月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第6話 一族から追放されました

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 ルークの鍛錬はさらに激しさを増している。動きの速さが見ているルーにそう思わせるのだ。心肺機能の強化として取り入れた鍛錬は、他を鍛えるのと同じで負荷をかけること。これまで行っていた鍛錬は、体の動きを確かめながら、耐えうる最大の負荷をかけるというものだったが、新たにただただ速く動く鍛錬を加えている。重さとしての負荷をなくして、速く動くことで心肺機能に負荷をかけようというものだ。
 ひたすら速く動く。短時間の休憩。また動く。休憩、また動くを何度も繰り返す。筋肉への負荷は他のそれに比べれば低いが、呼吸はかなり苦しい。それを短時間の休憩で回復させ、実際に完全に回復されるわけではないが、また負荷をかける。ミアとの戦闘訓練も同じだ。素早い動きで攻防を繰り返し、少し休憩。そしてまた戦う。これらを毎日毎日行っている。
 訓練の最後には汗をぬぐい、疲れた体をほぐし、時々、性欲処理をする。この時間はルーにとって心が騒ぐ時間になっている。お互いに意識しているのがありありと分かる。それでいて以前のような態度に徹しようとしているのだ。それがルーには、もどかしい。もどかしく思っても、どうにならないことがイライラする。
 ただ今日は、久しぶりにイライラではなく、ドキドキした。ミアの態度に熱がこもっていたのだ。

「……今日、ご当主からお話があります」

「そう……分かった」

 だがそのドキドキは、すぐに収まることになった。父親から話がある。目が覚めてから、目を覚ましたのは本人ではないが、一度も会いにこなかった父親からの話とはどのようなものなのか。
 ルーの気持ちに喜びはない。相手はルーが死んでいることを知っているはず。他人への話となるはずなのだ。それが良い話とは思えない。ミアの表情がそれを教えてくれている。

(いよいよだな)

(その、いよいよってどういうことだと思ってる?)

(今更殺されることはないだろうけど、ここにはいられないのだろうな)

 ミアの態度は別れの時を感じさせる。ミアの任務が終わるだけである可能性もあるが、そのことで当主がわざわざ話をするとは思えない。

(追い出されたらどうする?)

(それは話を聞いてから考える。追い出し方にも色々あるだろ?)

(分からないから)

 家を追い出される経験も、それについての知識もない。色々なんて言われても、ルーには分からない。

(色々は色々だ。ルーの父親の気持ち次第で良くも悪くもなる。ただ身ぐるみはがされて、追い出された時のことは考えておいたほうが良いか……この部屋に金目の物ないかな?)

(それは泥棒)

(ルーが貰った物をルーの為に使うんだ。泥棒とは言わせない)

 この部屋にある物はルーが与えられたもの。それをルーが使っても、実際に使うのはルーの体を預かっているルークだが、犯罪にはならない。こういう考えだ。当然、ルーの父親には通用しないだろうが。

(それしかないのかな?)

(いや、他にもある。普通に働けば良いだけだ。これくらい大きな街なら、何か仕事あるだろ? 追放されると無理だけど)

(ちょっと? 僕の父親は、そんな冷たい人じゃないから)

 「身ぐるみはがす」や「街から追放する」など、ルークが考えるのは酷い仕打ちばかり。自分の父親はそんな真似をしないとルーは考えている。

(ルーが知っている父親は、そのまま父親の顔を見せている。当主の顔となると違ってくるだろ? しかも相手は自分の子供の体を奪った相手だ。恨んでいてもおかしくない)

(そうだけど……)

(最悪の状況を想定しておいたほうが、実際にそういう状況になった時に、動揺しなくて良いってこと。心の備えってやつだな)

 ルークとしては心の備えだけでなく、もっと色々な準備をしておきたかった。だがそれは実現出来ていない。今日の日まで全てが順調であったわけではないのだ。

(悪かった)

(えっ? いきなり何?)

(十五歳までには体を返すと言ったのに、実現出来ていない)

 最大の失敗はこれだ。勝算があったわけではない。だが、ルーが体を取り戻していれば、今、このような心配をする必要もなかったはず。息子として父親に会うことになったのだ。

(それは……僕の責任でもある。僕が方法を見つけられなかったから)

 元に戻す方法は見つかっていない。それを探すのはルーの役目なのだ。ルークの責任ではない。

(どうにも我慢ならなくなったら言ってくれ。最後の手段を使う)

(最後の手段って?)

(俺がまた死んでみる。それでまた入れ替わる可能性はあると思う)

 ルークが死んで守護霊のルーとなり、、守護霊だった存在がルークになった。同じように今のルークが死ねば、今、守護霊であるルーが体に戻る可能性はある。ただ失敗すればそれで終わり。だから最後の手段なのだ。

(……ルーク、前から言おうと思っていたけど、自分の命を軽く考えないで)

 ルークは自分の命をなんとも思っていない。これは入れ替わった最初からずっと変わっていない。それがルーには気に入らない。ルーはルークに死んで欲しくないのだ。

(軽く考えるも何も、俺は死んでいる)

(今、生きているのはルークだ!)

(ルー。それは仮初の命だ。俺は死に、ルーが生きなければならない。それが正しい形なのだから、そうなる為に俺が死ぬべきだ。ルーは生きたいだろ?)

 だがルーの気持ちはルークには届かない。自分が生きていることが間違いだと思っているルークに、気持ちが通じるはずがない。

(それは、そうだけど……)

 短命に終わった。それも、自分の人生が楽しくなるのはこれからだと思った途端に。それを悔しく思う気持ちは、当然ある。もっと人生を楽しみたい。ルークを見ていると、自分も何かに必死になって取り組みたいと思う。生きたいのかと問われれば、否とは返せない。

(……自分の体で経験は出来ないけど、見ていることは出来る。戻るまではそれで我慢してくれ。ルーが望むことを出来るだけやるようにするから。とりあえずは落ち着き先を探す旅になるかもしれないけど、それはそれで楽しいと思う)

(旅か……それは楽しいかもしれないね?)

 旅の経験といえば、幼年学校に入る為に、生まれ育った街から、この王都にまで来た時くらい。まだ幼くて、ただ馬車に乗って、窓から見える風景を見ていただけ。それでも楽しかったが、好きなところを自由に動き回れる旅はもっと楽しいに違いない。ルーはこう思った。

(俺も好き勝手に旅するなんてなかったからな。どこに行くのが良いのかな? 観光名所も調べておけば良かったな)

 ルークにも気ままに旅した経験はない。そんなことは許されなかったのだ。

(今度、調べておくよ)

(まずは旅費を稼がないといかないからな。調べる時間はたっぷりあるか。なんだか楽しみになってきたな)

(僕も)

 父親に会わなければならないと聞かされて、暗い気持ちになっていた二人の心に光が差し込んできた。追い出されることを、自由を得られることと受け取れるようになった。ルーは知らないが、ルークにとって初めての自由というものを感じられる機会なのだ。

 

 

◆◆◆

 城の一族の当主、ルーの父親と対面することになったルーク。昼食を終えてすぐにその時間がやってきた。迎えに来たのはミアではない。一目見て執事だと分かる男性だ。もっとも、見た目だけで判断するのは間違いである可能性もある。誰がどのような役目なのかルークは知らない。ルーの記憶も、幼い時過ぎて、全てが残っているわけではないのだ。ただ今のところ、迎えが何者であるかはそれほど重要ではない。当主のところにきちんと案内してくれれば、それで二度と会わない可能性だってあるのだ。
 実際に警戒は無用のものだった。応接室らしき部屋に案内されたルーク。すぐに当主が姿を現した。さすがに父親の顔はルーも忘れていなかったので、本人であることも確認出来ている。

「……さて、どのように挨拶するべきかな?」

 この問いはルークを自分の息子として見ていないことを意味する。予想通りの態度だ。

「初めまして……でしょうか? 何であろうと私にはどうでも良いことです」

 ルークの態度はルーを真似たものではない。他人だと知っている父親の前でそれを行えば、怒らせることになると考えたからだ。

「そうか……では挨拶は抜きにしよう。お主は何者だ?」

「それは私が聞きたいことです。私は何者なのでしょう? 貴方がルークだと認めないのであれば、何者でもないのだと思います」

 当主の問いに答えるルーク。求める答えではないことは分かっている。全てを正直に話さなければならない義務は、ルークにはないのだ。相手は父でもなく、主人でもないのだから。

「何者でもないか……では、まずは名を返してもらう。ルークの名は我が一族の当主、その後継者のいずれかに与えられるものだ」

「そういうことですか」

 ルークの一族は城の一族。名称の基であるチェスではルークだ。一族の名が何故、個人の名になっているのか疑問に思っていたのだが、その答えは思いがけないタイミングで得られた。ただ、名を返せという要求への諾否はルークには返せない。この名は彼の物ではなく、今は守護霊となっているルーの物なのだ。

「当然、一族からも除名する」

「……分かりました」

「その上で、お主には守護兵士養成所に行ってもらう」

「……そうしなければならない理由が私にありますか?」

 これは想定外のこと。一族から除名されて放逐。それでルークは自由の身になれるはずだった。それを求めていた。守護兵士養成所になど行くつもりはない。

「理由はある。これは我が一族としての義務ではない。国民としての義務だ」

「……ボーンですか」

 霊力の強い守護霊を宿した者は将校に、弱い守護霊であれば兵士になる。これは一族であるかどうかは関係ない。国民の義務とされているのだ。

「そうだ。ボーンとしての訓練を行うことになる」

「……そのあたりのことは、良く分かっていないのですが、養成所に行ったあとはどうなるのですか?」

「ふむ……説明する義務が送り出す私にはあるな」

 今の問いでルークは軍関係者でないと当主は判断した。もしくはその時の記憶が失われているか。ただ、前世の記憶を失っている可能性は低い。息子のルークが持たないはずの知識を持っていることを当主は知っているのだ。

「守護兵士養成所で鍛えられたボーンはいずれかの一族に仕えることになる。どの一族に仕えることになるかは、入所時点では分からない。成績優秀であれば良い条件での誘いも来るだろう。そうでなければ適当に振り分けられることになる」

「それはつまり、私は優秀なボーンにはならないと判断されているということですね?」

 優秀なボーンになると思っているのであれば、囲い込むはずだとルークは考えた。だが当主は追放を決めた。ボーンとしても一族に置くつもりはないということだ。

「……それを説明させるか……まあ、そうだ。そして外見はルークのままのお主が、我が一族の元後継者候補だと知られれば……それを嫌がる者が多いのだ」

 ボーンとしても落第点の者が後継者候補であったと知られれば、城の一族の恥をさらすことになる。そう主張する人たちがいるのだ。

「なるほど……殺さないのはせめてもの情けだと?」

 一族の恥をさらされるのが嫌であれば、そもそも守護兵士養成所に送らなければ良い。存在を知られて困るのであれば殺せば良い。だが当主はその選択しなかった。

「……いや、臣としての義務だ。ボーンの資質を持つ者も貴重だ。それを国の為に活かすことなく、殺してしまうなど許されることではない」

「なるほど。ちなみにその義務を果たさない国民はどうなるのでしょう?」

「罰を受けることになる。それがどのような罰かは罪の重さ次第だ。逃げれば当然、罪は重くなる。そして、この国で五家に追われて逃げられる者などいない」

 ルークの問いの意味を正しく理解して、きっちりと警告で返す当主。逃げても無駄。大人しく命令に従って、守護兵士養成所に行くしかない。それを伝えている。実際に逃げれば、執拗に追われることになる。他の者たちへの見せしめとして。

「……ボーンからもっと上に昇格することはないのですか?」

 逃げるのが困難であれば、守護兵士養成所に行くしかない。犯罪者になるわけにはいかないのだ。ルークの目的はルーに体を返すこと。それだけではなく、それが上手く行った後に、元の暮らしに帰すことも含まれている。城の一族として生きることだ。

「……それはない。戦士としての強弱は守護霊の強さによる。霊力を扱うことへの練度で、強くなることはあっても、それにも限界がある」

「その練度を高める為に、養成所があるわけですか……今の話だと、上の地位の人を鍛える場所も?」

「ああ、ある。この王都にある特別士官学校だな。そこには優秀な資質を持った者たちが集められる。将来、指揮官となる者たちだ」

 優秀な人たちは特別士官学校に、そうでない人たちは守護兵士養成所に送られる。そのように振り分けられた時点で、軍人としての地位は決まるのだ。底辺からの成り上がりなど出来ないような制度になっている。

「……戦争の予定は?」

 守護兵士養成所にいる間に地位を高めることは出来ない。そうであれば、ボーンとして戦功をあげて、昇進するということを考えるしかない。戦功をあげるには、戦争が必要だ。

「ふむ……」

 ルークの問いに当主はすぐに答えられない。対外戦争はまずない。だが戦いが起きないわけではない。国内での争いが起きることが予想されているのだ。ただそれをこの場で話すことは躊躇われる。国の内情を説明する必要が出てくるからだ。

「さすがに養成所にも入っていない者が聞けることではありませんか……養成所ってどこにあるのですか?」

「王都の東。デンダー山のふもとにある。王都を出て、徒歩で三日くらいだ」

「……ちなみに士官学校は?」

「王城のすぐ隣だ」

 将来は五家の当主になる人物も通う学校だ。不便な山の麓には作れない。王国軍施設を使うという都合もある。

「待遇違いますね……出発はいつですか?」

「何もなければ三日後だ。準備はこちらで全て整える。お主はただ待っていれば良い」

「それは良かったです。一文無しなので、どうしようかと思っていました」

 これは軽い嫌味。想定外の事態となって、やや焦っていた気持ちも落ち着き、計画を台無しにされたことに嫌味のひとつも言いたくなったのだ、

「推薦人として恥をかかない為だ。ああ、一つ、お主にもやることがある。名前を決めろ」

「取り上げた人がそれを言いますか?」

「養成所に提出する資料に名前が必要なのだ。なんでも良い。今、思いつかなければ出発までに考えろ……ミドルネームになっていたコリンを使いたければ使うのはかまわない」

 本人は知らなかったが、ルーにはもう一つ名前がある。ルークを名乗る前の幼名だ。ルーク=コリン=ハイウォール。これが正式名。すでに失われた名だが。

「コリン……いや……では……サーベラスで」

 少し考える素振りを見せて、ルークはこの名を口にした。

「サーベラス? 分かった。それで届けておく。まだ何かあるか?」

「いえ。部屋に戻っても?」

「ああ」

 当主がうなづきを返すのを見て、ルーク、ではなくサーベラスは席を立つ。扉を開けて、部屋の外に出ると、そこには迎えにきた男が立って待っていた。無言のまま、先を歩くその男のあとに続くサーベラス。

(……先に思いついた名のほうが恰好良くない?)

(伝わっていたのか……)

 名を求められ、思わず頭に浮かんでしまった名。意識してのことではなかったので、ブロックが出来ていなかったのだ。

(もしかして前世の名前? だったらそう名乗れば良いのに)

(いや。嫌いな名前が浮かんでしまっただけだ。でも、確かにもっとゆっくり考えても良かったな。ルーの意見も聞くべきだった)

(……僕の意見は良いよ。ルーク、いや、サーベラスか。とにかく君が良ければ)

 サーベラスは嘘をついている。ルーには分かっている。何故、嘘をつくのかも。サーベラスにとって、過去は振り返りたくないもの。その当時の名など名乗るはずがない。嫌いな名というのは、嘘ではなく本当のことなのだろうと。

「ルーはどうする? ルークに戻すか? それともコリン?」

「……いや、ルーのままで良い。僕の名は借り物だった。だから僕も新しい名前にする。愛称としてじゃなく、ルーを本当の名前にする」

 ルークという名は自分だけのものではなかった。その名は取り上げられ、どうやら別の人のものになる。それを悲しく思う気持ちもルーにはある。だが、ルーの今の名はルーだ。そう思うことにした。一族から追放されたという事実は、ルーに覚悟を求めている。城の一族の人間としてではなく、一人の人間、今は霊だが、として生きる覚悟を。その覚悟を定めようとルーは思った。

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