法があれば良いのに……無理だよな)

 死者を自由に生き返らす方法などあるはずがない。今のサーベラスも、実際には生きていると言えるのか分からない。こう考えるくらいの知識がルーにはある。ルーも成長しているのだ。

「……誰だ?」

(えっ?)

 いきなりかけられた声に驚くルー。考え事をしながら漂っていたので、人がいることに気づかなかったのだ、自分の身を隠すことも忘れている。

「……もしかして……ルーク、いや、コリンか?」

(……父上)

 そこにいたのはルーの父。ルーク=城の一族の当主。霊の気配には敏感だ。ただ、その霊が何者かまでは本人は判別出来ない。その声も届かない。

「……コリンか」

 だが守護霊はルーを認識出来る。出来て、その事実をルーの父に伝えられる。

(ルークもコリンも、もう僕の名前じゃない)

 父の前では、幼い頃に戻ってしまう。素直になれずに、拗ねた態度を見せてしまう。ただ、それも伝わらないのだ。ルーと祖父の霊は意思の伝達が出来ない。霊同士であっても出来ないのだ。そもそも祖父の側には意思があるようにも見えない。実際にない。守護霊とは本来、そういうものだ。命令に従って動くだけの存在なのだ。

「……最後の別れをさせているつもりか? 気遣いには感謝するが、無駄なことだ」

 父親はルーもそういう存在だと思っている。意思などない、サーベラスの命令通りにしか動かない存在だと。ここに来たのもサーベラスの命令。ルーの意思ではないと。

「……応接では話せなかったことを伝えておこう。戦争は起こる。内戦だ」

(えっ……?)

「今のキングの一族は弱すぎる。王国を統べる資格はない。他国と戦うには、その戦いに勝つには再び、強い王を戴かなければならない。英雄王のような強い王を」

 この国は一度、滅亡寸前にまで追い込まれている。それを救ったのは英雄王と呼ばれている人物。霊力を使って本格的に戦争を戦った初めての人物だ。それを支えたのが、のちに王妃になった女性。そしてビショップ=僧正、ナイト=騎士、ルーク=城の三家の初代当主となった人たちだ。
 もう一度、その時のような強い王が必要とされている。いずれ起こるであろう大乱で生き残る為には。そう考えられているのだ。

「上手く行くか分からんがな」

 では現国王に成り代われる人物は誰で、王家に代わる一族はどこなのか。その答えをルーの父親は持っていない。今は、ずば抜けた人物がいないのだ。その状況で内乱となれば、この国はどうなってしまうのか。ずば抜けた人物がいないから、争いになってしまうのではあるが。
 五家が全面的に衝突するような戦いにはならないだろうとは思う。そうさせてはならないと。だが五家の有力者が争い合い、殺し合うだけで、この国は軍事力の多くを失うことになる。この国の軍事を支えているのは、その人たちなのだ。

「……生き残りたければ強い家に仕えろ。勝者がどこになるかは分からない。ただ優勢なのはクイーンかビショップだ……いや、この二家に仕えると逆に命の危険にさらされるだけか」

 王家に成り代われる家は、それだけ激しい戦いを行うことになる可能性もある。勝利ではなく、生き残ることを選ぶのであれば、また別の選択基準が必要だ。

「我が家に残せてやれたらな……だが、それは出来ない」

(父上……)

 父親の本音が垣間見えた。名を奪われ、一族を追放される。自分は死んだのだから仕方がないと自分自身に言い聞かせていたが、悲しい気持ちが消えることはなかった。だが、今その気持ちが少し薄れた。少なくとも一族からの追放は父親の本意ではなかったことが分かった。

「コリンが死んだのは病気のせいだ。お主のせいではない。それに……コリンが生きていれば、私も野心を刺激されたかもしれない。その結果、コリンを死なせてしまったかもしれない」

 これを言うルーの父親には野心はない。王家に成り代わることなど考えておらず、自家の戦力維持、出来れば後の戦いの為に強化を望んでいるだけだ。ただそれは自家に傑出した才能を持つ者がいないと考えているから。それを持っていたルークが死んでしまったからだ。

「厳しい時代が来るのだ。いつ誰が死ぬか分からない暗黒の時代が。なんとかしてお主は生き延びろ。生き延びて、コリンの分も生きてくれ。これが私の、父親としての本音だ。お主以外には伝えられない本音だ」

 当主としては違う顔を見せなければならなくなる。父としての顔を見せられる相手はいないのだ。本来は、サーベラスにも。それをさせてしまうのはルーの気配。息子の気配が、父としての顔を露わにしてしまうのだ。

「……この話が伝わるようであれば可能性はあるか……どうなのだろうな?」

 守護霊が見聞きしたことを宿り主に伝える。本来、ボーンクラスの守護霊にはそんなことは出来ない。だが、ルーの父親は伝わると思って、話をしている。その力があると考えている。

「……私は明日、領地に向かって発つ。会うのはこれが最後になるだろう……さらばだ」

 この言葉はサーベラスに向けたものなのか。そうではないとルーは思う。自分に向けての言葉であって欲しいと思う。これがルーにとっては本当の、父との別れとなるのだから。

 

 

◆◆◆

 ルーが父との別れの時を迎えている頃、サーベラスはすでにミアとの別れを終えていた。いつもよりもかなり遅い時間。ミアが上司に疑われる可能性はすでにある。だからといって一晩泊っていくという決定的な状況を作る必要はない。名残惜しそうにしながらもミアは帰って行った。
 一人になったサーベラスは、ベッドに横になったまま、ぼんやりと宙を見つめている。余韻にひたっているわけではない。サーベラスの思いはミアとの時間ではなく、もっと過去に飛んでいる。かつて出会った、ミアとは別の女性に。ミアに悪いという思いはある。だがミアがその女性を思い出させるのだ。ミアと同じように、期間は遥かに短かったが、瀕死の自分を看病し、命を救ってくれた女性のことを。後に自分を殺すことになる男を、善意だけで救ってくれた彼女のことを。

(……やっぱり、ミアさんに悪いな)

 その彼女からまた思いはミアに戻る。ミアと関係を持ったのは、その女性の影を重ねたからではないか。そんな風に思ってしまうのだ。その女性を愛していたとはサーベラスは考えていない。人を愛することは出来ない。彼は、そう育てられたのだ。ミアのことも愛していない。これは分からない。サーベラスはかつての自分ではない。人を愛することが出来るようになっているかもしれない。だが、彼はそもそも人を愛するということがどういうことか分からないのだ。それは教わっていないのだ。

(どうして俺は生きている? 生きる資格なんてないのに)

 サーベラスが自分の命を軽く見るのはルーの為だけではない。自分は生きていてはいけない存在だと考えているからだ。

(……生きることが罰なのか? そうだとしてもルーの体を奪うことはない。霊として意識があるだけで、罰になるはずだ)

 過去を悔やむのに体はいらない。意識があるだけで、事は足りる。ルーの人生を奪う必要はない。

(これもまた罰か……俺の存在が、また他人を苦しめている。それでいて、今度は死ぬことも許されない。これは、逃げたことへの罰なのか?)

 今の状況もサーベラスを苦しめている。ルーの人生を奪ってしまった。返したいと思うが、返す方法が分からない。では死んで詫びようと思っても、死ぬことも許されない。死ぬことで確実にルーが体を取り戻せるという保証はないのだ。

(……ミアさんも苦しめている。やはり、俺は人を不幸にするだけの存在だ)

 ミアの想いを受け取った。だが応えてはいけなかった。間者に恋愛感情なんていらない。まして彼女はこれから本格的に間者としての活動を行っていくことになる。好きでもない男に、そんな意識を持つようになって、抱かれるというのはどういう気持ちを彼女にもたらすものなのか。サーベラスには分からない。彼女はすぐに忘れられるのか。そうであって欲しいと思う。もし、そうでなければ。

(こんな俺はやはり、さっさと死ぬべきだ)

 死んでしまえばミアは自分のことを忘れる。サーベラスはそう思う。死者に想いを向けるなんてことはサーベラスには考えられない。自分自身は死者を忘れられないでいるのに、それに気が付いていない。

(……死ぬといってもな……ルーに返す方法を見つけないと)

(生きろって)

(えっ? あっ、戻ったのか?)

 ルーの意識が割り込んできた。つまり、サーベラスの意識は漏れていたということだ。

(なんとしても生き延びろって)

(それは……俺ではなくルーのことだろ?)

 ルーの父親が自分に向かって、そんなことを言うはずがない。恨まれているはずだとサーベラスは思っている。

(父上の中で僕は死んでいる。僕の気配には気づいても、意思があるとは思っていないよ。だから、この言葉はサーベラスに向けたものだ)

(……そうだとしても、戻ってくれたほうがルーの父親も嬉しいだろ?)

(どうかな? もし僕が生きていたら、野心を持ってしまい、自分が僕を殺したかもしれないとも言っていた)

 父親はすでに自分の死を受け入れている。そんな風にルーは感じている。霊の存在を感じ取ることが出来る父は、生きて成長することが出来ていれば自分も、死に対して普通の人とは違う感覚を持つのではないかと。

(……そんな関係なのか?)

 息子であっても一戦力として割り切って死地に投入できる。この感覚はサーベラスにも理解出来る。ただ、それが普通のことではないと今は知っているのだ。

(なんか国内で争いが起こるらしいよ。僕が生きていれば父上もその争いに加わる気だったみたいだね)

(……五家での争いということか。なんだか面倒な状況になりそうだな?)

 内乱は他国との戦いよりも、はるかに状況が複雑になる。誰が敵で誰が味方か分からない。そんな状況になるのが分かっていて、サーベラスたちはこれから守護兵士養成所に入所しなければならないのだ。そこに五家の争いが及んでこないことを祈るしかない。

(そう。だから仕える相手は選べって。クイーンとビショップは強いけどやめたほうが良いって。僕にはよく分からないけど)

(……ちなみに何を争うことになる?)

(ああ、ごめん、大事なことを伝えていなかった。国王の座。今のキングの一族は駄目だから、代わりを決める必要があるんだって)

(とんでもない戦いだな。公然と自国の王に反旗を翻すってことか。そんなことが……分かった。他国との戦いに備えてだな。しかし、その状況を他国が放っておくか? 何かまだ足りない情報があるのか?)

 サーベラスは状況が見えてきた。だが、全体を把握するにはまだまだ情報が足りない。それは仕方のないことだ。全体を把握する為には、最高機密と言っても良い情報を得なければならないのだから。
 もっとも最高機密であるのは今だけ。やがて、多くの人が知ることになる。そういう時期がもうすぐやってくるのだ。まるでサーベラスたちが表に出る日を待っていたかのように、タイミングを合わせて。

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